冷やした顕微鏡で氷と液体が接する界面を分子レベルで初計測!~高さ0.1 nmの階段構造を発見~

ad

2024-07-09 神戸大学

神戸大学大学院理学研究科の大西洋教授(兼 分子科学研究所特別研究部門教授)、柳澤瞭大学院生らと、分子科学研究所の湊丈俊主任研究員らの研究グループは、不凍液に浸した氷の表面形状を冷却ボックスで冷やした原子間力顕微鏡※1を使って精密に計測し、高さが0.1 nm(髪の毛の太さの百万分の一)の階段状の構造が氷表面に発生することを見いだしました。0.1 nmは氷を構成するH2O分子一個に匹敵する微小な高さです。氷と液体が接する界面の形状をこれほど精密に計測した研究はこれが初めてです。このような計測の応用範囲を広げることで、氷のサイエンスとエンジニアリングを進展させることが期待されます。

この研究成果は、7月9日(火)に『The Journal of Chemical Physics』誌に掲載されました。

冷やした顕微鏡で氷と液体が接する界面を分子レベルで初計測!~高さ0.1 nmの階段構造を発見~図1:冷却ボックスに入れた原子間力顕微鏡

ポイント

  • 氷の表面形状を分子レベルで計測するため、不凍液を用いた。
  • 氷を計測するために顕微鏡装置を丸ごと氷点下に冷やした。
  • 液体に浸した氷の表面にH2O分子一個のサイズに匹敵する微小な高さの階段構造を発見した。

研究の背景

氷は、さまざまな分子性結晶※2の中で私たちに最も関係の深い物質です。私たちの生活環境において、氷はしばしば水中に存在します。氷が大気中に存在する場合でも、温度がよほど低くない限り、氷の表面は溶けたり凍ったりを繰り返しており、薄い水膜が氷を覆っています。そのため、水と氷が接する界面(水-氷界面)を分子レベルで精密に計測したいと願う研究者や技術者が世界中にたくさんいます。しかし、氷を水に入れて温度を0℃ぴったりに合わせても、水-氷界面の位置は動いてしまいます※3。世界最高性能の顕微鏡を使っても、動いている界面の分子レベルでの計測は非常に難しいです。では、どうすればよいでしょうか?

研究の内容

研究グループは、「不凍液に浸した氷を計測する」ことを思いつきました。不凍液とは、0℃より低い温度でも凍らない液体のことです。0℃より低い温度の不凍液に浸した氷は溶けないため、不凍液と氷の界面は動きません。動かない界面であれば、いろいろな種類の顕微鏡を使って精密に計測できるはずです。

このアイデアの有効性を確かめるために、-7℃に冷やしたオクタノール(C8H17OHという化学組成を持つ液体で-16℃まで凍らない)に氷を浸して、オクタノールと接する氷の表面形状を原子間力顕微鏡で計測しました。しかし、オクタノールと氷だけを冷やして計測してもよい結果を得ることはできず、原子間力顕微鏡のシステム全体を冷やして使用する必要がありました。精密な計測装置を氷点下で安定に動かすためには工夫が必要でしたが、様々な試行錯誤を経て、分子科学研究所で稼働中の顕微鏡装置を冷却ボックスに入れて丸ごと冷やす方法を見いだし、氷と不凍液が接する界面を精密に計測できるようにしました(図1)。

オクタノールに浸した氷の表面を原子間力顕微鏡で計測した画像(図2)には、2枚の平らな面がつながった階段のような構造が写っています。階段部分の段差を画像から解析したところ、0.1 nm(ナノメートル)しかありませんでした。これはH2O分子一個(図3)に匹敵する小さい段差です。オクタノールに浸す前の氷表面には、霜柱のような凹凸構造(高低差およそ20 nm)が存在していたので、オクタノールに浸したことによって氷表面がとても平らになったことがわかります。

図2:(左)オクタノールという不凍液に浸した氷を、原子間力顕微鏡を使って-7℃で撮像した表面形状。 明るい色で表示した平らな面と、暗い色で表示した平らな面の高低差は0.1 nm。明るい色の面が暗い色の面より0.1 nmだけ高い階段状の構造。(右)窒素ガス中で作製した氷の表面。霜柱のような凹凸構造(高低差およそ20 nm)が現れたが、オクタノールに浸すと霜柱のような凹凸は消失して、階段構造が発生した。図3:水(H2O)分子の大きさ

今後の展開

氷をより深く理解し、氷をより効果的に利用する、すなわち氷のサイエンスとエンジニアリングをアップデートするために、私たちが提案した「氷と不凍液の界面を分子レベル計測する」アイデアの応用範囲を広げていきます。具体的には、顕微鏡の撮像倍率を上げて氷を構成する一つ一つのH2O分子を撮像することや、原子間力顕微鏡以外の計測法に応用すること、普通の水に近い性質を持つ不凍液に氷を浸して計測することなど、さまざまな展開が期待できます。また、本研究に使用した顕微鏡装置は室温から-10℃までの温度で良好に動作します。氷に限らずどんな固体でも低温で計測できるため、私たちが気づいていない利用法があるかもしれません。

注釈
※1 原子間力顕微鏡
固体(本研究の場合はオクタノール不凍液に浸した氷)を鋭くとがった針でなでて、表面の形状を精密計測する装置。
※2 分子性結晶
多数の分子が集まって結晶となった物質。よく知られたものに氷、砂糖、ナフタレンなどがある。
※3 水-氷界面の位置が動いてしまう理由
氷が溶けて水になる変化と、水が凍って氷になる変化が氷水の中で同時に起こっているため。氷水の温度をぴったり0℃にしても、これらの変化を止めることはできない。このようにして氷と水が共存する状態を「氷と水が相平衡にある」という。
共同研究グループ

神戸大学大学院理学研究科
大西 洋  教授(兼 分子科学研究所特別研究部門教授)
柳澤 瞭  博士課程前期課程学生
陸 政希  博士課程前期課程学生

分子科学研究所
湊 丈俊  主任研究員
上田 正  主任技術員
中本 圭一 特任研究員

謝辞

本研究は、文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ(JPMXP1222MS0008, JPMXP1223MS0001)と日本学術振興会科学研究費(21K18935, 23H05448)の支援のもと、自然科学研究機構分子科学研究所で実施されました。

論文情報

タイトル
The interface between ice and alcohols analyzed by atomic force microscopy

DOI
10.1063/5.0211501

著者
柳澤 瞭、上田 正、中本 圭一、陸 政希、大西 洋、湊 丈俊

掲載誌
The Journal of Chemical Physics

1700応用理学一般
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました