半導体ヘテロ構造を用いた新しい原理の高効率冷却デバイスを開発

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デバイスの過熱を防ぎ、省エネルギーと性能向上に貢献

2019-10-04   東京大学

○発表者:

平川 一彦(東京大学 生産技術研究所 光物質ナノ科学研究センター 教授)

ベスコン・マーク(LIMMS/CNRS-IIS (UMI2820)国際連携研究センター 国際研究員)

○発表のポイント:

◆高密度集積化が進むにつれ、デバイス内の熱が、デバイスの動作を妨げ、信頼性を下げる大きな原因となってきており、エレクトロニクスの進歩を制限していた。

◆半導体へテロ構造のバンド構造を適切に設計し、熱電子放出と共鳴トンネル効果を制御して実現できる、新しい原理の冷却素子を開発した。素子1段当たりの冷却能力は、従来のペルチェ素子の約10倍の値が期待されている。

◆局所的かつ高効率に冷却できるため、大型コンピュータの冷却エネルギーの削減やデバイスの性能改善に、大きく貢献することが期待される。

○発表概要:

 東京大学 生産技術研究所 光物質ナノ科学研究センターの平川 一彦 教授、LIMMS/CNRS-IIS (UMI2820)国際連携研究センターのベスコン・マーク国際研究員を中心とする研究グループは、半導体へテロ構造(注1)を用いて、高効率な冷却素子を開発しました。

 現代のエレクトロニクスは、デバイスの高密度集積化と高速動作で発展してきました。しかし、内部で発生する熱が急速に増え、動作や信頼性に大きな影響を与え始めています。冷却すれば性能が上がるデバイスは少なくありません。膨大な情報を扱うデータセンターやスーパーコンピュータは、全体を冷却して過熱を防いでいますが、莫大なエネルギーが必要です。このため、デバイスを効率よく冷却する技術は、将来のエレクトロニクス発展の鍵を握る技術として開発が急がれています。

 本グループは、非対称なエネルギー障壁を持つ半導体二重障壁ヘテロ構造を適切に設計し、熱電子放出(注2)と共鳴トンネル効果(注3)を制御して実現できる冷却素子を開発しました。共鳴トンネル効果により量子井戸(注4)へ低エネルギーの電子の注入を行い、さらに厚い障壁を用いて高エネルギー電子のみ取り除くという方法で、電流が量子井戸を通過して流れるに従い、量子井戸層中の電子がエネルギーを失い、冷却されていくことを原理とする素子です(図1)。従来の固体冷却素子(ペルチェ素子、注5)のおよそ10倍の高い冷却能力を持つと期待されています。

 今後、トランジスタや半導体レーザなどのデバイス活性層を局所的かつ高効率に冷却する新しい素子として、省エネルギーやデバイスの性能向上に大きく貢献することが期待されます。

 本研究成果は10月3日(木)(英国夏時間)に、英国科学誌「Nature Communications」(オンライン速報版)に掲載されました。

○発表内容:

 トランジスタや半導体レーザなど、ほとんどのデバイスは、電圧を印加し電流を流すことで機能します。このとき、印加した電圧と電流の積に比例した熱が発生します(ジュール熱)。現代のLSIに代表されるエレクトロニクスの進歩を大きく阻んでいるのが、このデバイスの発熱による問題であり、高効率冷却技術の開発は将来のエレクトロニクス発展の鍵を握る重要な技術と言っても過言ではありません。現在、膨大なデータを超高速に扱うデータセンターやスーパーコンピュータなどでは、システム全体を冷房する方法がとられていますが、莫大な電力が必要であり、高効率にデバイスを冷却する技術の開発が急務となっています。従来、熱電効果を用いたペルチェ素子が、ほぼ唯一の実用的な固体冷却素子でしたが、ペルチェ素子内では、電子は頻繁に散乱を受けながら伝導するため、低い冷却効率しか得られません。

 本研究グループは、より高い冷却効率を実現することを目指して、半導体へテロ構造を適切に設計し、共鳴トンネル効果と熱電子放出を制御して実現できる熱電子放出冷却(thermionic cooling)技術に注目して研究を行いました。この素子構造では、薄くてエネルギー障壁が高い障壁層(エミッタ障壁)を介して、電子が共鳴トンネル効果により量子井戸層に注入されます。注入された電子は、量子井戸層内で熱的な分布を取りますが、量子井戸層を出るときには、低くて厚い障壁(コレクタ障壁)の高さ以上のエネルギーを持つ高エネルギーの熱電子のみが超えていくという過程で電子が伝導し、電流を流すにつれて量子井戸層内の電子系からエネルギーが奪われていき、電子系の温度が下がります(蒸発冷却;evaporative cooling)。水が蒸発するときに熱が奪われる現象と似ています。このとき、電子系と熱的に接している量子井戸内の結晶格子系とが相互作用し、格子系も冷却されていく(熱電子放出冷却;thermionic cooling)というのが本素子の動作原理です。

 この素子構造では、数nm(ナノメートル)程度の半導体超薄膜内に冷却効果が発生するため、極薄膜中の温度を精密に測定する技術の開発が必要です。本研究チームは、量子井戸内の電子系の温度を評価する方法として、フォトルミネセンス(注6)分光法に注目し、フォトルミネセンスピークの高エネルギー側のスペクトル形状から電子系の温度(電子温度)を評価する実験を行いました。作製した非対称二重障壁半導体ヘテロ構造にレーザ光を照射し、電圧の関数として素子からのフォトルミネセンスを測定しました。さらに、フォトルミネセンスのスペクトルの高エネルギー側の裾野の傾きをマックスウェル分布を仮定してフィッティングを行うことにより、電子温度をバイアス電圧の関数として求めました。その結果、バイアス電圧の印加によらず、電極内の電子温度はほぼ室温で一定であるのに対して、量子井戸からの発光においては、バイアス電圧の印加とともに、スペクトルの裾野の傾きが急になり、電子温度が300 K(ケルビン)から250 Kまで、約50 Kも低下することがわかりました。この結果は、本研究チームが行った熱非平衡な電子・格子系を取り扱う詳細な理論計算ともよく一致しました。

 本素子はトランジスタや半導体レーザなどのデバイス活性層を局所的に高効率に冷却する新しい素子技術として、省エネルギーに大きく貢献することが期待されます。また、デバイスを冷却することにより性能が向上することも期待されています。今後、素子構造の最適化により冷却パワーの改善を図っていきます。

○発表雑誌:

雑誌名:「Nature Communications

論文タイトル:Evaporative electron cooling in asymmetric double barrier semiconductor heterostructures

著者:Aymen Yangui, Marc Bescond, Tifei Yan, Naomi Nagai, and Kazuhiko Hirakawa*(*:責任著者)

DOI番号:10.1038/s41467-019-12488-9

○問い合わせ先:

東京大学 生産技術研究所 光物質ナノ科学研究センター

教授 平川 一彦(ひらかわ かずひこ)

○用語解説:

(注1)半導体へテロ構造

 バンドギャップの異なる異種の半導体を接合して作製する構造の総称。今回の素子では、ガリウムひ素(GaAs)とアルミニウム・ガリウムひ素(AlxGa1-xAs:GaAsの中にアルミニウムひ素AlAsがxの割合で混ざっている合金半導体)の急峻な接合を用いて、必要な機能を実現している(図1)。

(注2)熱電子放出

 発熱して高温になった金属フィラメントなどから真空中に電子が放出される現象として見いだされた。本研究においては、熱的なエネルギー分布を持った電子系において、高い運動エネルギーを持った電子が、エネルギー障壁を乗り越えて、電極層に放出される現象をいう。

(注3)共鳴トンネル効果

 量子化された離散的なエネルギーを持った領域に、トンネル効果により電極から電子が注入されるとき、エネルギーと運動量の保存が満たされる必要があるため、非常に先鋭化したエネルギーの範囲にある電子しかトンネルできないという現象。

(注4)量子井戸構造

 量子力学に従えば電子は波として振る舞い、電子の運動エネルギーから電子の波長(ドブロイ波長)が定義される。電子のドブロイ波長と同程度の厚さの超薄膜の中では、井戸型と呼ばれる矩形のポテンシャル形状が実現される。この時、電子の波動関数は量子化され、離散化したエネルギーをもつ。このような量子化が顕著な超薄膜構造をエネルギー障壁となる物質でサンドイッチした構造を量子井戸構造と呼ぶ。

(注5)ペルチェ素子

 異なる導体の接合の一端を熱し、もう一方の端を冷却すると、電気化学ポテンシャルに勾配が生じ、電荷移動が起きる(ゼーベック効果)。逆に、導体に電圧を印加し、電流を流すと、一端では発熱、他端では冷却が起きる。この効果をペルチェ効果と呼び、電気的な入力により冷却を行うペルチェ素子が実用化されている。ペルチェ素子では、効率のよいBiTe系化合物などが用いられることが多く、一般的な半導体プロセスに馴染まないことが多い。さらに、ペルチェ素子中での電子の伝導は、多数の散乱を受けながら電子が伝導する拡散的なものであり、冷却効率が悪いという問題がある。

(注6)フォトルミネセンス

 光により試料を照射し、光で励起された電子が正孔や不純物と再結合することにより発光する現象。本研究では、フォトルミネセンスピークの高エネルギー側の裾野の傾きから電子の熱分布に関する情報(電子温度)を求めている。

○添付資料:

図1(a)ガリウムひ素/アルミニウム・ガリウムひ素(GaAs/AlxGa1-xAs;xはアルミニウムの含有組成)ヘテロ構造を用いて作製した熱電子放出冷却素子のバンド構造。薄くて高いエミッタ障壁(15 nmの厚さのAl0.4Ga0.6As層)から電子が共鳴トンネル効果により量子井戸内の量子化準位に注入される。量子井戸内で熱分布をした電子のうち、コレクタ障壁層(100 nmの厚さのAl0.25Ga0.75As層)のエネルギー障壁を超えた電子のみが、コレクタ電極に脱出する(熱電子放出)。この過程により、量子井戸内の電子は次第にエネルギーを奪われ、温度が下がる(蒸発冷却)。(b)蒸発冷却により冷える電子系に接している量子井戸内の結晶格子系(フォノン)が冷える機構(熱電子冷却)を模式的に表したもの。

0105熱工学0403電子応用0501セラミックス及び無機化学製品1701物理及び化学
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