2019/08/01 産業技術総合研究所
ポイント
- 物質の出入り口のあるカプセル状多孔性配位高分子を初めて合成し内部への硫黄等の貯蔵が倍増
- カーボンナノチューブで連結されたカプセル状金属高分散炭素触媒を開発
- 貴金属触媒に匹敵する高性能を示し、水電解や長寿命空気電池の電極開発に期待
概要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)エネルギー化学材料オープンイノベーションラボラトリ【ラボ長 徐 強】(以下「ChEM-OIL」という)のWei Yong-Sheng 研究員と徐 強 ラボ長らは、穴の開いたカプセル状の多孔性配位高分子(Metal-organic framework, MOF)と、安価な鉄とニッケルを固定しカーボンナノチューブで連結したカプセル状金属高分散炭素触媒を開発した。
これまで物質移動を容易にする目的で、中空かつ出入り口を有する構造のMOFが求められてきた。今回、母体となるMOFを合成し、新たな有機分子とともに再加熱して、穴の開いたカプセル状のMOF(オープンカプセルMOF)を初めて合成した。このオープンカプセルMOFと新たな炭素源を特殊な条件下で焼成し、その過程で形成されるカーボンナノチューブ(CNT)によって連結されたカプセル状金属高分散炭素触媒を合成した。このCNTで連結されたカプセル状金属高分散炭素触媒は電極触媒として貴金属触媒に匹敵する高性能を示すことが分かった。この触媒は水電解や亜鉛-空気電池の電極に利用でき、水素エネルギー社会や次世代電池に貢献できると期待される。
なお、この技術の詳細は、2019年5月1日にアメリカ化学会の学術誌Journal of American Chemical Society(DOI:10.1021/jacs.9b02417)に掲載された。
二段階合成によるオープンカプセルMOFの合成と電子顕微鏡画像
開発の社会的背景
近年、持続可能な社会の実現へ向けて、水素エネルギーや高性能バッテリーが重要なエネルギーシステムとして期待されている。これらを支える電極材料には、高価な白金に代表される、資源的な制約のあるレアメタルが使用されている。そのため、安価で資源的制約の少ないレアメタルフリーな材料の開発が求められている。
研究の経緯
産総研は、次世代多孔質材料として注目されるMOFのエネルギー分野への応用に取り組んできた。材料の組み合わせを選択することで、さまざまな構造のMOFを設計・合成し、高温焼成による機能性炭素材料の合成手法を開発した。今回、白金触媒に匹敵する高性能でレアメタルフリーな材料としてCNTで連結したカプセル状金属高分散炭素触媒の開発に取り組んだ。
研究の内容
図1に、今回開発したオープンカプセルMOFの合成法を示す。まず、安価な鉄イオンとニッケルイオンを有機分子とともに溶媒中で加熱反応させて内部が詰まったMOFを合成する。それを、溶媒中で再び別の有機分子と反応させると、MOFの周りを新たな骨格構造が囲みながら同時にMOFの内部が溶出し中間体が形成される。その後、内部のMOFを完全に溶出させると、壁面だけに骨格構造を持つカプセル状のMOFが合成できる。このカプセル状MOFには穴(オープン)が開いており、外部から内部への物質移動が容易になると考えられる。実際に、通常のMOFに硫黄やヨウ素を吸着させるとMOF 1 g に対して硫黄0.72 g、ヨウ素1.38 gを貯蔵できるが、今回開発したオープンカプセルMOFでは硫黄2 g、ヨウ素2.57 gを貯蔵できることが分かった。これらの量は、これまで知られている貯蔵量の2倍以上であり、オープンカプセルMOFはポストリチウム電池や次世代電池として有望視されるリチウム‐硫黄電池やリチウム‐ヨウ素電池に応用できる可能性がある。
図1 CNT連結カプセル状金属高分散炭素触媒の合成
今回開発したオープンカプセルMOFと新たな有機分子を特殊な条件で高温焼成すると、MOFの炭素化と同時にその表面からCNTが形成し、それによって連結されたカプセル状金属高分散炭素触媒が生成した。図2に示すように、このカプセルは炭素を母体として鉄やニッケルがほぼ均一に分散しており、焼成時のこれら金属の触媒作用により炭素のグラファイト化が進み、さらに、導電性の高いCNTが形成され、それによってカプセル同士が連結し、触媒が高い導電性を有する。
図2 レアメタルフリーCNT連結カプセル金属高分散炭素触媒の電子顕微鏡画像(左)と元素マッピング(右)
今回開発したCNT連結カプセル金属高分散炭素触媒を酸素発生の電極として用いると過電圧は0.25 Vとなり、これまで報告されている電極触媒の中で最も小さいものの一つである。実際に水電解を行うと1.59 Vの電圧で10 mA/cm2の電流値と高い耐久性を示した。また、この金属高分散炭素触媒を亜鉛-空気電池の空気極として使用すると、市販の白金/炭素触媒をしのぐ活性と寿命を示した。
空気極にCNT連結カプセル金属高分散炭素触媒を用いた亜鉛-空気電池を電源として、水素生成極と酸素生成極にCNT連結カプセル金属高分散炭素触媒を用いた水電解システムを駆動させると、水から水素(H2)と酸素(O2)が発生する(図3)。今回開発した金属高分散炭素触媒は、レアメタルフリーで貴金属に匹敵する高性能を有し、水素エネルギーや次世代電池を支える電極触媒としての応用が期待される。
図3 CNT連結カプセル状金属高分散炭素触媒を電極として用いた亜鉛-空気電池を電源にした水電解の例
今後の予定
今後は、持続可能な社会を支えるエネルギーシステムの実用化に貢献するため、MOFの精密設計技術と炭素材料化技術を基盤として、より高性能でレアメタルフリーな触媒開発を目ざす。
問い合わせ
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
産総研・京大 エネルギー化学材料オープンイノベーションラボラトリ
ラボ長 徐 強
用語の説明
- ◆多孔性配位高分子(MOF)
- 金属イオンと有機分子の引き合う力によって合成した配位高分子。ジャングルジムのような骨組みにより構成され、金属イオンと有機分子の組み合わせ次第で多用な形に変えることができる。
- ◆カーボンナノチューブ(CNT)
- 炭素だけで構成されるナノメートルサイズの円筒状の物質。導電性、熱伝導性、耐熱性が高いことから、半導体、燃料電池など、電子材料やエネルギー材料への応用が期待されている。
- ◆CNT連結
- 新たな炭素源であるメラミンを加えてMOFとともに高温焼成することで、MOFの炭素化と同時にその表面からCNTが形成される。
- ◆亜鉛-空気電池
- 負極に亜鉛、正極に酸素を用いる次世代電池として注目されている。亜鉛を用いるため安全性が高く高容量であり、空気中の酸素を用いるため全体としての重量が軽く、次世代電源としての応用が期待されているが、充放電時の電極劣化による寿命の短さなど技術的課題がある。
- ◆機能性炭素材料の合成手法(MOF利用)
- 合成したMOFをアルゴンガス中で高温焼成することで、多様な構造をもつ炭素材料を合成する方法は世界に先駆けて産総研が開発した。焼成時、MOFに新たな炭素材料源を添加することで炭素材料間を連結したり、MOFの金属や新たに添加した金属、リン、硫黄、窒素などの異種元素を利用して炭素材料中へ元素ドーピングしたりすることができ、触媒などの機能性材料としての研究が世界中で進められている。
- ◆過電圧
- 実際に電気化学反応を行うときに、理論値より多く必要となる電圧。過電圧が小さいほどエネルギーロスが小さくなる。
- ◆水電解
- 水を電気分解すること。アルカリ水溶液に2つの電極を入れ、電圧(理論分解電圧1.23 V)をかけると、電極表面上で水素と酸素が発生する。一般的には、水素発生電極には白金、酸素生成電極にはルテニウムやイリジウムなどのレアメタルが使用されている。