氷期最寒期のダスト飛来量を複数の南極アイスコアから復元

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ダスト起源のパタゴニアからの輸送距離の違いを反映

2020-03-10   国立極地研究所,北海道大学,海洋研究開発機構,東京大学 大気海洋研究所

国立極地研究所(所長:中村卓司)の大藪幾美 研究員(日本学術振興会特別研究員PD)と川村かわむら賢二けんじ 准教授、北海道大学低温科学研究所(所長:福井ふくい学まなぶ)の飯塚いいづか芳徳よしのり 准教授、東京大学大 気海洋研究所(所長:河村かわむら知彦ともひこ)の阿部あべ彩子あやこ 教授、海洋研究開発機構(理事長:松永まつなが是ただし)の大垣内おおがいとるみるみ 研究員らによる国際共同研究グループは、南極内陸のドームふじとドームCアイスコア(図1)に含まれる微粒子(図2)のサイズや形状、化学組成を一粒ずつ電子顕微鏡によって解析することで、最終氷期の最寒期(約2万年前)にドームふじに降下したダスト(陸域を起源とする微粒子)がドームCよりも約3倍も多かったことを初めて明らかにしました(図3)。また、同時期にドームCに飛来したダストの方が小さく扁平であることから、より遠くから運ばれてきたこともわかりました。これらの結果は大気大循環モデルによるシミュレーションとも整合的であり(図4)、その原因は、氷期のダストの主な起源である南米南部のパタゴニアからの輸送距離の違いであると考えられます。この成果は「Journal of Geophysical Research -Atmospheres」誌に掲載されました。

研究の背景

大気中に浮遊しているエアロゾル粒子は太陽光を吸収・散乱させることで地球の放射収支に影響を及ぼしたり(エアロゾルの直接効果)、雲の凝結核となることで雲の生成や特性に影響を与え、間接的に地球の気候に影響を及ぼしたりします(エアロゾルの間接効果)。エアロゾルが過去の気候変動に与えた影響を評価するためには、エアロゾルの種類や量、発生起源、輸送経路などを正確に復元し、数値モデルで再現することが求められます。エアロゾル粒子の中でも鉱物ダスト(陸域を起源とする微粒子)は氷期の地球寒冷化に貢献する代表的なエアロゾルです。南極氷床には、過去に飛来したダストなどの微粒子が堆積しているため、氷床を鉛直方向に掘り抜いたアイスコアを調べることで、過去にどのような種類のエアロゾルがどれくらい南極へ飛来したかを調べることができます。

これまでの研究から、氷期に南極内陸へ飛来するダストの主な起源は南米南部のパタゴニア(図1)であるとされています。南極の周りでは時計回りの大気循環があることから、パタゴニアからのダストの飛来量は欧州連合のチームによるドームCアイスコア掘削地点(図1)よりも日本のチームによるドームふじアイスコア掘削地点(図1)の方が多かったことが予測でき、実際、複数のダスト輸送モデルがそのような結果を示してきました。ところが、アイスコアのダスト濃度は、ドームCの方が高かったという逆の結果が示されていました(文献1)。その原因の一つに欧州連合と日本でアイスコア中のダスト濃度の分析方法に違いがあることが挙げられます。

研究の内容

本研究は、日本と欧州の国際共同研究として、新しくかつ全く同じダストの分析手法をドームふじおよびドームCで掘削したアイスコアに適用し、定量的に両者のダスト濃度を比較しました。具体的には2つのアイスコアから、氷を昇華させて数μmのダストと海塩粒子(図2)を取り出し、それら一粒ごとに電子顕微鏡を用いて分析することで、両地域に飛来するダストと海塩粒子の化学組成と質量比を解明しました。ダストと海塩粒子という起源の異なるエアロゾルを復元したことが本研究の独創的な手法であり、海塩粒子を基準にして異なる2つのコアのダスト濃度を定量的に比較できるようになりました。その結果、最終氷期最寒期(約2万年前)のドームふじのダスト沈着量は、ドームCよりも約3倍高かったという結果を得ました(図3)。電子顕微鏡による形状観測から、ドームCに飛来したダストの方が小さく扁平で、ドームふじに飛来したダストよりも遠くまで運ばれやすい性質を持っていたこともわかりました。さらに、硫酸によって変質した海塩粒子の割合を比べたところ、ドームふじコアの方が硫酸によって変質した海塩が少ないことがわかりました。硫酸は海塩よりもダストと優先的に反応することから、ドームCよりも変質した海塩が少なかったのはドームふじの方がダスト飛来量が多かったためだと考えられます(注1)。大気大循環モデルを用いたダスト輸送シミュレーションもまた、ドームふじのダストフラックスがドームCよりも高かった(図4)という結果を示しています。このように、氷期のダストの主な起源がパタゴニアであることと、そこからのダストの輸送距離によって南極内陸でのダストフラックスが決まることをアイスコアのデータから初めて明らかにするとともに、モデルの計算結果を定量的に検証することができました。

さらに、最終退氷期に相当する約17,000年前以降における両コアのカルシウムを含むダスト粒子の化学組成が異なることから(注2)、この頃に飛来したダストの輸送高度がドームふじとドームCで異なっていたことも示唆されました。この結果は、間氷期にオーストラリアから輸送されるダストの割合がドームCで増えたという従来の研究結果を支持する一方で、ドームふじには引き続きパタゴニアを起源とするダストが多く飛来していたことを新たに示唆しました。

今後の展望

本研究により、南極内陸に飛来する鉱物ダスト沈着量が南極内陸でも地域によって何倍も異なり、それが輸送距離で決まるという重要な知見を得ることができ、数値モデルの検証にもつながりました。今後は、より多くの地点のアイスコアを同一の手法で分析することで、ダストフラックスの空間分布が解明されることが望まれます。それにより、ダストの輸送モデルの検証が一層進み、エアロゾルの直接効果や間接効果、気候感度に関する研究の発展や、より正確な気温の将来予測につながることが期待されます。

文献1
Dome Fuji Ice Core Project Members (2017). State dependence of climatic instability over the past 720,000 years from Antarctic ice cores and climate modeling. Science Advances, 3, e1600446.

注1:
南極周辺の海氷や海水を起源とする海塩粒子は、南極内陸への輸送される間に、その大部分が、南大洋の海洋生物を起源とする硫酸と反応し、硫酸ナトリウムとなる。ダスト濃度の高い氷期は、ダストが硫酸と反応するため、海塩の一部は硫酸と反応せずに輸送される。ドームふじの方がダスト飛来量が多かったため、ドームCと比べてドームふじの方が硫酸により変質した海塩が少なかったと考えられる。

注2:
本研究から、約17,000年前以降、ドームふじの方が硫酸カルシウムの割合が高く、ドームCの方が硝酸カルシウムの割合が高いことがわかった。南極へ輸送されるカルシウムを含む主な鉱物は、硫酸カルシウムと硝酸カルシウムである。両者とも、その多くは炭酸カルシウムを起源とし、大気中で硫酸や硝酸との化学反応により生成される。硫酸と硝酸は起源が異なり、大気中でそれぞれが分布する高度が異なると考えられるため、硫酸カルシウムは低部対流圏で、硝酸カルシウムは上部対流圏で生成されたと考えられる(南極において、硫酸の主な起源は海洋の生物が放出する有機硫黄化合物であり、硝酸は起源は成層圏や上部対流圏である)。そのため、2地点間の硫酸カルシウムと硝酸カルシウムの割合の違いは、各地点に飛来したダストの輸送高度が異なっていたことを示すと解釈した。

発表論文

掲載誌:Journal of Geophysical Research: Atmospheres
タイトル:Compositions of Dust and Sea Salts in the Dome C and Dome Fuji Ice Cores From Last Glacial Maximum to Early Holocene Based on Ice-Sublimation and Single-Particle Measurements

著者:
大藪 幾美(国立極地研究所 日本学術振興会特別研究員PD)
飯塚 芳徳(北海道大学低温科学研究所)
川村 賢二(国立極地研究所)
Eric Wolff(ケンブリッジ大学)
Mirko Severi(フィレンツェ大学)
大垣内 るみ(海洋研究開発機構)
阿部 彩子(東京大学大気海洋研究所)
Margareta Hansson(ストックホルム大学)

URL: http://dx.doi.org/10.1029/2019JD032208
DOI: 10.1029/2019JD032208
論文公開日: 日本時間 令和2年2月22日

研究サポート

本研究は、科学研究費補助金(若手研究A23681001、若手研究B17K12816、特別研究員奨励費17J00769、国際共同研究加速基金15KK0027、新学術領域研究17H06320、17H06323、基盤研究S17H06104、基盤研究S18H05292)、文部科学省統合的気候モデル高度化研究プログラム、北欧COE(Nordic Centre of Excellence)、ロンドン王立協会(Royal Society)の助成を受けて実施されました。

氷期最寒期のダスト飛来量を複数の南極アイスコアから復元

図1: 新種を発見した場所(お台場海浜公園)。
(東邦大学 多留聖典撮影)南極ドームふじアイスコアとドームCアイスコアの掘削点と、氷期のダストの主な起源とその輸送経路。氷期のダストはパタゴニアを主な起源とし、南極を中心とした時計回りの大気循環によって南極へ輸送されたと考えられている。

図2: 代表的な鉱物ダストと海塩粒子の電子顕微鏡写真((a)左:ダスト、右:ダストと海塩の混合粒子、(b)海塩)。多数の黒い丸はフィルターの孔。

図3: 氷期最寒期(約2万年前)と間氷期(約1万年前)のダストと海塩のフラックス。海塩フラックスはドームふじもドームCもほぼ同じだが、ダストフラックスはドームふじの方が2〜3倍高い。氷期最寒期にダスト飛散量が増えた理由は、パタゴニアの氷河が拡大し氷河が地表を削ることで、ダストとして飛散する氷河性堆積物が増えたことが主な要因であると考えられている。その他にも、海水準が下がり陸地の露出面積が増えたことや、植生が変化し乾燥していた、風が強くダストが輸送されやすかったなど、複数の要因が考えられている。

図4:最終氷期最寒期(21,000年前)の大気大循環モデルによるダストの輸送ミュレーション。パタゴニア周辺のフラックスが高いことからダストの発生源がパタゴニアであること、時計回りにフラックスの勾配があることから、南極を中心とする時計回りの大気循環によってダストが輸送され、輸送距離が長いほどフラックスが減少している様子がわかる。モデルの結果からも、最終氷期最寒期においてドームCよりもドームふじの方がダストフラックスが高いことが示されている。

お問い合わせ先

研究内容について
国立極地研究所 気水圏研究グループ(日本学術振興会特別研究員PD)
大藪 幾美(おおやぶ いくみ)

報道について
北海道大学総務企画部広報課

国立極地研究所 広報室

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