強力なアト秒パルスを作り出す光シンセサイザーを実現~アト秒レーザーのピーク出力がギガワット超へ

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2020-04-18 理化学研究所

理化学研究所(理研)光量子工学研究センターアト秒科学研究チームのシュエ・ビン特別研究員、緑川克美センター長、高橋栄治専任研究員らの国際共同研究グループは、高強度かつ任意の光電場を作り出せる「光シンセサイザーの開発に成功しました。

本研究成果は、ギガワット(1ギガは10億)を超えるピーク出力を持つ軟X線[1]アト秒レーザー[2](1アト秒は100京分の1秒)の開発につながると期待できます。

今回、国際共同研究グループは、波長の異なる3色のフェムト秒(1フェムト秒は1000兆分の1秒)レーザーパルスを時空間で精密に制御・合成することで、アト秒レーザーを極めて強く発生できる光シンセサイザーを開発しました。この光シンセサイザーは、2.6テラワット(テラは1兆)のピーク出力を持ち、近赤外域において1オクターブ[3]を超える波長帯域(800~2020nm)をカバーできます。さらに、光シンセサイザーの電場形状を精密に制御し、励起レーザーとして用いることで、光子エネルギー65エレクトロンボルト(eV)においてピーク出力が1ギガワットを超えるアト秒レーザーを安定して発生することにも成功しました。

本研究は、オンライン科学雑誌『Science Advances』(4月17日付:日本時間4月18日)に掲載されます。

異なる波長の光を組み合わせて、アト秒レーザー発生に最適な励起レーザー場を作り出すの図

異なる波長の光を組み合わせて、アト秒レーザー発生に最適な励起レーザー場を作り出す

背景

高強度光科学は、極めて強い光の場と物質の相互作用を取り扱う研究分野であり、これまでさまざまな応用分野を切り拓いてきました。中でも代表的なのが、「高次高調波発生[4]」と呼ばれる波長変換法を用いた「アト秒レーザー(10-18秒)の開発です。アト秒レーザーは、2018年ノーベル物理学賞の対象研究となったレーザー技術(高強度超短光パルスの生成方法)において、最も注目されるアプリケーションとして紹介されており、新しい超高速光科学の分野として世界各国で盛んに研究されています。

アト秒レーザーでは、アト秒という極めて短い時間に「一瞬だけ光る」レーザー光をカメラのストロボのように使うことで、究極的には「原子内で動き回る電子の動き」をも観測できるようになります。ストロボの光る時間を短くすればするほど、高速の現象を捉えられるため、多くの研究者がアト秒レーザーの時間幅を縮めることにしのぎを削ってきました。

その一方で、アト秒レーザーのピーク出力は低いままでした。なぜなら、アト秒レーザー光は、電場の振動回数が2~3回しかない特殊な「励起レーザーを用いて発生させる必要がありますが、高出力かつ電場振動が数回振動の励起レーザーを開発することは技術的に容易ではないからです。そのため、非線形光学現象[5]など強い光の場を扱う研究にアト秒レーザーを利用することが難しいという問題がありました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、強いアト秒レーザーを発生できる励起レーザーを開発するため、「光シンセサイザー」に着目しました。光シンセサイザーは、波長の異なる多色の光パルスを独立に増幅し、それを時空間で精密に制御・合成するレーザー技術です。光シンセサイザーを実現するには、多色の光パルスを同時に発生させるとともに、パルスごとの電場キャリアエンベロープ位相[6]、各パルス間の相対位相差および相対遅延時間差を数アト秒の精度で、空間に置き換えるとナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)の精度で動的に制御する必要があります(図1)。

光シンセサイザーの概念図の画像

図1 光シンセサイザーの概念図

パルスごとの電場キャリアエンベロープ位相、各パルス間の相対位相差、各パルス間の相対遅延時間差をアト秒レベルで高精度に制御、安定化する必要がある。

高橋栄治専任研究員らは、2015 年に低繰り返しかつ高出力のパルスレーザーにおいて、そのキャリアエンベロープ位相を安定化できる独自の手法を開発しています注1)。従来型の直接的なキャリアエンベロープ位相安定化法ではなく、間接的な位相安定化技術により、高強度・低繰り返しレーザー[7]においてもキャリアエンベロープ位相を動的に安定化させることを可能にしました(図2 (a))。国際共同研究グループは、この手法を利用して、キャリアエンベロープ位相が安定化されたピーク出力30テラワット(テラは1兆)のチタンサファイアレーザーシステム[8](波長800nm)を開発しました。

次に、開発したチタンサファイアレーザーシステムと光パラメトリック増幅(OPA)[9]法を組み合わせることで、近赤外域800nm~2050nmにおいてキャリアエンベロープ位相が安定化された3色(ポンプ光[9]800nm、シグナル光[9]1350nm、アイドラー光[9]2050nm)のフェムト秒レーザー(10-15秒)を同時に発生させました。

3色のフェムト秒レーザー光は、多数のレーザーミラーで構成された独立の光学経路を数メートル伝搬しますが、経路内の光学部品において発生するわずかな機械的振動、空気の擾乱などによって3色のレーザーパルス間の相対遅延時間が変わってしまいます。そこで、光学経路内に連続波発振のレーザーを伝搬させて振動により発生する遅延擾乱を検出し、経路内に設置したピエゾ素子[10]に擾乱を補正する信号を送ることで、遅延経路長を変化させて経路内の擾乱を20アト秒(6nm)以下に安定化させました(図2b下)。

さらに、OPAの際にポンプ光のエネルギー変動によって引き起こされるポンプ光とシグナル光の1フェムト秒以下の発生時間差を、特殊な干渉計測により直接計測し、発生時間差変動を補正するようにOPA発生条件を変化させ、時間差を245アト秒にまで安定化させました(図2b上)。

注1)2015年11月6日知的財産情報「高強度・低繰り返しレーザー光の電場位相を固定する技術

キャリアエンベロープ位相と相対遅延時間の安定化の図

図2 キャリアエンベロープ位相と相対遅延時間の安定化

(a)チタンサファイアレーザー(ポンプ光)のキャリアエンベロープ位相。キャリアエンベロープ位相安定化法注1)により、480mradに位相が安定化されている(青線)。

(b)上はシグナル光の発生時間差を示しており、245アト秒で安定化できたことがわかる(青線)。下は、各光学経路内におけるパルス間の相対遅延時間を示す。ポンプ光とシグナル光間の遅延時間は17.3アト秒、シグナル光とアイドラー光間の遅延時間は11.3アト秒に安定化できた。

図3は、ポンプ光、シグナル光、アイドラー光の相対遅延時間差、相対位相差がゼロの場合の光シンセサイザー(合成レーザー光)の電場形状(a)と電場強度分布(b)を示しています。図3bで示すように、時間ゼロにおける最大強度と1.5フェムト秒に現れる2番目に強い強度との比が0.5に達しています。この大きな強度比が、時間幅が短いアト秒レーザーを発生させる際に非常に重要となります。

開発した光シンセサイザーは50ミリジュールの出力エネルギーを持ち、2.6テラワットのピーク出力を実現できます。そのため、これまで困難であった短い時間幅を持ち、かつ高いピーク出力を持つアト秒レーザーの発生が可能となります。また高いレーザー出力により、波長の短い軟X線域においても強いアト秒レーザーが発生できるようになります。

光シンセサイザーの電場形状と電場強度分布の図

図3 光シンセサイザーの電場形状と電場強度分布

(a)合成レーザー光の電場形状。ポンプ光、シグナル光、アイドラー光を合成(足し併せる)ことで、合成レーザー光(光シンセサイザー)が作り出される。各パルス間の相対位相差、相対遅延時間差、エネルギー比を変化させることで、さまざまな電場形状を作ることができる。

(b)電場強度分布。時間ゼロにおける最大強度(1.0)と1.5フェムト秒に現れる2番目に強い強度(0.5)との比が0.5に達している。

開発した光シンセサイザーを励起レーザーとして、ガスセル内に充填されたアルゴンガスから発生した高次高調波の分光スペクトルを(図4a)に示します。単一波長(ポンプ光のみ:800nm)のレーザーを励起光とした場合は、離散的なスペクトル構造(赤で塗りつぶした部分)を持つのに対して、光シンセサイザーを励起光とした場合は、連続的な構造を持つことが分かります(青線)。特に、光子エネルギーが55~70eVの領域では、完全に連続した高調波スペクトルが得られており、このスペクトル構造からアト秒パルスの発生を間接的に確認できます。また、このスペクトルからアト秒レーザーの時間幅は170アト秒であることが分かりました(図4a挿入図)。

さらに、アルゴンガスの圧力を調整して、最適位相整合技術[11]により発生条件を65eV近辺の高調波に最適化することで、最大で0.24マイクロジュール(マイクロは100万分の1)(50~70eV間の合計)にまで高出力化することができました。得られたパルスエネルギーと時間幅から、アト秒パルスレーザーのピーク出力は 1.4 ギガワット(1ギガは10億)であると評価できます。

さらに、光シンセサイザーにより励起電場形状を安定化させることで、連続高調波スペクトル部、つまりアト秒レーザーの強度変動を4%に低減することにも成功しました(図4b)。

高次高調波の分光スペクトルと強度変動の観測の図

図4 高次高調波の分光スペクトルと強度変動の観測

(a)高次高調波の分光スペクトル。光シンセサイザーを励起レーザーとして用いると(青)、光子エネルギーが55~70eVの領域において、完全に連続した高調波スペクトルが得られている。

(b)55~70eVの連続高調波スペクトル部の強度変動。光シンセサイザーを励起レーザーとして用いることで、高調波スペクトル(アト秒レーザー)の強度変動が4%に抑えられている(青)。

今後の期待

本研究では、3色の波長の異なるフェムト秒レーザーパルスを時空間で精密に制御・合成することで、アト秒レーザーを極めて強く発生できる高強度・光シンセサイザーを実現しました。

レーザー光の電場の形を自在に制御できることは、電場に支配される現象、例えばアト秒レーザー発生に新たな進展を生み出すことにつながります。光シンセサイザーにより特殊な励起レーザー電場形状を作り出しアト秒レーザー発生を行うと、これまでのような正弦的な励起レーザー電場を使用する場合より、アト秒レーザーの波長を3倍短波長化できることが計算機シミュレーションにより示されています。つまり本成果により、極端紫外域で制限されてきたアト秒レーザーを軟X線域においても極めて強いピーク出力で安定に発生することが可能となります。また、高強度光科学の研究対象であるレーザー粒子加速や強いレーザー電場が支配する物理現象を、高強度・光シンセサイザーにより精密に制御することができるようになると期待できます。

補足説明

1.軟X線
波長が0.1~10nm、光子エネルギーが100~10000eV(エレクトロンボルト)程度の範囲にある光。

2.アト秒レーザー
時間幅がアト秒域の極短パルスのレーザー光。孤立アト秒パルスレーザー、アト秒パルスレーザー、単一アト秒パルスと呼ばれることもある。

3.オクターブ
光や音波といった波が1秒間に振動する回数(周波数)の比率。800nmと1600nmでは周波数が2倍異なり、1オクターブ差となる。

4.高次高調波発生
高強度の可視レーザー光を、キセノンなどの希ガスにレンズや凹面鏡を用いて集光すると、その可視レーザー光と同じ方向に複数の波長の短い光が発生することが知られている。一般に電磁波を取り扱う分野では、基本の波長の整数分の1の波長の電磁波が発生すると、これを「高調波」と呼ぶ。高強度の可視レーザー光により発生した波長の短い光は、可視レーザー光の波長の奇数分の1(例えば、1/11や1/13)の波長になっており、またその分母に入る数が数十以上に達する場合もあることから、「高次高調波」と呼ばれている。

5.非線形光学現象
光を物質に照射した時に起こる現象は、多くの場合、光の強度に比例してその度合いが変化する。光の強度が2倍、3倍になれば、対象とする現象の強度も2倍、3倍になる。非線形現象は、このような単純な比例関係の成立しない光学現象の総称。例えば、光の強度の2乗に比例する現象では、光の強度が2倍、3になると、現象の度合いは4倍、9倍となる。

6.キャリアエンベロープ位相
光の周波数とパルス幅が同程度になってくると、光電場のピークが飽絡線(エンベロープ)のピークに対してどのような関係にあるかが重要になる。光の電場の位相(キャリア位相)と飽絡線の間の関係から、これを電場のキャリアエンベロープ位相と呼ぶ。

7.低繰り返しレーザー
パルスレーザーでは、1秒間に決まった繰り返しでレーザー光が発生する。高繰り返しレーザーはkHz(1秒間に1,000回レーザー光が発生)からMHz(1秒間に1,000,000回レーザー光が発生)で動作し、低繰り返しレーザーでは10Hz(1秒間に10回レーザー光が発生)以下程度の動作となる。低繰り返しレーザーは、パルスあたりのエネルギーを非常に大きくできるというメリットがある。

8.チタンサファイアレーザーシステム
サファイヤにチタンを添加した結晶をレーザー媒質として使用したレーザーシステム。発振波長域は650~1000nmであり、中心波長が800nm近辺となる。高強度かつ超短パルスのレーザー光発生法として世界中で広く使用されている。

9.光パラメトリック増幅(OPA)法、ポンプ光、シグナル光、アイドラー光
「光パラメトリック増幅法」は、非線形光学効果を利用して、光の波長を変換・増幅する手法。一般的な光パラメトリック増幅法では、微弱なシード光を、非線形結晶内で強力な「ポンプ光と相互作用させ増幅を行う。増幅後には、「シグナル光と、シグナル光とポンプ光の差周波発生により「アイドラー光が発生する。OPAはoptical parametric amplificationの略。

10.ピエゾ素子
圧電素子とも呼ばれ、与えられた電圧に応じた圧力を発生させる素子。

11.最適位相整合技術
最適位相整合技術は、励起レーザーと高次高調波の位相速度をそろえることで、高効率な波長変換を行う技術。高次高調波発生においては、ガス媒質の分散、励起レーザーの波面変化、媒質ガスのプラズマ分散などを用いて、発生条件を満足させる。

国際共同研究グループ

理化学研究所光量子工学研究センター
アト秒科学研究チーム
特別研究員 ビン・シュエ(BingXue)
研修生(研究当時) 田丸 裕基(たまる ゆうき)
特別研究員(研究当時) ユーシー・フ(Yuxi Fu)
専任研究員 高橋 栄治(たかはし えいじ)
光量子工学研究センター
センター長 緑川 克美(みどりかわ かつみ)

東京理科大学 理工学部
教授 須田 亮(すだ あきら)

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