磁性体の高度磁気解析の国際共同研究による成果

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ナノメートルサイズの磁石を持つバクテリアから気候変動の復元を目指す

2020-03-02 産業技術総合研究所

ポイント

  • ナノ磁性粒子の磁場反転に伴う複雑な磁化変化のシミュレーションを実施
  • 走磁性バクテリアの鎖状磁性体の並び方を磁化の変化パターンから判別
  • 地質試料に含まれる走磁性バクテリアなどの非破壊磁性分析による気候変動の復元に期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)地質情報研究部門【研究部門長 田中 裕一郎】地球変動史研究グループ 小田 啓邦 上級主任研究員とケンブリッジ大学(論文主著者 Richard J. Harrison教授)、オーストラリア国立大学、インペリアルカレッジロンドンは、磁性体の磁気ヒステリシス二次微分解析手法(FORC法)と、その拡張手法(拡張FORC法)のシミュレーションを行い、測定データとの対応を確認した。

ナノメートルサイズの磁性粒子の集合体に対して、FORC法と拡張FORC法による複雑な外部磁場の変化に対する磁化の応答をシミュレーションで導き、得られた結果を可視化した。特に、地質試料などに含まれる走磁性バクテリア体内の鎖状に並んだ磁性粒子の直線性などを磁化の変化パターンから判別できることを示した。この成果は、気候変動の影響を受ける走磁性バクテリアの判別・分析に役立つと共に、磁性体の非破壊評価手法や、未知の磁性粒子集合体や混合物判別手法の発展への貢献が期待される。なお、この技術の詳細は、米国地球物理学連合発行のJournal of Geophysical Research誌でオンライン出版された。

地質調査総合センターの最近の研究成果の概要図

FORC法による鎖状に並んだ磁性体の磁場反転に対する応答の可視化

(左)振動試料型磁力計を用いたFORC法の測定。電磁石で磁性体に磁場をかけて磁化を読み取る。(中)①右方向に強い磁場をかけると磁性体は右向きにそろう、②磁場をゼロにしても磁化はほとんど変化しない、③さらに逆方向に弱い磁場をかけると一部だけ磁化が反転する。(右)磁場を何度も変化・反転させることによる磁場と磁化の変化を可視化する。

開発の社会的背景

最近、ナノ磁性体が注目されてきている。特に、産業界や医療への応用とともに、生体や環境に対するナノ磁性体の役割や影響の解明が期待されている。例えば、走磁性バクテリアが体内に生成するナノメートルスケールの鎖状磁性体は、磁石の化石として海底や湖底の泥にも含まれるが、種によって適した酸素濃度が異なり、それによって磁性体の形が異なることが明らかにされつつある。さらに、5600万年前に地球の気温が急激に上昇したが、走磁性バクテリア化石の磁性体の形の詳細な解析により、気温上昇の後に深海底の海水中の酸素濃度が減少していったことが最近明らかになった。このように、過去の気候変動解明のためにも信頼性の高いナノ磁性体の評価法が求められている。ナノ磁性体を含む磁性体の評価技術のひとつとして振動試料型磁力計などを用いたFORC法が活用されている。他の評価技術と異なり“非破壊”でナノメートルスケールの磁性体粒子の種類・形・大きさ・近接状態などを判別できる可能性があるが、FORC法を活用するための理論的背景が十分ではなく、実用的な利用には課題が残されていた。

研究の経緯

産総研は、自然界や産業界での磁性体の評価技術の発展・成熟を目指しており、その一つとしてFORC法の開発・応用にも取り組んできた。特に、FORC法の開発を約20年前から先導してきたオーストラリア国立大学のAndrew Roberts教授を海外卓越研究員として招聘し、ケンブリッジ大学とインペリアルカレッジロンドンも含めた国際共同研究により、FORC法と2017年に提案された拡張FORC法についてシミュレーションに取り組んだ。

なお、本研究開発は、産業技術総合研究所の卓越研究員招聘事業「磁気記録と気候変動研究における機械学習手法の開発(平成30~31年度)」の一環として行った。

研究の内容

今回、地球惑星科学分野や磁性材料など物性分野で磁性体の評価などに利用されているFORC法と拡張FORC法についてシミュレーションし、結果の解釈に必要な理論的根拠となる基礎データを初めて提示した。特に、FORC法によるFORC図と拡張FORC法による3つの図の、あわせて4つの図を同時に示すことで、これまでFORC図だけでは類似点が多く分類が困難であった磁性体の種類や形状などを明確に区別できるようになった。また、FORC法と拡張FORC法は実験に基づく現象論的解析手法であり、従来は未知の物質の分析データを、これまで蓄積された既知物質の分析データと比較して解釈してきたが、今回のシミュレーションを活用することで磁性体の異方性や密集度などを含めたシミュレーションデータを用意し、実験データと比較して未知の磁性粒子についてさらに詳しい情報を得ることが可能になった。本研究では、天然鉱物としても産する磁鉄鉱や赤鉄鉱を想定し、異なる磁気異方性をもつ磁性粒子がさまざまな密集度で集合体として存在する状態をシミュレーションした。さらに、走磁性バクテリアの体内で形成される鎖状磁性体を模したシミュレーションも行った。

走磁性バクテリアのシミュレーションに用いた鎖状磁性体の複数の分布モデルの一部を図1右に示す。鎖状磁性体は生きている時にほぼ直線状であるが(図1左)、バクテリアの死後は鎖状磁性体の配列が崩れて屈曲する(図1中)。図1右はバクテリアの死後に鎖状磁性体が屈曲した状態に対応する。図2は、走磁性バクテリアを模した鎖状磁性粒子の2種類のシミュレーション結果である。上段は磁性体の鎖が真っすぐに伸びている場合であり、下段は磁性体の鎖が崩れて屈曲した場合である。直線状の場合はtFORC図(拡張FORC法の1種)にほとんど何も確認されないが、直線から崩れた鎖の場合はtFORC図内でチョウの羽状に赤いエリアが広がっており、両者の違いがはっきりと判別できる。一方、これまでのFORC図のみによる判断では、鎖状磁性体の直線性の判断は困難である。拡張FORC法を取り入れたシミュレーションにより、鎖状磁性体の配列様式などの判別が容易になった。

図1

図1 走磁性バクテリア(左)と走磁性バクテリアの化石(中)の透過型電子顕微鏡画像、鎖状磁性体のシミュレーションモデル(右)

走磁性バクテリアの体内で鎖状に連なる黒い粒子は磁鉄鉱で、両端の鞭毛(べんもう)で磁力線に沿って泳ぐことを可能とする。走磁性バクテリアの体内磁石の化石(図中央)は5600万年前の急激な温暖化のころの南大西洋の深海底の泥から見つかったもの。シミュレーションモデルは、バクテリアの死後に体内の鎖状磁性粒子が屈曲した状態をモデル化したもの。鎖1個が走磁性バクテリア1匹に対応する。なお、左の図(Shimoshige et al., 2017; PLOS ONE; doi: 10.1371/journal.pone.0170932)と中央の図(Chang et al. 2018; Nature Communications; doi: 10.1038/s41467-018-06472-y)は、いずれもクリエーティブ・コモンズ・ライセンス(表示:CC-BY)に基づく著作権ルールで公開されているオープンアクセス論文の図の一部を取り出して論文情報を埋め込んだものである。

図2

図2 1本の鎖状磁性粒子(左)、FORC図(中)、拡張FORC法の一つであるtFORC図(右)

上段と下段は、それぞれ直線状と屈曲した鎖状のナノ磁性体について計算したもの。それぞれのナノ磁性粒子は緑色の球で表現され、球面上の黒の突起は磁化しやすい方向を示す。それぞれシミュレーションに用いた複数の鎖状磁性体のうち1本を例として表示した。FORC図のみでは上段と下段の判別困難であるが、tFORC図では両者の違いが明確である。

磁性体粒子の分析方法には、試料の研磨面に対して分析を行う手法や試料を粉末にして分析を行う手法があるが、磁性体粒子は取り出したり研磨したりする過程で、本来持っている磁性とは全く異なる磁性を示す状態に変化し、分析結果に影響することが多い。それに対しFORC法や拡張FORC法は磁性体粒子の立体的配置を保持したまま測定可能な非破壊分析なので、実測データの信頼性は高い。今回、シミュレーションによって、実験結果の解釈に必要な理論的根拠となる重要な基礎データを提示できたため、FORC法や拡張FORC法による分析結果を正しく解釈できるようになったと考えられる。

今後の予定

今後は、走磁性バクテリアをはじめさまざまな磁性粒子のシミュレーション事例を増やし、地質試料などの実測データとの照合をより正確にして、気候変動復元にも活用できる磁性体の非破壊評価手法として成熟させていく予定である。特に、シミュレーションデータを活用した機械学習トレーニングの導入により、将来的には磁性体の自動評価手法の開発につながることが期待される。

発表論文

論文タイトル:Simulation of Remanent, Transient, and Induced FORC Diagrams for Interacting Particles With Uniaxial, Cubic, and Hexagonal Anisotropy

著者:Richard J. Harrison1, Xiang Zhao2,3, Pengxiang Hu2,3, Tetsuro Sato3, David Heslop2,3, Adrian R. Muxworthy4, Hirokuni Oda3, Venkata S. C. Kuppili1, and Andrew P. Roberts2,3

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