先端の光科学に役立つ第一原理計算ソフトウェアSALMONの開発

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2019-02-01  量子科学技術研究開発機構

研究成果のポイント
  1. 物質科学の第一原理計算注1)法に基づいて光と物質の相互作用を記述する、これまでにない光科学分野のソフトウェアSALMON注2)を開発しました。
  2. SALMONはオープンソースソフトウェアとして公開されており、誰でも無償でダウンロードし利用することができます。
  3. スーパーコンピュータでSALMONを用いると、アト秒科学注3)や近接場光科学注4)などの先端の光科学実験に対する丸ごとシミュレーションが可能です。

国立大学法人筑波大学計算科学研究センター 矢花一浩教授の研究グループと、大学共同利用機関法人自然科学研究機構分子科学研究所 故 信定克幸准教授の研究グループは、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構関西光科学研究所、東京大学工学系研究科、マックスプランク物質構造動力学研究所、ウィーン工科大学、ワシントン大学の研究者らと共同で、物質科学の第一原理計算法に基づき、先端の光科学研究に役立つソフトウェアSALMONを開発しました。
光が物質に照射すると、まず物質中の電子が動きます。SALMONでは、この非常に短い時間で起こる電子の運動を物質科学の第一原理計算法を用いて計算します。SALMONではさらに、物質中の光の伝搬を計算することが可能です。この光の伝搬に対する第一原理計算は矢花教授のグループが開発した理論に基づいており、他のソフトウェアにはない新しい機能です。SALMONではまた、高度な並列計算が可能であり、スーパーコンピュータを駆使して数千原子からなるナノ物質の光応答を計算することが可能です。SALMONは、光科学分野の今後の発展に大きく貢献することが期待できます。
本研究の成果は、2019年2月号の「Computer Physics Communications」誌で公開される予定です。
* 本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CRESTの研究課題「光・電子融合第一原理ソフトウェアの開発と応用」、文部科学省ポスト「京」重点課題7「次世代の産業を支える新機能デバイス・高性能材料の創成」、および日本学術振興会科学研究費補助金による支援を受けて行われました。

研究の背景

本研究は、物質科学の第一原理計算に基づき物質中の電子の運動を記述する、先端の光科学に役立つ新しいソフトウェアの開発に関するものです。
光と物質の相互作用は、今日の科学技術の最も基礎にあるものの一つです。物質に光が照射すると、物質の中の電子が揺すられます。その電子の運動が光に影響を及ぼして、光は物質中を伝搬します。今日の先端の光科学研究は、この物質中の電子の運動を、光を用いて精密に測定したり自在に操作したりすることで大きく発展しています。2018年のノーベル物理学賞の受賞対象となった、強くて短いレーザー光を作る技術は、これら先端の光科学研究の発展に大きな役割を果たしました。
一方計算科学の方法は、科学技術のさまざまな分野で不可欠の役割を果たしています。物質科学の分野では、物質に含まれる原子の種類を指定するだけでその構造や性質を明らかにできる、第一原理計算と呼ばれる計算手法が長足の発展を遂げており、たくさんのソフトウェアが開発され、研究の発展に不可欠の役割を果たしています。また光科学の分野では、多様な形状を持つ物質中を光が伝搬する様子を計算する電磁場解析の方法が発展してきました。
今日の最先端の光科学研究は、光と電子がミクロな世界で密接に絡み合う現象を利用して発展しています。ところが上で述べた従来の計算科学の方法は、このような光と電子の相互作用を扱うことができません。例えば物質科学の第一原理計算では、電子は時間的に変化しない定在波として扱われ、光によって起こる運動を記述できません。光の電磁場解析の計算では、誘電率などの平均化した情報を用いるため、個々の電子の運動を扱うことができません。
そこで本研究では、光によって揺すられる電子の運動を計算できる第一原理計算手法である時間依存密度汎関数理論を用いて、光と電子が密接に絡み合う現象を計算するプログラムを開発し、ソフトウェアSALMONとして整備しました。これにより、先端の光科学研究における多様な現象を、原子スケールの第一原理計算に基づいて調べることが可能になります。SALMONは、光と物質の相互作用に対して物質科学の第一原理計算法を用いて記述する、これまでにないソフトウェアです。

研究内容と成果

SALMONは、筑波大学と分子科学研究所の研究者を中心に長年進めて来た、光と物質の相互作用に関する研究を基に開発されたソフトウェアです。筑波大学の矢花教授のグループは、固体に光が照射するときに起こる電子の運動を計算するプログラムの開発を行ってきました。また分子科学研究所の故 信定准教授のグループは、分子やナノ構造に光が照射するときに起こる電子の運動を計算するプログラムの開発を行ってきました。SALMONは、これらのプログラムを統合して開発されました。これにより、分子からナノ構造、固体まで、多様な物質群に対して、光との相互作用を記述することができる第一原理計算ソフトウェアが誕生しました。SALMONは、オープンソースソフトウェアとして提供され、無償でウェブサイト (http://salmon-tddft.jp/) からダウンロードし利用することができます。
SALMONには2つの特徴があります。1つは、最先端の光科学実験を丸ごと計算機の中でシミュレーションする数値実験室としての機能です。光のパルス波形や振動数、物質の種類や形状を自由に設定して計算することが可能です。このようなシミュレーションは、準備に手間のかかる実験を行う前に結果を予測し、実験から直接得ることが困難な原子サイズのミクロな空間で何が起きているのかを調べるのに役立ちます。SALMONの前身となるプログラムは、アト秒科学や近接場科学、レーザー加工といった先端の光科学研究に用いられて来ました。例えばアト秒科学の分野における、物質内部での電子の動きや、光から電子へのエネルギー移行に関する研究で、3件のプレスリリースを行いました1-3)。2つのプログラムの統合により、より使いやすく整備され機能が拡張されたSALMONは、最先端の光科学研究に大きく貢献することが期待されます。
もう1つの特徴として、SALMONには多数のプロセッサを効率的に利用する並列化が高度に実装されており、スーパーコンピュータを用いた大規模な並列計算により、数千原子を含む物質の光応答を計算することが可能です。SALMONの前身となるプログラムを用いた計算に対して、スーパーコンピュータを高度に利用した研究に与えられるHPCI利用研究課題優秀成果賞が2015年度から3年間連続して授与されており4)、大規模な計算における有効性に関して高い評価を受けています。
またSALMONは、実験研究者や企業研究者など、シミュレーションにあまり慣れていない研究者でも容易に使うことができるよう、入力ファイルやビルドの方法に配慮がなされています。SALMONのウェブページには、インストールの方法やソフトウェアの使い方が詳しく説明されていますが、加えてソフトウェアの利用方法に関する講習会が定期的に開催されています。さらに、HPCIプリインストールアプリ5)としての運用、物質科学計算パッケージソフト“MateriAppsLIVE!”6) への搭載で、普及を促進させています。

今後の展開

今後、さらに機能を拡張し利便性を高めることで、SALMONを光科学分野のさまざまな研究に有効なソフトウェアとして発展させたいと考えています。第一原理計算法を用いた電子の運動に対する計算に加え通常の電磁場解析機能を充実させること、電子のスピン自由度を考慮し磁性体の光応答を記述できるようにすることなどを計画しています。

参考図


SALMONのロゴ
光とナノのイメージ図


光伝搬のマルチスケール第一原理計算のイメージ図

用語解説

注1) 第一原理計算
物質に含まれる原子の数や種類が指定されると、量子力学に基づいて電子の状態を計算し、物質の構造や性質を調べることができる方法。密度汎関数理論などに基づく多くのソフトウェアが開発され、物理学や化学、材料工学の分野で用いられている。
注2) SALMON
Scalable Ab-initio Light-Matter simulator for Optics and Nanoscience(光学とナノ科学のためのスケーラブルな非経験光−物質シミュレータ)の略。 http://salmon-tddft.jp/ も参照。
注3) アト秒科学
アト秒は、10-18秒という非常に短い時間のこと。電子が原子の中を1周するのにかかる時間は100アト秒くらいで、現在の先端の光科学ではこれよりも短いパルスの光波を作ることが可能となっている。このような短いパルス光(アト秒パルス)を用いて、物質中の電子の運動を調べ制御する科学技術がアト秒科学と呼ばれる。
注4) 近接場光科学
光の波長よりも小さいナノスケールの物体に光を照射したとき、物体の表面にまとわりつくように発生する特殊な光を近接場と呼ぶ。回折限界を超えた光の波長以下の物質に関する情報を得たり、微小な物質の加工方法として注目されている。

参考文献

1)プレスリリース:レーザー光によりシリコン結晶中で励起される電子運動の実時間観測に成功

2014年12月12日筑波大学

2)プレスリリース:パルス光からガラスへのエネルギー移行をアト秒の時間精度で測定することに成功 ~光波で駆動する未来のエレクトロニクス実現に期待~

2016年5月24日筑波大学

3)プレスリリース:電子の運動を光の周期よりも短い時間で操作することに成功

2016年8月29日筑波大学

4) HPCI利用研究課題優秀成果賞

https://www.hpci-office.jp/hpcidatabase/publications/award.html

5) HPCIプリインストールアプリ

http://www.hpci-office.jp/pages/appli_software?parent_folder=481

6) MateriApps LIVE!

MateriApps LIVE!について | MateriApps(マテリアップス) 計算物質科学の研究者、理論家、実験家・企業研究者、計算機科学者のための物質科学シミュレーションのポータルサイト
掲載論文

【題 名】 SALMON: Scalable Ab-initio Light-Matter simulator for Optics and Nanoscience

(光学とナノ科学のためのスケーラブルな非経験光物質シミュレータ:SALMON)

【著者名】    Masashi Noda, Shunsuke A. Sato, Yuta Hirokawa, Mitsuharu Uemoto, Takashi Takeuchi,

Shunsuke Yamada, Atsushi Yamada, Yasushi Shinohara, Maiku Yamaguchi, Kenji Iida, Isabella Floss,

Tomohito Otobe, Kyung-Min Lee, Kazuya Ishimura, Taisuke Boku, George F. Bertsch, Katsuyuki Nobusada, Kazuhiro Yabana

【掲載誌】    Computer Physics Communications
doi.org/10.1016/j.cpc.2018.09.018

問合わせ先

矢花一浩(やばな かずひろ)
筑波大学 計算科学研究センター 教授

飯田健二(いいだ けんじ)
自然科学研究機構 分子科学研究所 助教

乙部 智仁(おとべ ともひと)
量子科学技術研究開発機構
量子ビーム科学研究部門関西光科学研究所 光量子科学研究部超高速光物性研究グループ 主幹研究員

篠原康(しのはら やすし)
東京大学 大学院工学系研究科附属 光量子科学研究センター 特任助教

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