絡み合った鎖状の分子機械を複雑に変形させる新手法を開発~「ぴったりはまる」分子の形を利用した新しいスイッチ~

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2023-01-31 東京大学

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発表者

寺尾 潤(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 教授)
正井 宏(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 助教)
岡 勇気(東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻 博士課程)

発表のポイント
  • リング状の分子が互いに絡み合った鎖構造を持つカテナンの運動性を、従来よりも複雑に制御するための新しい方法を開発した。
  • カテナンを構成するリングの間に「ぴったりはまる」分子をデザインすることで、それぞれのリングが分子の形に合わせて構造を変化させ、カテナンの運動性を従来よりも複雑に制御できることを示した。
  • この新しいカテナンの運動性制御法は、今後、複雑な動きを持つ分子機械や、分子の形を認識するセンサ材料などの実現に貢献すると考えられる。
発表概要

東京大学大学院総合文化研究科の寺尾潤教授、正井宏助教、大学院理学系研究科の岡勇気大学院生らは、リング状の分子が互いに絡み合った構造を持つカテナン(注1)の運動性を制御するための新しい方法論を開発しました。従来、カテナンの運動性を制御する方法としては、金属イオンを用いた制御が主流でした。しかし、単純な形状を持つ金属イオンだけでは、カテナンの運動性も単純な制御に限られてしまいます。今回、研究グループはカテナンを構成するリングの間に「ぴったりはまる」分子をデザインすることで、それぞれのリングが分子の形に合わせて運動性を変化させ、カテナンの運動性を従来よりも複雑に制御できることを示しました。この新しいカテナンの制御方法は、今後、複雑な動きを持つ分子機械(注2)や、分子の形を認識するセンサ材料などへの応用が期待されます。
本研究成果は、2023年1月26日(ドイツ標準時)にドイツ科学会誌「Angewandte Chemie International Edition」のオンライン版に掲載されました。

発表内容

身の回りの物質の多くは、炭素や窒素、酸素などの原子が、様々な結びつき方(結合)を持つ、「分子」と呼ばれる形で存在しています。特に近年では、単純な結合を持つ分子だけでなく、複数の分子が結合を持つことなく互いに絡み合った構造にも注目が集まっています。例えば、リングの形をした分子同士が鎖のように絡み合った構造はカテナンと呼ばれ、結合を持たないにも関わらず互いに束縛されるという特殊な性質を示します(図1a)。カテナンはその特殊な構造に由来して、外部からの刺激が加わるとリング同士が大きく動いたり、逆に動きを制限させたりすることが可能となり、その運動性を利用した生体模倣材料や、分子機械と呼ばれる機能性分子への応用が期待されています(図1b)。これらのリングの動きを制御するための方法としては、従来は金属イオンを用いた方法が主流でした。リングの内部に金属イオンを認識する、配位子と呼ばれる部位を導入した上で、金属イオンを添加・除去すると、複数のリングが固定・解放され、運動性をスイッチすることが可能です。しかし、金属イオンは比較的小さく、また単純な構造を持つものに限られるため、この方法ではカテナンの運動性も単純な制御しかできませんでした。カテナンの運動性をさらに複雑に制御し、複雑な分子機械を達成するためには、従来とは異なる新しい制御手法の開発が求められていました。

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図1. (a) カテナンの構造と (b) 外部からの刺激(金属イオン)によるリング運動性制御の模式図


東京大学大学院総合文化研究科の寺尾潤教授、正井宏助教、大学院理学系研究科の岡勇気大学院生らは今回、新しい制御の 方法として「分子の形」を利用することに着目しました。複数のリングの間に「ぴったりはまる」分子を使うことで、複数のリングの運動が分子の形に応じて自在に制御できることを発見しました。それによって、制御可能なカテナンの運動性の種類が増え、分子機械の制御がより複雑にできることを明らかにしました。
研究グループはまず、大きなリングAに、小さな2つのリングBが絡み合ったカテナン構造を合成しました(図2a)。それぞれのリングは2つの金属イオンを有しており、リングAはルテニウムイオンを、リングBは亜鉛イオンを持ちます。今回合成したリングは、全体として硬い骨格を持つため、ある特定の形状を持つ分子をリング上の金属イオンに結合させることで、カテナンは様々な形へと変形し、それぞれのリングの運動性の制御に成功しました。例えば、3つのリングが自由に動く状態に対して、小さな球状の分子を加えた場合、球状の分子がリングAとリングBの間にぴったり接続することで、リング同士の運動は完全に停止しました(図2b)。また 、2本の棒状の骨格が中央で連結した、H字状の分子を加えた場合、それぞれの棒状骨格がリングBの間にぴったりはまります。この状態では、2つのリングBの運動が一体化する 一方で、リングAは自在に動くという、カテナン構造における新しい運動状態を作り出すことに成功しました。さらに、上記の3つのそれぞれの構造の発光性を調査したところ、リングAとリングBの運動性に応じて、それぞれの異なる発光性を示すことも明らかになりました。
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図2.(a) 本研究における、大きなリングAと小さな2つのリングBから構成されるカテナンの構造と (b) ぴったりはまる分子を用いた際に生じるリングの運動性変化

このように本研究によって、「分子の形」を意識したデザインを駆使することで、多数のリングから構成されるカテナン構造であっても、その運動性が精密に制御可能であることが示されました。今後は、このような新しい仕組みによって制御可能なカテナン構造を用いることで、複雑な動きが可能な分子機械を開発するだけでなく、分子の形を認識して発光性が変化するセンサ材料などへの応用も期待されます。
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(B)「合成化学的分子配線を基軸とするnmスケールの超分子デバイスの創製:JP22H02060」、日本学術振興会特別研究員制度、高橋産業経済研究財団、小笠原敏晶記念財団、積水化学 自然に学ぶものづくり助成研究プログラムの支援を受けて実施されました。

論文情報

雑誌:「Angewandte Chemie International Edition」(オンライン版:2023年1月26日掲載)
論文タイトル:Multistate Structural Switching of [3]Catenanes with Cyclic Porphyrin Dimers by Complexation with Amine Ligands
著者:Yuki Oka, Hiroshi Masai, Jun Terao*
DOI番号:10.1002/anie.202217002

用語説明

(注1)カテナン
リングの形をした複数の分子が、互いのリングの中を貫通し、鎖状に絡み合った構造を持つ分子の総称。

(注2)分子機械
機械のような動きを持つ分子の総称。2016年のノーベル化学賞の受賞対象である。

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