ケイ素を含む新しい有機構造体膜の合成に成功 ~表面合成による炭素ナノ薄膜の多様化に道~

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2022-11-08 分子科学研究所

概要
  1. 国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)と大学共同利用機関法人自然科学研究機構 分子科学研究所を中心とした国際共同研究チームは、表面合成に新化学反応を導入することにより、通常は炭素だけで構成されるベンゼン環の一部を周期表同族元素のケイ素で置き換えた2次元の共有結合性有機構造体(COF)膜の合成に世界で初めて成功しました。この新しいCOF膜は一般的な化学合成手法ではなく、金属表面上での化学反応を利用することで達成され、表面合成を利用した新規材料開発の可能性を示す結果となりました。
  2. ナノメートルサイズの空孔を持つCOF膜は、電池材料、触媒、更に、小分子の分離など幅の広い応用が期待されています。それらの機能の実現に向け、分子薄膜内の所望の位置に炭素以外の窒素やホウ素などを導入する手法の開発が必要でした。また、人類が使用できる地球表面部分に存在する元素の中で、重量比で二番目に多いケイ素原子(クラーク数:25.8 %)の導入効果に関心が持たれていたものの、ケイ素を導入したCOF膜は実現されていませんでした。これは、周期律表で炭素と同じ14族に分類され最も炭素の特性に近いとされるケイ素が無機化学で扱われ、COF膜合成で利用される有機合成に馴染みのない元素であるという事実も否定できません。
  3. 近年、有機合成した小分子を金属の固体表面上で化学反応させて、炭素薄膜やCOF膜を形成する分子合成技術の開拓が注目されています。本成果では、有機合成で小分子にケイ素を導入することなく、金(111)表面上に蒸着したケイ素と小分子を直接反応させる新しい分子合成手法を開発し(図a)、従来技術では作製できなかった「ケイ素を含むCOF膜(炭素ナノ薄膜)」(図b)の合成に成功しました。図:(a)本研究で開発した表面化学反応。(b) 合成したケイ素を含むCOF膜の概略図。Br:臭素原子(赤球)、Si:ケイ素原子(紫球)、炭素原子(黒球)、水素原子(白球)、基板の金原子(金球)。
  4. 本研究で開発した合成手法を応用すれば、より重い同族元素であるゲルマニウムやスズを含む炭素薄膜の合成も可能となり、炭素と同じ14族元素を含む多様な炭素ナノ薄膜の物性解明も進みます。多様な炭素ナノ薄膜を次世代ナノエレクトロニクスで活用すべく、所望の特性を付与する表面合成技術への展開を目指します。
  5. 本研究は 、NIMS先端材料解析研究拠点ナノプローブグループの川井茂樹グループリーダー、Kewei Sun(JSPS外国人特別研究員)、国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の松本道生独立研究者、分子科学研究所の解良聡教授、フィンランドAalto大学のAdam S. Foster教授からなる国際共同研究チームにより遂行されました。
  6. 本研究成果は、Nature Chemistry誌の2022年11月7日発行号にてオンライン掲載されました。
研究の背景

近年、二次元に規則的に原子が並んだシート状化合物は、その特異な電子物性、物質吸着能、分子配向性、力学特性などが次々に明らかとなり、学術的にも産業応用的にも大いに注目を集めています。例えば、ガイム博士とノボセロフ博士(2010年ノーベル物理学賞)による、厚さが原子一個分しかない炭素薄膜であるグラフェンの発見以来、その物性研究が広範にわたって行われ、さまざまな新しい知見が生まれ続けています。グラフェン以外でこれまでの研究で対象とされてきたシート状化合物は、天然の層状化合物(黒鉛など)から、シート状化合物を剥離する技術により作られたものがその大半でした。そのため、人工的に新しいシート状化合物を作ることで、天然物からは得られない物性を有する材料の開発が期待されてきました。

共有結合性有機構造体(COF)は、精緻に合成された2次元や3次元のネットワーク構造を有する人工構造体です。COFの合成では、繰り返し単位となるブロック分子を規則的に結合させる有機合成手法により、結晶性の高いネットワーク構造が達成されており、2次元のCOFであるシート状化合物やその積層体は、種々の構造体の元として開発され、電池材料や触媒、水浄化膜などの新材料として大いに注目を集めてきました。

一方で、COF用構造形成に用いる結合のタイプは限られています。新しいタイプの結合をCOFに導入すれば、新機能の創出や電子物性の向上に繋がるため、新たな合成技術の開発は重要な研究課題です。特に、通常は炭素だけで構成されるベンゼン環の一部を半導体素子の主成分であるケイ素元素で置き換えた2次元の共有結合性有機構造体の実現は、同族元素としての類似性を利用しつつ、ケイ素に特徴的な化学特性をCOFに持ち込むことが出来るため、強く望まれていました。しかし、ケイ素は地球上で豊富に存在している元素であるにもかかわらず、同族の炭素を主とした有機合成の分野ではその取扱いが困難であり、ケイ素を導入したCOF膜の合成は成功していませんでした。

近年、小分子を用いた表面合成の研究が盛んに行われています。これは、有機合成で得た前駆体分子を一つのブロックとみなして、昇華により基板上に吸着させ、加熱により組み上げるボトムアップ技術です(1)。前駆体の分子構造を考慮することで、空孔を持つCOF膜や、原子レベルで幅の決まったリボン状のグラフェンの合成などが実現されてきました。しかしながら、表面合成に必要な、大気中で安定なケイ素を含有した前駆体分子の有機合成が困難であるために、ケイ素を含むCOF膜の合成は実現されていませんでした。

研究内容と成果

そこで、本研究グループでは、ケイ素を導入した前駆体分子を用いるのではなく、ケイ素原子を蒸着した金属表面上で臭素原子を導入した分子を表面反応させるあたらしい合成手法を開発しました。本手法によりベンゼン環の炭素を2つケイ素で置換させた1,4-ジシラベンゼン環2を結合部位としたCOF膜や短冊状の構造であるグラフェンナノリボンの表面合成に成功しました(図1)。分子骨格を直接的に観察できる走査型プローブ顕微鏡3を用いてその構造を同定したのち(図2)、走査型トンネル分光法で電気特性を解明しました。また、加熱により6員環である1,4-ジシラベンゼン環が5員環のシロール環に変形することも発見しました。詳細な構造、電子状態、そして化学状態は、密度汎関数理論(DFT)計算と高分解能X線光電子分光で得た結果とプローブ顕微鏡の実験結果を相互補完して解明しました。

まず、高分解能走査型プローブ顕微鏡で得た実験結果は、国際共同研究先であるフィンランドAalto大学のFoster教授らのグループによりおこなわれた密度汎関数理論(DFT)計算により総合的な検証を行いました。更に、シリコンと炭素の結合長、芳香族性、基板の影響など詳細な物理化学現象を解明しました。

次に、反応過程の解明においては、物質・材料の性質を決める電子状態を直接解析する光電子分光法が有効です。分子科学研究所極端紫外光研究施設(UVSOR)4のシンクロトロン放射光を用いた高分解能X線光電子分光により、原子核に強く束縛された内殻電子準位からの光電子の運動エネルギー分布を測定することで、各原子の結合エネルギーを高精度に解析しました。

図1:ケイ素を含有するナノ空孔を持つCOF膜の概略図。 Br:臭素原子(赤球)、Si:ケイ素原子(紫球)、炭素原子(黒球)、水素原子(白球)、基板の金原子(金球)。


図2:極低温超高真空で動作する走査型プローブ顕微鏡を用いたCOF膜の構造解析(左)と化学構造(右)

今後の展開

本研究で開発した表面化学技術により、従来の溶液中の化学では取り扱いが困難であったケイ素を取り込んだ炭素ナノ薄膜を合成できます。この手法は、ケイ素に留まらず、より重い同族元素であるゲルマニウムやスズなどの導入にも道を拓きます。そのようにして得た薄膜は、ナノエレクトロニクスの素子として応用が期待できます。また、これまで取り扱いが困難であったケイ素化学の基礎学理の発展にも大きく寄与できるものと考えられます。

掲載論文

題目:On-surface synthesis of disilabenzene-bridged covalent organic frameworks
著者:Kewei Sun, Orlando J. Silveira, Yujing Ma, Yuri Hasegawa, Michio Matsumoto, Satoshi Kera, Ondřej Krejčí, Adam S. Foster, Shigeki Kawai
雑誌:Nature Chemistry
掲載日時: 2022年11月7日
DOI:10.1038/s41557-022-01071-3

用語解説

(1) ボトムアップ手法
原子や分子を最小単位として、それらを一つずつ組み合わせていく手法。その反対はトップダウン手法で、光リソグラフィーなどで一括して構造をつくります。

(2) ジシラベンゼン
亀の甲状に6つの炭素原子が配置しているベンゼン環の一部の炭素がケイ素に置き換わった化合物。最近になり、置換基による立体障害を利用することで、その高い反応性を抑えて単離できるようになり、構造や物性がやっと計測できるようになってきました。

(3) 高分解能走査型プローブ顕微鏡
走査型トンネル顕微鏡や原子間力顕微鏡などのように、先端が原子レベルで尖った探針を用いて、試料表面の形状や状態を観察することができる顕微鏡の総称。また、探針先端を一酸化炭素分子などで終端させることで、単分子の内部骨格を直接計測することが可能です。

(4) 分子科学研究所極端紫外光研究施設(UVSOR)
極端紫外領域を中心としたエネルギー帯では世界的に最高水準の高性能な光を生成する、小型のシンクロトロン放射光光源施設です(1周約53 mの電子蓄積リングと14基のビームラインからなります)。光電子分光装置など種々の実験装置が整備され、物質・材料、環境・エネルギー、生物、宇宙科学分野など、様々な分野の実験が国内外の研究者により広く展開されています。

本件に関するお問い合わせ先

(研究内容に関すること)
国立研究開発法人物質・材料研究機構 先端材料解析研究拠点 ナノプローブグループ
グループリーダー 川井茂樹(かわいしげき)

大学共同利用機関法人自然科学研究機構 分子科学研究所 光分子科学研究領域 解良グループ
グループリーダー 解良聡(けらさとし)

(報道・広報に関すること)
国立研究開発法人物質・材料研究機構 経営企画部門 広報室

大学共同利用機関法人自然科学研究機構
分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当

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