微生物による二次代謝物産生の意義に迫る
2019-08-09 京都大学
掛谷秀昭 薬学研究科教授、西村慎一 同助教(現・東京大学講師)、杉山龍介 同博士課程学生(現・理化学研究所特別研究員)、仲谷崇宏 同修士課程学生(研究当時)、尾仲宏康 東京大学特任教授らの研究グループは、放線菌が産生する5aTHQと命名した天然物(天然有機化合物)は類縁化合物が凝集することで、膜親和性や抗真菌活性の上昇を示すことを明らかにしました。
本研究は、放線菌Streptomyces nigrescens HEK616がTsukamurella pulmonis TP-B0596との複合培養時に産生する5-alkyl-1,2,3,4-tetrahydroquinolines(5aTHQ類)と命名した抗真菌化合物群に注目して行われました。5aTHQ類は分子内の炭化水素鎖が少しずつ異なる混合物として産生されます。それらは炭化水素鎖の構造によって、程度の異なる抗真菌活性を示します。すなわち分裂酵母細胞の生育を低濃度で阻害する化合物、中程度の濃度で阻害する化合物、全く阻害しない化合物が存在します。
本研究グループはそれらを混合した時の生物活性に着目し、いくつかの組み合わせで化合物を混合して試験したところ、強い活性化合物(5aTHQ-7n)に全く活性を示さない化合物(5aTHQ-10n)を混合すると生物活性が増強されることを見出しました。そこで、本現象を分子レベルで解析した結果、5aTHQは凝集体を形成して膜親和性を示すことを明らかにし、さらに2種の類縁化合物を混合することで膜親和性が増強されることを明らかにしました。また、蛍光類縁体を用いた細胞レベルでの解析から、2種の化合物の混合により単独では不活性な化合物が活性発現に寄与している可能性を見出しました。
本研究成果は、2019年8月7日に、国際学術誌「Angewandte Chemie International Edition」のオンライン版に掲載されました。
図:本研究で明らかになった5aTHQ類の相乗的活性発現の分子機構
書誌情報
【DOI】 https://doi.org/10.1002/anie.201905970
Ryosuke Sugiyama, Takahiro Nakatani, Shinichi Nishimura, Kei Takenaka, Taro Ozaki, Shumpei Asamizu, Hiroyasu Onaka, Hideaki Kakeya (2019). Chemical Interactions of Cryptic Actinomycete Metabolite 5-Alkyl-1,2,3,4-tetrahydroquinolines through Aggregate Formation. Angewandte Chemie International Edition, 58.
詳しい研究内容について
放線菌代謝物 5aTHQ 類は凝集体形成により機能が増強することを解明
―微生物による二次代謝物産生の意義に迫る―
概要
京都大学大学院薬学研究科 掛谷秀昭 教授、西村慎一 同助教( 現 東京大学大学院農学生命科学研究科 講 師)、杉山龍介 同博士課程学生 (現 理化学研究所特別研究員)、仲谷崇宏 同修士課程学生 (研究当時)、東京 大学大学院農学生命科学研究科 尾仲宏康 特任教授らの研究グループは、放線菌が産生する 5aTHQ と命名し た天然物は類縁化合物が凝集することで、膜親和性や抗真菌活性の上昇を示すことを明らかにしました。
微生物や植物は天然物 (天然有機化合物)と呼ばれる二次代謝物をつくります。これまでに数十万の天然物 が見出されており、そこには合成化合物とは異なる化学構造の多様性がみられます。一部は医薬品や研究試薬 として利用されていることから、有用な生物活性を示す天然物の探索やその化学合成、生合成に関する研究が 盛んに進められています。一方で、天然物が有する本来の機能についてはほとんど解明されていません。
本研究は、放線菌 Streptomyces nigrescens HEK616 が Tsukamurella pulmonis TP-B0596 との複合培養 時に産生する 5-alkyl-1,2,3,4-tetrahydroquinolines (5aTHQ 類)と命名した抗真菌化合物群に注目して行われ ました。5aTHQ 類は分子内の炭化水素鎖が少しずつ異なる混合物として産生されます。それらは炭化水素鎖 の構造によって、程度の異なる抗真菌活性を示します。すなわち分裂酵母細胞の生育を低濃度で阻害する化合 物、中程度の濃度で阻害する化合物、全く阻害しない化合物が存在します。研究グループはそれらを混合した 時の生物活性に興味を持ち、いくつかの組み合わせで化合物を混合して試験したところ、強い活性化合物 (5aTHQ-7n)に全く活性を示さない化合物 (5aTHQ-10n)を混合すると生物活性が増強されることを見出し ました。そこで、本現象を分子レベルで解析した結果、5aTHQ は凝集体を形成して膜親和性を示すことを明 らかにし、さらに 2 種の類縁化合物を混合することで膜親和性が増強されることを明らかにしました。また、 蛍光類縁体を用いた細胞レベルでの解析から、2 種の化合物の混合により単独では不活性な化合物が活性発現 に寄与している可能性を見出しました。
二次代謝物である天然物は、生産者の生命の維持には必須ではありません。自然界で生物が生き抜くために 生産してきたと考えられていますが、この仮説を支持する実験例は多くありません。よく似た類縁化合物が同 時に産生されることで凝集体形成を通して機能を獲得する 5aTHQ 類は、高度に制御された生合成経路を要さ ず、生産者に進化的なアドバンテージを与えているのかもしれません。
本研究成果は、2019 年 8 月7日に国際学術誌 「Angewandte Chemie International Edition 」のオンライン 版に掲載されました。
図:本研究で明らかになった 5aTHQ 類の相乗的活性発現の分子機構
1.背景
二次代謝物である天然物 (天然有機化合物)は、一般に生命の維持には必須ではありませんが、生命 (生物) が自然環境を生き抜くために機能していると考えられています。一次代謝物とは対照的に、二次代謝物の生合 成経路は厳密性に乏しいことがしばしばあり、1 つの生合成経路によって複数の類縁化合物が同時に産生され ることがあります。この現象の意義についてはしばしば議論されていますが、機能的に意味があるのか、実験 的に検証された例は限られています。一方で、複数の類縁化合物が共存することで機能が獲得されているなら ば、その原理を解明し利用することで創薬などへの応用展開が期待されます。
2.研究手法・成果
放線菌 Streptomyces nigrescens HEK616 が Tsukamurella pulmonis TP-B0596 との複合培養時に産生す る 5-alkyl-1,2,3,4-tetrahydroquinolines (5aTHQs)には少なくとも 9 つの類縁化合物が存在し、分子内に存在 する炭化水素鎖の構造によって酵母細胞に対する生育阻害活性が異なります (文献 1、2;参考図表 A)。類縁 化合物を混合して酵母細胞に対する生育阻害活性を調べた結果、活性のある化合物 (5aTHQ-7n)に不活性な 化合物( 5aTHQ-10n)を混合すると生物活性が増強されることを見出しました。この相乗効果のメカニズムを 明らかにするために、5aTHQ 類の作用機序解析を行いました。以前の研究からこれらの化合物の脂質膜への 親和性が示唆されていたため、まず、表面プラズモン解析 (SPR)を用いて 5aTHQ と脂質膜との親和性を解 析しました。期待通り、細胞増殖活性を示す化合物は膜親和性を示し、この時、数十から数百ナノメートルの 凝集体を作って作用することが明らかになりました。
凝集体は複数の類縁化合物によっても形成可能なため、上述の混合物の活性増強は凝集体形成を介している 可能性が考えられました。そこで活性のある化合物 (5aTHQ-7n)と不活性な化合物 (5aTHQ-10n)を混合し てみると、予想通り凝集体を形成し、重要なことに非常に強力な膜親和性を示しました。
次に細胞レベルでの 5aTHQ の挙動を観察するため、蛍光アナログ (蛍光類縁体)を設計 合成しました。 活性型の蛍光アナログは酵母細胞の脂肪滴に局在し、細胞レベルでも膜親和性が高いことが示されました。こ の時、不活性型の蛍光アナログはわずかしか細胞内に入ることが出来ません。最後に、不活性な蛍光アナログ (5cTHQ-E10n)と活性のある 5aTHQ-7n とを混合して観察すると、単独では膜親和性も細胞透過性も示さな かった 5cTHQ-E10n が細胞内の脂肪滴に集積することが確認されました。これは、2 種の化合物の混合によ って増強された細胞増殖阻害活性は、単独では不活性な化合物への活性の付与によるものであることを示唆し ていました。以上、複数の類縁化合物が凝集体形成をすることで、単独では不活性な化合物も活性を獲得する という、相乗効果の新しいメカニズムが明らかになりました。
3.波及効果、今後の予定
天然物の相乗効果は一般に、二つの化合物が同じ標的経路に異なる標的分子を有することによって獲得され ます。本成果は天然物が凝集体を形成することで単独では不活性な化合物が機能を獲得して相乗効果を示すと いうメカニズムを明らかにしました。天然物の進化的な考察のための重要な知見となり、医薬品の製剤化への ヒントにもなることが期待されます。
文献 1. Sugiyama, R. et al. Org. Lett. 2015, 17, 1918-1921
文献 2. Ozaki, T. et al. Org. Biomol. Chem. 2019, 17, 2370-2378.
4.研究プロジェクトについて
本研究は、京都大学大学院薬学研究科と東京大学大学院農学生命科学研究科の共同研究であり、日本学術振 興会(JSPS)、日本医療研究開発機構 (AMED)の支援のもとに行なわれました。
<研究者のコメント>
生けとし生けるもの全てのものに存在する意味があると思いたいのが人情です。生命に付随する化学物質に ついても、進化の淘汰圧をくぐりぬけた結果、何らかの存在意義を有していると考えられます。本研究では、 複数のよく似た化学種が同一の生合成経路により同時に産生されることに機能的にも合理性があることを示 しました。この相乗的な活性発現が自然環境でも機能しているのか、すなわち二次代謝物産生の本質的な意義 を解明することが本研究の究極のゴールです。
<論文タイトルと著者>
タイトル:Chemical interactions of cryptic actinomycete metabolite 5-alkyl-1,2,3,4-tetrahydroquinolines through aggregate formation (放線菌代謝物 5-alkyl-1,2,3,4-tetrahydroquinolines(5aTHQs)は凝集体形成を介して活性を制御する)
著 者:Ryosuke Sugiyama, Takahiro Nakatani, Shinichi Nishimura, Kei Takenaka, Taro Ozaki, Shumpei Asamizu, Hiroyasu Onaka, Hideaki Kakeya
掲 載 誌:Angew. Chem. Int. Ed. DOI:DOI: 10.1002/anie.201905970
<参考図表>
(A) 5aTHQ 類の化学構造。炭化水素鎖の炭素数と末端構造によって化合物を命名。(B) 5aTHQ の作用モデル。5aTHQ は 一定濃度異常では凝集体を形成する。抗真菌活性を示す 5aTHQ-7n や 5aTHQ-8n (青 ;左)、やや弱い活性を示す 5aTHQ9n( 黄 ;左から 2 つ目)は凝集体を形成することで脂質膜に結合する。より疎水性の高い 5aTHQ-10n や 5aTHQ-11n (緑 ; 右から 2 つ目)は水溶液中で安定な凝集体を形成するため、膜親和性や細胞増殖阻害を発揮できないが、疎水性の低い 5aTHQ-7n と混合することで膜親和性の劇的な上昇と細胞増殖阻害活性の増強を示す (右)。