福島第一原子力発電所事故後の川内村における救急搬送の実態調査を実施

ad

搬送先・搬送時間の変化が浮き彫りに

2019-02-12 京都大学

中山健夫 医学研究科教授、高橋由光 同准教授、西川佳孝 同博士課程学生らの研究グループは、南相馬市立総合病院(福島県)、福島県立医科大学などと共同で、福島第一原発事故後の川内村(福島県双葉郡)の救急搬送の実態調査を実施しました。

救急医療へのアクセスは、住民の生活基盤として極めて重要です。しかし、福島第一原子力発電所事故後の避難区域への帰村を考慮した、災害後長期にわたる救急医療アクセスについては、十分な情報がありませんでした。

本研究グループは、川内村における、災害前と帰村後での救急医療アクセスを検討するため、救急搬送例の観察研究を行いました。2009年1月から2015年10月までに川内村から救急搬送された781例のうち、災害後〜避難期間中の84例(2011年3月11日〜2012年3月31日)を除いた災害前281例、帰村後416例を対象としました。

災害前は、双葉郡内の病院に80.4%が搬送されていましたが、災害後に双葉郡の輪番4病院はすべて閉鎖しました。帰村後では、42.3%の救急症例が、川内村が帰村時に協定を結んだ、ひらた中央病院(福島県石川郡平田村)、29.6%が郡山市に運ばれていました。双葉郡の病院閉鎖に伴い、救急搬送時間は延長したものの、郡山市よりも近い平田村で救急医療へのアクセスが確保されました。また、災害前と帰村後では、最初の救急要請から病院到着までの時間は延長したものの、21.9分の増加にとどまっていました。

本研究により、大規模災害時には、区域外の病院との協定は有効である可能性が示されました。

本研究成果は、2019年2月10日に、国際学術誌「BMJ Open」のオンライン版に掲載されました。

図:災害前と帰村後の搬送先地域の変化

書誌情報

【DOI】https://doi.org/10.1136/bmjopen-2018-023836

【KURENAIアクセスURL】http://hdl.handle.net/2433/236397

Yoshitaka Nishikawa, Masaharu Tsubokura, Yoshimitsu Takahashi, Shuhei Nomura, Akihiko Ozaki, Yuko Kimura, Tomohiro Morita, Toyoaki Sawano, Tomoyoshi Oikawa, Takeo Nakayama (2019). Change of access to emergency care in a repopulated village after the 2011 Fukushima nuclear disaster: a retrospective observational study. BMJ Open, 9(2):e023836.

詳しい研究内容について

福島第一原子力発電所事故後の川内村における 救急搬送の実態調査を実施
―搬送先・搬送時間の変化が浮き彫りに―
概要京都大学大学院医学研究科 中山健夫 教授、高橋由光 同准教授、西川佳孝 同博士課程学生らは、南相馬市 立総合病院 (福島県) (主たる研究機関)、福島県立医科大学などからなる共同研究グループで、福島第一原発 事故後の川内村 (福島県双葉郡)の救急搬送の実態調査を実施しました。 救急医療へのアクセスは、住民の生活基盤として極めて重要です。しかし、福島第一原子力発電所事故後の 避難区域への帰村を考慮した、災害後長期にわたる救急医療アクセスについては、十分な情報がありませんで した。
本研究グループは、川内村における、災害前と帰村後での救急医療アクセスを検討するため、救急搬送例の 観察研究を行いました。2009 年 1 月から 2015 年 10 月までに川内村から救急搬送された 781 例のうち、災害 後〜避難期間中の 84 例 (2011 年 3 月 11 日〜2012 年 3 月 31 日)を除いた災害前 281 例、帰村後 416 例を 対象としました。
災害前は、双葉郡内の病院に 80.4%が搬送されていましたが、災害後に双葉郡の輪番 4 病院はすべて閉鎖し ました。帰村後では、42.3%の救急症例が、川内村が帰村時に協定を結んだ、ひらた中央病院 (福島県石川郡 平田村)、29.6%が郡山市に運ばれていました。双葉郡の病院閉鎖に伴い、救急搬送時間は延長したものの、郡 山市よりも近い平田村で救急医療へのアクセスが確保されました。災害前と帰村後では、最初の救急要請から 病院到着までの時間は延長したものの、21.9 分の増加にとどまっていました。本研究によって、大規模災害時 には、区域外の病院との協定は有効である可能性が示されました。
本研究成果は、2019 年 2 月 10 日に英国の国際学術誌「BMJ Open」にオンライン掲載されました。


1.背景

医療へのアクセスは重要な社会基盤で、特に救急医療へのアクセスは、生命に直結するため、その維持は住 民の健康にとって重要な公衆衛生上の課題です。国外では、ハリケーン災害直後の救急外来受診者の変化など、 いくつかの報告がなされています。
2011 年 3 月 11 日、東日本大震災がおきましたが、震災直後の相馬地方において、救急隊による患者搬送が 十分に維持されていたことが報告されています。しかしこれは震災直後の変化を追うもので、避難区域への帰 村を考慮した災害後長期にわたる救急医療アクセスについては十分な情報がありませんでした。
川内村は福島第一原子力発電所の南西 12-30km に位置し、双葉郡に属する市町村の一つです。川内村は福 島第一原子力発電所事故後全村避難となりましたが、放射線量は比較的低く、2012 年 1 月に避難区域では初 めてとなる帰村宣言がなされました。2016 年 6 月には全域が帰村可能となり、帰村が進んでいます。その一 方で、震災前は川内村の主な救急受け入れ機関であった双葉郡内の 4 施設が閉鎖しました。2.研究手法・成果
本研究グループは、双葉消防の救急搬送記録を用いて、震災前〜帰村後 6 年間)の川内村における救急搬 送先および救急搬送時間の変化を検討しました。その結果は以下の通りです。
2009 年 1 月から 2015 年 10 月まで、川内村から 881 件の救急要請がありました。 100 件の搬送なしの症 例は除外し、同期間で 781 例の川内村からの搬送症例を認めました(2009 年 118 例 、2010 年 133 例、2011 年 105 例、2012 年 81 例、2013 年 124 例、2014 年 104 例、2015 年 116 例)。
解析は避難期間中にあった 84 件の救急要請は除外した 697 例を対象としました。震災前には 281 例 、帰 村後には 416 例の救急要請がありました。
救急搬送時間は、3 つのセグメント (応答時間 救急要請から現場到着まで) 現場時間 (現場到着から現場 出発まで) 搬送時間 (現場出発から病院到着まで)からなり、これらの和を総搬送時間としました。
• まず、災害前と帰村後の救急搬送時間と患者背景の単純比較をおこないました。総搬送時間は、震災前 単純平均 69.7 分 (標準偏差 25.9 分)、帰村後 単純平均 90.4 分 (標準偏差 33.7 分)と差がありまし た。セグメントごとに見ると、応答時間に変化はなく、現場時間、搬送時間に変化を認めました( 表1)。
• 次に、時系列分析をおこなったところ、帰村後は 21.9 分の総搬送時間の増加を認めました (95%確信区 間:14.2-29.0 分) (震災前と帰村後で単純平均値同士の引き算が出来ないため、時系列を考慮したベイ ズ時系列分析をおこないました)。帰村後に観測された帰村後の総搬送時間( 88.6 分)から、災害が発生 していないと仮定した場合の総搬送時間 (66.8 分, 95%確信区間:59.6-74.5 分)を差し引いた結果 (月 ごとの中央値を利用しているので、上述の単純平均値 (図1のもの)とは値が異なります)。
• 災害前は、患者の 80.4%が双葉郡内の施設に運ばれていました (川内村診療所への搬送 1.8%を含む)。 帰村後は、主に浜通り地区の災害に伴う病院閉鎖により、42.3%がひらた中央病院に、29.6%が郡山市内 の施設に運ばれました。
• 災害前の総搬送時間に影響していた要因は、土日祝 (平日と比較して 5.9 分、p = 0.004)、コールされた 病院の数(コールごとに 5.1 分)、および距離 (10 km あたり 10.1 分)でした。年齢も影響した要因でし たが、その影響は小さいものでした( 10 歳の年齢増加で 1 分の増加に相当)。
• その一方、帰村後の総搬送時間に影響していた要因は、夕方 (7.8 分)、朝方 (12.9 分)、積雪 132.1 分)、 コールされた病院の数 (コールごとに 6.7 分)、距離 (10 km で 8.0 分)でした。


地図作成に用いたソース: Esri, HERE, DeLorme, MapmyIndia, © OpenStreetMap contributors, and the GIS user community.


図1.
災害前と帰村後の搬送先地域の変化

3.波及効果、今後の予定
避難区域を伴う大災害後の救急医療アクセスの実態に関するエビデンスは少なく、本研究成果は国際的に貴 重なものです。
総搬送時間が延長したという結果ですが、郡山市よりも近くの平田村で救急医療アクセスが確保され、21.9 分の延長にとどまりました。大災害時には、救急医療の受け入れ先を予め決めておくことは有効である可能性 があります。

4.研究プロジェクトについて
京都大学、南相馬市立総合病院 (主たる機関)、福島県立医科大学などからなる研究グループでおこないまし た。

<研究者のコメント>
大学院生として京都大学に所属しながら、川内村を含む、福島第一原子力発電所事故後の被災地域の診療を 継続しています。救急医療は、住民の生活の根幹です。本研究は 2015 年 10 月までの結果ですが、2018 年に 設置されたふたば医療センターにも期待を寄せています。今後も、地域住民のためになること、今後の防災に 役立つこと、を念頭に活動してまいります。この場を借りて、双葉消防の方々、川内村の方々、南相馬市立総 合病院の方々、ご協力いただいた皆さまに深く御礼申し上げます。

<論文タイトルと著者>
タイトル:” Change of access to emergency care in a repopulated village after the 2011 Fukushima nuclear disaster: A retrospective observational study ”
著 者 :西川佳孝 1,2,3,4、坪倉正治 3,4,5,6、高橋由光 1、野村周平 6,7,8、尾崎章彦 6,9、木村悠子 2,10、森田知宏 4、 澤野豊明 5,11、及川友好 12、中山健夫 1
著者所属:
1. 京都大学大学院医学研究科 健康情報学分野
2. 川内村国保診療所 内科
3. ひらた中央病院 内科
4. 相馬中央病院 内科
5. 福島県立医科大学 医学部 公衆衛生学講座
6. 南相馬市立総合病院 地域医療研究センター
7. インペリアル カレッジ ロンドン 公衆衛生大学院 疫学統計教室
8. 東京大学大学院 医学系研究科 国際保健政策学
9. 帝京大学大学院公衆衛生学研究科
10. 福島県立医科大学 医学部 放射線健康管理学講座
11. 南相馬市立総合病院 外科
12. 南相馬市立総合病院 脳神経外科
掲 載 誌:BMJ Open   DOI:10.1136/bmjopen-2018-023836

ad

2000原子力放射線一般2005放射線防護2100総合技術監理一般
ad
ad
Follow
ad
テック・アイ技術情報研究所
タイトルとURLをコピーしました