素子間の結合で異常ジョセフソン効果を創発~素子の結合を制御して実現する超伝導機能性~

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2023-12-14 理化学研究所,科学技術振興機構

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループの松尾 貞茂 研究員、井本 隆哉 研修生(研究当時)、佐藤 洋介 リサーチアソシエイト(研究当時)、樽茶 清悟 グループディレクター(量子コンピュータ研究センター 半導体量子情報デバイス研究チーム チームリーダー)らの国際共同研究グループは、二つのジョセフソン接合[1]がコヒーレント結合[2]した際に創発される異常ジョセフソン効果[3]の観測とその制御に成功しました。

本研究成果はジョセフソン接合のコヒーレント結合を用いた位相バッテリー[4]などの新機能超伝導素子の実現に貢献するものです。

ジョセフソン接合は二つの超伝導体[5]の間に絶縁体や伝導体を挟んだ素子です。磁気センサーや量子コンピュータにおいて主要な役割を担います。近年、二つのジョセフソン接合が超伝導電極を共有する場合に、新奇超伝導現象が発現することが理論的に提案され、注目されています。

今回、国際共同研究グループは半導体を介した二つのジョセフソン接合がコヒーレント結合した素子について、接合を流れる超伝導電流[5]が各接合の位相差[6]に対してどのような依存性を持つのかを評価しました。その結果、一方の接合を流れる超伝導電流について、その接合自身の持つ位相差(局所位相差)がゼロであるにもかかわらず他方の接合の位相差(非局所位相差)を制御すると有限の超伝導電流が流れることが分かりました。これは二つの接合のコヒーレント結合により異常ジョセフソン効果が発現したことを示しています。

本研究は、オンライン科学雑誌『Science Advances』(12月13日付:日本時間12月14日)に掲載されました。

本研究結果の概念図の画像

本研究結果の概念図

背景

ジョセフソン接合は、磁気センサーや量子コンピュータ技術への応用に代表されるように、今日の科学技術社会において重要な役割を果たしています。二つのジョセフソン接合が一つの超伝導電極を共有した素子構造において、松尾研究員、樽茶グループディレクターらの国際共同研究グループは超伝導電流の非局所制御注1)や超伝導ダイオード効果注2)などの新奇超伝導現象を報告してきました。単一のジョセフソン接合では、超伝導ダイオード効果[7]が現れるときに異常ジョセフソン効果と呼ばれる現象も同時に発現することが知られていました。従って、結合したジョセフソン接合においても異常ジョセフソン効果の発現が期待されます。実際に、結合したジョセフソン接合での異常ジョセフソン効果に関する理論的な提案もなされていました。しかし、それに相応する実験例はありませんでした。

配線されていない孤立した単一のジョセフソン接合には超伝導電流が流れません。接合の基底状態[8]は超伝導電流がゼロとなる位相差の状態に対応し、通常は、位相差がゼロとなる場合に超伝導電流がゼロとなるため、接合の基底状態は位相差がゼロの状態に対応します。しかし、強い磁場などさまざまな要素が組み合わさると接合の基底状態が有限の位相差を持つ場合があり、接合の基底状態に位相差を蓄積できるようになります。この特性は位相バッテリーと呼ばれることもあり、将来の超伝導回路での応用を目指した研究が行われています。このような接合に配線を行って位相差の制御を行い、位相差がゼロとなる状態を実現すると有限の超伝導電流が接合に流れます(異常ジョセフソン効果)。

注1)2022年9月13日プレスリリース「素子間の結合による超伝導電流の非局所制御に成功
注2)2023年8月1日プレスリリース「素子間の結合により超伝導ダイオードを実現

研究手法と成果

国際共同研究グループは半導体(インジウムヒ素)基板上に、一つの超伝導電極を共有する二つのジョセフソン接合(JJ1とJJ2)の電子素子を作製しました。超伝導体としてはアルミニウムを用いました。

図1に示すように、本素子では結合したジョセフソン接合それぞれが異なる面積を持つ超伝導ループに埋め込まれています。それぞれのループはJJ1もしくはJJ2よりも大きな臨界電流(超伝導状態を保てる限界の電流の値)を持つジョセフソン接合JJL1、JJL2を含んでいます。大きさの異なる二つのジョセフソン接合(たとえばJJ1とJJL1)を含んだ単一の超伝導ループの持つ臨界電流の磁場に対する依存性を測定すると、ループ内の小さな接合(JJ1)に流れる超伝導電流の位相差に対する依存性(電流位相関係)を評価することができます。この手法を応用することで、実験ではJJ1を流れる超伝導電流がJJ1の位相差(局所位相差)およびJJ2の位相差(非局所位相差)に対してどのような依存性を持つのか、つまりJJ1の局所および非局所位相差に対する電流位相関係を、極低温10mKで測定しました。

実験に用いた素子の電子線顕微鏡写真と模式図の画像
図1 実験に用いた素子の電子線顕微鏡写真と模式図
基板上に作製された素子の電子線顕微鏡写真(左)とその模式図(右)。左図の濃い灰色と右図の灰色部分は超伝導体であるアルミニウムを示している。超伝導体のループ構造の中に入っている磁場により、JJ1およびJJ2の位相差が制御できる。各接合の電気制御に用いたゲート電極構造が左図に黄色で示されている。


測定したデータから構築したJJ1の電流位相関係、つまり局所、非局所位相差に対してJJ1を流れる超伝導電流の依存性を図2Aに示します。図2Aの横軸はJJ1の局所位相差、縦軸はJJ1の非局所位相差(つまりJJ2の位相差)を示しています。JJ1とJJ2が結合していない場合、JJ1を流れる超伝導電流は非局所位相差に対する依存性を持ちません。しかし、図2Aに明瞭に示されている通り、今回の実験結果はJJ1を流れる超伝導電流が、局所位相差のみではなく非局所位相差に対しても依存性を有しています。

次に図2Aの結果を用いて、異常ジョセフソン効果が発現しているかを調べました。局所位相差がゼロのときに、JJ1を流れる超伝導電流の大きさと非局所位相差の関係を示したデータが図2Cです。局所位相差がゼロにもかかわらず、非局所位相差を変化させていくとJJ1に有限の超伝導電流が流れます。これは非局所位相差の制御によってJJ1に異常ジョセフソン効果が発現したことを示しています。

また、図2Aで非局所位相差を制御した際にJJ1が基底状態となる局所位相差を紫線で示しています。この紫線を見ると、非局所位相差を制御することによってJJ1の基底状態を与える局所位相差が変動しゼロではない有限の値になることが分かります。これはJJ1の基底状態に有限の局所位相差を蓄えることが可能であることを示しており、異常ジョセフソン効果を用いた位相バッテリーとしての機能性を示唆したものといえます。

本結果がコヒーレント結合したジョセフソン接合に関して本質的なものであることを確かめるために、数値計算を行いました。その結果得られたJJ1の電流位相関係を図2Bに示しています。数値計算により得られた電流位相関係は実験結果から得られたものと非常に良い一致を示しています。特に、局所位相差ゼロでJJ1を流れる超伝導電流の存在やJJ1の基底状態を与える局所位相差がゼロでなくなるといった異常ジョセフソン効果に特有の性質も再現されていることが分かります。

電流位相関係の実験結果と理論計算結果の図
図2 電流位相関係の実験結果と理論計算結果
(A)は実験で得られた局所、非局所位相差に対するJJ1の超伝導電流の依存性を示したもの。赤が正の、青が負の超伝導電流に対応する。局所位相差のみならず非局所位相差にも依存性を持っている。紫の線はJJ1の基底状態を与える局所位相差を示している。(B)は(A)に対応する数値計算結果を示しており、実験結果の特徴を再現することが分かる。(C)は実験結果で得られた局所位相差ゼロでのJJ1の超伝導電流を示しており、非局所位相差の制御によって有限の値をとることが分かる。

今後の期待

本研究の結果、コヒーレント結合したジョセフソン接合で非局所位相差の制御によって異常ジョセフソン効果が発現することが分かりました。これは、これまでに報告のあった単一ジョセフソン接合での異常ジョセフソン効果の発現機構とは異なる、新しい概念に基づいた異常ジョセフソン効果の実証です。本成果を用いた新しい位相バッテリーの応用や制御手法などの発展が期待できます。

また、これまで単一のジョセフソン接合のみで報告のあった異常ジョセフソン効果がコヒーレント結合したジョセフソン接合において実現できるということが分かったことから、単一接合で実証されたり、理論的に提案されたりしている他のさまざまな新奇超伝導現象についても、コヒーレント結合したジョセフソン接合で実現できる可能性があります。今後は、このような観点から結合したジョセフソン接合を用いて新奇超伝導現象を開拓していくことが重要であると考えられます。

補足説明

1.ジョセフソン接合
二つの超伝導体の間に非常に薄い絶縁体もしくは伝導体(電子を流す物質)を挟んだ接合のことで、超伝導電流が電極間に流れる。

2.コヒーレント結合
二つの波がそれぞれの位相を失わずに干渉することで形成される結合のこと。本研究では、ジョセフソン接合において形成される状態がもう一方の接合の状態と、波としての位相を失わずに干渉し、結合が生じることを指す。

3.異常ジョセフソン効果
ジョセフソン接合の位相差がゼロにもかかわらず有限の超伝導電流が流れる状態のこと。

4.位相バッテリー
位相情報を保持することができる電子素子のこと。

5.超伝導体、超伝導電流
超伝導は、ある温度以下で電気抵抗がゼロになる状態。超伝導を示す物質である超伝導体の内部では二つの電子が対(クーパー対)を形成しており、その流れを超伝導電流という。

6.位相差
波を特徴付ける指標。超伝導体でクーパー対は波として振る舞い、位相がそろった状態を取る。二つの超伝導体はそれぞれ位相を持つので、ジョセフソン接合では二つの超伝導電極の持つ位相の差(位相差)が重要な指標となる。

7.超伝導ダイオード効果
電流方向が正の場合には有限の電圧が生じる一方、逆方向の電流では電圧が生じないようなダイオード現象が、超伝導素子で観測されること。

8.基底状態
エネルギーが最も低く安定した状態。単一ジョセフソン接合では位相差に応じてエネルギーが変化するため、配線されていないジョセフソン接合の位相差はエネルギーが最も安定な状態(基底状態)を与える値となっている。

国際共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループ
研究員 松尾 貞茂(マツオ・サダシゲ)
研修生(研究当時)井本 隆哉(イモト・タカヤ)
リサーチアソシエイト(研究当時)佐藤 洋介(サトウ・ヨウスケ)
グループディレクター 樽茶 清悟(タルチャ・セイゴ)
(量子コンピュータ研究センター 半導体量子情報デバイス研究チーム チームリーダー)

大阪大学大学院 基礎工学研究科
講師(研究当時)横山 知大(ヨコヤマ・トモヒロ)

パデュー大学(アメリカ)
研究員 タイラー・リンデマン(Tyler Lindemann)
研究員 セルゲイ・グロニン(Sergei Gronin)
研究員 ジェフリー・ガードナー(Geoffrey Gardner)
教授 マイケル・マンフラ(Michael Manfra)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)「非可換エニオンの電気的光学的制御(研究代表者:樽茶清悟、19H05610)」、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業「スピン制御による新奇ジョセフソン超伝導現象の開拓(研究代表者:松尾貞茂、JPMJFR223A)」、同戦略的創造研究推進事業さきがけ「並列二重ナノ細線と超伝導体の接合を用いた無磁場でのマヨラナ粒子の実現(研究代表者:松尾貞茂、JPMJPR18L8)」、新世代研究所(ATI)研究助成「並列ジョセフソン接合間に流れる非局所超伝導電流の制御」による助成を受けて行われました。

原論文情報

Sadashige Matsuo, Takaya Imoto, Tomohiro Yokoyama, Yosuke Sato, Tyler Lindemann, Sergei Gronin, Geoffrey C. Gardner, Michael J. Manfra, Seigo Tarucha, “Phase engineering of anomalous Josephson effect derived from Andreev molecules”, Science Advances, 10.1126/sciadv.adj3698

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループ
研究員 松尾 貞茂(マツオ・サダシゲ)
研修生(研究当時)井本 隆哉(イモト・タカヤ)
リサーチアソシエイト(研究当時) 佐藤 洋介(サトウ・ヨウスケ)
グループディレクター 樽茶 清悟(タルチャ・セイゴ)
(量子コンピュータ研究センター 半導体量子情報デバイス研究チーム チームリーダー)

JST事業に関すること

科学技術振興機構 創発的研究推進部
東出 学信

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
科学技術振興機構 広報課

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