極低温で現れる先進的合金の特異な変形メカニズムを解明

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宇宙開発などに役立つ高性能な低温構造材料の開発に期待

2020-03-28 香港城市大学,北京科技大学,日本原子力研究開発機構J-PARCセンター,南京理工大学,ハルビン工程大学

【発表のポイント】

  • 極低温状態で強度と延性が増大する特性をもつハイエントロピー合金は、低温環境における新しい構造材料として注目されているが、その変形するメカニズムの詳細は未解明であった。
  • 本研究では極低温における変形中の「その場中性子回折実験」による観察を行い、延性の増大が結晶構造の変化によるものでなく、複数の種類の結晶欠陥の導入・移動の組み合わせによって生じることを解明した。
  • 今後、宇宙開発などに役立つ高性能な低温用構造材料の開発が期待される。

純金属では1種類の原子が3次元的に規則正しく配列し、結晶を形作っている。ハイエントロピー合金では5種以上の金属原子が等しい割合で混ざりあい、結晶中でどの原子がどのような順番で配置するかはランダムになっている。

【概要】

香港城市大学のXun-Li Wang教授、北京科技大学、日本原子力研究開発機構 J-PARCセンターのステファヌス・ハルヨ研究主幹、川崎卓郎研究副主幹、南京理工大学、及びハルビン工程大学の研究グループは、J-PARCの中性子を使って、先進的な合金「ハイエントロピー合金1)」が持つ、極低温で延性が増大する特性の原因を、結晶の欠陥など、複数の要因が協働的に作用するためであることを突き止めました。

通常の金属材料は、温度の低下とともに強度が上昇する一方で延性は低下します。しかしながら、ハイエントロピー合金では低温状態で強度が上昇するのと同時に延性も増大し、室温よりも大きな延びを示します。低温で延性を示す金属材料は他にも知られていますが、その要因は結晶構造の変化です。しかし、ハイエントロピー合金における延性の増大の原因は今まで分かっていませんでした。

本研究では、極低温で変形中のハイエントロピー合金に、「その場中性子回折実験2)」を行い、原子レベルで何が起きているかを観察しました。

その結果、ハイエントロピー合金の結晶構造は変化せず、転位3)や積層欠陥4)などの結晶欠陥の発生・増加や移動、局所的な変形など、複数の変形機構が組み合わさって働くことで、このような特異な変形が実現していることを明らかにしました。

この結果は、宇宙開発、リニアモーターや核融合の超伝導コイルの構造部品などで要求される、低温環境で高い力学特性を発揮する新しい構造材料の設計のために有用な情報です。

この成果は3月27日付けの米国の学術誌「Science Advances」に掲載されます。

【研究の背景】

通常、金属は温度の低下とともに構成する原子が運動しづらくなるため、強度が上昇し、より大きな力に耐えられるようになります。その一方で延性は低下し、より小さな変形で破断してしまいます。ハイエントロピー合金は通常の金属とは異なり、低温で強度が大きく上昇するのと同時に延性も増大するという特異な挙動を示すことから、低温環境における新しい構造材料として注目されています。しかしながら、低温環境、特に液体窒素温度以下での変形メカニズムは解明されていませんでした。

金属材料が変形するメカニズムとしては、結晶中の原子配列の乱れである結晶欠陥に起因するもの、結晶方位5)の変化に起因するもの、一部のステンレス合金が示す結晶構造の変化に起因するもの6)や、液体ヘリウム温度(-269℃)に近い極低温で発生する局所的な変形によるものが知られています。これらの変形機構はそれぞれ異なった性質を有しており、ハイエントロピー合金の低温での特異な変形がどのようなメカニズムによって発現するのか、その解明が望まれていました。

【研究の経緯】

材料の変形機構の解明には、材料が実際に変形している状態そのものを評価する、その場測定が有効です。しかしながら、電子顕微鏡での観察のような金属の微細な構造情報の評価に通常用いられる手法は極低温下での変形中その場測定には不向きです。また電子顕微鏡は視野がごく狭い領域に限られているため、観察したミクロな構造情報とマクロな力学特性との整合性が取れない場合があります。

中性子回折はミリメートルサイズの力学試験片全体の平均的な構造情報と、変形の進行にともなう微細な組織の変化を評価するために極めて有効な手段です。研究グループは、大強度陽子加速器施設「J-PARC」の物質・生命科学実験施設(以下、「MLF」という。)に設置されている工学材料回折装置「匠」(図1)を用いました。「匠」は様々な試験機と組み合わせることで-260℃〜1000℃の広い温度範囲で材料を変形させながら結晶構造や微細な組織の変化を高精度で評価できる、世界有数の装置です。本研究では「匠」に設置した低温引張試験機を使用して、CrMnFeCoNi(クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル)の組成を持つハイエントロピー合金の、変形中の中性子回折強度測定を行いました(図2)。本研究では北京科技大学のグループが試験片の作製を行い、香港城市大学と日本原子力研究開発機構 J-PARCセンターのグループが中性子回折実験を行いました。

図1. 工学材料回折装置「匠」に取り付けられた極低温引張試験機

【研究の成果】

まず、装置で試料を引張り、試料にかかる応力と試料の延び率(ひずみ)の関係を調べました(図2)。

① 温度が低くなるほど、試料が大きな応力に耐えられるとともに延性も向上しています。15 K(-258℃)の低温では約2500 MPaまで耐えることができ、そのときの試料の延び率は62%でした。ここからさらに引張ると、試料は破断しました。

② -258℃で延び率が20%を超えるとスパイク状の応力の低下が生じているのは、試料の中のごく限られた一部分が急激に延びること(局所変形)で一気に応力が解放されることに起因しています。

図2. ハイエントロピー合金の295K、140K、15Kでの応力-ひずみ曲線。応力の急激な0への低下は試料の破断を示しており、この値のひずみまで延びることができることを示しています。また、その直前の応力がその温度で材料が耐えられる最大の応力です。温度が低いほど最大応力と最大ひずみが大きいことから、強度と延性がともに向上していることがわかります。15Kでひずみが20%をこえると現れるスパイク状の応力の低下は局所変形を示しており、同時に急激な応力解放に起因する温度の上昇も起こっています。

次に、低温で高い強度と大きな延性を生み出す原因を調べるために、「匠」を用いて、試料を引張りながらその場中性子回折実験を行いました。得られた回折パターンを図3に示します。

① 図3は室温と、15 Kで0 MPa、740 MPa、2460 MPaの応力を加えられた状態の中性子回折パターンです。回折パターンに現れるピークは結晶構造によって異なりますが、全てのパターンでほぼ同じ位置にピークがあることから、試料の結晶構造が変化していないことが分かります。

② 一方で、15 Kで2460 MPaを加えた状態の回折パターン(緑)では、各ピークの幅が広がっています。これは、試料の内部で結晶欠陥が増えたことを示しています。

図3.「匠」によって得られたCrMnFeCoNiハイエントロピー合金の低温引張試験中の中性子回折パターン

さらに、図3の中性子回折パターンに現れた全てのピークの位置、幅、大きさを詳しく調べると、図4の結果を得ることができます。

① 下図の縦軸は111回折ピーク(一番右側のピーク)の大きさを表しており、値が大きいほど試料内部で(111)面と呼ばれる結晶面が引張り方向に向いている結晶粒の割合が多いことを示しています。結晶粒の向きが変化するためには転位が移動する必要があるので、111回折ピークの大きさが増える割合が大きいほど転位の移動が活発であるといえます。

② 上図の縦軸は試料内部で積層欠陥が存在する確率を表しており、値が大きくなるほど積層欠陥が増えることを示しています。

図4. ハイエントロピー合金の変形にともなう(111)面による回折ピークの積分強度(下図)と積層欠陥の存在確率の変化(上図)。下図では、応力の増加に対する積分強度が増加する増える割合(傾き)が大きいほど転位の発生と移動が活発であること、上図では、値が大きくなるほど積層欠陥が多くなることを表している。

上下の図を合わせて見ると、-258℃での変形の進行を試料にかかる応力によって4つの段階に分けることができます。図2と合わせて、それぞれの段階で主として働く変形メカニズムを次のように整理することができます。

① 718 MPa(図5 Ⓐ)から転位の発生と移動(活動)が始まり、活発になっていきます。

② 1075 MPa(図5 Ⓑ)付近から転位の活動に加えて積層欠陥が発生しはじめます。

③ 1270 MPa(図5 Ⓒ)付近からは、図2より局所的な変形が発生しはじめることが分かり、同時に積層欠陥が急速に増加します。

④ やがて、2000 MPa(図4 Ⓓ)以上ではスパイク状の応力低下の幅が大きく局所変形が顕著になっていますが、この段階では転位の活動はすでに弱まっています。

このように複数の異なる原子レベルの変形メカニズムが段階的に働くことで、ハイエントロピー合金は極低温状態において極めて大きな強度と延性を獲得していることを本研究によって明らかにしました。

【今後の展開】

本研究では、CrMnFeCoNiの組成を持つハイエントロピー合金が極低温状態で示す極めて高い強度と大きな延性の起源が、複数の種類の結晶欠陥の発生と増加、移動とそれらの相互作用が、段階的に生じるためであることを中性子回折によって明らかにしました。本研究で用いた合金のように、複雑な化学組成とシンプルな結晶構造をあわせ持つことが、低温環境における優れた力学特性の鍵となる可能性が示されています。今後、本研究で得られた知見を活かした材料設計によって、より強く、より延びる、優れた低温材料の開発が期待できます。

【用語説明】

1)ハイエントロピー合金

通常の合金は含まれる金属元素は2〜3種類程度で、いずれかの元素が主成分となり、他の元素が占める割合は少ない。それに対し、ハイエントロピー合金は5種類以上の金属元素を等量程度、原子スケールで均一に混合させた合金である。通常の金属と異なり、低温状態で強度が上昇するのと同時に延性も増大するため、低温用構造材料として期待される先進的合金である。エントロピーとは系の「乱雑さ」を表す物理量で、系がとりうる状態の数が大きいほどエントロピーは高い。多数の元素が等量程度、偏りがなく混ざっている状態はエントロピーが高いので、ハイエントロピー合金と呼ばれる。

2)その場中性子回折実験

ミクロな現象を記述する量子力学の世界では中性子が波の性質を持つことを利用し、多数の原子で構成される結晶に照射された中性子が起こす回折現象から、結晶構造を調べることができる。「その場」とは、例えば本実験で試料を引張りながら観察を行ったように、試料の反応や変化をリアルタイムに観察することをいう。一般に中性子実験はX線と比べて得られる信号強度が弱く、時間をかけて信号を積み重ねる必要があるのでその場観察に向かないが、J-PARCの大強度中性子ビームでは可能である。本実験に用いたMLFの中性子回折装置「匠」は、様々な試験機と組み合わせることで-260℃〜1000℃の広い温度範囲で材料を変形させながら結晶構造や微細な組織の変化を高精度で評価できる、世界有数の装置である。

3)転位

金属やセラミックスなどの材料は、原子がある一定の周期性を持って規則正しく並んだ結晶の状態で存在している。材料に強い力が加えられて変形が起こった際に、結晶内部に原子配列が乱れ周期性が失われた部分(欠陥)が現れる場合がある。この欠陥のうち、原子配列の乱れが線状に連なったものを転位と呼ぶ。金属はセラミックスに比べ、力が加えられた際に転位が発生しやすく、移動しやすいため、割れることなく変形させることができる。

「転位」による金属の変形の例:
(a)欠陥がない状態の金属に左右に力が加えられた場合、(b)原子配列の規則性がくずれた部分(欠陥)が発生する場合がある。図のような形の結晶の欠陥を「転位」とよび、T字で表す。(c)さらに力が加わると、この転位が右方向に順繰りに移動していくことで、(d)金属が力の方向に伸びる。

4)積層欠陥

原子配列の乱れが面状に連なったもの(面欠陥)のうちで、原子が作る面が並んだ順番が乱れた状態にあるものを積層欠陥と呼ぶ。金属などに力が加えられた際に現れる場合があり、材料の変形を担っている機構の一つである。

「積層欠陥」による金属の変形の例:
結晶中で3次元的に規則正しく並んだ原子をある方向から見ると、(左図)原子の層がABCABC・・・のように規則正しく積層した状態と捉えることができる。左右に力が加わると、(右図)ある部分(赤点線)を境に左右にずれ、ABABC・・・のように層が積み重なる順番の規則性がくずれる場合がある。このような積層の規則性がくずれた場所を「積層欠陥」と呼び、積層欠陥の発生によって図の場合は金属が左右方向に伸びる。

5)結晶方位

通常の材料は、多数の内部で原子配列の周期性が概ね保たれた粒(結晶粒)が集まって構成されている。この結晶粒の向きを結晶方位と呼ぶ。大きな力が加えられた際に結晶方位が変化して力の方向に寸法が伸びる場合があり、材料の変形を担う機構の一つとして知られている。

6)結晶構造の変化による結晶の変形の例

面心立方構造(左)から体心立方構造(右)に変化すると、同じ原子数あたりの体積が増え、密度が下がる。結晶構造の変化によって材料全体の原子数は変化しないので、面心立方構造から体心立方構造に変化すると、材料は膨張する。

【発表論文】

掲載誌:Science Advances

論文タイトル:Cooperative deformation in high-entropy alloys at ultralow temperatures

著者とその所属: Muhammad Naeem[1], Haiyan He[1], Fan Zhang[2], Hailong Huang[2], Stefanus Harjo[3], Takuro Kawasaki[3], Bing Wang[1], Si Lan[1,4], Zhenduo Wu[1], Feng Wang[5], Yuan Wu[2], Zhaoping Lu[2], Zhongwu Zhang[6], Chain T. Liu[5,7], Xun-Li Wang[1,8]
[1] 香港城市大学 Department of Physics [2] 北京科技大学 [3] J-PARC/JAEA [4] 南京理工大学 [5] 香港城市大学 Department of Materials Science and Engineering [6] ハルビン工程大学 [7] 香港城市大学 Department of Mechanical Engineering [8] 香港城市大学 深圳研究院

DOI:10.1126/sciadv.aax4002

URL:https://advances.sciencemag.org/content/6/13/eaax4002

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