仮想現実世界を「遊泳する」ゼブラフィッシュ

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バーチャルリアリティを利用して脳のはたらきを研究する

2020-02-28 国立遺伝学研究所

■ 概要
ゼブラフィッシュは脊椎動物の行動と脳の働きの関係を調べるのに適したモデル動物です。この特長を生かして、生きているゼブラフィッシュ(1)の稚魚を用いて脳の働きを調べる研究が、これまでさかんに行われてきました。一方、ゼブラフィッシュの「成魚」は稚魚よりもはるかに複雑な行動をしますが、成魚で行動と脳の働きの関係を調べることはできませんでした。
情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所とフリードリッヒミーシャ生物医学研究所(スイス)の共同研究グループは、ゼブラフィッシュの成魚にビデオを見せて、バーチャルリアリティ(仮想現実)世界を「泳がせる」ことで、行動と脳の働きの関係を調べる研究を実現しました。仮想現実空間を「遊泳中」のゼブラフィッシュ成魚の脳の活動をカルシウムイメージング(2)法により解析することに成功したのです。この解析システムを用いて、ゼブラフィッシュに遊泳行動の方向と逆方向に動く映像のビデオを見せることで、「撹乱(予想外の出来事)」に反応する神経細胞を突き止めました。
本成果は、記憶・学習などの複雑な行動や自閉症および認知症などの脳機能に関係する脳神経回路のはたらきを研究する基盤となることが期待できます。


画像ゼブラフィッシュに見えている仮想現実世界
(二つのトンネルのある風景)
図:ゼブラフィッシュのバーチャルリアリティ(仮想現実)システム

■ 成果掲載誌
本研究成果は、英国科学雑誌「Nature methods」に 2020 年 3 月 3 日午前 1 時(日本時間)に掲載されます。
論文タイトル: A virtual reality system to analyze neural activity and behavior in adult zebrafish
(ゼブラフィッシュの行動と神経活動を研究するための仮想現実“バーチャルリアリティ”システム)
著者: Kuo-Hua Huang, Peter Rupprecht, Thomas Frank, Koichi Kawakami, Tewis Bouwmeester and Rainer W. Friedrich

■ 研究の詳細
研究の背景
 小型熱帯魚ゼブラフィッシュは、脊椎動物のさまざまな行動を司る脳神経回路のはたらきを研究するために、さかんに用いられて来ました。特に、生きているゼブラフィッシュの稚魚を寒天などで固定して、視覚刺激をあたえ非侵襲的にカルシウムイメージングで脳の神経活動を解析する研究はとても有力で、本研究グループを含む世界中の研究グループでさかんに行われてきました。けれども、ゼブラフィッシュの稚魚では解析対象となる行動が比較的単純なものに限られてしまいます。一方、ゼブラフィッシュの成魚は学習行動や社会性行動など、稚魚よりもはるかに複雑な行動をすることから、その複雑な行動を研究対象にすることができます。しかしながら、生きている成魚を固定して、行動と脳神経活動を同時に解析する方法はありませんでした。ゼブラフィッシュの成魚にビデオを見せ、バーチャルリアリティ(仮想現実世界)で行動させる(遊泳させる)ことができれば、そのような研究が可能になります。

本研究の成果
本研究グループは、生きているゼブラフィッシュの成魚の頭部を固定し、ビデオを見せ、胴体や尾部の動きをモニターして、その動きをビデオ画像にフィードバックすることで、ゼブラフィッシュをバーチャルリアリティ(仮想現実)空間(水中)において行動させる(遊泳させる)システムの開発に成功しました。ゼブラフィッシュは自由遊泳時に仲間のゼブラフィッシュを見ると寄って行くのですが、仮想現実空間においても、その行動を再現することができました。また、固定された状態の生きているゼブラフィッシュの脳神経細胞の活動を、二光子励起顕微鏡を用いたカルシウムイメージングにより解析することに成功しました。このシステムを用いて、ゼブラフィッシュをバーチャルリアリティ(仮想現実)空間において行動させ、遊泳行動の方向と違う方向に動く映像のビデオを見せることにより、「撹乱(予想外の出来事)」に反応する脳神経細胞(群)を見出しました。

今後の期待
記憶・学習等の複雑な行動、自閉症等社会性をともなう行動および認知症等脳機能に関係する脳神経回路のはたらきを、モデル脊椎動物のゼブラフィッシュを用いて解析することができる新しい道が拓かれました。今後これらの現象の脳神経細胞レベル、遺伝子レベルでの研究に貢献することが期待できます。

用語解説
(1)ゼブラフィッシュ
ゼブラフィッシュ(学名Danio rerio)は、黄色と黒色のしま模様を体表にもつ体長約4cmのインド原産の美しい小型熱帯魚である。(1)食欲旺盛で丈夫であるため、多数の個体の飼育が可能である。(2)多産である。1日当り最大 100䤀1000個程度の受精卵(研究サンプル)を得ることができる。(3)世代時間が比較的短い。性成熟に要する時間は受精後約2.5〜3ヶ月である。妊娠期間を考慮するとマウスよりやや短い。(4)体外受精し、受精卵の直径は約1mmと大きい。卵殻は柔らかく、DNAやRNAのマイクロインジェクション、薬剤による化学的処理などの胚操作を容易に行うことができる。(5)胚は透明で、胚発生は同調しており、短期間に進行する。(6)脊椎動物であるので、臓器、器官の機能や配置はヒトとの間で高度に保存されている。(7)ゲノムは、25組の染色体からなり、ハプロイド当りの塩基数は約 1.4Gbである。2013年に、全ゲノム塩基配列解析の結果が報告された{Howe, 2013 #8}。その結果、ゼブラフィッシュは、ヒトの遺伝子の約70%について共通した遺伝子を持っていることが明らかになった。これらの特長により、モデル脊椎動物として、世界中でさかんに研究に用いられている。
(2) カルシウムイメージング
神経細胞が発火すると細胞外から細胞内へカルシウムイオンが流入し、細胞内カルシウムイオン濃度が上昇する。この細胞内カルシウムイオン濃度上昇を検出することにより、神経細胞の活動を視覚化する方法。これには GCaMP という人工蛋白質を用いる。GCaMP は GFP をベースにして作られ、カルシウムイオンに結合すると強い緑色の蛍光を発するようになる。すなわち GCaMP 遺伝子(タンパク質)を発現している神経細胞が発火すると、細胞内にカルシウムイオンが流入し細胞内カルシウムイオン濃度が上昇、GCaMP は輝きを増す。

研究体制と支援
本研究は、国立遺伝学研究所とフリードリッヒミーシャ生物医学研究所(スイス)の共同研究として行われました。またこの研究は部分的に NBRP および NBRP 基盤技術整備プログラムに支援されています。

問い合わせ先
<研究に関すること>
● 国立遺伝学研究所 発生遺伝学研究室教授 川上 浩一 (かわかみ こういち)

<報道担当>
● 国立遺伝学研究所 リサーチ・アドミニストレーター室 広報チーム

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