2019-05-02 理化学研究所,東京大学大学院理学系研究科
理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センターRI物理研究室の谷内稜リサーチアソシエイト(研究当時、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻大学院生)、ドルネンバル・ピーター専任研究員、櫻井博儀室長(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授)らの国際共同研究グループ※は、中性子過剰なニッケル同位体[1]である78Ni原子核(陽子数28、中性子数50)のガンマ線分光[2]に成功し、長年未解決であった二重魔法性[3]の直接的証拠を発見しました。
本研究成果は、原子核の内部構造を理解する手掛かりになるのみならず、宇宙における重元素合成(r過程)[4]の謎を解くための鍵になると期待できます。
今回、国際共同研究グループは、世界最高性能で不安定原子核ビームを生成するRIビームファクトリー(RIBF)[5]において、極めて中性子過剰な78Ni原子核の励起状態を生成し、その励起エネルギーを測定することに初めて成功しました。実験は、フランスCEAサクレー研究所が開発を主導した高機能液体水素標的装置MINOS(ミノス)[6]を、理研が保有する高効率ガンマ線検出装置DALI2(ダリツー)[7]と組み合わせて使用することで達成されました。78Niの第一励起準位(2+準位[2])から発せられる高いエネルギーの脱励起ガンマ線の存在を確認しました。これは、中性子過剰な78Ni原子核においても二重魔法性が保持される直接的で強い証拠です。
本研究は、国際科学雑誌『Nature』の掲載に先立ち、オンライン版(2019年5月1日付け:日本時間5月2日)に掲載されます。
※国際共同研究グループ
理化学研究所 仁科加速器科学研究センター
RI物理研究室
リサーチアソシエイト(研究当時) 谷内 稜(たにうち りょう)
(東京大学大学院 理学系研究科物理学専攻 博士課程)
専任研究員 ドルネンバル・ピーター(Doornenbal Pieter)
室長 櫻井 博儀(さくらい ひろよし)
(東京大学大学院 理学系研究科物理学専攻 教授)
スピン・アイソスピン研究室
客員研究員(研究当時) クレメンティーヌ・サンタマリア(Clementine Santamaria)
(CEA サクレー研究所 大学院生)
客員研究員(研究当時) オベルテッリ・アレクサンドレ(Alexandre Obertelli)
(CEA サクレー 研究所研究員)
室長 上坂 友洋(うえさか ともひろ)
本研究は、SEASTAR国際共同実験グループ(理化学研究所、東京大学、CEA(フランス)を中心とした日本、フランス、ドイツ、英国をはじめとした九つの国と地域で構成される研究グループ)に加え、理化学研究所、東京大学、大阪大学をはじめとした5カ国の理論物理学研究グループ、合計71名により遂行されました。
SEASTAR国際共同実験グループは、理化学研究所のドルネンバル・ピーターとフランス新エネルギー庁(CEA)サクレー研究所(研究当時)のオベルテッリ・アレクサンドレが研究代表者を務める国際的なコラボレーションで、高機能液体水素標的装置MINOSを用いて中性子過剰核の低励起準位の観測により魔法数研究を一挙に展開するために2013年に結成されました。
※研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究C「Nuclear structure to unveil the nature of neutrinos and dark matter」、「多重ノックアウト反応で解き明かす原子核の独立粒子描像の崩れと多核子相関の全貌」、特別研究員奨励費「励起準位寿命測定による三軸非対称変形原子核の研究」、外国人研究者招へい事業L-13520、欧州研究会議(ERC)、ドイツ研究振興協会(DFG)、カナダ国立研究機構(NRC)、スペイン財務省(MINECO)などによる支援を受けて行われました。また、文部科学省ポスト「京」重点課題 9「宇宙の基本法則と進化の解明」および計算基礎科学連携拠点(JICFuS)のもとで、理化学研究所のスーパーコンピュータ「京」(課題番号:hp160211, hp170230, hp180179)を利用して得られた成果です。
背景
原子の中心にある原子核は核子(陽子と中性子)から構成され、原子核はこれらの組み合わせによりさまざまな特徴を示します。原子核が比較的安定になる陽子や中性子の数のことを「魔法数[3]」と呼び、自然界に安定して存在する約270種類の原子核では、2、8、20、28、50、82、126が知られています。陽子数2のヘリウム、8の酸素、20のカルシウム、28のニッケル、50のスズ、82の鉛など、陽子が魔法数である元素は日常生活でもなじみ深いものです。
陽子や中性子は、量子力学的にエネルギーが飛び飛びの軌道に入ります。エネルギーが近い軌道群を「殻」と呼び、一つの殻に入る核子の数は殻ごとに異なります。魔法数は、殻間のエネルギーが大きなところに現れます。1949年に、米国のメイヤーとドイツのイェンゼンは、軌道や殻間のエネルギーギャップに関する原子核の「殻構造モデル」を提唱することで、魔法数を説明することに成功しました。この発見により、2人は1963年にノーベル物理学賞を受賞しました。
魔法数は全ての原子核において、変わらず普遍的な定数であると約半世紀にわたって考えられていました。ところが、同じ原子番号の安定核に比べて中性子が多い原子核(中性子過剰核)の性質を効率よく調べることができるようになると、魔法数8、20、28が消失[8]したり注1)、新しい魔法数16、34が出現[8]したりすることが分かってきました注2,3)。中性子過剰な不安定原子核における魔法数が変化する現象(殻進化[8])の解明は、ここ数十年にわたり原子核物理学において重要な課題となっています。
特に、魔法数28、50を陽子数、中性子数で同時に持つニッケル-78(78Ni)原子核は、中性子過剰な二重魔法数原子核の中でも、中性子ドリップライン[9]に最も近く、いまだ十分な研究が行われていない「最後の中性子過剰な二重魔法数原子核」です。図1に示されるように、78Niは、極めて中性子過剰な不安定原子核で、安定して存在する中性子数36のニッケル同位体(64Ni)よりも、さらに14個も中性子を伴っています。
78Niをはじめとした中性子過剰なニッケル同位体は、原子番号26の鉄よりも重い元素を宇宙で合成する、重元素合成過程(r過程)において開始点に位置する原子核の一つと考えられています。この特異な原子核の魔法性の有無を実験的に確認することは原子核物理学において長年の夢でした。
78Niの性質を知るために、これまで数多くの実験的、理論的研究が行われていますが、二重魔法性の消失の有無を結論づける直接的な証拠は得られていませんでした。魔法数が失われる予想や実験的な兆候もある一方で、理研で行われた78Niの半減期測定実験注4)においては78Niの二重魔法性が保持されることが強く示唆されています。
注1)2013年11月20日プレスリリース「消える「魔法数」28」
注2)2000年5月29日プレスリリース「新しい魔法数(マジックナンバー)の発見」
注3)2013年10月10日プレスリリース「重いカルシウムで新しい「魔法数」34を発見」
注4)2014年8月28日プレスリリース「中性子過剰なニッケルの78Niに2重魔法数が健在」
研究手法と成果
- RIBFにおける世界初の78Niのガンマ(γ)線核分光測定魔法数を持つ原子核は比較的安定であり、その原子核の励起準位のエネルギーが高くなる特徴があります。この励起準位から基底状態に遷移する際に放出されるγ線のエネルギーを測定することは、(二重)魔法性を直接的に示す証拠として重要です。一般的に放射性同位体(RI)[1]は、安定な原子核と比較して陽子または中性子の数が異なるほど不安定になり、かつその生成が難しくなります。世界の多くの加速器施設では、重イオンビーム(炭素よりも重い原子のイオンビーム)を標的核に照射してRIを生成しています。この手法では、一般的に中性子が一つ多い同位体の生成には、10倍以上高強度の重イオンビームが必要になります。
国際共同研究グループは、超伝導リングサイクロトロン(SRC)[5]を主体とした理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」で、光速の約70%となる核子当たり345メガ電子ボルト(MeV、1MeVは100万電子ボルト)まで加速したウラン-238(238U、陽子数/原子番号92、中性子数146)のビームを標的となるベリリウム(Be、原子番号4)に照射し、核分裂反応で銅-79(79Cu、陽子数29、中性子数50)と亜鉛-80(80Zn、陽子数30、中性子数50)のRIビーム(二次ビーム)を生成しました(図2)。
その後、二次ビームを高機能液体水素標的装置MINOS(ミノス)に照射し、標的の水素原子核(陽子)との陽子ノックアウト反応[10]により、中性子過剰78Niの励起状態を生成しました(図3)。この励起状態は生成直後に脱励起を起こし、γ線を放出します。このγ線のエネルギーを、MINOSの周囲に設置した高効率γ線検出器DALI2(ダリツー)を用いて測定することで、初めて78Ni原子核のγ線分光測定に成功しました。
- 二重魔法性の直接的証拠の発見1.の実験により、78Niの複数の励起状態とそのエネルギーの測定に成功しました。特に、第一励起準位(2+準位)のエネルギーの高さは、その原子核の魔法性の度合い(硬さ)を示す直接的な証拠の一つとして知られています。実験では78Niの2+準位から発せられると考えられる脱励起γ線が世界で初めて測定されました。図4は、これまでに知られている原子核の第一2+励起準位の励起エネルギーを核図表上に示したもので、魔法数やその近傍ではエネルギーが高いことが分かります。とりわけ二重魔法数核(4He、16O、40Ca、56Ni、132Sn、208Pb)でのエネルギーは高く、本成果となる中性子過剰な78Ni原子核においても、二重魔法性が保持されていることが分かります。
- 予期されていなかった発見しかし、実験当初は全く予期されていなかった励起状態の存在も確認されました。図5に示すように、ガンマ線のエネルギー分布の上図(79Cuからの一陽子ノックアウト反応[10])と下図(80Znからの二陽子ノックアウト反応[10])では、異なるエネルギーのγ線が観測されました。二陽子ノックアウト反応で新たに見られた、2.9MeVのエネルギーを持つ第二励起準位(2+準位と想定される)は、魔法数保持の直接的証拠となった第一2+励起準位(2.6MeV)と近く、硬い魔法性とは異なる性質の状態が78Niに共存している可能性を示しています。この励起状態の性質を追求するため、スーパーコンピュータを用いた大規模殻構造計算を行った結果、この第二2+励起準位は殻構造が破られ、変形した状態であると示唆されました(図6)。これらの理論計算に基づくと、78Niは魔法性が保たれる最後の原子核であり、核図表上で隣接する79Ni(陽子数28、中性子数51)や77Co(陽子数27、中性子数50)原子核では、魔法性が失われ、変形した状態となることが分かりました。
今後の期待
78Niは宇宙における重元素合成(r過程)において反応の起点の一つであると考えられており、中性子過剰な原子核が合成において重要な役割を果たします。本研究では、78Ni原子核の二重魔法性の直接的証拠に加え、78Niを超えた中性子過剰領域において魔法性が消失していることが示唆されました。78Niよりも中性子過剰領域で魔法性が消失する場合、原子核の存在限界(中性子ドリップライン)がこれまでの予想よりもさらに広いと考えられるようになりました。r過程において多くのニッケル同位体が関与する可能性が考えられ、今回得られた知見は、宇宙で鉄やニッケルよりも重い元素が合成された歴史をひも解くための鍵になると期待できます。
今後、さらなる研究をRIBFの不安定核ビームを用いて行うことで、原子核の魔法数の消失過程や中性子過剰な原子核の構造、元素合成過程への理解が深まることが期待できます。
原論文情報
R. Taniuchi, C. Santamaria, P. Doornenbal, A. Obertelli, K. Yoneda, G. Authelet, H. Baba, D. Calvet, F. Château, A. Corsi, A. Delbart, J.-M. Gheller, A. Gillibert, J.D. Holt, T. Isobe, V. Lapoux, M. Matsushita, J. Menéndez, S. Momiyama, T. Motobayashi, M. Niikura, F. Nowacki, K. Ogata, H. Otsu, T. Otsuka, C. Péron, S. Péru, A. Peyaud, E.C. Pollacco, A. Poves, J.-Y. Roussé, H. Sakurai, A. Schwenk, Y. Shiga, J. Simonis, S.R. Stroberg, S. Takeuchi, Y. Tsunoda, T. Uesaka, H. Wang, F. Browne, L.X. Chung, Zs. Dombradi, S. Franchoo, F. Giacoppo, A. Gottardo, K. Hadynska-Klek, Z. Korkulu, S. Koyama, Y. Kubota, J. Lee, M. Lettmann, C. Louchart, R. Lozeva, K. Matsui, T. Miyazaki, S. Nishimura, L. Olivier, S. Ota, Z. Patel, E. Sahin, C. Shand, P.-A. Söderström, I. Stefan, D. Steppenbeck, T. Sumikama, D. Suzuki, Zs. Vajta, V. Werner, J. Wu, and Z.Y. Xu, “78Ni revealed as a doubly magic stronghold against nuclear deformation”, Nature, 10.1038/s41586-019-1155-x
発表者
理化学研究所
仁科加速器科学研究センター RI物理研究室
リサーチアソシエイト (研究当時) 谷内 稜(たにうち りょう)
(東京大学大学院 理学系研究科物理学専攻 博士課程)
専任研究員 ドルネンバル・ピーター(Doornenbal Pieter)
室長 櫻井 博儀(さくらい ひろよし)
(東京大学大学院 理学系研究科物理学専攻 教授)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
東京大学大学院 理学系研究科・理学部 広報室
補足説明
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- 同位体、放射性同位体(RI)
- 原子核は陽子と中性子の2種の粒子が集まり構成された集合体であるが、同じ陽子数(原子番号)であっても、中性子の数が異なるものを同位体(アイソトープ)と呼ぶ。たとえば陽子数が1の元素(水素、H)においても、中性子数の数により、(軽)水素1H、重水素2H、三重水素3Hなどを指す。地球上にある物質は、寿命が無限かそれに近い安定核(安定同位体)で構成されている。安定同位体は約270種ある。一方で中性子数が過剰あるいは過少である同位体元素は、不安定で放射線を放出し崩壊する。ラジオアイソトープ(RI)、放射性同位体、不安定核、短寿命核とも呼ばれ、理論的には約1万種が存在すると考えられている。
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- ガンマ線分光、2+準位
- 原子核の励起状態のうち、束縛した励起状態はガンマ線を放出してエネルギーの低い状態に遷移する。この脱励起時に放出されるガンマ線を測定して、未知の励起状態のエネルギーやスピン・パリティを決定し、原子核の構造を研究する方法をガンマ線分光という。2+準位とは、陽子数、中性子数ともに偶数である同位体において存在する励起状態のことで、特に第一2+準位のエネルギーの高さを実験的に測定することで、原子核の魔法性の手がかりを得ることができる。
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- (二重)魔法性、(二重)魔法数
- 原子核は、原子中の電子軌道と同様に殻構造を持ち、陽子または中性子がある決まった数のとき閉殻構造となり、安定化する。この数を魔法数と呼び2、8、20、28、50、82、126が古くから知られている。魔法数は、メイヤーとイェンゼンが提唱してノーベル賞にもつながった。陽子数や中性子数が魔法数になると、一般には原子核は堅い球形になる。しかし近年の不安定核の研究によりこの魔法数が消失、また新しい魔法数の出現が起きることが知られている。理研において、16、34の魔法数が新たに出現することを発見した。特に陽子数、中性子数がともに魔法数となる原子核を二重魔法数核と呼ぶ。本研究では陽子数28、中性子数50である78Ni原子核がこの性質(二重魔法性)を保つ直接的な証拠を得た。
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- 重元素合成(r過程)
- 超新星爆発時に起きると考えられている元素合成過程のモデル。高速(rapid)に連続して中性子を捕獲しながら崩壊(β崩壊)するため、「r過程」と呼ばれる。鉄(原子番号26)以上の重元素のほぼ半分は、このr過程で生成される。重元素を生成するもう一方のs過程(slow:低速)は、赤色巨星への進化段階でゆっくりした中性子捕獲によって元素合成が行われる。s過程に比べ、r過程は実験的に生成が難しい極めて中性子過剰な(中性子ドリップライン近傍の)原子核を経由するため、未解明な部分が多い。近年、このr過程が起きる場所の候補として、中性子星同士の融合も提案され、さらに2017年に行われた中性子星合体からの重力波の観測を契機に研究が進んでいる。
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- RIビームファクトリー(RIBF)、超伝導リングサイクロトロン(SRC)
- 水素からウランまでの全元素の放射性同位体(RI)を世界最大強度でビームとして発生させ、それを多角的に解析・利用することにより、基礎から応用にわたる幅広い研究と産業技術の飛躍的発展に貢献することを目的とする次世代加速器施設。施設はRIビームを生成するために必要な加速器系、RIビーム分離生成装置(BigRIPS)で構成されるRIビーム発生系施設、および生成されたRIビームの多角的な解析・利用を行う基幹実験装置群で構成される。これまで生成不可能だったものも含めて約4,000個のRIを生成できると期待されている。
また、RIBFでは、複数のサイクロトロンを直列に連動させて大強度ビームを生成する。その最終段加速器である超伝導リングサイクロトロン(SRC)は心臓部に当たる電磁石に超伝導を導入し、高い磁場を発生できる世界初のリングサイクロトロンである(下記の図)。全体を純鉄のシールドで覆い、磁場の漏洩を防ぐ自己漏洩磁気遮断の機能を持っている。総重量は8,300トン。このSRCを使い非常に重い元素であるウランを光速の約70%まで加速できる。また、超伝導という方式によって、従来の方法に比べ100分の1の電力で動かせるため、大幅な省エネも実現している。
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- 高機能液体水素標的装置MINOS(ミノス)
- 従来に比べて1桁程度高い実験効率を実現することを目的として、フランス原子力・代替エネルギー庁サクレー研究所と理研を中心とする日仏共同グループが製作した装置。約10cmの厚い液体水素標的と、それを取り囲む粒子飛跡検出器(タイム・プロジェクション・チェンバー;TPC)を組み合せた構造をしており、厚い標的を用いて高い実験効率を達成しながらも、反応位置をTPCによって決定することにより、エネルギー分解能の悪化を防ぐという特徴を持っている。本装置を用いた実験によりこれまでも多くの研究成果が得られている。
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- 高効率γ線検出装置DALI2(ダリツー)
- 主にヨウ化ナトリウム(NaI)の結晶(シンチレーション検出器)を186個用いて構成される測定効率の高いγ線検出装置。光速の約60%で飛行する不安定核をMINOSの液体水素標的に当てて発生するガンマ線を測定し、原子核の励起状態を調べる。反応点を取り囲むように186個設置された。γ線のエネルギーと同時に放出角度を測定することでドップラー効果の影響を補正する。
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- (魔法数)消失、出現、殻進化
- 加速器を用いて不安定原子核を生成する技術が得られるようになると、これまで普遍的であると考えられていた魔法数8や20が消失する現象が実験的に確認されるようになった。また、理研の研究グループにより中性子過剰なマグネシウム同位体での魔法数28が消失することを発見した。他方で、新しい魔法数の出現も実験的に確認されるようになった。2000年には理研の研究グループが新魔法数16を重い酸素同位体で発見、さらに2013年には中性子過剰なカルシウム同位体での34がカルシウム原子核において発見された。2019年には中性子過剰なマグネシウム原子核において魔法数28の消失に加え、新しい構造を発見しました。これらの現象は中性子数が極めて多い状況下で、陽子/中性子の軌道エネルギーが変化し、殻構造が変化し魔法数が変化する現象(殻進化)と考えられ、現在実験的、理論的に盛んに研究されているテーマである。
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- 中性子ドリップライン
- 陽子数・中性子数がほぼ同数の安定同位体に中性子を加えていくと、あるところで中性子が原子核に結合することができずにこぼれ出てしまう。この境界を中性子ドリップラインと呼ぶ。実験的には陽子数8の酸素同位体までしか確定されていない。
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- 陽子ノックアウト反応
- 陽子ノックアウト反応は、目的とする原子核(本研究では78Ni)をガンマ線分光の手法で測定するために、目的の原子核よりも陽子数が多い原子核(本研究では79Cuと80Znを用いた)から陽子を人工的に脱離させる反応のこと。本研究ではこの反応を高機能液体水素標的装置MINOSを用いて効率良く発生させ、目的とする原子核の励起状態を生成した。一陽子ノックアウト反応では陽子が一つ、二陽子ノックアウト反応では陽子が二つ脱離する。
図1 核図表における78Niの概念図
今回の実験において、入射ビームとして用いた238Uと、実験で探索した78Niの関係を示した。現在人類が実験的に存在を確認した同位体は4000種に上るが、その多くは不安定であり、安定な原子核に崩壊する。この核図表ではその安定性(結合エネルギー)を棒の高さで示している。本概念図は、番匠カンナ氏の協力を得て製作された。
図2 RI分離生成装置BigRIPSと磁気分析装置ZeroDegree
超伝導リングサイクロトロン(SRC)を用いて、核子当たりエネルギー345MeVまで加速された238UビームはRI分離生成装置(BigRIPS)に入射される。BigRIPSにおいて、F0に設置されたベリリウム標的により核破砕を起こし、今回の実験で用いる79Cuならびに80Zn原子核ビーム(二次ビーム)を生成する。生成された二次ビームは、さらにF8に用意された二次反応標的(10cm厚の液体水素、MINOS)の中で陽子ノックアウト反応を起こし、78Niの励起状態を生成する。78Niは、生成と同時にすぐさまγ線を出して崩壊するため、標的を取り囲むように設置されたγ線検出器アレイDALI2(図3)により、γ線のエネルギーを測定する。液化水素標的を通過した二次ビームは、下流の磁気分析装置ZeroDegreeにより反応生成物の粒子識別が行われる。
図3高機能液体水素標的MINOSとγ線検出器アレイDALI2
本実験の心臓部にあたる高性能液体水素標的装置MINOSと、脱励起γ線を測定する検出器アレイDALI2の概略図である。これらは図2におけるF8に設置された。図左方(BigRIPS)より入射した二次ビーム(青矢印)は、MINOS中心部に設置された10cmの厚さを持つ液体水素標的(図中心水色円柱)において、陽子ノックアウト反応を起こす。反応生成粒子(赤矢印)はそのまま直進し、ZeroDegreeにおいて粒子識別が行われる。一方でノックアウトされた陽子(緑色矢印)は、標的周辺に用意された飛跡検出器(TPC)内を通過、検出器内のガスを電離させる。この電離電子(黄色矢印)を検出することで二次ビームがどこで反応したかを逆算できる。
図4 各同位体の第一2+励起準位の励起エネルギーと原子核の存在限界の予想線
これまで実験的に観測された原子核の励起エネルギーをそれぞれの棒の高さで図示した。陽子または中性子が魔法数をとるとき、励起エネルギーが高くなる。同時に、現在理論的に予測されている原子核の存在限界(中性子ドリップライン)を青線で図示。78Ni原子核は、二重魔法数を持つ原子核(4He、16O、40Ca、56Ni、132Sn、208Pb)の中で、最も中性子ドリップラインに近い最後の原子核とされる。本研究により、78Niの魔法性を示す直接的証拠が得られた。
図5 異なる反応様式により得られたガンマ線エネルギー分布
ガンマ線分光研究では得られたガンマ線のエネルギー分布から、脱励起エネルギーを推定した。本研究では78Niの励起状態を生成するために、2種類の反応様式(79Cuからの一陽子ノックアウト反応、80Znからの二陽子ノックアウト反応)が用いられ比較検証された。その結果、実験前の想定に反して、異なるエネルギーのガンマ線遷移(2,600keVと2,910keV)が見つかった。図6で示されるような複数の理論計算との比較検証が行われた。
図6 78Ni原子核の励起準位
実験的な証拠をもとに78Ni原子核の励起準位を決定した。2.60MeVの励起状態は78Ni原子核の二重魔法性が健在であることを示す重要な証拠となったが、同時に見つかった2.91MeVの状態は、この魔法性が破れた状態が競合していることを示唆することとなった。複数の理論計算結果のうち、ニつの研究グループにより計算された理論予測(PFSDG-UとMCSM)において、この解釈を支持しており、魔法性が保持された状態(球形)と魔法性が破れた状態(変形状態)が同時に存在すると予測できる。なお、青線で示されたMCSM計算は、東京大学がポスト京プロジェクトの重点課題の一つとして進めている大計算を理研が保有するスーパーコンピュータ「京」を用いて得られた計算結果である。