2020-03-05 理化学研究所,九州大学,京都大学
理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センターストレンジネス核物理研究室の肥山詠美子室長(九州大学大学院理学研究院教授)、量子ハドロン物理学研究室の土井琢身専任研究員、理研数理創造プログラムの初田哲男プログラムディレクター、京都大学基礎物理学研究所の佐々木健志特任助教らの国際共同研究グループは、グザイ粒子[1]1個と核子[2]3個からなる新たなハイパー原子核(ハイパー核)[3]「グザイ・テトラバリオン」の存在を理論的に予言しました。
本研究成果は、どのようなハイパー核が存在しうるのかという物理学の根源的問題の解明につながるとともに、中性子星[4]内部のような超高密度極限状態における物質構造の解明に貢献すると期待できます。
通常の原子核は核子というバリオン[5]から構成されていますが、グザイ(Ξ)粒子と核子からなるハイパー核については、どのような種類のものが存在するかほとんど分かっていませんでした。
今回、国際共同研究グループは、クォーク[6]の基礎理論「量子色力学(QCD)」[7]に基づき、グザイ粒子と核子の間に働く力をスーパーコンピュータ「京」[8]などを用いて明らかにしました。さらに、得られた力をもとに量子少数多体系[9]の精密計算を行うことで、グザイ粒子1個と核子3個の計4個のバリオンからなる新たなハイパー核「グザイ・テトラバリオン」の存在を予言しました。
本研究は、科学雑誌『Physical Review Letters』の掲載に先立ち、オンライン版(3月4日付)に掲載される予定です。
QCDのスパコン計算と量子少数多体系の精密計算により、新たなハイパー原子核を予言!
背景
原子は電子と原子核からなり、通常の原子核は核子(陽子と中性子の総称)が互いに引力で結びついてできています。さらに、核子はクォークと呼ばれる素粒子から構成されるため、原子核の究極的な構成要素はクォークです。クォーク3個からなる粒子を一般に「バリオン」と呼び、核子はアップクォークもしくはダウンクォークから構成されるバリオンです。一方、ストレンジクォークを含むバリオンを「ハイペロン」[5]と呼び、ハイペロンを含む原子核を「ハイパー原子核(ハイパー核)」といいます。
どのような原子核が存在しうるのかという物理学の根源的問題に答えるには、バリオン間に働く力の解明と、その力に基づく原子核の精密計算が鍵となります。このうち、核子間に働く力は湯川秀樹博士の理論に始まり、これまでに多くの研究成果が蓄積されてきましたが、ハイペロンが関わる力については、ハイペロンの寿命が短いことから実験が難しく、そのほとんどが未解明のままです。特に、ストレンジクォーク2個を含むハイペロンの「グザイ(Ξ)粒子」と核子の間に働く力は、引力と斥力のどちらなのかも分かっていませんでした。
グザイ粒子を含む「グザイ・ハイパー核」は、2015年に初めて実験で報告され、グザイ粒子1個と核子14個から構成される原子核が存在することが分かりました注1)。しかし、これ以外にどのようなグザイ・ハイパー核が存在するかは依然謎に包まれています。特に、どのような軽い(核子数が少ない)グザイ・ハイパー核が存在するかは、グザイ粒子に関わる力を決める上で重要であることから、理論的予言が喫緊の課題となっていました。
グザイ粒子と核子の間に働く力は、クォークの運動を決める基礎理論「量子色力学(QCD)」から求める必要があります。しかし、QCDを紙と鉛筆だけで解くことは、理論物理学の最先端手法をもってしても困難です。そこで提唱された理論が「格子量子色力学(格子QCD)」[10]であり、この理論に基づいた大規模数値シミュレーションにより、QCDの直接計算が可能になりました。さらに、2007年に初田哲男プログラムディレクターらが、格子QCDを用いてバリオン間に働く力を導く新しい方法を提案し注2)、QCDから2個のバリオン間の力を直接決定する道が拓かれました。しかし、グザイ・ハイパー核のような、グザイ粒子に複数個の核子が組み合わさった系を直接取り扱うのは困難でした。
注1)K. Nakazawa et al., “The first evidence of a deeply bound state of Xi––14N system” Prog. Theor. Exp. Phys. vol. 2015, 033D02, 2015.
注2)N. Ishii, S. Aoki and T. Hatsuda,”Nuclear Force from Lattice QCD” Physical Review Letters, vol. 99, p.022001, 2007.
研究手法と成果
国際共同研究グループは、QCDに基づいて原子核を計算する新たな理論を構築しました。それは、(1)格子QCDに基づくバリオン間の力の決定、(2)得られたバリオン間の力に基づく原子核の量子少数多体系精密計算の二つのステップを組み合わせる手法です。
まず(1)については、独自に発展させた理論手法「HAL QCD 法[11]」や、計算の高速化アルゴリズム、さらに理研のスーパーコンピュータ「京」や「HOKUSAI」などを用いることで、現実世界でのバリオン間に働く力を世界で初めて計算しました。約3年もの歳月を費やした大規模数値シミュレーションにより、グザイ粒子と核子の間に働く力が明らかになりました。その力は単純なものではなく、スピン[12]やアイソスピン[12]と呼ばれる2粒子の状態に応じて引力や斥力となっており、その複雑な構造の全貌解明に成功しました(図1)。
図1 スパコン「京」による格子QCD計算で得られたグザイ粒子と核子の間に働く力
ポテンシャルエネルギーが負のときは引力、正のときは斥力に対応する。グザイ粒子と核子の2粒子状態が、[スピン=0、アイソスピン=0]のときは引力(左)、[スピン=0、アイソスピン=1]のときは斥力(右)であることが分かった。特に前者における引力は強く、「グザイ・テトラバリオン」の存在にとって重要である。MeVはエネルギーの単位で、1MeV=100万eV(電子ボルト)。
このような複雑な力に対して、どのようなグザイ・ハイパー核が存在するかを予言するのは容易なことではありません。そこで(2)のステップで活躍するのが、肥山詠美子室長らが提唱した原子核の精密計算手法「無限小変位ガウスローブ法[13]」です。粒子間に働く力をもとに、少数多体系に対して量子力学の方程式を精密に解くことが可能であり、2003年には4体問題までの計算手法が確立しました注3)(図2)。
注3)E. Hiyama, Y. Kino, and M. Kamimura, Prog. Theor. Nucl. Phys, vol. 51, 223 (2003)
図2 無限小変位ガウスローブ法を用いた量子少数多体系の精密計算
グザイ粒子1個と核子3個に対して計算する際の、さまざまな座標の組み合わせ。これら全てを用いて量子力学の方程式を解いた結果、一番左の組み合わせが「グザイ・テトラバリオン」にとって最も重要であることが分かった。
グザイ粒子1個に核子の個数を1個、2個…と増やしながら計算した結果、核子数が3個の場合に、新しいグザイ・ハイパー核「グザイ・テトラバリオン」が存在することが明らかになりました(図3)。これは、グザイ-核子間の引力と斥力が絶妙にバランスして起きる現象です。
さらに、グザイ-核子間の力として、(1)で得られた力の代わりに、オランダ・ラドバウド大学を中心とするグループによって長年現象論的に構築されてきた、湯川理論の拡張模型に基づく力(ナイメーヘン力)を使った場合でも、グザイ粒子1個と核子数3個からなる原子核が存在することが分かりました。
また、この新しいハイパー核「グザイ・テトラバリオン」は、核子3個からなる原子核[ヘリウム-3(3He)もしくは水素-3(3H、三重水素または三重陽子)]とグザイ粒子が結合したものであり、今後実験でこのハイパー核を生成し、グザイ粒子の結合の強さを理論計算の結果と比べることで、グザイ-核子間の力を実験的に調べることが可能になると提言しました。
図3 新しいハイパー核「グザイ・テトラバリオン」のエネルギー
理論計算で予言された、グザイ粒子1個、核子3個の系が持つエネルギー。比較として、グザイ粒子が非結合の場合(核子3個の原子核[3Heまたは3H]+単独のグザイ粒子)のエネルギーとの差で示している。エネルギーが負であればハイパー核が存在し、エネルギーが低いほどグザイ粒子の結合が強いことに対応する。グザイ-核子間の力として、格子QCD計算の結果(HAL QCD、図1)を用いた場合(赤線)、現象論的な力(ナイメーヘン)を用いた場合(青線)、どちらもハイパー核「グザイ・テトラバリオン」の存在を予言している。
今後の期待
今回の研究により、グザイ粒子1個と核子3個からなるハイパー核「グザイ・テトラバリオン」が存在する可能性を明らかにしました。世界各地で行われる重イオン衝突実験[14]などにおいて、将来の発見が期待できます。また、本研究で構築した、格子QCDに基づくバリオン間の力の決定と量子少数多体系の精密計算を組み合わせるという理論手法により、今後さまざまなハイパー核について予言を行っていく予定です。加えて「京」の後継機であるスーパーコンピュータ「富岳」[8]を用いることで、さらなる研究の進展が見込まれます。
また本成果は、宇宙に存在する中性子星の謎の解明にもつながります。グザイ粒子と核子の間に働く力は、星の一生の最期に起きる超新星爆発[4]の後、中性子星とブラックホールのどちらができるのかを左右すると考えられており、重力波や電磁波による観測と併せて、これら超高密度極限状態における物質構造の解明に貢献すると期待できます。
補足説明
1.グザイ(Ξ)粒子
ストレンジクォーク2個と、アップクォークもしくはダウンクォーク1個からなる粒子。ハイペロンと呼ばれるバリオンの一種である。クォークについては[6]、バリオン、ハイペロンについては[5]参照。
2.核子
陽子と中性子の総称で、通常の原子核を構成する。バリオンと呼ばれる粒子の一種である。
3.ハイパー原子核(ハイパー核)
原子核は、バリオンが複数個結合してできる粒子。通常の原子核は、陽子・中性子のみから構成されるが、ハイペロンと呼ばれるバリオンを含む原子核をハイパー原子核もしくはハイパー核と呼ぶ。
4.中性子星、超新星爆発
「中性子星」は、半径10km程度だが質量は太陽の1~2個分もある高密度天体。質量が大きな恒星が燃え尽きるときに起こす爆発現象を「超新星爆発」と呼び、中性子星はその爆発後に形成される。中性子星の内部はほぼ中性子から構成され、巨大な原子核のような星といえる。中心付近では1兆kg/cm3にも達する超高密度状態になっており、中性子以外にグザイ粒子などのハイペロンが出現する可能性があると考えられている。ハイペロンが出現すると中性子星の硬さが低下するため、なぜ重い中性子星が重力でつぶれてブラックホールにならないのか、大きな謎になっている。
5.バリオン、ハイペロン
3個のクォークが結合してできる粒子を「バリオン」と呼ぶ。陽子や中性子のほかに、ラムダ(Λ)粒子やシグマ(Σ)粒子、そして本研究で取り扱ったグザイ(Ξ)粒子などがある。陽子や中性子は、アップクォークもしくはダウンクォークから構成される。ラムダ、シグマ、グザイ粒子は、少なくとも1個のストレンジクォークを含み、このようなバリオンは「ハイペロン」と総称する。ハイペロンは寿命が短くすぐに崩壊してしまうため、通常の物質中には存在しないが、加速器で作り出すことができる。
6.クォーク
物質を構成する最も基本的な素粒子で、6種類のフレーバー(軽い方からアップ、ダウン、ストレンジ、チャーム、ボトム、トップ)と3種類のカラー(赤、青、緑)を持つ。
7.量子色力学(QCD)
原子核を構成するクォークとその間に働く強い相互作用を媒介するグルーオンが従う物理法則であり、素粒子の標準理論の一部である。南部陽一郎博士(2008年ノーベル物理学賞受賞)が1965年にその原型を提唱した。量子色力学によれば、クォークは単体で存在できず、常に数個のクォークが集まって、バリオンなどの複合粒子を作ると考えられている。QCDはquantum chromodynamicsの略。
8.スーパーコンピュータ「京」、スーパーコンピュータ「富岳」
「京」は、文部科学省が推進する革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の中核システムとして、理研と富士通が共同で開発を行ったスーパーコンピュータ。計算速度10ペタフロップス級の性能を持ち、1秒間に1京回(1兆の1万倍)の計算ができる。2012年に共用が開始され、2019年に終了した。「富岳」は、「京」の後継機として2014年より開発が行われているスーパーコンピュータ。計算速度400ペタフロップス級の性能、最大で「京」の100倍のアプリケーション実効性能を目指しており、2021年頃からの共用開始に向けて開発が進められている。
9.量子少数多体系
原子分子や原子核など、ミクロな粒子が量子力学の方程式に従って複数個相互作用しあう系を、量子多体系と呼ぶ。このうち、粒子数が5個程度以下の場合を量子少数多体系といい、粒子の振る舞いの精密な研究に適している。
10.格子量子色力学(格子QCD)
量子色力学を、時間と空間を4次元の格子状グリッドで置き換えて定式化する理論。ケネス・ウィルソン博士(1982年ノーベル物理学賞受賞)によって提唱された。モンテカルロ法などを使った大規模数値シミュレーションに適しており、量子色力学を近似なく計算することができる。
11.HAL QCD法
格子量子色力学を用いることにより、バリオンなどの粒子の間に働く力を、量子色力学から直接計算する理論手法。2007年に石井理修(現大阪大学核物理研究センター准教授)、青木慎也(現京都大学基礎物理学研究所教授)、初田哲男(現理研数理創造プログラムプログラムディレクター)により提唱された。その後、これら3人を含む、理研、京都大学、大阪大学、九州大学、日本大学、高エネルギー加速器研究機構の研究者からなる共同研究グループ HAL QCD Collaboration によって、さらなる発展が行われている。本研究で用いたグザイ粒子と核子の間に働く力も、HAL QCD Collaborationによって計算された。HAL QCD Collaboration はHadrons to Atomic nuclei from Lattice QCD Collaborationの略称であり、Lattice QCDは格子量子色力学を指す。
12.スピン、アイソスピン
粒子の性質を表す量としては質量や電荷などが良く知られているが、スピン、アイソスピンもまた粒子の固有の性質を表す量である。スピンは、粒子を空間的にぐるっと自転させたときの応答具合を示す量であり、粒子自身が持つ角運動量と等しい。アイソスピンは、数学的により抽象化された空間(粒子を構成するアップクォークの成分とダウンクォークの成分についての空間)において、粒子を自転させたときの応答具合を示す量である。核子やグザイ粒子が持つスピンは+1/2または-1/2,アイソスピンも+1/2または-1/2である。また、粒子が複数個あるときは、それぞれの粒子のスピンやアイソスピンの組み合わせによって、全体としてのスピン、アイソスピンが決定される。
13.無限小変位ガウスローブ法
量子少数多体系がどのような運動をし、どういった性質を持つか、量子力学の基礎方程式から解き明かすための強力な理論手法。ガウス関数を巧妙に用いることで精密計算が可能であり、物理の多くの分野に適用できる普遍的手法である。1994年に肥山詠美子(現仁科加速器科学研究センターストレンジネス核物理研究室室長)らによって提唱され、現在は5体の束縛状態まで手法が確立している。
14.重イオン衝突実験
陽子から金原子核までのさまざまな粒子をほぼ光速にまで加速し、衝突させる実験。スイスにある欧州原子核研究機構(CERN)の加速器施設LHCや、米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)にある加速器施設RHICなどでこれまで実施されてきた。また、ドイツ重イオン研究所(GSI)にある加速器施設FAIRや茨城県東海村にある加速器施設J-PARCにおいても重イオン衝突実験が計画されている。
国際共同研究グループ
理化学研究所
仁科加速器科学研究センター
ストレンジネス核物理研究室
室長 肥山 詠美子(ひやま えみこ)
(九州大学大学院 理学研究院 教授)
量子ハドロン物理学研究室
専任研究員 土井 琢身(どい たくみ)
客員研究員 宮本 貴也(みやもと たかや)
数理創造プログラム
プログラムディレクター 初田 哲男(はつだ てつお)
(理研仁科加速器科学研究センター 量子ハドロン物理学研究室 室長)
京都大学 基礎物理学研究所
特任助教 佐々木 健志(ささき けんじ)
(理研仁科加速器科学研究センター 量子ハドロン物理学研究室 客員研究員)
都留文科大学 文学部
名誉教授 山本 安夫(やまもと やすお)
(理研仁科加速器科学研究センター ストレンジネス核物理研究室 客員研究員)
ラドバウド大学(オランダ) 理論物理学研究所
名誉教授 トーマス・ライケン(Thomas.A.Rijken)
研究支援
本研究は、文部科学省ポスト「京」重点課題9「宇宙の基本法則と進化の解明(統括責任者:青木慎也)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金・新学術領域研究(研究領域提案型)「第一原理計算から明らかにする階層構造の発現機構(研究代表者:肥山詠美子)」、同基盤研究(S)「クォークから中性子星へ:QCDの挑戦(研究代表者:初田哲男)」、同基盤研究(B)「ダブルストレンジネス核の精密構造研究とその相互作用の決定(研究代表者:肥山詠美子)」、同基盤研究(C)「格子QCDによるバリオン間相互作用の精密決定手法の研究(研究代表者:土井琢身)」および計算基礎科学連携拠点(JICFuS)による支援を受けて行われました。
原論文情報
- E. Hiyama, K. Sasaki, T. Miyamoto, T. Doi, T. Hatsuda, Y. Yamamoto, Th. A. Rijken, “Possible Lightest Ξ Hypernucleus with Modern ΞN Interactions”, Physical Review Letters, 10.1103/PhysRevLett.124.092501
発表者
理化学研究所
仁科加速器科学研究センター ストレンジネス核物理研究室
室長 肥山 詠美子(ひやま えみこ)
(九州大学大学院理学研究院教授)
仁科加速器科学研究センター 量子ハドロン物理学研究室
専任研究員 土井 琢身(どい たくみ)
数理創造プログラム
プログラムディレクター 初田 哲男(はつだ てつお)
京都大学 基礎物理学研究所
特任助教 佐々木 健志(ささき けんじ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
九州大学 広報室
京都大学総務部広報課 国際広報室