有機半導体の結晶構造を有効に制御する~高性能有機半導体の分子設計が可能に~

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2020-01-07 理化学研究所


理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発分子機能研究チームのチェギュアン・ワン特別研究員、瀧宮和男チームリーダーらの共同研究グループは、結晶構造中における分子間相互作用の異方性に着目し有機分子の構造を精密に設計することにより、有機半導体[1]の配列や配向(結晶構造)を有効に制御できることを発見しました。


本研究成果は、ディスプレイのバックプレーン[2]やIDタグ[3]などの電子デバイスに向けた高性能有機半導体の開発に貢献すると期待できます。

これまで、軽量でフレキシブルな電子デバイス等の製造のため、高いキャリア移動度[4]を持つ有機半導体の実現を目指し、さまざまな有機分子や高分子材料が開発されてきました。しかし、それらの多くは個々の分子の設計に主眼が置かれ、個々の分子の凝集状態である結晶構造の制御は手付かずの状態でした。

今回、共同研究グループは、有機半導体としてよく用いられる硫黄原子を含む芳香族炭化水素化合物(チエノアセン[5])の誘導体について、単結晶X線構造解析[6]で得られた結晶構造をもとに結晶中で分子間に働く相互作用を調べました。その結果、単純な構造の置換基の種類と位置により、分子間相互作用が大きく影響を受けることから、それらの操作により高移動度材料にふさわしい結晶構造へ制御できることを見いだしました。そして、新たに開発したチエノアセン分子の結晶を用いて有機電界効果トランジスタ[7]を作製したところ、4cm2/Vsを超える高移動度を示しました。

本研究は、英国王立化学会の科学雑誌『Chemical Science』オンライン版に近日掲載予定です。

背景

軽量でフレキシブルな電子デバイスを低コスト、かつ低環境負荷が求められる次世代の技術開発において、有機半導体はその鍵を握る材料として注目されています。しかし、既存の無機半導体に比べて有機半導体では、その電気的特性、特に電子デバイスにおける性能を左右するキャリア移動度(以下、移動度)が低いことが応用上の大きな問題でした。有機半導体の移動度は、半導体を構成する個々の分子の性質に加え、結晶中で有機分子がどのような配列や配向(結晶構造)を取るのかに大きく影響を受けます。

これまで、高移動度有機半導体の実現を目指し、さまざまな分子や高分子材料が開発されてきましたが、それらの多くは、個々の分子を設計することに主眼が置かれ、結晶構造の制御を行うことは難しく、まったく手付かずの状態でした。そこで、共同研究グループは、結晶構造中における分子間相互作用の異方性に着目し、分子設計を基盤とする結晶構造の制御が可能かどうか検討しました。

研究手法と成果

有機半導体材料の結晶構造はいくつかの型に類型でき、その中で最も高い移動度を示すものが、ルブレン[8]と呼ばれる半導体分子に見られる「傾斜型π積層構造」です。傾斜型π積層構造とは、板状の分子構造を持つ有機半導体分子が分子の長軸を傾けて積み重なった結晶構造で、分子の積層方向に高い移動度を発現します。しかし、この型の結晶構造はルブレン以外の有機半導体分子ではほとんど見られないことから、傾斜型π積層構造を持つ半導体分子を開発することが、有機半導体材料の研究における長年の課題でした。

共同研究グループは、単結晶X線構造解析により、硫黄原子を含む芳香族炭化水素化合物(チエノアセン)の誘導体が傾斜型π積層構造を持つことを見いだし、その結晶構造中においてチエノアセン分子間に働く相互作用に着目しました。そして、結晶中で分子の形に依存して方向により働き方が異なる(異方的に作用する)ファンデルワールス力[9]などの弱い分子間相互作用が、結晶構造に及ぼす影響を検討しました。その結果、メチルチオ基(-SMe)という単純な構造の置換基を分子の特定の位置に導入すると、分子が空間的に近づき分子間相互作用が有効に働く方向を制御できることを見いだしました。

次に、この分子設計指針のもとπ拡張チエノアセン分子を新たに合成し、実際にルブレン様の傾斜型π積層構造を持つことを実験的に明らかにしました(図1左)。さらに、この分子を活性層[10]とした有機電界効果トランジスタを作製したところ、4cm2/Vsを超える高い移動度を示すことが分かりました(図1右)。この移動度は、同条件で作製したルブレンの有機電界効果トランジスタにおける移動度と同程度であることから、この結晶構造制御法が高移動度有機半導体材料の開発において極めて有効であることが示されました。

開発した新規チエノアセン分子、傾斜型π積層構造と電界効果トランジスタの特性図の画像

図1 開発した新規チエノアセン分子、傾斜型π積層構造と電界効果トランジスタの特性図

  • 左上:今回新たに開発したπ拡張チエノアセン分子。メチルチオ基(-SMe)により、分子間相互作用が有効に働く方向を制御できる。
  • 左下:上のチエノアセン分子の傾斜型π積層構造。中列の三つ重なった分子の中央に、分子間の境界を表すHirshfeld表面を描いており、分子間相互作用が可視化されている。
  • 右:チエノアセンを使用した有機電界効果トランジスタ(左下の写真)のキャリア移動度は、4.1cm2/Vsを示した。

今後の期待

今回明らかにした分子設計指針は非常に簡便であるため、さまざまな有機半導体骨格へと応用が可能です。このことは、これまで研究が進んでいなかった傾斜型π積層構造を持つ有機半導体の開発が加速されることを意味し、新たな高性能材料の開発につながることが期待できます。

さらに、有機半導体以外でも有機分子の結晶構造が、固体状態での物性に大きく影響することが認識されています。結晶中での分子間相互作用の異方性を制御することで、分子設計の段階から結晶構造の制御が可能であることを示した本成果は、有機結晶が関連する多くの材料分野にも展開可能な方法論になると期待できます。

補足説明

  • 1.有機半導体
    通常使われる半導体材料はシリコン(Si)などの無機化合物であり、優れた半導体特性を示す一方で、重くて硬く、また、デバイスの製造に高価な真空プロセスが必要である。Siの同族元素である炭素(C)からなるπ電子系分子を基本とするのが有機半導体である。分子構造の設計によって、さまざまな特性を持つ有機半導体の合成が可能となり、そのデバイス作製には溶液プロセスなどの安価な製造方法を用いることができる。一方で、無機半導体と比較してキャリア移動度は低く、多くの有機半導体の移動度は高々1cm2/Vs程度である。
  • 2.バックプレーン
    液晶や有機ELディスプレイなどの画素の制御を行う回路で、画像や動画の表示を可能にする。基板回路とも呼ばれる。
  • 3.IDタグ
    商品など個々のものの情報を電波により通信するためのタグ。
  • 4.キャリア移動度
    半導体固体中において、キャリア(電荷担体=電気を運ぶ荷電種、電子または電子が抜けた正孔(ホール))が、電場印加時に移動する速度。単位電場当たりのキャリアの速度で定義される。
  • 5.チエノアセン
    複数のベンゼン環が直鎖状に縮合した構造を持つ炭化水素をアセンという。チエノアセンは、アセンに硫黄原子を含む環構造を含む分子のことを指す。
  • 6.単結晶X線構造解析
    単結晶試料にX線を照射することで得られるX線の回折の結果を解析し、結晶内部で原子や分子がどのように配列しているかを決定する方法。
  • 7.有機電界効果トランジスタ
    有機半導体材料を活性層に用いた電界効果トランジスタ。学術的には有機物の移動度を評価する方法として用いられているほか、フレキシブルな電子デバイスのための基本構造として応用することが検討されている。
  • 8.ルブレン
    C42H32の分子式で表される芳香族炭化水素分子で、代表的な高移動度有機半導体材料として知られている。
  • 9.ファンデルワールス力
    結晶などの分子集合体において、どのような分子間にも普遍的に働く弱い引力的な相互作用。
  • 10.活性層
    電界効果トランジスタにおいて、キャリアの動きが生ずる半導体層を指す。

共同研究グループ

理化学研究所創発物性科学研究センター
創発分子機能研究チーム
特別研究員 チェギュアン・ワン(Chengyuan Wang)
チームリーダー 瀧宮 和男(たきみや かずお)
(東北大学大学院 理学研究科 化学専攻境界領域講座 有機化学第二研究室 教授)
物質評価支援チーム
チームリーダー 橋爪 大輔(はしづめ だいすけ)

研究支援

本研究の一部は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(A)「多階層制御による有機半導体材料の高機能化(研究代表者:瀧宮和男)」、同若手研究(B)「Novel Crystal Engineering Strategies for High Performance Semiconducting Thienoacenes(研究代表者:Wang Chengyuan)」、同基盤研究(A)(一般)「超分子有機半導体の創製(研究代表者:瀧宮和男)」、三菱財団研究助成金「分子間力制御によるπ電子系有機固体結晶構造設計(研究代表者:瀧宮和男)による支援を受けて行われました。

原論文情報

  • Chengyuan Wang, Daisuke Hashizume, Masahiro Nakano, Takuya Ogaki, Hiroyuki Takenaka, Kohsuke Kawabata, Kazuo Takimiya, “”Disrupt and Induce” Intermolecular Interactions to Rationally Design Organic Semiconductor Crystals: from Herringbone to Rubrene-like Pitched -Stack” Intermolecular Interactions to Rationally Design Organic Semiconductor Crystals: from Herringbone to Rubrene-like Pitched π-Stack”, Chemical Science

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 創発分子機能研究チーム
特別研究員 チェギュアン・ワン(Chengyuan Wang)
チームリーダー 瀧宮 和男(たきみや かずお)

 

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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