人工光合成による環境に優しいモノづくりの実現を目指す
2018/08/27 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構,人工光合成化学プロセス技術研究組合,東京大学
NEDOと人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)は、東京大学とともに、太陽電池材料として知られるCIGSをベースとした光触媒で、非単結晶光触媒の中で世界最高の水素生成エネルギー変換効率12.5%を達成しました。触媒の組成比や、触媒と反応する電解液の成分等を最適化することで得られた成果です。非単結晶なので、大型化(メートル級)に適した材料系になります。
NEDOとARPChemは、環境に優しいモノづくりを実現するために、太陽光のエネルギーで水から生成した水素と工場などから排出されるCO2を合成して、プラスチック原料などの化学品を製造する人工光合成の研究開発を進めています。今後、光触媒や人工光合成プロセス全体のさらなる効率向上を目指していきます。
図1 今回開発したCIGSをベースとした水素生成光触媒(約5cm角)
図2 人工光合成プロジェクトの概要(今回の成果は(1)光触媒開発のテーマ)
1.概要
国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、環境に優しいモノづくりを実現するために、太陽光のエネルギーで水から生成した水素と工場などから排出されるCO2を合成して、プラスチック原料などの基幹化学品(C2~C4オレフィン※1)製造プロセスを実現するための基盤技術開発※2に取り組んでいます。太陽光は光触媒を活用することでエネルギー源として有効に活用することが出来ます。そのため、光触媒のエネルギー変換効率の向上が重要な課題になります。
今回、NEDOと人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)※3は、国立大学法人東京大学とともに、太陽電池材料として知られるCu(In,Ga)Se2(略称:CIGS)をベースとした光触媒で、非単結晶光触媒の中で世界最高の水素生成エネルギー変換効率※412.5%を達成しました。触媒の組成比や、触媒と反応する電解液の成分等を最適化することで、得られた成果です。今回の成果は、エネルギー変換技術としての人工光合成の有用性を実証したものです。
非単結晶光触媒は、単結晶のみで構成される光触媒と比較して、大型化(メートル級)に適した材料系であり、実用化が期待されています。
なお、今回の研究成果は、2018年7月31日(火)(欧州標準時)に欧州科学誌「Energy & Environmental Science」のオンライン速報版で公開されました。
2.今後の予定
太陽光エネルギーで水から水素を生成する化学反応時には、同時に酸素も生成されます。水素を最も効率よく取得するためには、水素生成光触媒だけでなく、酸素生成光触媒の効率向上も必要となります。NEDOとARPChemは、人工光合成による環境に優しいモノづくりの実現を目指して、今後、酸素生成光触媒と水素生成光触媒、そして人工光合成プロセス全体のさらなる効率向上の研究開発を進めていきます。
3.成果内容
光触媒は、太陽光エネルギーを化学エネルギーに変換する機能性材料です。太陽光の強度のピークは主に可視光領域(400nm~800nm)にあるため(図3)、この波長域の光を吸収する光触媒ができれば、効率よく太陽光のエネルギーを利用できます。しかし、従来の光触媒は、吸収波長が主として紫外光領域(~400nm)に限られるものが多く、可視光から赤外光領域にかけての光を利用できるように、光触媒の吸収波長を長波長化することが課題の一つでした。
図3 太陽光の波長とスペクトル強度
このため、本プロジェクトでは従来よりも長波長の光を吸収する光触媒材料の一つとして、カルコゲナイド系材料※5の開発を進めてきました。中でもCu(In1-x,Gax)Se2(以下、CIGSと省略)は赤外領域までの太陽光(xの組成比により750nm~1230nmまで変化)を利用できるという特徴を持ち、既に太陽電池材料としてメートルスケールの製造技術が確立されている材料です。このCIGSはp型半導体であり、その表面にn型半導体を成膜しpn接合を構成することで、光照射によりCIGS固体内で生成した電子と正孔を効率的に分離し、再結合を抑制させることで高い量子効率を得られることが知られていました。本研究ではこれらの知見を参考にした上で、以下の2つの工夫により、CIGS中で光照射により生じた電子を用いて、水から高効率で水素を生成させることに成功しました。
1)高負荷条件ではCIGSとn型半導体の間の障壁が原因で電子が注入されにくくなり、結果的
に効率が顕著に低下していました。今回、新規組成のCIGSを開発することにより障壁の問題
を解消、世界最高性能の水素生成反応を達成しました。
2)大電流密度で水分解反応を進行すると、液相側の電気抵抗をはじめとした効率低下要因が
顕在化してきます。今回電解液の成分等を最適化することにより効率的に水素が得られるよ
うになりました。
この2つの工夫により、水素生成エネルギー変換効率は、最大で12.5%を達成しました(図4)。この変換効率は、非単結晶の水素生成光触媒の中で世界最高の特性です。
図4 最適組成の電解液中における、開発したCIGSをベースとした水素生成光触媒の、
(a)電流電位曲線、および(b)水素生成エネルギー変換効率
今回開発したCIGSをベースとした水素生成光触媒と、従来のBiVO4からなる酸素生成光触媒を用いてタンデム配置※6した2段型セルを組み立て、疑似太陽光※7照射下における水の全分解反応を検討しました(図5)。その結果、太陽光エネルギー変換効率※8は3.7%を達成しました(図6)。この値は2016年に公表した太陽光エネルギー変換効率の23%増しに相当します。
今後、高性能な酸素生成光触媒を開発し、本研究で得られた水素生成光触媒と組み合わせることで、2021年度末を目標とする太陽光エネルギー変換効率10%の達成を目指します。
図5 水素生成光触媒(本開発CIGS)と酸素生成光触媒(BiVO4)とからなる2段型セル(タンデム配置)の模式図
(水素生成光触媒は、背面電極としてMoを、助触媒※9としてPtを使用。酸素生成光触媒は、透明電極としてITO、助触媒としてNiFeOxを使用。)
図6 水素生成光触媒(本開発CIGS)と酸素生成光触媒(BiVO4)とからなる
2段型セル(タンデム配置)に疑似太陽光を照射した時の太陽光エネルギー変換効率
【注釈】
- ※1 C2~C4オレフィン
- 二重結合を1つ含む炭化水素化合物で、炭素数2から4のもの。C2はエチレン、C3はプロピレン、C4はブテンと呼ばれ、プラスチック原料等となる基幹化学品として用いられる。
- ※2 製造プロセスを実現するための基盤技術開発
- 事業名:二酸化炭素原料化基幹化学品製造プロセス技術開発(人工光合成プロジェクト)
事業期間:2012~2021年度(2012~2013年度は経済産業省、2014年度からはNEDOのプロジェクトとして実施中)
事業内容:人工光合成とは太陽光エネルギーを用いて、水や二酸化炭素などの低エネルギー物質を、水素や有機
化合物などの高エネルギー物質に変換する技術で人工光合成に係る基盤技術開発に
取り組んでいます。 - ※3 人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)
- 参画機関:国際石油開発帝石(株)、TOTO(株)、(一財)ファインセラミックスセンター
富士フイルム(株)、三井化学(株)、三菱ケミカル(株) (五十音順) - ※4 水素生成エネルギー変換効率
- 光触媒の水素生成能力を表す性能指数。後述の太陽光エネルギー変換効率※8とは定義が異なるので注意が必要。
- ※5 カルコゲナイド系材料
- 硫化物、セレン化物、テルル化物等の化合物。紫外から可視、赤外域に渡る広い波長帯の光を光触媒として利用可能な、優れた特性を示す材料が多く含まれる。
- ※6 タンデム配置
- 二種類の光触媒を組み合わせる際に、比較的短波長の光を吸収し、残りの長波長の光を透過させるものと、長波長の光を吸収できるものを重ね合わせた配置。
- ※7 疑似太陽光
- 強度と波長の関係が自然太陽光と同等となるように設計された光。天候や時間による変動がないため、再現性良く光触媒の太陽光照射下での特性を評価することが可能。
- ※8 太陽光エネルギー変換効率
- 入射した太陽エネルギーに対する、光触媒の水素生成によって蓄えられた化学エネルギーの割合。
- ※9 助触媒
- 酸化還元反応の活性点として光触媒に担持される金属・金属酸化物等の微粒子。半導体光触媒表面は一般的に酸化還元反応である水素・酸素生成反応には低活性であるため、高効率な水分解反応の実現には助触媒の担持が不可欠である。ある種の助触媒材料は、半導体と接合を形成して電荷分離を促進する効果があることも知られている。
4.問い合わせ先
(本ニュースリリースの内容についての問い合わせ先)
NEDO 材料・ナノテクノロジー部 担当:小川、佐川
人工光合成化学プロセス技術研究組合 担当:西見
(その他NEDO事業についての一般的な問い合わせ先)
NEDO 広報部 担当:藤本、髙津佐、坂本