スズ原子核の表面でアルファ粒子を発見~中性子星の構造とアルファ崩壊の謎に迫る~

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2021-01-21 理化学研究所,ダルムシュタット工科大学,大阪大学,京都大学,宮崎大学,東北大学,大阪市立大学,日本原子力研究開発機構

概要

理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センタースピン・アイソスピン研究室のザイホン・ヤン基礎科学特別研究員(研究当時)、上坂友洋室長、ドイツ・ダルムシュタット工科大学の田中純貴特別研究員(研究当時)、大阪大学核物理研究センター(RCNP)の民井淳准教授、京都大学理学研究科の銭廣十三准教授ら、宮崎大学、東北大学、大阪市立大学、日本原子力研究開発機構の国際共同研究グループは、RCNPサイクロトロン[1]施設の高分解能磁気分析装置[2]を用いた実験により、スズ(Sn)同位体[3]の原子核表面に存在するアルファ粒子、つまりヘリウム-4原子核(4He、陽子数2、中性子数2)を発見しました。

本研究成果は、中性子星[4]の質量と大きさの関係を与えるパラメータの決定に影響を与え、かつアルファ崩壊[5]の原理解明につながる発見であり、原子核物理学全領域の研究開発に貢献することが期待できます。

これまで、重い原子核の表面にアルファ粒子が存在することは理論的な仮説に過ぎず、その当否は不明のままでした。

今回、国際共同研究グループは、RCNPサイクロトロンで得られる4億電子ボルトの陽子ビームを四つのスズ標的(112Sn、116Sn、120Sn、124Sn)に入射し、アルファ粒子をたたき出す「ノックアウト反応[6]実験」を行いました。たたき出されたアルファ粒子と散乱された陽子を高精度で分析した結果、アルファ粒子がスズ原子核の表面に存在する証拠を得たと結論づけました。

本研究は、科学雑誌『Science』の掲載に先立ち、オンライン版(1月14日:日本時間1月15日)に掲載されました。

原子核表面のアルファ粒子とノックアウト反応の概念図(赤球が陽子、青球が中性子)

研究支援

本研究は、ドイツのDeutsche Forschungsgemeinschaft(DFG, German Research Foundation)-Project-ID 279384907-SFB 1245(領域代表者:トーマス・オーマン)、BMBF(project 05P19RDFN1)(領域代表者:トーマス・オーマン)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(C)「多重ノックアウト反応で解き明かす原子核の独立粒子描像の崩れと多核子相関の全貌(研究代表者 : 緒方一介)」による支援を受けて行われました。

背景

原子核は陽子と中性子(合わせて核子と呼ぶ)で構成されています。原子核物理学では「陽子と中性子のどのような組み合わせが原子核を作り得るのか」という基本問題に取り組んでいます。原子核の中では、基本的に陽子や中性子はばらばらに存在しますが、陽子や中性子が大きな粒子の塊(クラスター)を作る現象も知られています。このクラスターの中で最も有名なのがヘリウム-4原子核(4He、陽子数2、中性子数2)つまり「アルファ粒子」であり、「アルファクラスター[7]」とも呼ばれています。

アルファ粒子を放出するアルファ崩壊は、19世紀末に最初に発見された放射能の一つであり、現在では原子核の基礎研究から医療応用まで広く研究されています。1920年代、ロシアの理論物理学者ジョージ・ガモフは、アルファ崩壊について、原子核内で生成されたアルファ粒子が量子トンネル効果[8]により原子核の外へ放出されるとする理論を作り上げ、これによりアルファ崩壊の寿命を説明することに成功しました。しかし、アルファ粒子が重い原子核中でどのようにして生成されるか、その原理は現在に至るまで完全には解明できていません。

本研究の共同研究者でもあるドイツの理論物理学者シュテファン・ティペルは、2014年に新しく理論を構築し、原子核の表面でアルファ粒子の生成が発達することを予言しました注1)。この理論によると、アルファ粒子は標準原子核密度[9](飽和密度)ではあまり発達せず、その1/10程度の低密度領域で発達します。原子核表面にはこれと同等の低密度領域が存在するため、アルファ粒子が生成されることになります。また、アルファ粒子の生成に原子核表面の陽子に対する中性子の比率が深く関係していることも、この理論の重要な帰結です。陽子よりも中性子が多い(中性子過剰な)原子核ほど、表面の中性子比率が大きいため、陽子と中性子を同数持つアルファ粒子の生成は抑制されるとティペルの理論は予言しています(図1)。

この原子核表面での中性子比率の一つの指標に、「中性子スキン[10]」の厚さがあります。中性子スキンの厚さは、中性子星の質量と大きさの関係を与えるパラメータの決定に用いられており、全世界で中性子スキンの厚さを決める研究が行われています。そのため、もしアルファ粒子生成の有無が確認されれば、中性子星の研究にも大きな影響を与えます。

このように、原子核表面でのアルファ粒子の生成は、アルファ崩壊から中性子星の構造解明まで、原子核物理学が関わる多くの重要な課題に関係しています。しかし、これまで原子核表面におけるアルファ粒子生成は理論的な仮説に過ぎず、その当否は不明のままでした。そこで共同研究グループは、スズ(Sn、陽子数50)同位体の表面にアルファ粒子が存在するかどうかを調べました。

図1 アルファ粒子のできやすさ(上)とスズ同位体における陽子密度と中性子密度の分布

上段:原子核表面の中性子と陽子の比率が同程度であるとアルファ粒子は生成されやすいが、中性子過剰な原子核では表面の中性子比率が大きいためアルファ粒子は生成されにくい。

下段:スズ-112(112Sn、陽子数50、中性子数62)とスズ-124(124Sn、陽子数50、中性子数74)を比較する。青線は中性子密度、赤線は陽子密度を示し、右上には核表面6〜8フェムトメートル(fm、1fmは1000兆分の1メートル)の領域がズームされている。標準原子核密度の約1/10以下の低密度領域に注目すると、スズ-124の方が中性子過剰であるために、表面に中性子スキンが形成される。アルファ粒子の生成には陽子と中性子が同数必要であるため、陽子密度と中性子密度が比較的近い112Snの方がアルファ粒子の生成数が多いと予想された。

注1)S. Typel, Neutron skin thickness of heavy nuclei with α-particlecorrelations and the slope of the nuclear symmetry energy. Phys. Rev. C 89, 064321 (2014).

研究手法と成果

国際共同研究グループは、大阪大学核物理研究センター(RCNP)のサイクロトロン加速器を用いて、陽子ビームを光速の約70%に相当する4億電子ボルトまで加速し、標的のスズ-112(112Sn、中性子数62)、スズ-116(116Sn、中性子数66)、スズ-120(120Sn、中性子数70)、スズ-124(124Sn、中性子数74)にそれぞれ照射しました。スズ原子核には最も多くの安定な同位体があり、同位体によるアルファ粒子生成数の違いを観察するのに適しています。

測定装置の概略図を図2に示します。陽子ビームを用いた「ノックアウト反応」により、スズ同位体標的中のアルファ粒子をたたき出しました。ノックアウト反応は、スズ原子核内でのアルファ粒子の運動に関する情報を取り出すことのできる優れた方法です。たたき出されたアルファ粒子の運動量は高分解能磁気分析装置の「大口径スペクトロメータ」により、散乱された陽子の運動量は「グランドライデン・スペクトロメータ」により分析しました。

図2 本研究に用いた実験セットアップ
陽子ビームとスズ標的とのノックアウト反応により生じる、散乱陽子とノックアウトアルファ粒子を検出した。サイクロトロン加速器で4億電子ボルトに加速された陽子ビーム(赤線)がスズ標的で反応を起こし、散乱された陽子(赤線)はグランドライデン・スペクトロメータを用いて、たたき出されたアルファ粒子(青線)は大口径スペクトロメータを用いてその運動量を決定した。


アルファ粒子をたたき出すことで、スズ原子核は陽子数と中性子数がそれぞれ二つ少ないカドミウム(Cd)原子核に変換します。図3左に、陽子ビームと112Sn原子核とのノックアウト反応後に生成された108Cd(陽子数48、中性子数60)原子核の励起エネルギースペクトルを示します。このスペクトルを導出する上で、グランドライデン・スペクトロメータと大口径スペクトロメータの持つ高い分解能が大きく寄与しました。このグラフに見られる鋭いピークは、112Sn原子核表面から確かにアルファ粒子がたたき出され、残った108Cd原子核が最もエネルギーの低い基底状態にあることを示しています。

このピークに着目して、四つのスズ同位体原子核の表面におけるアルファ粒子の生成量を算出しました。図1に示した理論予想によると、アルファ粒子生成量は中性子数が多いスズ同位体ほど少なくなります。図3右に、アルファ粒子生成量のスズ原子核の中性子数に対する依存性の理論予想(赤線)と実験結果(黒丸)を示します。実験結果ではアルファ粒子生成量は中性子数が多い原子核ほど減少しており、まさに理論予想の原子核表面のアルファ粒子の特徴を示しています。このことが決定打となり、原子核表面に存在するアルファ粒子を発見したと結論付けました。

図3 原子核内のアルファ粒子生成を示す実験結果(左)と同位体依存性の実験結果と理論予想

左: 測定した陽子とアルファ粒子の運動量から構築した108Cd原子核の質量スペクトル。鋭いピークは、112Sn原子核の表面からアルファ粒子がたたき出されたことを示す。その右側のエネルギーが大きい領域に連続的に分布する構造は、112Sn原子核のさらに内部からアルファ粒子がたたき出されたものと考えられる。

右: 理論予想と実験結果の比較。縦軸は断面積と呼ばれる測定量であり、おおよそSn原子核の表面にあるアルファ粒子の数に比例している。中性子数62の112Sn原子核の表面にあるアルファ粒子の数は、中性子数74の124Sn原子核のおよそ2倍であり、およびその間にある中性子数66の116Sn原子核や中性子数70の120Sn原子核はスムーズに変化していることから、実験結果と理論予想は一致したといえる。


本研究は、重い原子核表面のアルファ粒子を直接「観た」初めての実験です。原子核はサイズが1000兆分の1メートルの極微の世界のため、アルファ粒子を直接「観る」ことはできませんが、ノックアウト反応を介して直接たたき出すことで、アルファ粒子の発達度合いとその中性子比率に関する情報を引き出すことに成功しました。

今後の期待

今回発見した重い原子核表面におけるアルファ粒子の存在は、従来の重い原子核の描像に変更を迫るものといえます。アルファ粒子生成の有無は、中性子星の質量と大きさの関係決定に重要な中性子スキンの厚さに影響を与えることから、本成果は中性子星構造の研究に大きな影響を与えると考えられます。

また、アルファ崩壊の謎を解く最後の鍵である原子核内におけるアルファ粒子生成に重要なヒントを与えます。今後の研究の進展により、アルファ崩壊が完全に理解されると期待できます。

さらに今後、大阪大学核物理研究センター(RCNP)サイクロトロン施設や理化学研究所RIビームファクトリーなどを用いた実験研究により、原子核内でのアルファ粒子や他のクラスター生成の研究が進展することで、中性子星構造や原子核構造・崩壊に関する新たな発見が期待できます。

論文情報

<タイトル>Formation of α clusters in dilute neutron-rich matter

<著者名>J. Tanaka, Z.H. Yang, S. Typel, et al.

<雑誌>Science

<DOI>10.1126/science.abe4688

補足説明

[1] サイクロトロン
陽子などのイオンを加速するための円形加速器。大阪大学核物理研究センター(RCNP)のサイクロトロン施設には、リングサイクロトロン(写真)とAVFサイクロトロンの2種類があり、陽子ビームを最大で光速の70%まで加速できる(そのときのエネルギーは4億電子ボルト)。この施設は、国際共同利用・共同研究拠点として原子核科学および加速器を利用した応用研究を推進するために全国、全世界の研究者に開かれている。研究者からの提案に基づいて、原子核物理、基礎物理、原子核工学、核化学、核医学などさまざまな分野における研究が行われている。

[2] 高分解能磁気分析装置
イオンビームと原子核標的との散乱で発生する、電荷を持った粒子の放出角度と運動量を高精度で測定する装置。磁場中に粒子を通すことで軌道を曲げ、運動量を分析する。RCNPは、世界最高性能を誇る「グランドライデン」(写真左側)と「大口径」(同右側)のダブルアーム・スペクトロメータを持ち、超精密測定・低バックグラウンドのイオン散乱実験で世界をリードしている。

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