近紫外線で夜の地球をみる新しい目

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2019-08-20 理化学研究所

Mini-EUSO望遠鏡の打ち上げ

理化学研究所(理研)開拓研究本部戎崎計算宇宙物理研究室、大森素形材工学研究室の共同研究グループが開発、製作に携わったMini-EUSO望遠鏡が2019年8月22日(日本時間)、ロシアのソユーズロケットによって、バイコヌール宇宙基地(カザフスタン)より国際宇宙ステーションに向けて打ち上げられます。

Mini-EUSO望遠鏡は国際宇宙ステーションへ運ばれた後、ロシアの実験棟のズヴェズダモジュールの窓に取り付けられ、夜の地球の250km四方を近紫外線で毎秒40万フレームで撮影します。Mini-EUSO望遠鏡は超高エネルギー宇宙線を観測する超広視野望遠鏡EUSO[1]の開発の一環として位置づけられ、衛星軌道から宇宙線を観測する際のバックグラウンドとなる近紫外線夜光の全球分布を作成します。

また、夜間に地球上で起こる様々な発光現象の全球分布も作成します。一つに「スプライト」や「エルブス」「ブルージェット」と呼ばれる高度約100kmの高層大気中で起こる放電現象がありますが、その発光メカニズムはまだよく分かっていません。今回、Mini-EUSO望遠鏡による高速撮像で発光の発達の様子を明らかにすることを目指しています。さらにプランクトンからの生物発光、流星の全球観測を行います。理論的に予想されているストレンジレットと呼ばれるクォーク[2]物質はダークマター候補の一つですが、存在すればMini-EUSO望遠鏡で検出できる可能性があります。また宇宙デブリの検出も目指しており、将来の宇宙デブリ除去のための基礎研究を行います。

Mini-EUSO望遠鏡はイタリア、ロシアを始め、日本、フランス、ポーランドなど300人を超すEUSO国際共同研究グループにより各国の助成を受けて開発され、イタリア宇宙機関とロシア宇宙機関の国際共同ミッションとして進められています。直径25cmフレネルレンズ[3]2枚からなる光学系は理研 戎崎計算宇宙物理研究室にて設計され、大森素形材工学研究室にて製作されました。理研の共同研究グループは、計48×48画素の光電子増倍管を用いた焦点面検出器の製作と調整も一部担いました。

Mini-EUSO望遠鏡の打ち上げにより宇宙科学、地球科学の広い分野にわたる成果が得られることが期待できます。

※共同研究グループ

理化学研究所 開拓研究本部 戎崎計算宇宙物理研究室
研究員 マルコ・カソリーノ(Marco CASOLINO)
専任研究員 滝澤 慶之(たきざわ よしゆき)
協力研究員 榊 直人(さかき なおと)
主任研究員 戎崎 俊一(えびすざき としかず)
基礎科学特別研究員 レフ・ピヨトロフスキー(Lech PIOTROWSKI)
理化学研究所 開拓研究本部 大森素形材工学研究室
テクニカルスタッフⅠ 春日 博(かすが ひろし)
主任研究員 大森 整(おおもり ひとし)

※研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金「Next generation detectors for study from balloon and space of terrestrial and cosmic UV signals(研究代表者:マルコ・カソリーノ)」による支援を一部受けて行われました。

背景

宇宙空間を飛び回っている高エネルギー放射線である宇宙線は地球にも絶えず降り注いでいます。その中でもエネルギーの高いものは1020eV(エレクトロンボルト)[4]に及ぶものまで観測されています。このような超高エネルギー宇宙線は宇宙空間での磁場でもほとんど曲がらないため、宇宙線の到来方向にその起源となる天体が存在するはずですが、まだ同定されていません。

超高エネルギー宇宙線の到来頻度は、JR山手線が囲む面積の中に1年に1個程度と非常に少ないため、多数の宇宙線を観測するためには大面積の検出器が必要となるものの、従来の地上設置の検出器では限界があります。そこで、理研を含む国際共同研究グループでは、衛星軌道に設置した超広視野望遠鏡によって宇宙線が大気中で引き起こす空気シャワー[5]現象の発光軌跡を検出することで、超高エネルギー宇宙線の研究を行うEUSO計画を進めています注1)

注1)2017年5月8日トピックス「NASAの超高エネルギー宇宙線観測実験にフレネルレンズを提供

研究手法と成果

超高エネルギー宇宙線が地球大気に入ると大気中との原子核と衝突して多数の粒子を生成しシャワーのように地表に降り注ぎます。これを空気シャワー現象と呼んでいます。空気シャワー中の粒子が大気中を通過すると、近紫外線を中心とする蛍光を発生させます。蛍光による軌跡を衛星軌道の超広視野望遠鏡で撮像したイメージから超高エネルギー宇宙線の到来方向やエネルギーなどを決定し、宇宙線の起源を研究するEUSO計画を進めています。

EUSO計画で用いる望遠鏡は口径2.5mの大きさですが、EUSO望遠鏡と同じ技術(フレネルレンズ、光センサーモジュール)を使って実現したのが口径25cmのMini-EUSO望遠鏡です(図1)。Mini-EUSO望遠鏡はEUSO計画で必要な近紫外線領域での背景夜光を観測し、低確率ながら1021eV以上の超高エネルギー宇宙線が飛来すればMini-EUSO望遠鏡で観測できます。技術的な面ではEUSO計画の構成要素を宇宙で動作させた実績を得ることができ、EUSO用大型望遠鏡の実現に向けて重要なステップを進めることになります。宇宙線以外にも近紫外線領域で発光する高層大気放電現象や流星、海洋生物発光の全球分布の観測が見込まれます(図2)。

今後の期待

Mini-EUSO望遠鏡作成に至った技術や成果は、今後予定されているEUSO-SPB2、POEMMA、K-EUSOといった大型計画の実現へと生かされていきます。

2022年にはNASAが超高圧成層圏気球(Super Pressure Balloon)[6]2号機(EUSO-SPB2)の打ち上げを予定しています。EUSO-SPB2では約100日間の飛翔時間が期待されることから1018eVを超える超高エネルギー宇宙線が100例程度検出できると期待されます。また将来の超高エネルギー宇宙ニュートリノ[7]の検出に向けて水平方向に飛翔する宇宙線検出の技術実証を行います。EUSO-SPB2で得られた成果を、独立衛星2機による超高エネルギー宇宙線、ニュートリノ観測計画POEMMA(2030年ごろ打ち上げ予定)の設計に生かしていきます。

またロシアが中心になって国際共同研究として進めているK-EUSO計画は2023年ごろの打ち上げを目指して開発を進めています。直径4mの反射鏡を用いた望遠鏡が国際宇宙ステーションに取り付けられ、地球大気中での超高エネルギー宇宙線の軌跡を近紫外線で捉えます。K-EUSOは宇宙から超高エネルギー宇宙線を本格的に観測する初めてのミッションとなります。国際宇宙ステーションが地球を周回することを利用して全天を観測でき、1020eV前後の超高エネルギー宇宙線を500例以上観測できると予想されます。そして、今まで見つかっていなかった超高エネルギー宇宙線発生天体を突き止めることも期待されています。EUSO-SPB2、POEMMA、K-EUSOにおいても2017年に飛翔した超高圧成層圏気球1号機用レンズ、Mini-EUSO望遠鏡用レンズを製作した実績をもとに理研の共同研究グループがレンズを設計、製作する予定です。

Mini-EUSO望遠鏡では宇宙デブリ検出の技術実証も目指しており、この結果を元に将来の宇宙デブリ除去プロジェクトのための宇宙デブリ検出用望遠鏡の設計、開発が一段と進むことが期待できます注2)

注2) 2015年4月21日プレスリリース「高強度レーザーによるスペースデブリ除去技術

発表者

理化学研究所 開拓研究本部 戎崎計算宇宙物理研究室
研究員 マルコ・カソリーノ(Marco CASOLINO)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

補足説明
  1. 超広視野望遠鏡EUSO
    宇宙から飛来する宇宙線を検出するために開発されている、±30度の視野を持つ超広角望遠鏡。宇宙から夜の地球を見て1020eVものエネルギーを持つ超高エネルギー宇宙線が作る空気シャワーを観測するためのExtreme Universe Space Observatory (EUSO)計画のために、理研を含む国際チームが開発を進めている。広い視野に加え高感度で、かつ高い時間分解能を持つので、地上から検出できない小さなスペースデブリでも検出できる。
  2. クォーク
    原子核を構成する素粒子で質量の異なる6種類があり、軽い方からアップ、ダウン、ストレンジ、チャーム、ボトム、トップと名付けられている。
  3. フレネルレンズ
    通常のレンズの同心円状の領域を、レンズの表面・裏面の曲線構造を分割して厚みを減らして配置したもので、結果としてのこぎり状の断面構造を持つレンズとなる。使用する材料を減らし、軽量・薄膜化できる特性を持つが、同心円状に段差が入るため、散乱が起きる関係で結像能力は落ちる。集光型太陽電池の場合、それほどの結合能力は要求されないため、よく用いられる。材料は価格を抑えるためにプラスチックが多く用いられており、アクリル樹脂、ポリメチルメタクリレート樹脂、ポリカーボネート樹脂などが代表である。
  4. 1020eV(エレクトロンボルト)
    電子ボルト。1eVは、1Vの電位差で電子を加速するときに電子が得る運動エネルギーで、約1.6×10-19ジュールに相当する。1020eVは、加速器でつくり出せる最高エネルギーのおよそ1,000万倍。
  5. 空気シャワー
    超高エネルギー宇宙線が地球大気に突入すると、大気中の窒素や酸素の原子核と衝突しパイ中間子などの粒子を発生する。それらの粒子が再び大気中の原子核と衝突し、さらに多くの粒子を発生する。これを空気シャワーと呼ぶ。空気シャワーは蛍光紫外線を発生するので、これを連続撮影すればその宇宙線のエネルギーと飛来方向が分かる。
  6. 超高圧成層圏気球(Super Pressure Balloon)
    通常の大気球は、気密性が低くヘリウムガスの消散が速いため、約高度40㎞の成層圏滞在が数日に制限される。これに対し超高圧成層圏気球は気密性が高く、1か月を超える成層圏での滞在・観測を可能にし、最長100日に達する可能性がある。
  7. ニュートリノ
    ほぼ光の速さで伝わる質量が極めて小さい素粒子で、物質とはほとんど反応しない。太陽の中心や超新星爆発などで発生する。

近紫外線で夜の地球をみる新しい目

図1 Mini-EUSO望遠鏡

Mini-EUSOの観測概念図の画像

図2 Mini-EUSOの観測概念図
0303宇宙環境利用1702地球物理及び地球化学
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