診断や創薬における微量検体の分析性能が数10倍に!~マイクロ流路チップの一括積層技術を開発~

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2019-06-25 量子科学技術研究開発機構

発表のポイント

  • シリコーン1)製のマイクロ流路チップ2)を同時に何枚も貼り合わせる量子ビーム加工技術を開発
  • マイクロ流路チップ数10枚分の機能を搭載した「多段積層マイクロ流路チップ」を実現
  • 診断や薬効評価等における微量検体分析のスピードや精度を飛躍的に向上

 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫、以下「量研」という。)量子ビーム科学部門高崎量子応用研究所先端機能材料研究部の大山智子主任研究員・田口光正プロジェクトリーダーとフコク物産株式会社(代表取締役社長 木部美枝、以下「フコク物産」という。)は共同で、微量検体の分析等に有効なマイクロ流路チップを同時に何枚も貼り合わせる量子ビーム加工技術(一括積層技術)を開発し、「多段積層マイクロ流路チップ」を実現しました。様々な分析機能を持つ複数のマイクロ流路チップを組み合わせることができるため、例えば1つの積層チップで複数の項目を検査することができるようになるなど、疾患診断や薬効評価のスピードが格段に向上します。また、1つの積層チップの中で分離・収集などの処理を繰り返すこともできるため、検体中にごく少量含まれる特定の細胞や成分を高い精度で検出することも可能です。「多段積層マイクロ流路チップ」は量産が可能であり、画像診断や生検などによる数日がかりの検査でも発見が難しい病気を、わずかな血液だけで数分のうちに診断できるようになるといった未来が期待できます。

 マイクロ流路チップは、化学物質の合成や検知、血液検査、細胞の分離や個別分析といった様々な分野で既に使われ始めていますが、マイクロ流路チップ1枚に搭載できる分析機能や投入できる液量は限られており、手のひらサイズのコンパクトさはそのままに、異なる種類のチップを複数貼り合わせて積層し、性能を向上させる技術の開発が切望されていました。しかしこれまで、マイクロ流路チップを積層するには、接着剤や表面処理などで1枚ずつ貼り合わせるしかありませんでした。これらの手法は煩雑なだけでなく、チップ同士が接触した瞬間に接着してしまうため、貼り直しができません。マイクロ流路チップは気泡が入ったり位置がずれたりすると使い物にならないため、成功率を考えると2-3枚の積層が限界で、とても量産はできませんでした。

 そこで私たちは、量研が培ってきた量子ビームによる高分子材料の改質・加工技術を応用し、フコク物産(株)が提供する成型技術と組み合わせることによって、複数のマイクロ流路チップや関連パーツを量子ビーム照射の1工程で同時に貼り合わせる一括積層技術を開発し、「多段積層マイクロ流路チップ」を実現しました。本技術では接着剤などの薬剤を使わないため、溶剤などの異物が混入することがなく、正確な分析が実現できます。また、チップ同士が接触した瞬間に接着してしまう従来技術と違い、複数のチップやパーツを重ね、十分に位置を調整してから一気に貼り合わせることができるため、高い歩留まりで「多段積層マイクロ流路チップ」を量産することが可能です。さらに、流路内の親水性3)や水蒸気バリア性4)の向上など、貼り合わせと同時にシリコーン製のマイクロ流路チップ自体を改質する効果も得られます。

 用途に合わせた流路の設計により、診断だけでなく、創薬・再生医療・バイオ研究・化学分析など様々な分野における微量検体分析のスピードや精度を数10倍に引き上げる「多段積層マイクロ流路チップ」を、2019年7月3日(水)~5日(金)に東京ビッグサイト(青海展示棟)で開かれる創薬・製剤研究の専門技術展「ファーマラボEXPO」において初公開します。

量子ビームによるマイクロ流路チップの一括積層技術

図1. 量子ビームによるマイクロ流路チップの一括積層技術

開発の背景

 マイクロ流路チップは、髪の毛よりも細い流路や容器を手のひらサイズの基板に詰め込んだ、いわばミニチュア実験室です。微小空間で反応・分離・検出など様々な化学操作ができるように設計されているため、簡単な操作ですぐに結果が得られるだけでなく、必要となる検体や試薬がごく微量で済むという大きな特徴があります。マイクロ流路チップは、既に化学物質の合成や検知、血液検査、細胞の分離や個別分析といった様々な分野で利用され始めており、科学技術や医療に大きく貢献すると期待されています。

 一方で、マイクロ流路チップはそのコンパクトさゆえに、1枚の基板に搭載できる反応・分離・検出などの機能や扱える検体・試薬の量や数が限られるという欠点がありました。例えば、マイクロ流路チップを使って複数の病気を診断しようとすると、診断しようとする病気の数だけ専用のチップが必要になるだけでなく、分析に必要な検体の量も増えてしまいます。逆に、ある程度の量がある試料から、ごくわずかに含まれる成分を分離するといった操作も、一度に投入できる液量が限られるマイクロ流路チップには向いていません。そのため、手のひらサイズのコンパクトさはそのままに、マイクロ流路チップ同士を複数貼り合わせて積層し、機能の拡張や処理量の増大を可能にする技術の開発が切望されていました。

 ところがこれまで、シリコーンでできたマイクロ流路チップを積層するには、接着剤やプラズマ等による表面処理で1枚ずつ貼り合わせるしかありませんでした。こうした手法は煩雑なだけでなく、チップ同士が触れた瞬間に接着してしまうため、貼り直しができません。マイクロ流路チップは気泡が入ったり、位置がずれたりすると使い物にならないため、慎重に貼り合わせても成功率を考えると2-3枚の積層が限界で、量産が極めて難しいという問題がありました。

共同開発の経緯

 これらの問題を解決したのが、量研の有する量子ビームによる高分子材料の改質・加工技術です。量研はこれまで、量子ビームを駆使し、先端医療やバイオ研究に欠かせないバイオマテリアル5)を対象に、薬剤を一切用いない機能化や微細加工技術を開発してきました。マイクロ流路チップの母材であるシリコーンについても、従来のプラズマ照射ではできない長期安定な親水化を電子線照射によって実現するなど、新しい改質方法を提案してきました。また、電子線照射の一工程で、疎水性6)のシリコーン表面に親水性表面を持つ凹構造を作製し、わずかピコリットル(1兆分の1リットル)レベルの「水たまり」を作って、細胞1個を簡単につかまえる技術も開発しています(特開2018-202352、PCT/JP2018/019084、2018年5月28日プレスリリース https://www.qst.go.jp/site/press/1231.html)。一方、マイクロ流路チップを開発・生産しているフコク物産株式会社は、複数のチップを積層した次世代のマイクロ流路チップを開発し、量産するために、複数のマイクロ流路チップや関連パーツを同時に貼り合わせる技術を探していました。

 量研が培ってきた量子ビーム改質・加工技術と、フコク物産株式会社が提供する成型技術を組み合わせることによって、新たなマイクロ流路チップの積層技術が開発できるのではないかと考えた私たちは、2018年に共同研究を開始しました。

開発した技術の特徴

 量研のこれまでの研究により、量子ビームをシリコーンに照射すると、シリコーンの疎水性の原因であるメチル基(–CH3)が減少し、酸化ケイ素(SiOx)に似た構造の親水化層に変化することが分かっています。これは、メチル基が切れたり、シリコーンの鎖が切れたりといった分解反応でできた活性点同士が再結合(架橋)するためです。結果として、量子ビームが照射された部分のシリコーンは鎖同士が架橋し、親水性で頑丈な物質へと変化します。上記の電子線を用いたシリコーンの長期安定な親水化技術や「水たまり」の作製は、量子ビームによる分解・架橋・酸化といった諸反応をシリコーン表面の数10マイクロメートル(1マイクロメートルは1000分の1ミリメートル)の局所領域で起こすことによる、表面改質・微細加工技術でした。

 今回、私たちは、より透過力の高い高エネルギー量子ビームを用い、反応を起こすことができる領域を大幅に拡大しました。高エネルギー量子ビームは、何枚にも重ねたシリコーンすべてに架橋と親水化を誘起することができます。接触した複数のシリコーン間にも架橋が生じるため、複数のマイクロ流路チップや関連パーツを、照射の一工程だけで一体化させることができるのです。

 本技術では、接着剤などの薬剤は一切使用しません。溶剤などの異物が試料に混入しないため、正確な分析が実現できます。また、複数のマイクロ流路チップを重ね、十分に位置を調整してから一気に貼り合わせられるため欠陥品の発生が少なく、一度の照射で大量の「多段積層マイクロ流路チップ」を生産することが可能です。さらに、照射によってシリコーン全体が親水性で頑丈な物質へと変化します。流路内の親水化や水蒸気バリア性の向上など、貼り合わせと同時にマイクロ流路チップ自体を改質する効果も得られます。

量子ビームで一括積層した15段積層マイクロ流路チップ

図2.量子ビームで一括積層した15段積層マイクロ流路チップ

インパクトと今後の展開

 マイクロ流路を何枚も同時に、しかも精密に貼り合わせることができる量子ビーム加工技術により、「多段積層マイクロ流路チップ」が実現しました。反応・分離・検出など様々な機能を1つの積層チップの中に集積したり、まとまった量の検体・試薬の処理に対応したりと、マイクロ流路チップの性能・汎用性が格段に向上します。例えば、わずかな血液で複数項目の同時検査が可能になるなど、患者への負担が少なく、かつスピーディーな疾患診断や薬効評価が可能になると期待されます。また、1つの積層チップの中で分離・収集などの処理を繰り返すこともできるため、検体中にごく少量含まれる特定の細胞や成分を濃縮して高い精度で検出するといったことも可能になるでしょう。

 「多段積層マイクロ流路チップ」は、「手のひらサイズの実験室」というマイクロ流路チップの特徴を活かしたまま、実験の規模とスピードを何10倍にも一気に引き上げるものです。流路の組み合わせにより、実に様々な用途に使用することができます。量産も可能であり、診断・創薬・再生医療・バイオ研究・化学分析など、様々な分野に広く浸透し、微量検体分析のスピードや精度を数10倍に引き上げることが期待されます。

 「多段積層マイクロ流路チップ」は、2019年7月3日(水)~5日(金)に東京ビッグサイト(青海展示棟)で開かれる創薬・製剤研究の専門技術展「ファーマラボEXPO」において初公開します。ぜひ手に取ってご覧下さい。

 量研は今後も、量子ビームならではの薬剤フリーの機能化・微細加工技術で新たなバイオマテリアルを創出し、先端医療・バイオ研究の発展に貢献していきます。

用語解説

1) シリコーン

 ケイ素(Si)と酸素(O)の結合を骨格とした、ポリジメチルシロキサンなどの合成高分子です。シリコ

ーンゴムとも呼ばれる。熱に強く透明で、生体適合性もあるため、工業用部品や医療用素材の他、ゴム

パッキンや調理器具といった生活用品にまで広く使われています。

2) マイクロ流路チップ

 微細加工技術によって、髪の毛よりも細い数10~数100マイクロメートル(1マイクロメートルは1000

分の1ミリメートル)幅の流路や容器を手のひらサイズの基板に詰め込んだ、いわばミニチュア実験室

です。主にシリコーン1)で作られています。

3) 親水性

 水への馴染みやすさ(濡れやすさ)やその度合いを示す言葉です。

4) 水蒸気バリア性

 水蒸気を遮断する能力のことです。

5) バイオマテリアル

医療器具等への利用が可能な、生体に害を及ぼさず、生体に親和性が高い材料の総称です。生体材料

とも呼ばれます。

6) 疎水性

 親水性の逆で、水をはじく性質やその度合いを示す言葉です。

その他

量研とフコク物産株式会社は2019年3月25日に共同で特許を出願しました(特願2019-056

376)。本研究の一部は、科研費若手18K18390(代表:大山智子)の助成を受けて行いました。

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