界面で流動性を失う水分子の直接可視化に成功

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原子間力顕微鏡による炭酸カルシウム表面の水和水の粘性測定

2019-03-29 京都大学

 山田啓文 工学研究科教授、小林圭 同准教授、梅田健一 同研究員(現・金沢大学特任助教)、湊丈俊 産官学連携本部特定准教授らの研究グループは、液中環境下で動作する原子間力顕微鏡(AFM)を用いた3次元フォースマッピング法により、炭酸カルシウム結晶の表面において、分子レベルでの水和構造の直接可視化に成功し、カルシウムイオン上の水分子の流動性が局所的に低くなる(粘性が局所的に高くなる)ことを世界で初めて実験的に見いだしました。

 本研究により、固体と液体の界面に存在する水和殻(界面水)および水和殻内の水分子の流動性(あるいは粘性)を直接可視化する新たな手法が確立されました。

 本研究成果は、今後、固液界面における物理・化学現象を利用する種々のセンサー、ナノ粒子や分子標的治療薬の開発への応用などが期待され、さらには、二酸化炭素の鉱物固定化やバイオミネラリゼーション(生物による鉱物形成)の素過程の理解に対しても寄与することが考えられます。

 本研究成果は、2019年3月21日に、国際学術誌「Physical Review Letters」に掲載されました。

図:(左)固液界面の3次元水和構造、(右)および水分子粘性マップ

詳しい研究内容について

界面で流動性を失う水分子の直接可視化に成功!
―原子間力顕微鏡による炭酸カルシウム表面の水和水の粘性測定―

概要
 京都大学大学院工学研究科 山田啓文 教授、小林圭 同准教授、梅田健一 同研究員( 研究当時、現 金 沢大学ナノ生命科学研究所特任助教)、京都大学産官学連携本部 湊丈俊 特定准教授らの研究グループは、 液中環境下で動作する原子間力顕微鏡 (AFM)を用いた3次元フォースマッピング法により、炭酸カルシ ウム結晶の表面において、分子レベルでの水和構造の直接可視化に成功し、カルシウムイオン上の水分子 の流動性が局所的に低くなる 粘性が局所的に高くなる)ことを世界で初めて実験的に見いだしました。 この研究によって、固体と液体の界面に存在する水和殻 (界面水)および水和殻内の水分子の流動性 (あ るいは粘性)を直接可視化する新たな手法が確立されました。今後、固液界面における物理 化学現象を 利用する種々のセンサー、ナノ粒子や分子標的治療薬の開発への応用などが期待され、さらには、二酸化 炭素の鉱物固定化やバイオミネラリゼーション (生物による鉱物形成)の素過程の理解に対しても大きく 寄与するものと考えられます。
 本研究成果は、2019 年 3 月 21 日に、米国物理学会科学誌 「Physical Review Letters」に掲載されまし た。


固液界面の3次元水和構造(左)、および水分子粘性マップ(右)

1.背景
 液体中における固体の表面近傍、すなわち固液界面は、結晶成長、触媒反応、潤滑 摩擦などさまざまな物 理 化学現象や、生体分子の特異結合 吸着などの生化学過程を引き起こす活性場として極めて重要な役割を 担っています。例えば、二次電池や燃料電池における電極反応は、固液電極界面上のイオンが形成する電気二 重層内で進行します。あるいは、生体適合性を左右するタンパク質分子の材料表面への接着性は、界面に形成 される水和殻/水和構造 (*1)およびその水分子挙動に強く関連しています。通常の水分子はランダムに熱運 動 (拡散)していますが、水和殻内の水(= 界面水)は表面と強く相互作用するため、通常の水に比べ、その 熱運動は著しく抑制され、水分子の流動性は局所的に低下し、粘性が高くなると考えられています。
 このような界面水における水分子挙動 (もしくは溶媒分子挙動)は、上述した物理 化学現象や生体分子の 機能発現と密接に関係しており、分子レベルで界面水の粘性分布を測定することで、こうした現象の理解は飛 躍的に進むことになります。界面における水の粘性ま たは拡散速度は、核磁気共鳴 (NMR)によって計測可 能ですが、NMR の空間分解能は低いため (原子サイ ズに比べるとその数万倍)、界面における水分子挙動 を知るには分子動力学( MD)シミュレーションによ って予測するほかありませんでした。
  京都大学大学院工学研究科の山田啓文 教授、小林 圭 同准教授、梅田健一 同研究員 研究当時、現 金 沢大学)、京都大学産官学連携本部の湊丈俊 特定准教 授らの研究グループは、液中環境下で動作する原子間 力顕微鏡 AFM)を用いた3次元フォースマッピング 法により、炭酸カルシウム結晶の表面において、分子 レベルでの水和構造の直接可視化に成功し、カルシウ ムイオン上の水分子の流動性が局所的に低い 粘性が 高い)ことを新たに見いだしました。


図 1. 炭酸カルシウム結晶構造.

2.研究手法・成果

 本研究では炭酸カルシウム (CaCO3)結晶を使用しました (より正確にはカルサイト 方解石)。この結晶 はへき開性 特定の方向に対して割れやすい性質)をもち、容易に原子的平坦面が得られ、AFM による原子 分解能観察が可能であることでも知られています。へき開面は 104)面と呼ばれ、図1に示すように、正電 荷をもつカルシウムイオンと、負電荷をもつ炭酸イ オンが並んでいます。
 本研究では、原子間力顕微鏡 AFM)による 3 次 元フォースマップ法 (*2)を用い、水溶液中でカルサ イトへき開面の探針–試料間相互作用について、保存 力と (エネルギー)散逸力 (*3)を分離して測定する ことに成功し、保存力と散逸力 減衰係数/粘性) のそれぞれの3次元マップを得ることに成功しまし た (図2)。図2(a) の保存力マップにおいて、界面 直上のコントラスト (白〜青〜黒)は界面に層状 水和殻が存在することを示し、図2(b) の粘性マ ップでは表面のある領域だけ明るくなっているこ とが分かります (白〜紫〜黒のコントラストにお いて、白がもっとも粘性が高い)。


図 2.
(a) 固液界面の水和構造(3D フォース マップ) (b) 3D 粘性(減衰係数)マップ

 図3は3次元フォースマップデータから抽出し た表面形状像および表面における粘性可視化像で あり、図3(a) と結晶構造モデルとの対応関係か ら、図3(b) の粘性可視化像において明るいコン トラスト (白)が得られている領域はカルシウム イオン直上に対応することが分かります。さらに、図4(a) は図1に示した紫矢印に沿った断面における2次 元粘性分布像であり、白矢印の位置が表面のカル シウムイオンの位置を示しています。
 図4(b) は、MD (分子動力学)シミュレーショ ンから計算された水分子の拡散係数の分布であ り、やはりカルシウムイオン上で拡散係数が小さ い (粘性が高い)ことが分かり、実験結果 (粘性分布)と極めてよい一致を示しています。なお、図4 (b) に関しては、実験結果と視覚的に比較しやす いように黒〜赤紫〜白とコントラストを反転させ ていることに注意してください。図1に示すよう に、カルサイト表面では、炭酸イオンの酸素原子 がわずかに突出しており、カルシウムイオンは酸素原子に囲まれてわずかに凹んだ位置に存在しています。こ のため、水分子はカルシウムイオンと強く相互作用し、拡散しにくくなる 粘性が高くなる)と考えられます。

図 3. (a) 表面形状像. (b) 粘性可視化像


図4.
表面近傍断面の粘性分布像(a)と拡散 係数像(b).

3.波及効果、今後の予定
 本研究によって、界面の水和殻/水和構造と水和殻内の水分子の粘性の分布を分子レベルで可視化する新た な手法が確立されました。今後、固液界面における物理 化学現象を利用する種々のセンサー、ナノ粒子や医 薬品の開発や、さらには生体の分子レベル機能解明への応用が期待されます。また、本研究で用いた炭酸カル シウムは、石灰岩、サンゴや二枚貝の殻の構成要素であり、二酸化炭素の海洋吸収に大きく寄与することが知 られています。本研究による知見は、二酸化炭素の鉱物固定化やバイオミネラリゼーション 生物による鉱物 形成)の素過程の理解に対しても大きく寄与するものと考えられます。

4.研究プロジェクトについて
 本研究は日本学術振興会科学研究費補助金 課題名 複合機能プローブシステムによるバイオ ナノ材料の 分子スケール機能可視化、3 次元フォースマップ法による生体分子表面の水和構造 電荷分布の可視化と相関 の解明、イオン液体中における機能性膜タンパク上の溶媒和構造と生体機能との相関の解明、ナノクラスター における協奏的原子操作の現象解明およびその応用)、公益財団法人新世代研究所、公益財団法人村田学術振 興財団、科学技術人材育成費補助事業 科学技術人材育成のコンソーシアムの構築事業」の支援を受けました。
 
<補足説明>
*1 水和殻/水和構造
固体表面においては、その幾何学的境界条件および水分子と固体表面との相互作用、また水分子間の相互作用 (平均距離 0.28 nm)のために、溶液密度分布はその分子サイズに対応する振動構造を示し、水和殻/水和構 造を形成することが知られている。水和構造は、生体分子の構造安定化や生体機能発現と強く関連し、また表 面への他の分子の接近を阻害するなど、さまざまな役割を担っている。

*2 原子間力顕微鏡(AFM)による3次元フォースマップ法
周波数変調 AFM FM-AFM)では、探針が取り付けられたカンチレバーの共振周波数シフトの距離依存性 (周 波数シフトカーブ)から相互作用力 (保存力)を定量的に求めることが可能である。試料の測定対象領域上で の3次元的な周波数シフトデータを取得すれば、試料上の3次元相互作用力 (保存力)分布および表面形状の 再構成が可能となり、取得した周波数シフトカーブ (従ってフォースカーブ)と測定位置との対応が明確とな る。この手法は3次元フォースマップ法と呼ばれ、溶液環境下においても計測可能である。通常、探針を z 方 向に走査して通常の周波数シフトカーブ測定を行い、x 座標を変化させながらこれを繰り返すことで、z-x 面 内の周波数データを取得、さらに y 方向に探針を動かすことで、最終的に3次元のフォースマップデータを得 る。

*3 保存力と(エネルギー)散逸力
FM-AFM ではカンチレバーを振動させ、その共振周波数の変化( 周波数シフト)からエネルギー損失のない 保存的な力 (保存力)を計測するが、同時にカンチレバーの振動エネルギーの変化からエネルギー散逸的な力 (散逸力)を計測することができる。保存力しか作用しない状況では、AFM 探針の試料接近時と後退時の運 動は時間反転の関係にあるが、散逸力がある場合、両者の間には位相遅れ (時間遅れ)が生じ、結果的にカン チレバー振動のエネルギーに損失が生じる。溶液環境における FM-AFM では、散逸力の検出感度は非常に低 く、保存力と独立して検出することが非常に困難であったことから、散逸力に関する研究は、注目はされてい たものの十分には進んでいなかった。

<研究者のコメント>
 本研究によって、固液界面に存在する特異な界面水の構造とその構造内の水分子挙動を直接可視化する新たな 手法が確立されました。今後、固液界面での物理 化学現象が関わるさまざまな材料 医薬品の開発や、生体 分子の機能解明を実験的に進めていく上で、強固な基盤が確立したといえるでしょう。

<論文タイトルと著者>
タイトル :Atomic-level viscosity distribution in the hydration layer (水和層内の原子レベル粘性分布)
著 者 :Kenichi Umeda, Kei Kobayashi, Taketoshi Minato, and Hirofumi Yamada
掲 載 誌: Physical Review Letters  DOI :10.1103/PhysRevLett.122.116001

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