中堅・中小企業への円滑なIoT、AI導入の企業ノウハウの公開 ~東京電機の事例 ~

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第95回「中堅・中小企業への円滑なIoT、AI導入の企業ノウハウの公開(5/9) ― 東京電機の事例 ―」

 

岩本 晃一 上席研究員(特任)/日本生産性本部

筆者は、2016年4月から経済産業研究所RIETI(2018年4月からは日本生産性本部JPC)において、「IoT、AIによる中堅・中小企業の競争力強化に関する研究会」を主催してきた。

研究会では、これまでモデル企業9社に参加いただき、研究会がモデル企業に対して、アドバイス・コンサルティングを行う代わりに、「試行錯誤のノウハウ」を公開していただくことを条件に研究会に参加していただいた。公開するのは、モデル企業による検討のスタートから途中経過の試行錯誤から最後までの企業ノウハウである。それらは、通常「企業ノウハウ」として企業内に留まっているものである。日本国内の中堅・中小企業の競争力強化を図る公益目的の研究会である。

本研究会で採用した手法は、MBAプログラムで用いられている「ケーススタディの積み上げ方式」である。企業経営を成功させる定石はない。MBAで学ぶのは、多くの成功事例のケーススタディである。同様に、中小企業へのIoT、AI導入で成功する定石はない。そのため、成功事例のケーススタディを学ぶしかない。だが日本では、中小企業のIoT、AI導入の成功事例はほとんどなく、しかも、もしあったとしても企業秘密として公開されない。日本に現存しないのであれば、自分で作っていくしかないと考えた。

今回公開する企業ノウハウは、2016年度のモデル企業である「東京電機」の事例である。

Ⅰ. 会社概要

東京電機(以下同社)は非常用自家発電装置(以下自家発電装置)の製造販売を行う製造メーカである。昨今高まる災害などで増加した需要にうまく対応している同社であるが、将来を見据えてさらに発展基盤を固めたいとして研究会に参加した。

同社は東京電機製造株式会社として1920年に設立された。設立当初は、精米機モーターや小型水車製造を主に取り扱っていた。終戦後、空襲で本社および第一・第二工場が焼出したため、霞ヶ浦工場(現土浦市)に全面移転した。1975年になると、現つくば市に本社工場を再度移転した。それ以降、「防災用」自家発電装置の認定を取得し、現在の主力製品である自家発電装置産業に参入した。また1980年になると自家発電装置の整備・点検を目的に、東京電気機器サービス株式会社を設立している。近年では特に大型機種の受注拡大に対応するべく、第四工場を増設した。

図:会社概要図:弊社の本社・営業拠点

同社の自家発電装置の売上は、ここ5年ほどで大幅に増加している。平成23年(2011年)に発生した東日本大震災を契機に、地震による電力供給の不安定化に伴い、まさに自家発電装置の需要が急増したのである。自家発電装置の設置状況を年間合計台数ベースからみれば、生産台数は1230台、市場シェアは19%を占めるなど業界では第2位の業績である。こうした実績を従業員170人で支えているのである。

図:関東甲信越図:発電装置生産売上図:発電装置生産台数図:従業員数の推移

同社の経営理念は「顧客第一」「品質第一」「創造的製品の開発」である。これに沿った経営戦略を練ってきた。実際に「顧客第一としての協創と収益の経営」という経営方針の下、災害時には、電力の安定化に貢献した。

1. IoT研究会への参加動機
1.1 抱えていた課題

自家発電装置の設計・製造・整備を行う同社は、課題を3つほど抱えている。1つ目は、防災意識の高い日本独自の市場であり、市場規模が小さく一般的な製造業とは異なることを認識した上で、コスト改善を目指さなければならない。2つ目は、作業の標準化・効率化が実現し難いという悩みである。あとで詳しく述べるが同社製品は何かしらオプションが付加された特殊品であり、少しでも生産工程を均一化するよう、問題点を探し、効率性の高い生産体制を構築していきたいと考えている。3つ目は、社内の情報化が遅れているという悩みである。同社は紙媒体の図面や帳票を現在も多用しており、管理や閲覧が煩雑な状態であり、IT化・情報化が遅れている。また“製造業”であるという意識から、接客サービスについての意識が低いことに問題がある。生産活動も事業を行うに当たって重要ではあるが、実際は販売前後の顧客対応力に付加価値を求めていかなければ、同業他社との差別化を図りシェア争いを勝ち抜くことはできない。販売後のアフター・ケアを含めたサービスが重要であることを強く自覚しなければならない。情報の管理や迅速化は不可欠であり、社内の情報化を進め、生産工程のIT化・顧客対応力の強化を推進していきたいと考えている。

1.2 IoTへの期待

こうした課題を解決したいがために、搦め手として同社が導入を決意したのがIoT技術であった。同社の社長が、IoTに関する研究会の募集要領を読んだことが直接のきっかけであった。「IoT」という新しい用語を良く耳にしてはいたが、実態はよく理解していなかった。それもそのはずで、2018年はまだIoTの知名度は今日ほど高くはなかったためである。ここ最近メディアで取り上げられる機会が顕著に増え、知名度が徐々に高まったのだと思う。私たちも「IoT」について漠然としたイメージしか持っていなかった。「そもそもIoTとは実際はどのようなものなのか」、「費用はどれほどで、どれほどの収益性が見込まれるのか」、「どのような技能が、どの工程に導入できるのか」など疑問は絶えずつきまとっていた。一方でIoTが上記の課題解決につながるのではないかという期待も持っていた。例えば、設計、生産管理部門への導入から、部署を問わず、ペーパーレス化、サービス向上または教育に向けたIoTの利用など、広い範囲で利用できるのではないかと、とにかく意見を出し合った。「工場内の設備にセンサーを導入することで、同社も情報を一元的に管理できるようになるのではないか」「生産ラインの見える化を実現し、生産効率を改善できるかもしれない」まさに期待と疑問が綯い交ぜになっていたのである。

同社を含む中堅中小企業は予算規模が大手ほど大きいわけではない。新規投資は期待収益を十分考えなければ、行動に移すことはできない。未知の分野を、リスクを抱えて開拓していくには大きな原動力が必要である。たとえ経営上の非効率の原因が分かっていて、それを改善するためという「大義名分」があったとしても、長期的な事業計画は資金的に難しい。どうしても投資計画は近視眼的になりがちで、中小企業は現状維持からの脱却がなかなかどうしてうまくいかないのである。

背中を押してくれたのはこの募集要領を読んだ社長であった。「参加すれば、なにか得るものがあるだろう。うちでもやってみよう」社長のこうしたバックアップを得て、いわばトップダウンのかたちで、同社のIoT導入が現実味を帯びたのである。これが第一歩である。

2. IoT研究会参加後の事業計画
2.1 研究会でのアドバイスと軌道修正

「IoTによる中堅中小企業の競争力強化に関する研究会」のモデル企業となった後は、多くのアドバイスを参考に、IoTに関する知見を蓄え、見聞を広めることが重要であった。実際に研究会では、さまざまな意見やご指摘を頂いた。IoTに関する基礎知識はもちろんのこと、「自社の課題を再度検討し、どのように対処すべきか」など的確な助言であった。何よりも大きな成果は、同じ自家発電装置産業の導入事例を聞くことができたことであった。費用対効果に応じたIoT技術を導入するため、同じ産業の経験者から具体的なケーススタディについて体験談を聞くことができたのは、良い機会であった。実際に試行錯誤しながらIoT化を進めてみると、成功談よりも失敗した事例や導入までの苦労話の方が骨身に沁みた。充実した意見交換ができていたと思う。

こうした数多くの助言を経て、同社はIoT導入方法を大きく方向転換した。「自家発電装置の製造過程にIoTを導入するのはまだ難しい」と判断したからである。

その理由を2点程説明したい。1つ目は、自家発電装置の需要は大きくなく、少量生産が当然の業態なのである。製品を多量に生産することで生産性を上げるという「スケール・メリット」が発揮できないのである。

2つ目は、同社で扱う製品の多くは受注生産品であり、大部分の作業は「ヒトの手」が不可欠なものもある。このように発電装置の生産ラインには自動化できない多くの要素が含まれている。

このように製造ラインの効率化を図りたくとも、各工程が特殊であり、データを収集・分析しても平準化するのは難しい。また、どうしても手作業が不可欠な工程もある。自家発電装置の製造過程にIoT化を実施しようとすれば、投資費用は高額になってしまう。そこで製造過程のIoTは方向転換を図ることになった。

3. IoTの活用による課題解決へのアプローチ−初年度の取り組み−

当初の目的を転換した同社だったが、なにもIoT化を諦めたわけではなかった。「IoTの実態を理解すること」「コストに見合ったパフォーマンスの追求」という研究会で頂いた助言から、同社に適し、かつ安価なIoTの導入を第一に据えたのである。つまり製造過程よりもむしろ、販売前後の試験・整備・修理といったサービスこそが私たちの業界で重要なマーケティング戦略となると考えたのである。よって自家発電装置における「製造工程IoT化」というよりもむしろ、「サービスという付加価値向上に向けたIoT化」へと方針を切り替えたのである。そこで考えたのが、①試験データ入力業務の効率化および②生産管理システムのIoT化である。

まず、試験データ入力業務のIoT化について紹介したい。同社の試験管理部門では、これまで自家発電装置の試験データを、一度紙面へと記載した上でパソコンへ再度入力(清書)、するという二重作業を行っていた。この工程にうまくIoTを導入することで、非効率性を改善できないかと施策を練ったのである。

その際、今ある社内の生産管理システムと互換性のあるIoTシステムの導入・連携ができないのかという点が視軸となった。それというのも、IoT導入に先んじて同社ではIT化・電子化を念頭に、閲覧ソフトで生産管理システムの情報化を進めていたためである。このソフトは、データを紙面と同様に閲覧・加筆修正することが可能なソフトである。そもそも同社は、設計に紙媒体の図面を多用しており、管理が煩雑となっていた。設計図面は数十年も保管していることもあり、量はとてつもなく多い、それこそオフィスの壁一面を埋め尽くすほどの量である。顧客からの受注を受けた際、類似の案件があれば、この膨大な図面の中から探し出さなければならなかった。

閲覧ソフトの導入でデータ管理はある程度可能になったが、この二重入力の問題が残っていたのである。紙面への入力を削減する閲覧ソフトを利用することで、こうした図面データの電子化を徐々に進めていたため、この閲覧ソフトと連動するような情報管理システムを構築する必要があった。そのために今回導入したのが、現場帳票ソフト、その運用に使用するタブレットおよび周辺機器である。現場帳票ソフトとは、それまで紙媒体で記載・閲覧していた帳票を一元的に管理するソフトである。タブレットと併せて利用することで、試験データの直接入力が可能となった。

現場帳票ソフトを試験的に導入したのが2018年9月である。その後、12月に投資計画を決定・導入し、2019年に入ってすぐに試験運用開始し、およそ400物件ほどのデータ入力が終了した。3月から実運用を開始している。こうして順次、電子媒体にデータを置き換えることで、年度ごとに紙媒体の書類廃棄が可能となった。試験導入した感想をいえば、二重入力の負担は解消できると判断した。取り込んだデータもエクセルで出力可能なので、閲覧ソフトとの連携も図りやすい。閲覧ソフトで取り込んだ図面データを含めて一括管理が実現できると確信を持てたのである。実際に、転記作業がなくなったことで、データの入力工数は削減され、残業部分の時間短縮にも寄与している。またタブレット端末で入力・閲覧が可能になった点は改善効果が大きい。これまで手書きで記入していた帳票類もタブレットに直接入力できるようになったことで、数値の合否判定も自動で行われるため、入力ミスが削減できた。文字情報にとどまらず、写真による視覚データで情報を共有できるようにもなったこともあり作業が効率的になった。これは現場作業者に限らず、顧客へも分かりやすい情報提供が可能となった。データも紙媒体のこれまでとは異なり、サーバーですべて管理しているため物理的なスペースの確保も実現した(省スペース化)。集計も記入もタブレット上で容易になったことで、類似案件の検索も即座に行えるようになった。

続いて生産管理システムのIoT化について紹介したい。情報共有を円滑に行うため、問題ついても積極的な取り組みを行ったが、初年度はペーパーレス化を優先したため、試験段階にあった(よって、実質的な効果については、次節で説明を行う)。

東京電機では、自家発電装置の工程表(週間組み立て予定表)を作成する際、工程会議をおよそ2週間ごとに実施している。会議では、納期や部品入荷日などの情報共有を目的としている。しかし、そうした情報は適宜更新されておらず、最新版の工程表を管理できていない。現場作業者は、関係者への問い合わせを都度行わなければならい。この無駄な問い合わせをなくすため、刻々と変化する最新情報を収集したいと考えている。タイムリーに工程表に情報を反映させ、常に更新されたデータを共有することが理想である。

工程管理改善のために実施したのが、生産管理システムという製販一体型ソフトである。このソフトが優れているのは、生産過程に必要な情報をリアルタイムでの共有・可視化が可能である点にある。設計グループと製造グループでデータベースを1つにまとめることができたことで、連携もスムーズになった。受注による部品発注や急な設計変更などのデータを生産管理システムで活用することによりタイムリーに最新情報を反映させることが可能となったのである。

生産管理システムのIoT化で期待できる低減効果は、問い合わせの削減である。現在、部材入荷日などの問い合わせは1日当たり10分ほどあるから年間2,400分ほどの改善が見込まれる。現在は運用を開始したばかりなので、在庫管理や誤発注を減らし、また今後は基幹システムから抽出したエクセルデータを工程表に自動で変換できるよう、システムを整えていきたい。生産管理システムのIoT化をこれからより促進していきたいと考えている。

4. IoTの活用による課題解決へのアプローチ−次年度以降の取り組み−

初年度の投資計画が実用段階に向けて着実に進められると、社内でのペーパーレス化が進んだ。生産管理システムのIoT化とペーパーレス化・情報の一元化の連携が可能になると、工程会議での最新情報の共有も円滑に行うことができるようになったのである。帳票ソフトとタブレットの導入が物理的な省スペース化を促進させただけでなく、データベースを作成し、各部門で最新情報をオンタイムで共有することが実現したのである。また現在は、グループ会社でも帳票ソフトとタブレットを導入しており、現場でメンテナンスしたデータについても、顧客へのレポートを即座に作成することが一部可能となった。効果を実感した同社はタブレットを15台ほど買い増しする予定だ。

こうしたIoT導入による社内改革は、同社に新たなビジネスモデルをもたらし、付加価値の強化を促した。上述したようにIoTの導入は社内データを一括管理することを可能とし、生産体制の効率化を実現した。しかしその効果は生産工程にとどまらず、提供するサービスを向上することにも貢献したのである。

具体的には、顧客などの立会検査に際して、立会写真や計測器の校正記録といった検査データを、顧客に検査当日持ち帰っていただくことが可能となった点が挙げられる。これは手書きや清書といったこれまでの流れでは時間的に不可能であったことであるし、データ管理をペーパーレス化で対応することが時間を生み出し“目に見える”かたちで付加価値をつけることにつながったのである。

また新たなビジネスモデルの取り組みとして、自家発電装置コントローラの新型化に伴いWi-Fiによる通信機能をコントローラに取り付けることで新たなサービスの提供を開始した。メンテナンス会社と契約をした際に、遠隔監視のサービスが提供できると提案することが可能となったのである。自家発電装置コントローラの新型化に伴い工夫として、顧客の目線に合わせて表示を見やすくするため、LEDの高輝度化と、文字サイズを大きくし、操作表示部の最適化により空いたスペースには、簡易取扱説明を明示するなどが顧客への丁寧な対応に結び付くのである。

このサービスを活用することで、故障の発報があれば、トラブルシューティングがスムーズに行え、また点検時にはタブレッドで動作情報および過去のデータをクラウドで管理しつつ、現場にいなくでも、現地の情報を瞬時に把握することが可能となったのである。こうしたデータを同社契約のサーバーを介して、データを吸い上げメンテナンス契約してもらえたお客様の携帯に、現場にいなくても、自家発電装置の稼働状況かオンラインで把握可能となったのである。

この機能は全機種につけるのではなく、同社とのメンテナンス契約によりサービス提供が受けられるビジネスプランを構想中である。こうしたオンラインでの遠隔監視システムを自家発電装置に取り付けることで、東京電機はサービスの差別化を進めていくだろう。それというのも、発電装置は電気事業法・消防法・建築基準法の3つの法律によって、定期的な点検が義務付けられており、前述したグループ内のメンテナンス会社のサービスに絡めて、システムで受注していく計画である。そのため、オンラインでの情報収集が実現すれば、点検に要するコストは大幅に削減され、同業他社より負担の少ないサービスが実現するのである。

同社が今回提供を開始した遠隔監視システムは、自家発電装置の予兆管理・点検を事前に可能にするものであり、タブレットとの連携を生かすことで、トラブルシューティングや事前点検といったメンテナンス契約へと、ビジネスを拡大することができるのである。同社では、こうしたパッケージの提供という新たなビジネスの販売を開始する段階にまで到達しているが、このビジネスモデルはまだ試行錯誤の過程にあり、通信機能により収集可能となるデータをさらに利用していくことで、より付加価値の高いメンテナンス・サービスを実現していくことだろう。IoTがもつ可能性をうまく生かし、社内の好循環に結び付けた事例といえる。

こうしてデータの運用を通じた社内の「見える化」は、顧客とのコミュニケーションを高めることにつながり、信用を築くことに結び付いた。同社はこうして同業他社との差別化を、IoTで実現したのである。

5. 導入の成果・結果
5.1 投資対効果

データの記入は、タブレットで管理し、二重入力の削減を可能とした。その結果、これまで入力作業をしていた人員が退職したことにより、6人から5人に減少しても増員することなく継続することに成功している。同様の仕組みをグループ会社でも取り入れており、メンテナンスの工程においてもデータ化が実現した。また可視データ(図面や写真など)を共有できるようになったことで、現場部門の責任者や顧客と円滑なコミュニケーションが可能となった。実際に今回の投資対リターンをみると、初年度の投資額は現場帳票ソフト・タブレット・付属機器に約400万円程度、導入までに7カ月程を要した。その後、ペーパーレス化の効果を実感できたことで、追加のタブレット購入も現在行っているところである。リターンは次のような見積もりとなっている。上述したように、本社の検査部門で1人、グループ会社のメンテナンス部門で2人分の作業工数を削減できる見込みである。このため、業務量が拡大している現状でもグループ会社では人員の増加をすることなく、人的に対応できている。ペーパーレス化による効率化は、工数削減を通じて労働者の作業環境を改善することに結び付いたのである。同社での具体的なリターンは、補充せずに対応した1人分の年間給与額の低減効果と試算している。これは、1年で初期投資額を回収できており、しかも7カ月という短期間で、情報の一元化・ペーパーレス化を実現したのであった。同時に、工数を削減したことで、これまで下期に作業が集中し、停滞していた出荷前の最終検査を、スムーズに実施できるようになった。こうして作業量をカットできるようになったことで、残業時間の削減も期待できるようになり、労働環境の改善にも具体的な成果を上げることができた。同社では、前述の通り、閑散期と繁忙期で作業量に2倍ほどの差がある。下期はどうしても残業時間が累積してしまうが、上記のように作業効率化による工数削減が実現すれば、年ベースでこれを圧縮できるのではと考えている。まさに労働条件の改善である。

IoTないし自動化によって、提供するサービスで改善したのは、立会直後にスピーディーに提出できるようになった点である。発注側の顧客は、同社のような、立会時の写真・清書済みのデータ・エビデンスとなる計測器の校正記録(CD媒体)を当日に提出できることが信頼性のある魅力的な企業として映るようだ。実際に立会検査後のアンケートでは、1年以上好印象の高い評価を得ている。また継続的に取引する顧客に対しては議事録をデータベース化して保存している。同じお客様が次回ご来社の際に、前回の指摘内容を覚えていて、言わなくとも反映することで満足度の向上につながっていると考えられる。

こうした企業努力は数字に着実と現れ始めている。現在、同社は売上台数が10%ほど上昇し、顧客から「今までにない対応で、別の会社に来ているようだ」という評価を得るなど、企業体質が大きく変わったのである。こうした評価はやがて売上につながるような同社の強みとなるだろう。

5.2 今後の目標

同社の次なる目標は、IoTを利用し、より高付加価値のサービスをビジネスモデルとしてパッケージ化していくことである。将来的な目標としては、自家発電装置の特異性にも見合ったマーケティング戦略を推進する予定で、具体的には、契約してデベロッパーにこの遠隔監視システムを提供できるようになれば、何十件単位のビジネスモデルに拡張できるのである。デベロッパーは、自社が抱える物件全体に対して、「いついつ、何時何分に停電入って、何時間稼働した」という情報が逐一把握できるのである。

この遠隔監視システムの新たな機能を今後も開発していくことで、高付加価値の提供および顧客対応力強化を目指している。技術的には、現段階でも導入可能であっても、通信費用が高いため、顧客に提案できるコスト幅での実現はまだまだ困難な面も多いが、今後はWi-Fi環境の普及をうまく利用し、こうしたサービスを低コストで提供できるように取り組んでいくそうだ。

また生産部門についても、同社はより効率的な体制を構築していく予定である。現状、生産工程におけるIoTの導入は社内の一部の工程に留まっているので、今後は他の部門へも導入を検討中だ。例えば、製造工程へのIoT化についても、CAD・CAMシステムと並行することで3Dデータを基に、組み立て指示などが自動でできる体系を構築したい。教育訓練で多能工化にIoT化を導入し、動画などのアニメーションで作業指示を行うなど、まだまだIoTの利用幅は広い。特に生産部門では製作の過程で生じるヒューマン・エラーを、自動判定機能で改善していきたい。同時にデータ作成時の残業時間削減および、収集したデータの取捨選択も自動化していく計画である。製品図面にQRコードを導入・活用することでデータ活用の幅を拡大していくなどの案も検討しているそうだ。現在は受注時にデータを工場のサーバーで検索し、自身のタブレットにそのデータを転送するなどしているが、QRコードを活用できれば、現場の製造データを即座に読み取り、入力が可能になる。例えば現地へ派遣された作業員が、実際に自家発電装置のところに貼付されているQRコードをスキャンすれば対応が迅速になるだろう。すでに同社のサーバーには15年分の図面データが蓄えられているので、製造番号でデータの抽出は可能であるが、今後は、QRコードをタブレット端末で読み取ることで、最新版のデータを取得できるよう環境を整えていくという。

一連のIoT導入計画を通じて、こうしたメンテナンス・サービスの市場における新たな分野の開拓が可能であると、同社は確信している。非価格競争に生き残るためにも、アフターサービスという付加価値の提供は生産性強化に大きく貢献するだろう。

このように同社は、今後もメンテナンスなどのアフターサービスを中心に、社内の生産性を高めるため、さまざまな取り組みに注力していくという。原価低減と高付加価値の製品を提供することで、集客力を向上させることが狙いだ。

5.3 導入しての感想

こうして12月から本格的にIoTを導入した同社にとって、IoTの率直な感想を述べたいと思う。導入に当たり、苦労したのは、新規のシステムを自社で有効に活用するには、資金面の制約もあり、またスキルを持った人員の確保およびトレーニングが容易でないということである。どれほど優れたシステムであっても、自社に適した技術でなければ何も意味をなさない。費用対効果に見合ったシステムを探し出すことが重要であったと思う。導入を決定したのであれば、人員を確保するためにも迅速な対応が求められる点にも、やや苦労した。

一方で既存のシステムに対応できるソフトを利用したこともあり、導入そのものは驚くほどスムーズに行えた。それというのも、基本はエクセルでの入力を続けているので、入力操作が大きく変わったわけではないためである。またタブレットの導入も、いまやスマートフォンが普及したことで、どの世代でも皆スムーズに操作できている。なにか新しいアプリをやっているかのような新鮮さをもって、作業を進めることができたのが功を奏したようである。

こうしたIoTによる直接の効果とは別に、大きな成果が社内で見られている。少なからず社員に意識改革が起きているのである。IoTでデータを扱うようになって、目に見える情報をやり取りするとコミュニケーションが自然ととりやすくなる。顧客の表情や意見を意識した接客が浸透し、これまでの製造業という姿勢から、サービス業の目線を意識した接客へと生まれ変わった。このように、IoT導入の二次的なメリットも含めて、IoT研究会へ参加した意義は大きかったと考えている。同社は、従来、立会検査時に顧客の様子もあまり見ず検査成績表を説明していた。しかし、社員にタブレットを持たせ、会議室にプロジェクタを入れたところ、テーブルの上の成績書をうつむいて読み上げていた目線が変化し前を向いて説明するようになったことで顧客の表情が見え、要望に応えようとするようになった。接客の考え方も変化した。立会時の工場見学も工場全域を回るようになり、今まで顧客が来ない場所も見学するため、社内の元気な挨拶も定着し、ある顧客から「以前と変わった、まるで別の会社のようだ」と言われるなど社内の雰囲気まで変わった。IoT導入が“サービスに対する意識の向上”をもたらし、社員のモチベーションを変えていったのである。同社の社員はいう。IoT導入が直接的な効果だけではなく、社内環境の改善に効果を発揮することは研究会にとっても驚きであった。またタブレットを導入するに際しても、使用方法や「壊すといけないから頑丈なケース買ってほしい」など四苦八苦しつつも、徐々に慣れていった。また件名や基本情報を都度入力するのが面倒だと、現場から意見が上がったことでQRコード、バーコードで読み込むという意見が出た。そこから現場でのデータを即座に読み取るというアイディアに結び付いたのである。IoTの導入にあたって分からないことも多く、社員全体で何となくであったが何事も始めてみれば、うまく成果に結び付くことが分かった。同社によれば、「1年目には何をやったら良いかというところから始めて各議論が出て、できること・できないことを整理していくという模索の期間であった。それが2年目以降には背中を押してもらえたような形で、取り組めたのが一番印象深い」という感想をもらった。

生産性を高めることを主たる目的として、一連の計画を実施したが意外にもこうした社内の意識改革にもつながるとは“嬉しい”想定外であったようだ。これまでのIoTに対する漠然としたイメージは、「情報を共有することにより、リアルタイムで対応できる便利なツール」という認識へと変わった。研究会で各方面から頂いた意見やアドバイスは、今後の我が社の発展のためにしっかりと活用していく所存である。

5.4 導入を検討している企業へ向けてのアドバイス

今回、研究会に参加することで、将来的な目標や、改善・効率化したい点を明確にすることが重要であると感じた。そもそも私たち中小企業はIoTという言葉を認知していても、その実情は分かっておらず、導入に躊躇してしまう。新システムへの移行には時間や費用などの労力が必要であるから当然である。まずは、自分たちでアイディアをいくつも提起し、絞り込むことで、自社に合うシステムを明確にすることが重要である。その上で、限られた資金の中から新システムの技能をもった人員を確保・育成していかなければならない。今後、IoTの導入を目指す企業はこうした課題を考慮していってほしい。

Ⅱ. 株式会社東京電機 技術・品証担当取締役 早野健治、 新エネ開発チーム課長 鈴木清生へのインタビュー

IoT導入の進捗状況

試験データ入力業務のIoT化についての進捗は、全体の8割程度まで進み軌道に乗っているところです。転記作業に当たっていたスタッフは5人を維持し補充することなく対応できている。1人/年分の時間削減効果が表れている。

弊社メンテナンス会社でも、同様のシステム導入進めており、現場で行う点検作業報告書も、同仕組みで行い、清書作業の削減により点検報告書の提出するスピードアップを目指し、タブレットを15台追加購入した。

当初の計画では、この点検作業報告書作成の作業圧縮が順調に推移すれば東京電機の倍くらいのボリュームがあることから、2人分の作業圧縮が可能と考えていたが、実際は、メンテナンス需要の増加に対応すべく人員を増やしているので、なるべく今いる人数で増やすことなく、仕事量の増加を、そのままの人数で対応できればと考えている。

また、働き方改革も念頭に、この作業時間圧縮が残業削減に役立て、閑散期に対して、繁忙期に倍半分の仕事量となることから、年間通して残業時間の削減に繋がれば労働条件の改善つながるものと思う。

投資対リターン

投資額約350万に対して、1人/年分の人件費圧縮を考えると、十分回収ができていることが分かる。

最初は、中小企業にIoTを導入するというイメージがつかめず、テーマをどんどん出して、まとめの段階になると何がしたいかがつかめず、振り出しに戻って、本当に効果を生むテーマを考えた。そこからはがむしゃらに進めて、ああ、これがIoTかという感じで、本当に目からうろこでした。

2018年は、自家発電装置のコントローラを、11年越しにモデルチェンジしました。拡張機能で通信機能入れ、弊社グループ会社との契約により遠隔監視や、データ配信サービスをするビジネスプランを模索中です。

ビルや集合住宅を多数管理されている会社とのメンテナンス契約により、管理物件全体の自家発電装置の状況が一括で見られるシステムを提案し、弊社では蓄積されたデータを生かして、予兆管理など、次のサービスつなげていければと思います。

図:IoT対応について

次に、QRコードを活用したデータ提供サービスです。各物件の完成図書、試験成績書、取扱説明、メンテナンスの記録等々、お客様に提出されているはずの書類ですが、時間の経過とともになくなってしまうこともしばしばあります。良くある出来事で、古い装置の製品情報を求められることがありますが、弊社ではこの点の対応が意外と素早くできます。 ここでの発想の転換は、なくなっても素早く提出できるではなく、なくならないようにできないかということでした。自家発電装置内のQRコードをタブレットで読み取ると、上記のデータが取り出せるようになればと思います。

2年間を振り返った現時点での感想

感想は、初年度活動が始まる前のところまでは、まとまりもなく思い付いたテーマをどんどん出した模索の期間でした。9月に入りテーマの絞り込みの時期になると、「背中を押してもらった」、というよりは「尻をたたかれた」というイメージの方が印象深いかった気がします。この一連の行動が良き原動力になって、テーマが決まった後は非常に素早く事が進めることができ、大企業とは違いスピード感に驚かれたことが思い出です。この一言がわれわれの励みともなりました。

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