有機・農薬節減栽培と生物多様性の関係を解明

ad

2019-08-28 農研機構

ポイント

農研機構は、有機・農薬節減栽培の水田では慣行栽培よりも多くの動植物(植物、無脊椎動物、両生類および鳥類)が確認できることを全国規模の野外調査で明らかにしました。本成果は、生物多様性に配慮した稲作によって環境への負の影響を軽減するとともに、生物多様性を活用したブランド化等により農産物に新たな価値を付与するために役立ちます。

概要

農業は食料や生活資材を生産するだけでなく、農地やその周辺における生物多様性1)の保全を含む多面的な機能を有しており、国民全体がその恩恵(生態系サービス2))を受けています。有機栽培や農薬節減栽培3)などの環境保全型農業4)は、生物多様性に配慮した持続的な農業生産を実現するための手段の一つとして、注目を集めています。しかし、その効果を科学的に検証する研究は一地域の事例研究にとどまっており、広域的な水田の生物多様性の調査に基づく検証は実施されていませんでした。
そこで農研機構をはじめとする研究グループは、有機栽培または農薬節減栽培を行う水田と、行わない水田(慣行栽培5)の水田)の両方で生き物の調査を全国規模で行い、種数と個体数を比較しました。その結果、有機栽培の水田は、慣行栽培の水田と比較して、絶滅のおそれのある植物の種数や、害虫の天敵であるアシナガグモ属のクモ、アキアカネ等のアカネ属のトンボ、トノサマガエル属のカエル、およびサギ類などの水鳥類の個体数が多いことが明らかになりました。農薬節減栽培の水田も、慣行栽培の水田よりも植物の種数およびアシナガグモ属の個体数が多い一方で、ニホンアマガエルは少ないことが分かりました。またニホンアマガエルとドジョウ科については、化学肥料や化学農薬を減らすことよりも、個別の管理法が個体数に大きく影響することが分かりました。

関連情報

予算:農林水産省委託プロジェクト研究「生物多様性を活用した安定的農業生産技術の開発」

問い合わせ先など

研究推進責任者 :農研機構農業環境変動研究センター 所長渡邊 朋也

研究担当者 :同 生物多様性研究領域片山 直樹

広報担当者 :同 広報プランナー大浦 典子

詳細情報

開発の社会的背景と研究の経緯

集約的な農業生産技術の普及は、食料の生産性向上を通じて私たちに大きな恩恵をもたらしました。しかし近年、農地の生物多様性の損失や、それに伴う生態系サービスの劣化(害虫発生を抑える天敵や花粉を運ぶ昆虫の減少など)は年々深刻なものとなっています。持続的な農業生産を実現するためには、生物多様性を保全し、その恩恵を最大限に活用できる農業生産方式を明らかにする必要があります。既に欧米の畑地生態系では、有機栽培や農薬節減栽培がもたらす生物多様性の保全効果が、多くの研究によって明らかになりつつあります。一方、アジアに特徴的な水田生態系においては、一部の天敵生物(クモ・昆虫類など)を除けば、そうした科学的な知見が不足していました。
そこで今回、全国各地の1000以上のほ場を対象とした野外調査データを解析することで、有機・農薬節減栽培が水田の生物多様性の保全にもたらす効果を科学的に検証しました。

研究の内容・意義

1.2013年~2015年の3年間の野外調査の結果、有機栽培の水田は、慣行栽培の水田と比較して、絶滅のおそれのある植物の種数や、アシナガグモ属(クモ)、アカネ属(トンボ)、およびトノサマガエル属(カエル)の個体数が多いことがわかりました(図1)。また農薬節減栽培の水田でも、慣行栽培の水田と比較して、植物の種数およびアシナガグモ属の個体数が多いことがわかりました。これらの成果は、有機・農薬節減栽培は多くの生物の保全に効果的であることを示しています。

2.個別の管理法が生物多様性に与える影響は、生物群によって大きく異なることがわかりました。特にニホンアマガエルとドジョウ科の個体数は、有機・農薬節減栽培かどうかよりも、畦畔の植生高や輪作などの管理法と関連していました(図1)。この結果は、保全対象種によって効果的な取り組みが異なることを示しています。

3.有機栽培の水田面積が多い水田群(1km2の範囲)ほど、サギ類などの水鳥類の種数と個体数が多いことがわかりました(図2)。この結果は、鳥類のように広範囲を移動する生物の保全には、1枚の水田よりも、地域や生産グループなどによる広範囲の取り組みが効果的であることを示唆しています。

今後の予定・期待

本成果は、これまで農業者や自治体が取り組んできた有機・農薬節減栽培や特定の管理法が、生物多様性の保全に有効な農業生産方式であることを示す強力な科学的・客観的証拠となります。これらの栽培法で保全される生物多様性を、公開中の調査・評価マニュアル6)を活用して適切に評価することで、農産物の付加価値のさらなる向上やブランド化に貢献することが期待されます。今後、こうした生物多様性がもたらす生態系サービスの実態を解明し、その恩恵を活用する新たな農業生産方式の実現を目指して研究を進めていく予定です。

用語の解説
1)生物多様性
多様な生物がお互いに関わりあいながら存在している状態を表します。非常に多くの側面を含むため一義的な定義はありませんが、生物の種数や個体数が多いことに加えて、種内の多様性(個体による違い)、種間の多様性(種による違い)及び生態系の多様性(環境の異なる生態系による違い)を含む概念です。
2)生態系サービス
自然が人類に恵みをもたらす生態系の働きを指します。農地やその周辺の生き物がもたらす生態系サービスとしては、作物の受粉を助ける送粉者による送粉サービスや、天敵が害虫の個体数を抑える害虫制御サービスなどがあります。
3)有機栽培、農薬節減栽培
有機栽培とは、化学的に合成された肥料及び農薬を使用しない、遺伝子組換え技術を利用しない、および農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減する栽培方法です。農薬節減栽培とは、化学合成農薬の使用回数を慣行の1/2以下に抑えた栽培方法です。
4)環境保全型農業
農業の持つ物質循環機能を生かし、生産性との調和等に留意しつつ、土づくり等を通じて化学肥料、農薬の使用等による環境負荷の軽減に配慮した持続的な農業です(農林水産省)。
5)慣行栽培
慣行栽培とは、地域ごとに定められた栽培基準に従って、農薬及び化学肥料を使用する従来型の栽培方法のことです。
6)(生物多様性を評価するための)調査・評価マニュアル
農研機構は、鳥類を代表種と位置づけ、鳥類とその餌生物や植物を生物指標とし、水田の生物多様性の保全状況を分かりやすく評価する手法を開発し、「鳥類に優しい水田がわかる生物多様性の調査・評価マニュアル」にまとめました。多数の写真を使い、調査方法について分かりやすく解説しています。農研機構のウェブサイトからダウンロードできます。
鳥類に優しい水田がわかる生物多様性の調査・評価マニュアル | 農研機構
農研機構は食料・農業・農村に関する研究開発を行う機関です。「鳥類に優しい水田がわかる生物多様性の調査・評価マニュアル」を公開しました。
発表論文

Katayama N, Osada Y, Mashiko M, Baba YG, Tanaka K, Kusumoto Y, Okubo S, Ikeda H, Natuhara Y (2019) Organic farming and associated management practices benefit multiple wildlife taxa: A large-scale field study in rice paddy landscapes. Journal of Applied Ecology, 56: 1970-1981.

「有機栽培およびそれに関連する管理法が複数の生物群に利益をもたらす:水田景観における大規模な野外調査」

著者: 片山 直樹1、長田 穣2、益子 美由希1, 3、馬場 友希1、田中 幸一1、楠本 良延1、大久保 悟1、池田 浩明1、夏原 由博4

所属: 1農研機構農業環境変動研究センター、2東北大学、3国土交通省国土技術政策総合研究所、4名古屋大学

参考図


図1 本研究結果の要約
有機栽培、次いで農薬節減栽培は慣行栽培よりも複数の生物群の種数または個体数が多いことがわかりました。また、個別の管理法の影響は生物群によって大きく異なります。
1 植物は種数、鳥類は種数と個体数、その他は個体数を評価しました。
2 それぞれの除草剤に含まれる成分の種類数を足し合わせた数。
3 ネオニコチノイド系またはフェニルピラゾール系。


図2 水鳥類の種数・個体数と有機栽培水田の面積率の関係
有機栽培の水田面積が多い地域ほど、サギ類などの水鳥類の種数・個体数が多いことが分かりました。実線は種数および個体数の推定値を、灰色はその95%信頼区間を表します。

ad

1202農芸化学1206農村環境
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました