タフな蛍光性自己修復材料の開発に成功~多様な環境下での高い自己修復性と画像転写機能を実現~

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2024-01-22 理化学研究所

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 先進機能触媒研究グループの侯 召民 グループディレクター(環境資源科学研究センター 副センター長、開拓研究本部 侯有機金属化学研究室 主任研究員)、リン・ファン 特別研究員、西浦 正芳 専任研究員(開拓研究本部 侯有機金属化学研究室 専任研究員)らの研究チームは、希土類金属[1]触媒を用いて、発光ユニットを組み込んだモノマー[2]とアニシルプロピレン[3]とエチレンとの三元共重合[2]を行うことにより、高い蛍光量子収率[4]で発光し、画像の転写も可能な自己修復性材料の開発に成功しました。

本研究成果は、大気中だけではなく、水、酸やアルカリ性水溶液中などのさまざまな環境下で自己修復可能かつ多様な機能を発現する新材料の開発に大きく貢献し、情報記憶デバイスなどへの活用が期待できます。

今回、研究チームは、発光ユニットとしてスチリルピレン[5]基を組み込んだモノマーを含む三元共重合により、高い蛍光量子収率で発光し、ゴムのように伸縮する自己修復性材料の開発に成功しました。この材料に特定の波長の光を照射すると、スチリルピレン基内の炭素―炭素二重結合の[2+2]環化付加[6]が進行して蛍光特性を制御することができます。この特徴を生かしたフォトリソグラフィー[7]によって、フィルム状にした材料の表面に二次元画像を転写させることに成功しました。

本研究は、米国の国際科学雑誌『Journal of the American Chemical Society』オンライン版(1月18日付)に掲載されました。

背景

発光特性など多様な機能を発現する自己修復性材料の開発は、学術的にも実用的にも極めて重要です。これまでにゲルをベースとした蛍光発光特性を示す自己修復性ポリマー[2]が報告されていましたが、機械物性や自己修復性が不十分であり、タフで優れた蛍光特性を示す自己修復材料の開発は実現されていませんでした。

侯グループディレクターらは2019年に、独自に開発した希土類金属触媒を用いることで、エチレンとアニシルプロピレンとの共重合を達成し、得られた二元共重合[2]体が損傷から優れた自己修復性を示すことを明らかにしました注1)。このエチレンとアニシルプロピレンの共重合体では、エチレンとアニシルプロピレンとの交互ユニットが柔らかい成分として働き、エチレン-エチレン連鎖の硬い結晶ユニットが物理的な架橋点として働く、ナノ相分離構造[8]が構築されています。そして、この構造が自己修復性発現に重要な役割を果たしていることが明らかになっています。これらのことから、発光ユニットを組み込んだモノマーを設計・合成し、アニシルプロピレンとエチレンを適切に三元共重合させれば、蛍光特性を示す自己修復性材料の合成が可能と考えられます。

注1)2019年2月7日プレスリリース「新しい機能性ポリマーの開発に成功

研究手法と成果

研究チームは、発光ユニットとしてスチリルピレン基を組み込んだモノマーとアニシルプロピレンとエチレンとの三元共重合を行うことにより、1段階の反応で比較的高分子量の共重合体を得ることに成功しました(図1)。構造解析の結果、この共重合体は、アニシルプロピレンとエチレンとの交互ユニットに加え、エチレン-エチレン連鎖の他、スチリルピレンがエチレン連鎖の間に孤立した形で取り込まれた構造であることが分かりました。

エチレンとアニシルプロピレンおよびスチリルピレンの三元共重合反応の図
図1 エチレンとアニシルプロピレンおよびスチリルピレンの三元共重合反応
酸素原子がスカンジウムイオンへ配位することによって、アニシルプロピレンの炭素―炭素二重結合の挿入反応が促進され、エチレンとスチリルピレンとの効率的な三元共重合を達成した。


得られた共重合体は、伸び率約1,300%、破断強度約4メガパスカル(MPa、1MPaは100万パスカル)と優れたエラストマー物性[9]を示すだけではなく、外部から一切の刺激やエネルギーを加えなくても自己修復することができます。自己修復性を引張試験で評価したところ、24時間で引っ張り強度が完全に回復し、アニシルプロピレンとエチレンの二元共重合体の自己修復時間(5日間)と比べて、自己修復速度が向上しました。また、大気中と比較すると遅いものの、水、酸やアルカリ性水溶液中でも自己修復します。

さまざまな測定を行った結果、今回得られた共重合体がエラストマー物性や自己修復性を発現する理由として、アニシルプロピレンとエチレンとの交互ユニットが柔らかい成分として働き、エチレン-エチレン連鎖の硬い結晶ユニットとスチリルピレンユニットが物理的な架橋点として働くネットワーク構造の構築が重要な鍵であることが分かりました(図2)。切断面をくっつけると、エチレン-エチレン連鎖の硬い結晶ユニットやスチリルピレンユニットが分子間相互作用で再凝集することにより、自己修復します。

過去に報告したエチレンとアニシルプロピレンの二元共重合体では、アニシルプロピレンとエチレンとの交互ユニットが柔らかい成分として働き、エチレン-エチレン連鎖の硬い結晶ユニットが物理的な架橋点として働くネットワーク構造が構築されています。この二元共重合体と比較すると、エチレン連鎖の結晶ユニットの他にスチリルピレンユニットで架橋できる場所が増えたために、自己修復速度が向上したものと考えられます。

新しい機能性ポリマーのナノ相分離構造の模式図と自己修復のメカニズムの図
図2 新しい機能性ポリマーのナノ相分離構造の模式図と自己修復のメカニズム
アニシルプロピレンとエチレンとの交互ユニット(青線)は、柔らかい成分(ソフト)として働き、エチレン連鎖とスチリルピレンユニットは分子間相互作用によって集まり、固いユニット(ハード)を生成する。これらの固い成分が架橋点として働くことにより、エラストマー物性や自己修復性を発現する。


得られた共重合体を有機溶媒に溶かして紫外線を照射すると、強く蛍光発光することが分かりました。溶液中では、最高で87%と高い蛍光量子収率を示し、フィルム状態でも40%と比較的高い量子収率を示しました(図3左)。濃度が高くなるにつれて、蛍光波長が418nmから471nmへと長波長側にシフトしていることから、スチリルピレンユニット間で分子間相互作用があることが明らかとなりました。また、この共重合体に波長405nmの光を照射すると、スチリルピレン基内の炭素―炭素二重結合の[2+2]環化付加が進行するとともに蛍光強度が減少し、波長365nmの光を照射するとある程度逆反応が進行することを明らかにしました(図3右)。

新しい機能性ポリマーの蛍光特性と[2+2]環化付加反応の図
図3 新しい機能性ポリマーの蛍光特性と[2+2]環化付加反応
溶液およびフィルムを紫外線(それぞれ254nm、350nm)で照射したときの蛍光発光している様子(左)。濃度が高くなるに従って、分子間相互作用が強くなるため、蛍光波長が長波長側にシフトする。スチリルピレンユニットにある炭素―炭素二重結合の[2+2]環化付加反応を、光照射の波長を変えることにより、ある程度可逆的に制御できる(右)。


さらに、[2+2]環化付加による発光特性の違いを活用したフォトリソグラフィーによって、蛍光発光自己修復性フィルム表面に二次元画像を転写させることに成功しました(図4左上)。自然光では転写した形を認識することはできませんが、紫外線を照射することによって形を認識できることから、情報記憶デバイスとしての応用が考えられます。また、図4に示すように画像が転写されたフィルムは、優れた自己修復性およびエラストマー物性を示すことが分かりました。

画像転写されたフィルムの自己修復の図
図4 画像転写されたフィルムの自己修復
フォトリソグラフィーによって花の画像が転写されたフィルム。はさみで切断後、くっつけて2時間自己修復させると、数倍引き延ばすことができる。自然光下では、転写画像は見えないが、紫外線照射下では、画像を認識できる。延伸後、5分でほぼ元の形に戻っている。

今後の期待

本研究では、酸性・アルカリ性の水溶液中などさまざまな環境下で高い自己修復性を示す蛍光材料の開発に成功しました。今回開発した材料は1段階の反応で簡便に合成可能であり、モノマー組成比の制御によって光物性および機械物性を制御できることから、さまざまな環境下で自己修復可能かつ実用性の高い新規機能性材料の開発に大きく貢献すると期待できます。

今回の研究は、国際連合が定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[10]」のうち「12.つくる責任つかう責任」に大きく貢献する成果です。

補足説明

1.希土類金属
元素の周期表で第3族にある、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)と原子番号57のランタン(La)以下のランタノイド族の計17元素のこと。

2.モノマー、三元共重合、ポリマー、二元共重合
2種以上のモノマー(単量体)が重合してポリマー(重合体)を生成する反応を共重合という。2種類、3種類のモノマーが重合する反応をそれぞれ二元共重合、三元共重合という。このようにして得られた重合体をそれぞれ二元共重合体、三元共重合体という。

3.アニシルプロピレン
ベンゼンの水素1個をメトキシ基(-OCH3)に置き換えた化合物(C6H5OCH3)をアニソールといい、これが置換基となる場合は、アニシル基という。このアニシル基を持つプロピレン(C2H4=CH2)をアニシルプロピレンという。

4.蛍光量子収率
物質が紫外線や可視光など光のエネルギーを吸収して、それより小さなエネルギーの光として再び放出する現象を蛍光という。入射光による励起によって放出された光子の数と、物質に吸収された入射光の光子数との比であり、1個の光子が吸収されたとき、蛍光となって光子が放出される確率を蛍光量子収率という。

5.スチリルピレン
スチレンは芳香族炭化水素で、ベンゼンの水素原子の一つがビニル基(-CH=CH2)に置換した構造を持ち、これが置換基となる場合は、スチリル基という。ピレンは化学式C16H10の縮合芳香族炭化水素。ベンゼン環が4個、菱形のように結合した平面構造を持つ。スチリル基を持つピレンをスチリルピレンという。

6.[2+2]環化付加
二つの炭素原子が不飽和結合した部位を持つ分子が二つ連結することで、4員環化合物(2+2=4)を合成できる反応のこと。

7.フォトリソグラフィー
感光剤(フォトレジスト)を塗布したシリコン基板などに、原板となるパターン(フォトマスク)を紫外線などの光放射で照射し、露光させ、回路などのパターンを生成する技術のこと。

8.ナノ相分離構造
非相溶な高分子成分から構成されるブロック共重合体が分子間相互作用などによって自発的に凝集し、ポリマー鎖長程度のスケールでの相分離によって形成される構造のこと。

9.エラストマー物性
エラストマー(elastomer)とはゴム弾性を持つ工業用材料の総称であり、「elastic(弾力のある)」と「polymer(重合体)」を組み合わせた造語。ゴムのように伸びたり縮んだりする物性をエラストマー物性という。

10.持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。

研究チーム

理化学研究所 環境資源科学研究センター 先進機能触媒研究グループ
グループディレクター 侯 召民(コウ・ショウミン)
(環境資源科学研究センター 副センター長、開拓研究本部 侯有機金属化学研究室 主任研究員)
特別研究員 リン・ファン(Lin Huang)
特別研究員(研究当時)ヤン・ヤン(Yang Yang)
国際プログラム・アソシエイト ジンジン・シャオ(Jingjing Shao)
訪問研究員(研究当時)ギャン・ション(Gang Xiong)
特別研究員(研究当時)ハオビン・ワン(Haobing Wang)
専任研究員 西浦 正芳(ニシウラ・マサヨシ)
(開拓研究本部 侯有機金属化学研究室 専任研究員)

原論文情報

Lin Huang, Yang Yang, Jingjing Shao, Gang Xiong, Haobing Wang, Masayoshi Nishiura, Zhaomin Hou, “Synthesis of Tough and Fluorescent Self-Healing Elastomers by Scandium-Catalyzed Terpolymerization of Pyrenylethenylstyrene, Ethylene, and Anisylpropylene”, Journal of the American Chemical Society , 10.1021/jacs.3c12342

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 先進機能触媒研究グループ
グループディレクター 侯 召民(コウ・ショウミン)
(環境資源科学研究センター 副センター長、開拓研究本部 侯有機金属化学研究室 主任研究員)
特別研究員 リン・ファン(Lin Huang)
専任研究員 西浦 正芳(ニシウラ・マサヨシ)
(開拓研究本部 侯有機金属化学研究室 専任研究員)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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