光量子コンピュータチップ実現にむけた高性能量子光源の開発に成功

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室温動作可能な大規模・高速・汎用光量子計算の実現にむけて大きく前進

2020-03-30 日本電信電話株式会社,東京大学,科学技術振興機構

ポイント
  • 将来の室温動作可能な汎用光量子コンピュータチップに必要不可欠となる、広帯域・高性能量子光源(スクィーズド光源)の開発に成功しました。
  • テラヘルツオーダーの広帯域性により、光量子ビットの光学長を300ミクロン程度まで短縮することが可能となり、NTTが光通信で培ってきたような光学チップ上での量子コンピュータ実現の可能性を拓きました。
  • 量子コンピュータ自身のクロック周波数も上げることができるため、高速な量子計算が期待されます。

日本電信電話株式会社(以下NTT、代表取締役社長:澤田 純、東京都千代田区)は、国立大学法人 東京大学(以下東京大学、総長:五神 真、東京都文京区)と共同で、室温動作可能な将来の汎用光量子コンピュータチップに必須となる高性能な量子光源(スクィーズド光源)を実現しました。スクィーズド光とは量子ノイズ注1)が圧縮された光で、これを用いることで量子もつれ注2)を作ることができます。光量子コンピュータチップ実現には広い帯域と高い圧縮率を持った連続的なスクィーズド光が必要とされています。

スクィーズド光は非線形光学結晶注3)に励起光を照射することで生成されます。従来手法の多くは、鏡を用いて結晶の中で光を往復させることで量子ノイズ圧縮率の高いスクィーズド光を生成していました。しかし、その帯域は構造上の理由から高々ギガヘルツオーダーに制限されていました。そこで、結晶中に光の通り道を作り、励起光が1回通過する間にスクィーズド光を生成する手法が広帯域なスクィーズド光源として期待されています。この手法ではギガヘルツの1000倍にあたるテラヘルツオーダーの帯域が期待できるものの、これまで連続的な光として報告されている量子ノイズ圧縮率は37パーセント程度にとどまっていました。

今回、NTTで研究開発を進めてきた高性能な非線形光学結晶デバイスと東京大学の有する高度光制御・測定技術により、75パーセント以上の量子ノイズ圧縮に成功し、本手法における世界最高値を更新しました。この値は、任意の量子計算を実行できる量子もつれ(2次元クラスター状態注4))の生成に必要となる65パーセントを超える値です。また、得られたスクィーズド光はテラヘルツオーダーの帯域を有することが確認できました。これは飛行する光量子ビットの間隔をおよそ300ミクロン程度に短縮し、NTTが光通信応用に開発してきたような光学チップ上での光量子計算を可能にします。さらに計算のクロック周波数を上げることができることから、高速な量子コンピュータの実現も期待されます。

本成果は、2020年3月30日(米国東部夏時間)に米国科学誌「APL Photonics」に「Featured Article」として掲載されます。また、AIP(米国物理学協会)のハイライト(Scilight)に選ばれました。

本研究の一部は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の支援を受けて行われました。

<研究の背景>

量子コンピュータは従来のコンピュータでは解くことが難しい特定の問題を高速に解くことができることから、世界各国で開発が進められています。なかでも、大規模な汎用量子計算の実現に向けて、一方向量子計算という手法を利用する光量子コンピュータに期待が高まっています。この手法ではあらかじめあらゆる量子計算の重ね合わせとなる汎用的な量子もつれ状態(2次元クラスター状態)を用意しておき、量子ビットを順次測定していくことで残りの量子ビットを操作、任意の計算を実行する手法です。近年、飛行する光を量子ビットとし、光学的遅延線による時間領域多重方式を利用することで室温下において1万量子ビット以上の量子もつれ状態が実現されました(参考文献)。

この方式では量子性を有した光(スクィーズド光)が用いられます。特に連続的に飛行し、かつ広帯域なスクィーズド光は、時間軸上に短い間隔で情報を載せることを可能にし、量子もつれ状態の大規模化や情報処理の高速化および光学的遅延線の短縮(小型化)に有用となります。例えばテラヘルツオーダーのスクィーズド光は、約300ミクロンの光学長を有する量子ビットを定義可能にするので、時間領域多重に必要な光学的遅延線が光チップ内に集積可能な長さで済みます。また、テラヘルツオーダーのクロック動作を可能にするので量子コンピュータ自身の処理速度も高速になります。

スクィーズド光は非線形光学効果により生成が可能です。従来の研究ではその量子ノイズ圧縮率を向上させるために光共振器内に非線形光学結晶を設置し、その非線形光学効果を高める手法が採られてきました。この手法ではこれまでの共振器構造の改良により97パーセント以上の高い量子ノイズ圧縮率が実現されてきました。しかし、その帯域は共振器構造のせいで高々数ギガヘルツに制限されてしまい、光が本来持つテラヘルツオーダーの広帯域性を生かしきれません。そこで広帯域のスクィーズド光の生成には共振器構造をとらない単回通過による光生成が必要となります。一般に連続波に対する単回通過の光生成はその効率が小さいため、導波路構造による強い非線形光学効果が利用されてきました。これまで30年にわたり導波路によるスクィーズド光の生成が研究されてきましたが、非線形光学導波路素子作製の難しさや、その材料特性により、報告されている量子ノイズ圧縮率は37パーセント程度であり、2次元クラスター状態生成に必要となる65パーセントよりも小さい値でした。

<研究の成果>

将来の汎用光量子コンピュータチップの実現に必要となる、高性能な量子光源の開発に成功しました(図1)。光量子コンピュータの量子光源に求められる性能として、広帯域性と高いノイズ圧縮性の両方が必要となります。これまでの研究ではこの2つを同時に満足するものはありませんでした。今回、NTTがこれまで研究開発を行ってきた非線形光学デバイス(図2)により、この2つの性能を兼ね備えた量子光源を実現しました。今回の結果である広帯域性により、飛行する光量子ビットの長さを300ミクロン以下に短縮でき、光チップ内での操作が可能になります。また、同時に光コンピュータ自身のクロック周波数を上げることが可能になるので、高速な量子計算が期待されます。さらに今回達成したノイズ圧縮率は、大規模な量子もつれ状態の生成に十分な圧縮率であり、今後の光量子コンピュータ研究開発を大きく加速するものです。

<技術のポイント>

これまでスクィーズド状態注5)の生成のためにさまざまな手法がとられてきましたが、広帯域性と高レベルを連続波に対して両立するのは困難でした。高いノイズ圧縮率(図4)を獲得するには、高い非線形光学効果が必要であり、これまでは非線形光学結晶を光共振器内に設置することでその効率を高めてきました。この手法により、2016年には97パーセントという高い量子ノイズ圧縮率が達成されたものの、共振器構造であるがゆえに生成されるスクィーズド光の帯域は狭くなってしまいます。そこで広帯域なスクィーズド光の生成方法として、共振器構造を用いない単回通過による光変換が期待されます。単回通過による光変換では高い非線形光学効果を得るために2つの手法がよく用いられます(図5)。1つ目が励起光としてピークパワーの大きい超短パルスを用いる手法です。この手法では瞬時的に広帯域なスクィーズド光が生成されますが、その生成レートは超短パルスが生成されるレートに制限されるので、遅延線の短縮やクロック周波数の向上にはつながりません。2つ目の手法が、非線形光学導波路を用いる手法です。単回通過かつ連続波励起であっても、導波路構造による光閉じ込め効果により非線形光学効果を大きくすることが可能となります。非線形光導波路によるスクィーズド光生成は1990年ごろからおよそ30年にわたり研究されていますが、その量子ノイズ圧縮率は35パーセント程度にとどまっていました。これは、非線形光学材料の加工が難しく、性能の良い導波路が得られなかったことが原因として考えられます。

今回、NTTが研究開発を進めてきた非線形光学結晶デバイス(周期分極反転ニオブ酸リチウム導波路)(図2)により量子ノイズ圧縮率75パーセントを達成しました(図6)。作製した光源からはおよそ2テラヘルツ以上のスクィーズド光が生成されていることも確認しました(図6)。スクィーズド光の測定においては、東京大学の有する高精度な光制御・受光技術を用いました(図7)。

<今後の展開>

今回実現したのは光量子コンピュータの光源部分にあたります。今後、この広帯域なスクィーズド光を活用して、これまで以上の大規模量子もつれ状態の生成および汎用量子コンピュータ実現に向けた各種光量子操作を実証します。また、現状これらの実験は光学定盤上でミラー、レンズなどの多数の光学部品とともに実験されており、非常に大きいシステムとなっています。今後はNTTで培ってきた光集積デバイス技術を駆使し、小型の光チップ上で光量子コンピュータを実現するための技術開発を行っていきます(図3)。

<参考図>

光量子コンピュータチップ実現にむけた高性能量子光源の開発に成功

図1 今回開発した光源のイメージ図

図2 作製した非線形光学結晶による光導波路の写真
図2 作製した非線形光学結晶による光導波路の写真

図3 将来の光量子コンピュータチップのイメージ(写真は石英系導波路による光信号処理チップ)

図3 将来の光量子コンピュータチップのイメージ(写真は石英系導波路による光信号処理チップ)

図4 スクィーズド状態のイメージ図
図4 スクィーズド状態のイメージ図

図5 スクィーズド状態の生成手法と帯域の関係
図5 スクィーズド状態の生成手法と帯域の関係

図6 スクィーズド状態の量子ノイズと光スペクトルの測定結果

図6 スクィーズド状態の量子ノイズと光スペクトルの測定結果

図7 スクィーズド光測定の様子(開発したスクィーズド光源:写真中央部)

図7 スクィーズド光測定の様子(開発したスクィーズド光源:写真中央部)

<用語解説>
注1)量子ノイズ
原理的に存在する不可避なノイズ。レーザーから発せられる古典的な光は、その正弦・余弦成分に同じ大きさの量子ノイズ(量子ゆらぎ)が含まれる。
注2)量子もつれ
異なる場所にある2個以上の粒子のスピンなどの量子状態が互いに相関をもち、独立に説明できない状態であること。この相関現象を用いることで、量子コンピュータや量子暗号通信が可能とされる。
注3)非線形光学結晶
入射する光の強度により屈折率が大きく変化する光学結晶。この性質を利用することで光を用いて光を制御することが可能であり、今回のように光の量子性を制御することができる。
注4)2次元クラスター状態
あらゆる量子計算パターンを実現できる量子もつれ状態。一方向量子計算という万能型量子計算手法において重要なリソースとなる。2019年に東京大学 古澤教授らによって、1万を越える光量子ビットがもつれた2次元クラスター状態が実現された(参考文献)。
注5)スクィーズド状態
非可換な物理量対の量子ゆらぎのうち、片方の量子ゆらぎ(量子ノイズ)が圧縮された状態。光直交位相真空スクィーズド状態では、光の正弦もしくは余弦成分の片方の量子ゆらぎが圧縮され、代わりにもう片方の量子ゆらぎが大きくなっている状態。
<参考文献>

W. Asavanant, et al., “Generation of time-domain-multiplexed two-dimensional cluster state,” Science 366, 373 (2019).

<論文タイトル>
“Continuous-wave 6-dB-squeezed light with 2.5-THz-bandwidth from single-mode PPLN waveguide”
DOI:10.1063/1.5142437
<お問い合わせ先>
<JST事業に関すること>

中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ

<報道担当>

日本電信電話株式会社 先端技術総合研究所 広報担当

東京大学 大学院工学系研究科 広報室

科学技術振興機構 広報課

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