液体は固体上をどのように滑るのか

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2020-03-30 東京大学

○発表者:

田中 肇(東京大学 生産技術研究所 教授)

○発表のポイント:

◆固体の上を液体が流れるとき、ある流速を超えると液体が固体表面上をスリップしているように見える現象が知られているが、今回、その機構を解明した。

◆これまでも、液体と固体の間に気体相が形成されると仮定すると、スリップ現象を自然に説明できることは知られていたが、液体の粘性が密度に依存することに起因して、流れにより密度の揺らぎが増幅され、その結果、流速の増大により密度の揺らぎが増大し、ついには気体相が生成されるという新しいメカニズムを示した点に新奇性がある。

◆この成果は、液体と固体の間のスリップ現象の物理的起源を解明し、その制御の指針を示した点に最大のインパクトがある。スリップを誘起することができれば、流体の輸送に伴うエネルギー損失の低減につながるなど、実用的にも有益な成果といえる。

○発表概要:

 東京大学 生産技術研究所の田中 肇 教授、黒谷 雄司 博士課程大学院生(研究当時)の研究グループは、固体上を液体が流れるとき、ある流速以上で固体表面上の流速が0でなくなるという「スリップ現象」の物理的起源を探るべく研究を行った。古くから、固体上を液体が流れるとき、固体表面での流体の流速は0であると考えられ、「スリップなしの境界条件」として広く知られてきた。しかし近年、ナノテクノロジーの進歩により、さまざまな固体表面上でスリップ現象が実験的に観察されるようになった。一つの有力な説として、固体と液体の境界(固体壁)に気体相が形成され、見かけ上、固体と液体の境界において速度に不連続が生じるという考え方が提案されてきた。しかしながら、流れによってなぜ気体相が液体相から出現するのかという疑問は、未解明のままであった。

 同研究グループは、液体の粘性が密度に依存する場合には、液体の流れに伴うずり変形(注1)と密度の間に結合が生じる点に着目した。一般には、単純ずり変形は体積変形を伴わない変形であるので、密度との結合はないと考えられてきたが、液体の粘性が密度に依存する場合にはその限りではない。そこで、流体力学の基礎方程式である質量保存則、運動量保存則(ナビエ・ストークス方程式)に熱揺らぎ(注2)の効果を取り入れたモデルを用いて、固体壁に接した液体の流れを数値的にシミュレーションすることで、その機構に迫った。

その結果、まず固体壁が存在すると液体の流れがない状態でも、固体壁の近くで液体の密度の揺らぎが増大することを見出した。さらに液体に流れを加えると、密度の揺らぎが増大し、ある流速以上で固体壁表面に気体相が核形成すること、さらに流速を上げると、液体状態が不安定化し、スピノーダル分解(注3)的に気体相が生成されることを見出した(図1)。特に、固体壁が液体相よりも気体相と相性がいい(ぬれやすい)場合、この効果が顕著になることも明らかとなった。

 本研究の成果は、長年の謎であった固体表面における液体のスリップの謎の解明に大きなインパクトを与えるだけでなく、流体輸送に伴うエネルギー損失の低減にも新たな指針を与えるものと期待される。

 本成果は2020年3月27日(米国東部夏時間)に「Science Advances」のオンライン速報版で公開された。

○発表内容:

 東京大学 生産技術研究所の田中 肇 教授、黒谷 雄司 博士課程大学院生(研究当時)の研究グループは、固体上を液体が流れるとき、ある流速以上で固体表面上の流速が0でなくなる、いわゆる「スリップ現象」の物理的起源を探るべく研究を行った。古くから、流体が固体の上を流れるとき、固体表面での流体の流速は0であると考えられ、「スリップなしの境界条件」として広く知られてきた。この仮定は一見合理的に見えるものの、微視的な裏付けがなくその妥当性については古くから論争が続いてきた。しかしながら近年、ナノテクノロジーの進歩によりさまざまな固体表面上でスリップ現象が実験的に観察されるようになった。この現象を説明する一つの有力な説として、固体と液体の境界に気体相が形成され、気体相と固体相の間にはスリップはないものの、気体相の粘性は液体に比べはるかに低いため、見かけ上、固体と液体の境界において速度に有限のとびが生じる、すなわち、スリップしているように見えるという考え方が提案された。しかしながら、流れによって気体相がどのように液体相から出現するのかという疑問は、未解明のままであった。

 同研究グループは、液体の粘性が密度に依存する場合には、液体の流れに伴うずり変形と密度の間に結合が生じる点に着目した。一般には、単純ずり変形は、四角形を高さ一定のまま平行四辺形に変形するような変形モードであるため、体積変形を伴わず、その結果、ずり変形により密度は変わらない、すなわち、ずり変形と密度の間には結合はないと考えられてきた。しかしながら、液体の粘性が密度に依存する場合にはその限りではなく、密度揺らぎはずり変形により増大することになる。同研究グループは、この非自明な結合による密度揺らぎの増大が、液体相からの気体相の生成を助けるのではないかと予想し、流体の基礎方程式である、質量保存則、運動量保存則(ナビエ・ストークス方程式)に熱揺らぎの効果を取り入れ、固体壁に接した液体の流れを数値的にシミュレーションすることで、そのメカニズムに迫った。

 その結果、まず固体壁が存在すると流れがない状態でも、固体壁の近くで液体の密度揺らぎが増大することを見出した。これは、固体壁の存在により、固体・液体境界における対称性が破れた結果として理解できる。さらに液体を流すと、この密度揺らぎがさらに増大し、溶存気体を含むような準安定な液体状態においては、固体壁表面に気体相が核形成することを見出した。また、さらに流速を上げると、液体状態が不安定化し、スピノーダル分解的に気体相が固体表面上に生成されることを見出した。特に、固体壁が液体相よりも気体相にぬれやすい場合この効果が顕著になることも明らかとなった。実際の実験で用いられる液体には、必ず空気などの気体が溶存しており、流れにより溶けていた気体が出現するというのは、自然な機構であると考えられる。通常の粘性の低い水などの液体においては、粘性の密度依存性が弱いため、液体状態の不安定化を引き起こす流れのずり変形率は、非現実的に高い値を示す。したがって、現実的には、気体の核形成成長機構が重要であるが、ガラス転移点の近くの液体など、粘性の密度依存性が非常に強い場合には、通常の実験可能なずり変形率においても、スピノーダル分解型の気相生成が見られる可能性があり、今後の実験的研究が望まれる。特に、固体壁が液体相よりも気体相にぬれやすい場合、スリップ現象がより低いずり変形率でみられることも明らかとなった。

 本研究の成果は、長年の謎であった固体表面における液体のスリップ現象の機構解明に大きく貢献すると期待される。また、液体の流れに伴う粘性散逸(注4)はずり変形率に大きく依存し、スリップが起きると液体内部でのずり変形率は減少する。そのため、スリップ現象の機構解明は、流体輸送に伴うエネルギー損失の低減に新たな指針を与えると期待され、省エネルギーという観点からも重要である。

○発表雑誌:

雑誌名:「Science Advances」(3月27日版)

論文タイトル: A novel physical mechanism of liquid flow slippage on a solid surface

著者: Yuji Kurotani and Hajime Tanaka

DOI番号: 10.1126/sciadv.aaz0504

○問い合わせ先:

東京大学 生産技術研究所

教授 田中 肇(たなか はじめ)

Tel:03-5452-6125 Fax:03-5452-6126

URL:http://tanakalab.iis.u-tokyo.ac.jp/

○用語解説:

(注1)ずり変形

 任意の立方体からなる物質を考え、その下面を固定し、上面を下面に平行に変形させたとき、それをずり変形という。

(注2)熱揺らぎ

 有限温度でみられる平均の状態からの微小かつランダムなずれのこと。温度が高くなると全ての熱揺らぎは大きくなり、絶対零度に近づくと熱揺らぎは小さくなる。

(注3)スピノーダル分解

 不安定状態から平衡状態への状態変化に対応する相分離(今の場合は、気体と液体の相分離)のことである。この場合、密度揺らぎは時間とともに増大することになる。

(注4)散逸

 粘性が働くことによって液体の運動エネルギーは、熱エネルギーに不可逆的に転化する。これを粘性散逸という。

○添付資料:

図1: 液体の流れによる固体表面上における気泡(バブル)の生成過程。時間tの経過とともに準安定な液体の中に、気体の泡の核が形成され、より大きな泡へと成長する。色が青いほど密度は高く、白いほど密度は低い。したがって、白い部分は気体の泡とみなせる。

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