2020-01-23 農研機構
ポイント
農研機構は、判断の根拠となる画像の特徴を可視化できるAIを開発しました。本AIをジャガイモの葉の病気診断に適用したところ、病気の特徴に基づいて、病気か健全かを95%以上の高精度で診断できました。本AIは判断の根拠を明確化することができるため、利用者は安心して利用することができます。開発したAIは今後、農業分野を始め、根拠を説明できるAIが必要な、広い分野での活用が期待されます。
概要
農研機構(理事長:久間和生)は2018年10月に農業情報研究センターを開設し、AIとビッグデータを活用した農業研究を本格化させています。この度、同センターの研究成果として、画像の特徴を可視化できる新しいAIを開発しました。農作物の病害虫診断等での活用が期待できます。
病害虫による農作物への被害は深刻です。世界の農業における病害虫による潜在的損失額は、年間5,400億ドルという試算があります。我が国では、農業害虫であるウンカによるイネの坪枯れ等の被害が発生し100億円を超える被害が生じる年があります。その対策を支援するために、AIを活用した病害虫の自動判別システムの開発が進められています。
現在の深層学習1)のほとんどは、AIが学習した特徴や、学習に基づく判断の根拠を説明できないブラックボックスモデルです。AIの利用場面が拡がる中で、人間の意思決定の参考にする場合など、判断の根拠が必要となるケースが次々と出てきており、判断の根拠を説明可能なAI2)への社会的要請3)が強まっています。そこで農研機構は今回、判断根拠となる画像の特徴を可視化できるAIを開発しました。
開発したAIは、オートエンコーダ4)という技術を用いて、学習した特徴を可視化できます。ジャガイモの葉の画像の病気診断の例では、元画像から「病気」の葉の画像と、「健全」な葉の画像を生成しました(図)。その結果、健全な葉では病徴が消えていたことから、AIが病気の特徴を正しく学習できていることが確認されました。
このAIをプログラム化し、病気株の検出が特に重要となる、ジャガイモの原原種(元だね)ほ場等への導入を検討しています。また、イネの重要害虫であるウンカ類の種類別計測への適用を試みています。本AIは今後、農業分野を始め、根拠が説明できるAIが必要な、広い分野での活用が期待されます。
関連情報
予算:官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)(農水省戦略的プロジェクト研究推進事業にアドオン)、運営費交付金
問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構農業情報研究センターセンター長 本島 邦明
研究担当者 :
同 農業AI研究推進室 Habaragamuwaハバラガムワ Harshanaハルシャナ、大石 優、竹谷 勝
同 農業AI研究統括監 田中 健一
広報担当者 :
同 連携企画室 大久保 さゆり
詳細情報
背景と経緯
近年のAI技術の進展とビッグデータの活用により、農業研究分野においてもAIを活用した研究が増えており、成果を上げています。画像識別技術においては、作物、病害虫などの分類に関する課題への適用が進められています。
これまで、精度の向上という面で深層学習などのAIが活用されてきましたが、それらのほとんどは、学習したネットワークが分類のためにどのような特徴を学習したかを解釈および説明できないブラックボックスモデルでした。学習した特徴が明らかでないと、利用者はAIが正しい特徴を学習したか否かを判断することはできません。人間の意思決定の参考にする場合など、判断の根拠が必要となるケースが次々と出てきており、判断の根拠を説明できるAIへの社会的要請が強まっています。
そこで本研究では、学習した特徴を可視化できるAIの開発に取り組みました。
研究の内容・意義
1.ジャガイモの葉の画像を題材として、判断の根拠を示した上で病気か否かを判別するAIを開発しました。オートエンコーダという技術を用いて、学習した特徴を可視化できます。
2.植物の葉の画像データから健全、病気、および共通部分の特徴を、3つの領域に分けて学習により抽出します。今回の研究では、入力のRGB画像のサイズが256×256画素であるのに対して、特徴領域は、4096次元にしました。また、特徴領域の1/4が健全、1/2が共通、1/4が病気の領域と定義しました(図1)。
3.健全の画像を入力する場合は病気の特徴領域を使用せず、病気の画像の場合は健全領域を使用せず、それぞれの特徴が対応する特徴の部分領域へ反映されるように条件付きで学習を行います。学習の基準は、入力画像と生成画像の差です。差が小さくなるようにオートエンコーダを学習させます(図1)。
4.病気および健全の特徴のみを抽出し、病気/健全葉を判別するAIに入力することで、入力画像が病気/健全葉のどちらであるかを判定することができます。
5.本AIについて、ジャガイモで2種類の病気について、健全な葉の画像827枚、病気の葉の画像400枚により深層学習を行いました。176枚の画像を用いて精度検証した結果、2種類の病気の両方において95%以上の高精度で診断できました。また、ピーマン、トマトの各1種類の病気についても同様の学習を行い検証したところ、病気/健全葉の識別精度は90%を上回りました。
6.病気葉を入力画像として、健全の特徴を使用せず生成した画像と、病気の特徴を使用しない画像を比較したところ、後者では病気の特徴が消えた画像が生成されました。この結果から、特徴領域が病気か否かを説明するものであることが確認できました(図2)。
今後の予定・期待
この病気診断プログラムは、病気株の検出が特に重要となる、ジャガイモの原原種(元だね)ほ場等への導入を検討しています。また、イネの重要害虫であるウンカ類の種類判別への適用を試みています。本AIは学習次第で、様々な活用が可能です。今後、農業分野を始め、根拠が説明できるAIが必要な、広い分野での活用が期待されます。
用語の解説
- 1)深層学習
- 機械学習の一種であるニューラルネットワークについて階層を深めた構造です。近年の多層ニューラルネットワークの学習法の研究、計算機能力の向上、およびビッグデータの普及により、実用化が進んでいます。
- 2)説明可能なAI
- 今回開発した説明可能なAIにより、たとえば「健全」と「病気」と「共通部分」を分類するためにどの特徴を使用できるかを知ることができます。熟練技術者は正しい特徴が使用されているか否かをテストできるため、新規就業者のトレーニング手順の策定に非常に役立ちます。分類に適した特徴を見極めることにより、データを追加することもできるのでデータ収集コストを削減することにもつながります。複数分類に使用できる様々な特性が何であるかを見つけ出すこともできます。どの特徴が使用されているのか分からずにシステムを展開した場合に発生する問題を避けることができるので、有毒植物の識別、食品の安全性、自律走行システムなどの分野において特に重要と考えられます。
- 3)説明可能なAIへの社会的要請
- 一例として、EU(欧州連合)内の個人データの取扱いと関連する自然人の保護を規定する、EU一般データ保護規則(General Data Protection Regulation; GDPR)への対応を挙げます。同規則第22条では、個人に対する自動化された意思決定は、プロファイリングを含め係争の対象になり得ると規定しています。AIによるブラックボックス化は完全自動化に該当してしまいますので、GDPRに抵触しないためには、人が介在できるように説明できるAIが求められます。
- 4)オートエンコーダ
- ニューラルネットワークを用いたデータ圧縮の手法です。エンコーダにより入力データを圧縮し、デコーダにより元のデータサイズに戻します。入力画像と出力画像の差が小さくなるようにオートエンコーダを学習させることにより、中間の層に次元圧縮したデータが生成されます。この中間層には、入力データの特徴が凝縮された形で概ね保持されています。
発表論文
Harshana Habaragamuwa, Yu Oishi, Masaru Takeya, Kenichi Tanaka, Plant Disease Identification using Explainable Features with Deep Convolutional Neural Network, 2019 International Joint Conference on JSAM and SASJ, and CIGR VI Technical Symposium joining FWFNWG and FSWG Workshops, 2019/9/4
参考図
図1 開発したAIの概念図
本研究ではPlantVillageの画像データセットを使用しました。
図2 特徴領域に入力画像の説明可能な特徴が反映されていることの確認
本研究ではPlantVillageの画像データセットを使用しました。