光の屈折の新現象を発見~往路と帰路で光の経路にずれ~

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2019-08-02  東京大学

発表者

有馬 孝尚(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授)

豊田 新悟(研究当時:東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 大学院生

現:理化学研究所創発物性科学研究センター 基礎科学特別研究員)

発表のポイント

◆メタホウ酸銅(注1)という物質において光の屈折を調べた結果、ある方向から光を入射した場合と逆方向から光を入射した場合で、屈折方向に差が生じることが分かった。

◆この光の通る経路が行きと帰りで変化する現象は、今回初めて実験で観測された。

◆今回発見された非対称な屈折現象は非常に小さな効果ではあるが、光学の常識を覆す発見であり、今後の研究の進展によっては光素子への応用が期待される。

発表概要

 通常、光が通る経路は光の進行方向に依存しません。すなわち往路と復路で完全に同一の経路を光は通ります。しかし、特殊な磁性体の界面で光が屈折する際には、行きと帰りで光の通る経路が変化し得ることが理論的に予測されていました。今回、東京大学大学院新領域創成科学研究科の豊田新悟大学院生(研究当時)は阿部伸行助教、有馬孝尚教授と共同で、このような行きと帰りで非対称な光の屈折現象(図1(b))を実験的に観測することに成功しました。さらにこの現象を定量的に説明することにも成功しました。本成果は光の経路が行きと帰りで同一であるという光学の常識を覆すものであり、物理学に大きな影響を与えると考えられます。本研究成果は、アメリカ物理学会の速報誌「Physical Review Letters」に掲載されます。

発表内容

 光はあらゆる経路のうち最も短い時間で通ることができる経路を進みます。これはフェルマーの原理(注2)と呼ばれ、物理学の最も重要な原理の一つです。通常、物質における光の速さは光の進行方向を反転しても変化しないため、行きも帰りも最短時間の経路は同一であり、光が通る経路は変化しません。図1(a)のように複屈折を示す物質においても、この原則は破っていません。しかしながらマルチフェロイック物質と呼ばれる特殊な磁性体においては、光の速さ(すなわち屈折率)が行きと帰りで異なる場合があることがわかってきました。このような物質では、最短時間の経路も行きと帰りで異なるため、図1(b)に示すように、進行方向の反転によって光の通る経路にずれが生じるはずです。このような行きと帰りで非対称な光の伝播現象は理論的に提案されていましたが、実験による報告例はありませんでした。その理由は、一般的に光の進行方向の反転による屈折率の変化が小さかったためです。

 本研究グループは、これまでに、メタホウ酸銅という物質の光応答が例外的に大きな非対称性を示すことを発見してきました。そこで、本物質を用いれば光路のずれも観測可能な大きさであると考えました。さらに、実験上の工夫として、光の進行方向を反転することと等価である磁場反転による光軸の変位を計測することで、光の経路の差の精密な測定を可能にしました。実験の結果、磁場反転によって0.50マイクロメートルの光軸の変位を計測し、非対称な屈折現象を実験的に観測することに成功しました。さらに観測された変位量がフェルマーの原理から予想される値と定量的に一致することを確認しました。

 今回発見した非対称な屈折現象は、メタホウ酸銅が磁石になる、摂氏マイナス252度以下の低温でしか観測することができません。しかし、今後の研究の進展によって、上記の条件を常温で満たす物質を開拓できれば、光学素子などへの応用も期待されます。

発表雑誌

雑誌名:Physical Review Letters(オンライン版 8月5日)

論文タイトル:Nonreciprocal refraction of light in a magnetoelectric material

著者:S. Toyoda*, N. Abe, T. Arima

用語解説

(注1)メタホウ酸銅:

CuB2O4という組成式で表される銅、ホウ素、酸素からなる化合物で、摂氏マイナス252度以下では弱い磁石になる。

(注2)フェルマーの原理:

光がある点から別の点に進むときには、そのためにかかる時間が最も短くなる経路を通るという法則。17世紀にフランスの数学者フェルマーによって提唱された。

添付資料

図1 (a) 通常の物質における複屈折。光が通る経路は進行方向を逆転させても変化しない。例えば点Xから点Yに光が進むときには、同様に点Yから点Xに光を送り返すことができる。(b)今回メタホウ酸銅において発見された非対称な屈折現象。点Xから点Yに光が進む場合でも、光の進行方向を反転すると別な点X’に光が到着する。すなわち光の経路が往路と帰路で変化する。

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