地球が見える 2020年 進路予測が難しかった2019年台風10号

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2020-03-05   JAXA

気象庁は2020年2月26日に「2019年の台風について(確定)」に関するお知らせを発表しました。その中で述べられているように、2019年は、令和元年房総半島台風(第15号)が房総半島を中心に暴風による被害をもたらし、また、令和元年東日本台風(第19号)が東日本や東北地方を中心に大雨などによる被害をもたらすなど、台風が日常生活に大きな被害をもたらした年でした。
一方で、上記のお知らせの中では、気象庁の台風進路予報の精度が長期的にみれば向上していることが述べられています。しかしながら、本稿で2019年台風10号に注目する理由は、この台風の進路予測が難しかったからです。

台風10号は、日本上陸に伴い、日本の各地で災害が発生し、死者2名、負傷者56名の大きな人的被害がありました。また、各地で記録的な降水量が記録されました。アメダスの観測によると、静岡県で1時間降水量が64mm(8月15日)を記録したほか、高知県では、24時間積算雨量が最高620mm(8月15日)、期間降水量が872mmを記録しました。(内閣府防災情報のページによる)

図1は台風10号の経路図です。台風10号は2019年8月6日にマリアナ諸島付近の海域で発生し、国際名KROSAと名付けられました。その後、勢力を保ちながら北西に向かって移動しましたが、8日から11日にかけて太平洋上で動きが遅くなり停滞ぎみになりました。その後、11日以降は、勢力を保ちながら再び北西に向けて動き出しました。図2は13日に日本列島に近づきつつある台風10号を全球降水観測計画(GPM)主衛星搭載二周波降水レーダ(DPR)により、降水の3次元観測を行った結果ですが、台風に伴う渦状の強い降水が観測されています。台風10号はその後、15日に広島県呉市付近に上陸しました。その後は中国地方を縦断して日本海へ抜け、16日に北海道の西で温帯低気圧に変わりました。

地球が見える 2020年  進路予測が難しかった2019年台風10号

図1 JAXA/EORC台風データーベースで提供している2019年台風10号の経路図。

全球降水観測計画(GPM)主衛星搭載二周波降水レーダ(DPR)による台風10号の降水3次元観測結果(2019年8月13日12:57 (世界標準時))。

図2 全球降水観測計画(GPM)主衛星搭載二周波降水レーダ(DPR)による台風10号の降水3次元観測結果(2019年8月13日12:57 (世界標準時))。

この台風10号が8月8日から11日にかけて太平洋上に停滞していた期間、気象庁の台風進路の予測は大幅に修正されていきました。台風の初期の段階(6日付近)では、台風10号は北東に進んで日本の東海上を通過すると予測されていました。しかし、日が経つにつれ台風10号の予測進路が西寄りに修正され、9日に気象庁が発表した進路予報では、日本への接近が予測されました。その後、進路予報がようやく定まり、最終的に西日本を直撃する予測となりました。

本稿では、この台風10号を対象に、JAXAが東京大学及び理化学研究所と共同で開発した、衛星データと気象モデルを融合するシステム「NICAM-LETKF JAXA Research Analysis (NEXRA)」のデータを使用し、台風進路に影響を与える要素についての解析を行った結果をご紹介します。現在、JAXA/EORCのウェブサイトで、NEXRAによる日々の気象予測情報「世界の気象リアルタイム」を公開しています。NEXRAの詳細は、2018年11月14日の「地球が見える」に掲載された「世界の気象リアルタイムの開始とそれを実現した最先端技術」をご覧ください。

■ 台風10号の早期進路予測はできる?できない?その理由は?

台風の進路は様々な要因により決定されます。特に台風10号のように、しばらくの期間、太平洋上に停滞した台風の場合は、周囲の気象場の微妙な変化によって予測される進路が大きく変わることがあり得ます。台風10号の進路予測がなぜ難しかったのかを解明し、今後の台風予測改善に役立てることができれば、精度の高い台風進路予測が可能になり、災害の軽減につなげることができます。このため、NEXRAを用いて100個の初期値を作成し、JAXAのスーパーコンピューター(JSS2)上で100個のパラレルワールドのシミュレーションを実施しました。これらのシミュレーションデータを利用し、台風10号の進路と周囲の気象場の環境にどのような関係があるかを探りました。ここでは、この100個のパラレルワールドそれぞれを「メンバー」と呼びます。

まず、100個のパラレルワールドでの進路予測の結果を示します。図3は2019年8月8日00時(以下、すべて世界標準時)から8月11日00時まで、一日おきに予測を開始した100個のパラレルワールドデータにおける台風10号の進路です。それぞれの初期値(予測の開始時刻)から予測された台風の経路はメンバーごとにばらつきがありますが、予測の開始時刻が後になるほど台風の進路が西寄りになることが示されています。これらの結果をまとめると、以下のようになります。

  • 8日の初期値:日本に直撃しそうなメンバーはわずかしかありません。ほとんどのメンバーは、そのまま太平洋を北東に遠ざかっていきます。
  • 9日の初期値:8日の予測とガラリと変わりました。多くのメンバーで台風が日本を直撃するようになり、いくつかのメンバーではそのまま北東に進んで太平洋から遠ざかるものもあります。
  • 10日・11日の初期値:全てのメンバーは日本を直撃するようになり、四国付近に上陸する予測となりました。

NEXRAの100個のメンバーによる台風進路の予測。初期値は(a) 2019年8月8日00時, (b) 2019年8月9日00時, (c) 2019年8月10日00時, (d) 2019年8月11日00時(すべて世界標準時)。

図3 NEXRAの100個のメンバーによる台風進路の予測。初期値は(a) 2019年8月8日00時, (b) 2019年8月9日00時, (c) 2019年8月10日00時, (d) 2019年8月11日00時(すべて世界標準時)。

以上の結果から、8日と9日の初期値から台風10号の進路が大きく変わること、そして、これらのメンバーの中には、現実のように台風10号が西日本に上陸したメンバーもあれば、予測が外れたメンバーもあることがわかりました。次に8日と9日の初期値を持つ合計200個のパラレルワールドの予測データを利用し、台風10号の進路に影響を与える要因を探っていきます。

図4の(a)と(b)は、台風10号が太平洋上で停滞後に動き出した時点(予測時刻8月11日12時(図4(a))と8月12日00時(図4(b)))の台風中心位置の経度と海面気圧の相関(両者の変化に関連があるかどうかを表す指標)を計算した結果です。色が濃いところは相関が高い(強い関連がある)ところを示しています。赤色は正の相関、緑色は負の相関(逆相関)です。等値線は全メンバーの平均海面気圧を示しており、赤の等値線は太平洋高気圧の縁を示しています。台風中心の東側から北側にかけて太平洋高気圧の縁と重なって、相関が負の領域があります。この負の領域は「台風中心が西に位置するメンバーでは太平洋高気圧が強い傾向がある」ことを示しています。言い換えると、太平洋高気圧の張り出しが予測できれば、台風の西寄りの進路が予測できた可能性があることを示しています。

(a) 2019年8月11日12時と(b) 2019年8月12日00時における台風中心位置の経度と海面気圧の相関(色塗)と全メンバーの平均海面気圧(等値線)。赤の等値線は太平洋高気圧の縁を示す。初期時刻2019年8月8日00時と2019年8月9日00時によって予測された(c) 2019年8月11日12時と(d) 2019年8月12日00時における海面気圧の差。

図4 (a) 2019年8月11日12時と(b) 2019年8月12日00時における台風中心位置の経度と海面気圧の相関(色塗)と全メンバーの平均海面気圧(等値線)。赤の等値線は太平洋高気圧の縁を示す。
初期時刻2019年8月8日00時と2019年8月9日00時によって予測された(c) 2019年8月11日12時と(d) 2019年8月12日00時における海面気圧の差。

もう一つ注目すべきなのは、初期時刻が異なると太平洋高気圧の振る舞いが違うことです。図4の(c)と(d)は2つの初期時刻(8月8日00時と8月9日00時)から予測された海面気圧の差を、予測時刻11日12時(図4(c))と12日00時(図4(d))について示したものです。負(正)の領域は9日00時を初期値とした予測で海面気圧が高い(低い)ところを示しています。9日00時を初期値とした予測では、台風の北東付近で太平洋高気圧の張り出しが強くなっています。この高気圧の張り出しによって、台風の北上が妨げられ、最終的に台風が日本に向かうことになりました(図5)。

台風進路予測と太平洋高気圧の関係を示す概念図

図5 台風進路予測と太平洋高気圧の関係を示す概念図

■ NEXRAによる高解像度予測

JAXA/EORCでは、次期NEXRAを見据えて、5日予測気象データの高解像度化の開発を進めています。現在のNEXRAで用いている数値気象モデルNICAMの水平格子間隔は112 kmですが、次期NEXRAの気象リアルタイムでは水平格子間隔14 kmを目標にして開発を進めています。水平格子間隔を小さくすることによって、気象にとって重要な、雲・降水現象がより正確に再現できるようになります。この解像度は「雲システム解像」と呼ばれ、雲システムの形成、成長、衰退までのプロセスを高精度にシミュレーションするこが可能となり、その結果、より現実的な大気の振る舞いを再現・予測できることが期待されています。また、気象予測の精度が良くなると同時に、台風などの気象現象を引き起こす原因や大規模場の相互作用の解明につながることが期待されています。

この高解像度化されたNEXRAシステムで計算した台風10号の解析結果を示します。図6は台風10号が太平洋上で停滞後に動き出した時刻(8月11日00時)を初期時刻とした、水平格子間隔14kmのモデルで予測した台風と雨の様子です。図7は8月12日00時を初期時刻とした同様の図です。台風10号が比較的大型で、日本への上陸直前まで台風の中心付近で雨が少なく、大きな「台風の眼」を持つ様子がこの二つのシミュレーションでよく捉えられています。さらに、このシステムで予測された台風の中心位置は実際の台風経路とよく合っていることが示されています。

2019年08月11日00時を初期値とした台風10号の進路予測。コンターは海面気圧、色は降水量、赤い三角は観測で得られた台風の中心位置。時間は3時間間隔。

図6 2019年08月11日00時を初期値とした台風10号の進路予測。コンターは海面気圧、色は降水量、赤い三角は観測で得られた台風の中心位置。時間は3時間間隔。

2019年08月12日00時を初期値とした台風10号の進路予測。コンターは海面気圧、色は降水量、赤い三角は観測で得られた台風の中心位置。時間は3時間間隔。

図7 2019年08月12日00時を初期値とした台風10号の進路予測。コンターは海面気圧、色は降水量、赤い三角は観測で得られた台風の中心位置。時間は3時間間隔。

■ 最後に

本稿で示したように、初期時刻の情報の違いで、台風進路の予測は大きく変わります。特に、台風10号については、台風が太平洋上で停滞している9日から10日の間に、何らかの要因で台風の進路予測が大きく変わりましたが、その理由については、これまで理解されていませんでした。今回、JAXAのスーパーコンピューター(JSS2)を駆使して、NEXRAによる100個のパラレルワールドにおける台風10号の進路予測と気象場の関係を探った結果、太平洋高気圧の張り出しの度合いと台風10号の進路が密接に関係していることがわかりました。今後、さらなる研究によって太平洋高気圧の強さが何故パラレルワールド間で違うのか、どのような要因で変化したのかを調べていくことによって、台風進路の予測精度向上に結びつく可能性があります。

本稿により、台風などの予測精度向上の検討に、NEXRAのデータが活用できることがおわかりいただけたでしょうか。2020年度に予定されているJAXAのスーパーコンピューターの性能向上によって、NEXRAによる「世界の気象リアルタイム」の高解像度化が実現することも期待できます。これからのNEXRAの発展にご期待ください!

(解析・文章作成:東京大学大気海洋研究所 Chen Ying-Wen 特任研究員・佐藤正樹 教授、海洋開発研究機構 中野満寿男 技術研究員、JAXA/EORC 久保田拓志 主任研究開発員)

観測画像について

画像:観測画像について

観測衛星:全球降水観測計画主衛星(GPM core observatory)
観測センサ:二周波降水レーダ(DPR)
観測日時:2019年8月13日12:57(世界標準時)

0303宇宙環境利用1702地球物理及び地球化学
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