放射線量の詳細分布の推定を可能にする計算システム「3D-ADRES」を開発

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リモートセンシング情報に基づき任意のエリアの放射線量の3次元分布が取得可能に

2018/11/16  日本原子力研究開発機構,(財)高度情報科学技術研究開発機構

【発表のポイント】

  • 福島第一原子力発電所(1F)事故により、放射性セシウムが降着した市街地や森林では、放射性セシウムが発する放射線が構造物・樹木・土壌・斜面等により散乱され、放射線量は複雑な立体的分布を示します。しかし、そのような3次元分布を現地にて推定可能とするシステムはこれまでになく、その開発が望まれていました。
  • 今回、開発したシステム(3D Air Dose Rate Evaluation System:略称3D-ADRES)は、人工衛星画像等を用いて複雑な市街地や森林をリアルにモデル化し、放射線量の詳細な3次元分布を初めて実際の市街地及び森林で推定可能としました。
  • 本システムを用いて実際に帰還困難区域の大熊町及び富岡町の特徴の異なる3つのエリアで放射線量を計算したところ、いずれも測定結果とおおむね一致し、計算の妥当性が示されました。
  • 本システムを利用すると、住民の生活環境において、その付近に分布する様々な放射線源からの影響を計算機上でシミュレーションすることにより、除染の効果的な計画策定が可能となります。今後、帰還困難区域等の高い放射線量を示す区域での被ばく低減へその活用が期待されます。

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:児玉敏雄、以下、原子力機構)・システム計算科学センターの金敏植及びAlex Malins研究員と町田昌彦研究主席は、原子力機構・福島研究開発部門・福島環境安全センター及び(財)高度情報科学技術研究開発機構(RIST)と連携し、福島県内の任意のエリアにおいて、その環境内に存立する建物や樹木等をモデル化し、放射性セシウムをモデル表面に付与することで、放射線量(空間線量率)の詳細な3次元分布を計算可能とするシステムを開発しました。

本システムを用い、帰還困難区域である福島県双葉郡大熊町及び富岡町から選んだ3地区を指定エリアとし、人工衛星画像から得られた数値標高モデル1) (DEM; Digital Elevation Model)・数値表層モデル2) (DSM; Digital Surface Model)・オルソ画像データ3)を基に建物や樹木等をモデル化し、放射線源分布を適切に設定することにより、測定された空間線量率分布をおよそ再現することに成功しました。本システムは3D-ADRESと命名され、今後、帰還困難区域等の高い空間線量率を示す区域での除染計画や福島の住民の被ばく低減等の評価に活用が期待できます。本研究開発成果はJournal of Environmental Radioactivity誌9月17日付で掲載されました。

【研究の背景】

(株)東京電力ホールディングス・福島第一原子力発電所(1F)において発生した原発事故により、放射性セシウムを始めとする放射性核種は環境中へ放出され、福島県浜通り地方を中心とした複雑な構造物が存立する市街地や、複雑な斜面と樹木が繁茂する森林へと降着しました。1F事故以後、およそ7年が経過した現在、半減期が約30年の放射性セシウム(セシウム-137)が、主要な放射線源として環境中の様々な表面等に残存し、各地点の空間線量率に寄与していると考えられています。

一般に、住民が活動及び居住する市街地では、住宅や樹木等の複雑な構造物が存立し、それらの構造物の表面等は放射性セシウムの沈着面として放射線源となる一方、構造物自体は、放射線を散乱しその遮蔽にも寄与することから、空間線量率は一様ではなく複雑な3次元分布を示すことが知られています(参考文献1、2)。また、森林では地形が平坦でなく、複雑な斜面と繁茂する樹木や低木等が放射源となる一方、放射線の散乱と遮蔽に寄与することから、市街地と同様に複雑な3次元分布を示すことが分かっていました(参考文献3)。

しかし、これまで、そのような斜面や構造物等が複雑に入り組んだ状況を忠実に再現し、放射線の散乱や遮蔽を正確に計算するような試みは少なく、複雑なその分布の要因を明確にする研究開発は殆ど行われていません。しかし、福島県の住民の被ばくを可能な限り低減するためには、実際に居住及び活動する空間において、付近に存在する各放射線源からの寄与を可能な限り正確に計算し、空間線量率を上昇させている主要な汚染源からのインパクトを突き止めることが重要となります。本システムは、そのような目標を達成するための計算システムであり、任意のエリアに対して、人工衛星画像等のリモートセンシング技術により得られた空間地理情報を基に斜面や存立する構造物等をモデル化した上、そのモデルの各面に放射性セシウムを沈着させ、放射性セシウムからの放射線の散乱や遮蔽効果をシミュレーションすることができます。放射性セシウムの各面等での沈着や分布の設定に当っては、放射性セシウムに関する環境動態研究によるこれまでの様々な知見を反映させる他、任意の放射線源の設定も可能とし、指定エリアでの空間線量率の詳細な3次元分布が取得可能となっています(図1参照)。

図1 3D-ADRESを用いた空間線量率分布の計算値と測定値の比較:点は測定地点で色は空間線量率の値を反映しています。計算値は各メッシュ上の色で与えられます。測定地点の色とメッシュ上の色がおよそ一致していることが分かります。

【研究の内容・成果】

本システムの中核となるのは、①人工衛星画像等のリモートセンシング技術から得られる地理空間情報を活用し(図2参照)、地形及び構造物などをモデルとして再現する機能(一部、自動認識機能を用いて自動化しています)、②認識し再現された構造物等の表面や地表面等に放射線源を付与する機能、そして、①②の結果を基に、③設定した放射線源が発するγ線の輸送モンテカルロシミュレーション(参考文献4)を実施する(原子力機構・基礎工学部門が開発したPHITSコードを利用します)機能の3つです(図3参照)。

図2 人工衛星画像等のリモートセンシング技術から得られる地理空間情報の活用

図3 3D-空間線量率評価システム(3D-ADRES)の中核となる3つの機能の模式図

本研究開発では、原子力機構・福島環境安全センターが現地調査を行い、必要な開発機能の概略をまとめました。その概略を基に原子力機構・システム計算科学センターは、本システムの仕組みの立案と実際の計算を行うための詳細フロー(図4参照)の作成を行い、RISTと連携することで、上記開発機能のプログラム実装やPHITSとの連成を実現させました。

図4 3D-ADRESを用いた際の空間線量率3次元分布推定の詳細フロー模式図

上記①~③の3つの機能を順に実行することで、任意の実存するエリアにおいて、地形・樹木・住宅やその他の構造物をリアルにモデル化した後、放射線源を各モデル面(土地や各構造物・樹木の表面等)に付与した上、構造物等が持つ物質特性(壁や屋根及び樹木の材質等)を反映させることで、放射線の散乱や遮蔽等を正確にシミュレーションすることが可能となります。その結果、本システムを利用すると、任意のエリアの空間線量率分布が推定可能となるだけでなく、住民が活動・居住する生活空間において、そのエリアの空間線量率に寄与する放射線源が、どこにどれだけ存在しているかも推定可能となります。本システムが有するこの計算機能は、住民へ放射線に対する詳細な情報提供を可能にする一方、除染する際、空間線量率を効果的に低減するための計画策定において、重要な役割を果たすものと期待されます。

【今後の展開】

今後は、構造物認識機能や放射線源付与機能に人工知能技術を採用し、モデル化の自動認識処理を目指すことで、より広域かつ系統的な計算を高速に実現させる他、人工衛星から得られる地理情報だけでなく、地上やドローン・航空機等の様々なリモートセンシング技術により得られる詳細な空間情報を活用し、より正確な推定システムへと発展させる予定です。また、システムの利活用を推進し、住民の被ばく低減へと役立たせるため、システムの利便性を向上する整備を加速させ、早期の一般公開を目指します。

【書籍情報】

雑誌名:Journal of Environmental Radioactivity(平成30年9月掲載)

論文題目:Simulation study of the effects of buildings, trees and paved areas on ambient dose equivalent rates outdoors at three suburban sites near Fukushima Dai-ichi

著者:Minsik Kim1, Alex Malins1, Kazuya Yoshimura1, Kazuyuki Sakuma1, Hiroshi Kurikami1, Akihiro Kitamura1, Masahiko Machida1, Yukihiro Hasegawa2, Hideaki Yanagi2

所属:1日本原子力研究開発機構、2高度情報科学技術研究機構

DOI:10.1016/j.jenvrad.2018.09.001

 

【参考文献】

参考文献1

雑誌名:Radiation Protection Dosimetry(平成27年5月掲載)

論文題目:Extreme variations of air dose rates in east Fukushima

著者: 1Kazuhiro Akimoto

所属:1帝京大学

DOI:https://doi.org/10.1093/rpd/ncv274

概要:本論文では、2011年6月10日以降の半年間、福島東部の164地点で測定された空間線量率のデータを分析しました。その結果、理論的に予測された速度よりも著しく速く低下しました。その中、最も極端な9地点を選択し分析した結果、空気線量率の異常な挙動は風・雨・人工物等の影響であることが分かりました。

参考文献2

雑誌名:Journal of Environmental Radioactivity(平成29年11月掲載)

論文題目:Distribution of 137Cs on components in urban area four years after the Fukushima Dai-ichi Nuclear Power Plant accident

DOI:https://doi.org/10.1016/j.jenvrad.2017.07.021

著者:1Kazuya Yoshimura, 1Kimiaki Saito, 1Kenso Fujiwara

所属:1日本原子力研究開発機構

概要:福島第一原子力発電所事故の約4年後、避難区域の平面且つ透水性を有する沈着地面に対して、都市空間表面の相対的な 137Csのインベントリーを評価しました。舗装された地盤の相対平均保持率は約0.18であり、平面且つ透水面の20%を占めていました。他の都市空間表面の相対保持率は0.1以下の小さな値を示し、都市空間表面からの放射性セシウムの迅速な除去を示唆しています。 しかし、道路、屋根、屋上では相対保持率が大きく変動し、0.4を超えることもありました。 材料の違いが観察された変化の要因であることが示唆されます。 本調査結果とヨーロッパでの事例とを比較すると、道路や屋根の相対的な保持率が異なることから、都市表面の地域固有の相対性を評価することの重要性が理解できます。

参考文献3

雑誌名:Scientific Reports(平成29年8月掲載)

論文題目:Temporal changes in the radiocesium distribution in forests over the five years after the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant accident

DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-017-08261-x

著者:1Naohiro Imamura, 1Masabumi Komatsu 1Shinta Ohashi, 1Shoji Hashimoto, 1Takuya Kajimoto, 1Shinji Kaneko, 1Tsutomu Takano

所属:1森林総合研究所

概要:本研究では、福島-第一原子力発電所事故により汚染された森林における放射線汚染分布の時間変化を調べるために、福島県及び茨城県において、放射線汚染程度の異なる9つの森林を対象に、葉、枝、樹皮、幹材、落葉層、鉱質土壌の放射性セシウムの濃度と蓄積量を調べました。その結果、広葉樹及び針葉樹の両者共に、沈着137Csの全量に対して樹木が保持している量は2〜10%のみであり、残りの137Csはリターや土壌に移行したことを報告しています。

参考文献4

雑誌名:Journal of Nuclear Science and Technology(平成30年1月掲載)

論文題目:Features of Particle and Heavy Ion Transport code System (PHITS) version 3.02

DOI:https://doi.org/10.1080/00223131.2017.1419890

著者:1Tatsuhiko Sato, 1Yosuke Iwamoto, 1Shintaro Hashimoto, 1Tatsuhiko Ogawa, 1Takuya Furuta, 1Shin-ichiro Abe, 1Takeshi Kai, 1Pi-En Tsai, 1Norihiro Matsuda, 2Hiroshi Iwase, 3Nobuhiro Shigyo, 4Lembit Sihver, 5Koji Niita

所属:1日本原子力研究開発機構, 2高エネルギー加速器研究機構, 3九州大学, 4ウィーン工科大学, 5高度情報科学技術研究機構

概要:粒子・重イオン輸送計算コードPHITS Version 3.02を開発して公開しました。核反応モデルや原子反応モデルを改良することにより、適応エネルギー範囲や精度を向上させました。また、計算効率を向上させる新しいタリーや、放射性同位元素を線源とする機能、医学物理分野にPHITSを応用する際に有用となるソフトウェアなど、様々なユーザーサポート機能を開発して、その利便性を大幅に向上させました。これらの改良により、PHITSは、加速器設計、放射線遮へい及び防護、医学物理、宇宙線研究など、幅広い分野で3000名以上のユーザーに利用されています。本論文では、2013年に公開したPHITS2.52以降に追加された新機能を中心に紹介しています。

【用語解説】

1) 数値標高モデル:

レーザ測量から得られた樹木や建物等の高さを取り除き、地表面のみの高さデータを格子化した地表モデルを数値表層モデル、DEM(Digital Elevation Model)といいます。地表面の地形を数値で表したもので数値地表モデルとも呼ばれています。

2) 数値表層モデル:

レーザ光を地上に照射し、ある環境面(樹木、地面、建物等の自然から人工的な面すべて)に到達し反射し戻ってくる時間差から地上までの距離を測定する測量方法を用い、高さデータを格子化した地表モデルを数値表層モデル、DSM(Digital Surface Model)といいます。

3) オルソ画像データ:

空中で撮影された写真からひずみという写真上のズレを補整し、地図のように真上から見たように傾きがなく正しい大きさと正しい位置に表示された画像データをオルソ画像データといいます。

 

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