半導体量子ビットの量子非破壊測定に成功

スポンサーリンク

半導体量子コンピューターのエラー訂正回路実装に道筋

2019-04-16 理化学研究所,東京大学,科学技術振興機構,ルール大学ボーフム校

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループの中島 峻 研究員、野入 亮人 特別研究員、樽茶 清悟 グループディレクター(東京大学 大学院工学系研究科 教授(研究当時))、量子システム理論研究チームのダニエル・ロス チームリーダー(バーゼル大学 物理学科 教授)、ルール大学 ボーフム校のアンドレアス・ウィック 教授らの国際共同研究グループは、半導体量子ドット注1)デバイスにおいて、電子スピン注2)量子ビット注3)の量子非破壊測定注4)に成功しました。

本研究成果は、半導体量子コンピューター注5)の必須要素である「量子ビットの低エラー読み出し」と「量子エラー訂正注6)」の実現に道筋を示したといえます。

汎用量子コンピューターの実現には、量子ビットの高精度な制御と読み出しを用いて、量子エラー訂正回路を実装することが必要不可欠と考えられています。しかし、従来の電子スピン量子ビット読み出し手法では、エラー率を十分に低減することが原理的に困難でした。また、量子エラー訂正に必要とされる量子非破壊性注7)は、これまでに実証されていませんでした。

今回、国際共同研究グループは、高精度制御に適した「電子スピン量子ビット」と高速読み出しに適した「補助量子ビット」を結合したハイブリッドデバイスを用いて、補助量子ビットの測定を通じた電子スピン量子ビットの量子非破壊測定に成功しました(図)。さらに、非破壊性を応用して測定を繰り返すことで、読み出しエラー率を指数関数的に低減できることを実証しました。

本研究は、英国の科学雑誌「Nature Nanotechnology」の掲載に先立ち、オンライン版(2019年4月15日付け:日本時間4月16日)に掲載されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST「量子状態の高度な制御に基づく革新的量子技術基盤の創出(研究総括:荒川 泰彦)」の研究課題「スピン量子計算の基盤技術開発(研究代表者:樽茶 清悟)」、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費補助金基盤研究S「量子対の空間制御による新規固体電子物性の研究(研究代表者:樽茶 清悟)」、内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「量子人工脳を量子ネットワークでつなぐ高度知識社会基盤の実現(プログラム・マネージャー:山本 喜久)」の研究課題「量子ドット量子シミュレータ(研究代表者:樽茶 清悟)」、文部科学省 光量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP) 基礎基盤研究「シリコン量子ビットによる量子計算機向け大規模集積回路の実現(研究代表者:森 貴洋)」、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費補助金基盤研究B「電子スピン量子計算の実現に向けたフィードフォワード制御(研究代表者:中島 峻)」による支援を受けて行われました。

<背景>

近年、半導体デバイスの微細化による情報処理能力の向上は限界を迎えつつあり、新しい動作原理に基づく次世代コンピューターの実現が待ち望まれています。そのような中、量子力学の原理に基づいてある種の問題を超高速に解くことのできる量子コンピューターの実用化に向けた研究開発が、世界的に加速しています。特に、量子ドット中の電子スピンを用いた半導体量子コンピューターは、既存半導体産業の集積回路技術を応用することで、大規模化に適すると見込まれています。

しかし、量子コンピューターの情報は、不純物や熱などによるさまざまな雑音の影響を受けて容易に失われてしまい、これが量子コンピューター実現の最大の障害となっています。この問題に対処するためには、量子ビットに発生したエラーを検出して訂正する量子エラー訂正回路の実装が必要不可欠であると考えられています(図1)。この量子エラー訂正を実現するためには、(1)エラーを検出するための補助量子ビットの読み出しを高精度に行えること、(2)補助量子ビットの読み出しがデータを保持する量子ビットに新たなエラーを生じさせないこと(量子非破壊性)、の2条件をクリアする必要があります。

しかし、従来の量子ビット読み出し手法では、スピン状態に応じて電子数が変化することを利用しており、有限の温度環境下で生じる読み出しエラーを低減することは困難です。また、量子非破壊性に関しては、これまでに実験的検証がなされたことはありませんでした。

<研究手法と成果>

国際共同研究グループは、GaAs/AlGaAs(砒化ガリウム/砒化アルミニウムガリウム)ヘテロ接合基板に微細加工を施すことで、「三重量子ドット構造」を作製しました(図2)。同グループは、この試料が単一の電子からなる電子スピン量子ビットと2つの電子からなるST量子ビット注8)のハイブリッド量子デバイスとして利用できることを2018年に実証しました※)。本研究では、高速かつ高精度な測定に適したST量子ビットを補助量子ビットとして利用することで、電子スピン量子ビットの量子非破壊測定を試みました。

電子スピン量子ビットの量子非破壊測定は、図3に示した手順で実施しました。まず、電子スピン量子ビットに電子スピン共鳴注9)を起こすマイクロ波を一定時間照射します。これにより照射時間の長さに応じて、スピンが上向きと下向きの状態間を周期的に振動し、任意の量子ビット状態を準備できます。次に、電子スピン量子ビットを補助量子ビットと一定時間結合させることにより、両者の間で量子力学的な相関を持たせます。その後、補助量子ビットを測定すると、補助量子ビットが上向きなら電子スピン量子ビットも上向きで、補助量子ビットが下向きなら電子スピン量子ビットも下向きであるというように、電子スピン量子ビットの状態を直接測定することなく知ることができます。これは、電子スピン量子ビットの向きを測定する行為によって量子ビットにエラーを起こすことがない理想的な量子射影測定注10)であり、「量子非破壊測定」と呼ばれます。

実験では、電子スピン量子ビットに対して従来の(破壊)測定も実施し、非破壊測定による結果との整合性を検証しました(図3下)。その結果、1回の非破壊測定が破壊測定と同程度のエラー率で実現できていることが分かりました。

ここで、測定したスピンの向きが測定後も変化しないという量子非破壊測定の性質を利用すると、同一の電子スピン量子ビット状態に対して量子非破壊測定を繰り返し行うことにより、測定精度を向上させる(エラーを低減させる)ことが可能になります。このような繰り返し測定を実際に行うと、図4のような結果が得られました。測定回数が増えるほど量子ビットの測定精度が向上し、量子ビット振動の振幅がより明瞭になる様子が見られます。

国際共同研究グループは、この観察に基づいて量子ビットの緩和などの効果を考慮に入れた信頼性の高い統計処理手法を開発し、測定回数の増加に伴って測定エラーが指数関数的に減少することを確認しました。その結果、測定精度が63%から89%まで向上する(エラー率が37%から11%に減少する)ことを実証しました。

最後に量子非破壊測定を応用して、量子ドット中で孤立した電子スピン量子ビットの時間発展を計測しました(図5)。電子スピン量子ビットに意図的な操作を行わなくても、フォノン注11)の自然放出と吸収によって、電子スピン量子ビットが自発的に反転を繰り返す様子(量子跳躍)を捉えることができました。通常の測定は擾乱を与えてしまうため、このような孤立した量子系の真の時間発展を捉えることはできません。

また、測定されたスピン反転の時間間隔から、電子スピン量子ビットの寿命が1.5ミリ秒(ミリ秒は1,000分の1秒)以上あることが確認できました。これは量子非破壊測定に要する時間である5マイクロ秒(マイクロ秒は1,000分の1ミリ秒)と比べて300倍も長くなっています。このことからも、本研究で実証した量子非破壊測定が実用上有用であることが確認できました。

<今後の期待>

本研究で実証した電子スピン量子ビットの量子非破壊測定は、半導体量子コンピューターの実現に不可欠な量子エラー訂正回路の実装に向けた具体的な道筋を示すものです。実際、補助量子ビットをもう1つ追加することで、図1に示したようなエラー検出回路を実現できることが分かります。

一方で、本研究で達成した量子ビットの測定精度89%(エラー率11%)という値は、実用的な量子エラー訂正回路を実装するためには不十分です。しかしながら、この測定エラーはGaAs/AlGaAs量子ドットデバイスに特有の磁気雑音によるものであることが分かっており、磁気雑音を取り除くことによりエラー率を大幅に低減できると見込まれます。特に、近年開発の進むシリコン量子ドットに本研究成果を適用すれば、最大で99.96%の測定精度が期待できます。これは、量子エラー訂正回路を実装するのに十分な値です。

本成果は、半導体量子コンピューターの研究におけるマイルストーンの達成に向けて大きく前進するものであり、半導体量子コンピューターの実用化に向けた開発をさらに加速させるものと期待できます。

<参考図>

図 電子スピン量子ビットによる量子非破壊測定回路のイメージ図

図 電子スピン量子ビットによる量子非破壊測定回路のイメージ図

図1 量子ビット反転エラー検出回路

図1 量子ビット反転エラー検出回路

データを保持する量子ビット(赤:データ量子ビット)と2つの補助量子ビット(青:補助量子ビット1、2)との間で、制御NOTゲート(独立な2つの量子ビットの間で相互作用をさせる操作)を用いて量子力学的な相関を持たせる。その後2つの補助量子ビットを測定すれば、データ量子ビットに生じたエラーの有無を、データ量子ビットの状態を破壊することなく検出できる。エラーが検出された場合には、データ量子ビットを再反転させる操作を加えることにより、エラー訂正を行える。

図2 三重量子ドット構造による電子スピン量子ビットのハイブリッドデバイス

図2 三重量子ドット構造による電子スピン量子ビットのハイブリッドデバイス

半導体基板上のゲート電極構造(右下と中央の茶、黄緑の領域)に電圧をかけ、電子スピン(矢印付きの赤丸:左、青丸:中央、右)を1つずつ閉じ込めた三重量子ドットを形成させる。左の電子スピンは単一の電子スピン量子ビットとして、中央と右の電子スピンは2つで1つのST量子ビット(補助量子ビット)として動作させる(青破線で囲まれた2つの電子スピン)。これら量子ビットのスピン状態は、右上に白丸で示した単一電子トランジスタによって電気的に検出される。また、左上のコバルトで作られた微小磁石による漏れ磁場を用いて、各電子スピンを個別に制御することが可能である。スケールバーは200ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)を表す。

図3 電子スピン量子ビットの量子非破壊測定図3 電子スピン量子ビットの量子非破壊測定

上:非破壊測定の実施手順。電子スピン量子ビットを基底状態である上向きに初期化した後、電子スピン共鳴を用いた回転操作により任意の向きのスピン状態を用意する。一方、補助量子ビットも基底状態(実際はST量子ビットのシングレット状態)に初期化した後、電子スピン量子ビットと一定時間結合させて量子相関を持たせる。その後補助量子ビットを測定することで、その結果から電子スピン量子ビットの向きを推定できる(量子非破壊測定)。一方、比較のため従来の方法による電子スピン量子ビットの(破壊)測定も行った。これはスピンの向きに応じて電子が量子ドットから逃げて行くかその場に留まるかを検出することにより行われる。

下:破壊測定と非破壊測定による電子スピン量子ビットの検出結果の比較。マイクロ波照射時間の長さに応じてスピンが上向き、下向きの間を周期的に振動する様子が観測できている。測定された振動の振幅がおおよそ一致していることから、非破壊測定が破壊測定と同程度のエラー率で実行できていることが分かる。

図4 繰り返し測定による量子ビット測定エラーの低減図4 繰り返し測定による量子ビット測定エラーの低減

上:繰り返し測定の実施手順。測定したい電子スピン量子ビットを用意した後、補助量子ビットの初期化・結合・測定を1セットの非破壊測定として、非破壊測定を多数回繰り返す。

下:繰り返し測定によって得られた電子スピン量子ビットの振動。図3下と同様の振動が、測定回数を増やすことによってより明瞭に観測されるようになっている。この振動振幅の増加が、量子ビットの測定精度の向上に対応する。灰色の破線は理想的なエラー0%の測定によって得られる振動を示している。

図5 量子ドット中の電子スピン量子ビットの量子跳躍図5 量子ドット中の電子スピン量子ビットの量子跳躍

上に示した手順で量子非破壊測定を絶え間なく繰り返し続けることにより、電子スピン本来の時間発展を損なうことなく、リアルタイムに測定し続けることができる。下段にプロットした1.0以下の赤のカーブは、非破壊測定によって推定された「スピンが下向きである確率」を表している。上段の紫の線は、この確率分布から判定されたスピンの向き(下向きまたは上向き)を示す。電子スピン量子ビットが自発的に反転を繰り返す様子(量子跳躍)が捉えられたことが分かる。

<用語解説>
注1)量子ドット
電子を空間的に3次元全ての方向に閉じ込めることで運動を制限し、0次元構造としたもの。その性質から人工原子とも呼ばれ、電子を1つずつ出し入れすることができる。
注2)電子スピン
電子が右回りまたは左回りに自転する回転の内部自由度のこと。この回転の向きに応じて、通常上向きまたは下向きの矢印で表される。
注3)量子ビット
電子スピンの向きなどに符号化された量子情報の最小単位のこと。通常のデジタル回路では「0もしくは1」の2状態に情報が保持されるのに対し、量子ビットでは「0でありかつ1でもある」状態を任意の割合で組み合わせて表現できる。これを量子力学的な重ね合わせ状態と呼び、通常量子ビットの状態は任意の向きの矢印によって表される。
注4)量子非破壊測定
量子系のある量を測定したときに、その測定された量の時間発展に一切の影響を及ぼさないような測定のこと。理想的な量子射影測定ともいえる。量子力学では、測定そのものも物理的な過程として慎重に取り扱う必要があり、通常のほとんどの測定は何らかの形で測定される量に影響を及ぼしてしまう「破壊測定」である。
注5)量子コンピューター
量子力学における重ね合わせおよび量子力学的相関を利用して、超高速計算を実現するコンピューター。従来のコンピューターでは天文学的な時間のかかる因数分解の問題などを、数時間で解くことができる量子アルゴリズムが開発されている。
注6)量子エラー訂正
雑音に対して極めて敏感な量子コンピューターに生じたエラーを、量子力学的性質を損なうことなく検出し訂正するアルゴリズム。実用的な大規模量子コンピューターを実現するためには必要不可欠と考えられている。
注7)量子非破壊性
量子系の測定(読み出し)において、測定された量の時間発展に一切の影響を及ぼさず新たなエラーを生じさせない性質のこと。この性質を持つ測定を量子非破壊測定と呼ぶ。
注8)ST量子ビット
二重量子ドット中の2つの電子スピンを用いて実装される量子ビット。全スピン角運動量が0(シングレット、S)および1(トリプレット、T)の状態が、それぞれ量子ビットの0と1に対応する。外部磁場を加えることで、3つあるトリプレット状態のエネルギー縮退を解き、磁場と平行なスピン成分が0の状態のみを量子ビットとして利用する。
注9)電子スピン共鳴
外部磁場を加えると、電子スピンが上向き(磁場と平行)、下向き(磁場と反平行)の状態間にエネルギー差が生じるが、これに対応するマイクロ波を照射することで、電子スピンの反転が起こる共鳴現象のこと。マイクロ波の強度と照射時間を精密に制御することで、電子スピンを任意の向きに回転操作することができる。
注10)射影測定
量子ビットは、0と1(スピンの上向きと下向き)が任意に重ね合わされた状態をとることができるのが大きな特徴であるが、それを測定しようとしたときには重ね合わせが壊され、0か1のいずれかが確率的に得られることになる。この過程を射影測定と呼ぶ。量子非破壊測定はこの射影測定の一種であり、「重ね合わせが壊されない」ということを意味するのではない。
注11)フォノン
半導体結晶中の格子振動を表した準粒子のこと。固体デバイス中では、電子スピンの主要な相互作用相手である。
<論文情報>
タイトル:“Quantum nondemolition measurement of an electron spin qubit”
DOI:10.1038/s41565-019-0426-x
<参考文献>

※)2018年11月29日共同プレスリリース「半導体量子ビットによるハイブリッド量子計算手法の実証」
http://www.riken.jp/pr/press/2018/20181129_2/

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

中島 峻(ナカジマ タカシ)
理化学研究所 創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループ 研究員

樽茶 清悟(タルチャ セイゴ)
理化学研究所 創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループ グループディレクター

<JST事業に関すること>

科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ

<報道担当>

理化学研究所 広報室 報道担当

東京大学 大学院工学系研究科 広報室

科学技術振興機構 広報課

スポンサーリンク
スポンサーリンク