高い触媒性能を持つ新イリジウム触媒を開発~水素結合による基質認識で反応を制御~

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2025-01-23 理化学研究所

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 機能有機合成化学研究チームのイリエシュ・ラウレアン チームリーダー、浅子 壮美 上級研究員らの研究チームは、ヒドロキシスピロビピリジン(SpiroBpy-OH)配位子[1]を持つイリジウム(Ir)[2]触媒[3]が、ピリジン[4]類やキノリン[4]類の官能基化反応において高い触媒性能を示すことを見いだしました。

本研究成果は、医農薬品や機能性分子の効率的な合成手法の開発に貢献するとともに、水素結合による基質(酵素が作用する物質)認識を利用するための新たな触媒設計指針を提供すると期待されます。

今回、研究チームは、SpiroBpy-OH配位子を新たに設計し、窒素原子を含む複素環式芳香族化合物[5]であり天然物や医薬品の骨格によく見られるピリジン類のサイト(位置)選択的かつ効率的なホウ素化反応[6]の開発に成功しました。理論計算および実験から、本反応におけるサイト選択性[7]と反応加速効果の要因の一つとして、SpiroBpy-OH配位子と基質の間に働く水素結合相互作用[8]が重要であることが示唆されました。

本研究は、科学雑誌『Angewandte Chemie International Edition』オンライン版(1月20日付)に掲載されました。

高い触媒性能を持つ新イリジウム触媒を開発~水素結合による基質認識で反応を制御~
SpiroBpy-OH配位子を持つIr触媒を用いたピリジン類のサイト選択的官能基化

背景

イリジウム(Ir)などの遷移金属触媒を用いた炭素-水素結合活性化を経る有機分子の直接変換反応は、医薬品や機能性材料分子を短い工程で、しかも効率的に合成したり、合成終盤で構造多様性を高めたりすることができる手法として注目を集めています。

直接変換反応における重要な課題の一つは、いかに狙った炭素-水素結合だけを切断し、サイト選択的に官能基を導入するかという点です。遷移金属触媒が炭素-水素結合を区別できずにランダムに反応すると、生成物は分離が困難な異性体(分子式が同じで構造が異なる化合物)の混合物になるため、合成の有用性は低下します。

この問題を解決するために従来の多くの直接変換反応は、反応性や選択性を制御する「基質制御」に依存していました。基質制御は、反応の成否が基質自身の性質に大きく依存するため、反応の適用範囲の基質一般性が低い点が課題です。また、基質分子に細工を施す場合は、時間やコストなどがかかるという面があります。

一方、最近になり、非共有結合性相互作用[9]を通して基質分子を認識する部位を導入した触媒を用いることで、反応性と、基質のどの位置で反応を起こさせるかのサイト選択性を制御する「触媒制御」に基づいた、より一般的な戦略が注目を集めています。

自然界に存在する酵素は、水素結合やファンデルワールス相互作用[10]といったさまざまな非共有結合性相互作用を利用して基質を認識する反応場を構築し、温和な条件で効率的に分子を変換します。研究チームはこれまで、このような酵素の特徴から着想を得て、分子の「形」注1)や「π電子」注2)を認識して反応を制御する人工触媒を開発してきました。すなわち、独自設計したスピロビピリジン(SpiroBpy)[11]配位子とIr錯体を併せて用いることで、一般に反応性の低い芳香族炭化水素[12]を直接にホウ素化する反応が効率的かつサイト選択的に進行することを見いだしました。研究チームは「形」、「π電子」に次ぐ第3の認識様式として「水素結合」相互作用に着目しました。SpiroBpyの剛直な骨格に水素結合による基質認識部位を組み込んだ、新しい機能性SpiroBpy配位子を用いて、反応性とサイト選択性の制御ができるのではないかと考え研究を始動しました。

注1)2022年2月11日プレスリリース「ルーフ配位子で位置選択的合成に成功
注2)2024年4月17日プレスリリース「“弱い相互作用”で炭化水素資源の変換反応を大きく加速

研究手法と成果

研究チームは、ヒドロキシ(OH)基を備えたSpiroBpy配位子を2種類設計しました(図1)。OH基はピリジン基質を水素結合により捕捉することが可能です。2種類の配位子は、SprioBpyにベンゼン環を介して導入したOH基の位置が異なり、その位置に応じてピリジンを異なる配向で認識するため、ピリジンの異なる位置に選択的にホウ素官能基を導入することができます。すなわち、SpiroBpy-OH-1を用いた場合にはピリジン誘導体の4位を、SpiroBpy-OH-2を用いた場合にはピリジン誘導体の5位を、それぞれ選択的に官能基化します。同様に、ピリジンにベンゼン環が縮環したキノリン誘導体の4位または3位の官能基化を、配位子を適切に選ぶことで切り替えることができます。

さらに、配位子と基質の間に働く水素結合相互作用は、サイト選択性を制御するだけでなく、ホウ素化反応の速度を大幅に加速しました。これまで困難であった立体的に混雑した置換基に隣接する位置でのピリジンのホウ素化も可能になりました。一方で、ホウ素化反応の配位子として最もよく使われている「dtbpy」を用いた場合は、ピリジン類のホウ素化の選択性や反応性は低くとどまります。

SpiroBpy-OH配位子を持つIr触媒によるピリジン類の選択的ホウ素化反応の図
図1 SpiroBpy-OH配位子を持つIr触媒によるピリジン類の選択的ホウ素化反応
(上段)ヒドロキシスピロビピリジン(SpiroBpy-OH)配位子を持つイリジウム触媒(Ir/SpiroBpy触媒)を用いて、ピリジンおよびキノリンにBpin基(ピナコールボリル基)を導入するホウ素化反応。
(中段)ヒドロキシ(OH)基の位置が異なる配位子(SpiroBpy-OH-1(L1)およびSpiroBpy-OH-2(L2))を使い分けることで、反応のサイト選択性を制御できる。
(下段)ホウ素化反応によく用いられるdtbpy配位子では反応が進行しなかったり、選択性が低くとどまったりする。収率は、精製操作後の単離収率と反応粗生成物NMR(核磁気共鳴)収率(カッコ内)を示す。サイト選択性はGC(ガスクロマトグラフ)により求めた。青色の丸はC4位、オレンジ色の丸はC5またはC3位。青色およびオレンジ色の数字はC4生成物とC5(C3)生成物の比を示す。
Meはメチル基(CH3-)、Etはエチル基(CH3CH2-)。


水素結合による反応加速効果を調べるために、2-メチルピリジンのホウ素化反応を短時間(30分)で停止し、種々の配位子の比較実験を行いました。SpiroBpy-OH-1およびSpiroBpy-OH-2配位子を用いた場合にはホウ素化反応が円滑に進行したのに対し、dtbpyやヒドロキシフェニル基を持たないSpiroBpyを用いた場合にはホウ素化生成物がほとんど得られませんでした(図2A)。

次に、開発した触媒が天然酵素と同じように基質特異性を持つかどうか調べました。ピリジンとベンズアミド(安息香酸アミド)基質の等量の混合物に対して、Ir触媒とSpiroBpy-OH-1またはSpiroBpy-OH-2から成る触媒を作用させたところ、ピリジン基質のみが選択的に反応し、ベンズアミド基質は未反応のまま回収されました(図2B)。これに対して、dtbpyを配位子として使用した場合は、ピリジンおよびベンズアミド基質双方のホウ素化生成物がそれぞれ低収率で異性体混合物として得られました(図2B)。こうした結果は、SpiroBpy-OH配位子が、酵素のように、水素結合を通してピリジン基質のみを特異的に認識する能力を持っていることを示しています。

SpiroBpy-OH配位子を持つIr触媒による反応加速と基質特異性の図
図2 SpiroBpy-OH配位子を持つIr触媒による反応加速と基質特異性
(A)Ir/SpiroBpy-OH触媒を使ったホウ素化反応の加速効果。配位子がSpiroBpy-OH-1、SpiroBpy-OH-2の場合、円滑に進行した。一方、dtbpyとSpiroBpyの場合、ほとんど進まなかった。
(B)Ir/SpiroBpy-OH触媒の高い基質特異性。ピリジン基質とベンズアミド基質の混合物に対して、SpiroBpy-OH-1、SpiroBpy-OH-2を配位子とした場合、ピリジン基質のみが選択的に反応し、ベンズアミド基質は未反応だった。dtbpyを配位子とした場合ではピリジンおよびベンズアミド基質双方のホウ素化生成物が異性体の混合物として得られた。

今後の期待

スピロビピリジン(SpiroBpy)の剛直な3次元構造は、中心金属への配位部位と遠隔位に配置した分子認識部位を空間的に分離することができるため、高い反応性と選択性を両立させることが可能です。本研究で開発したSpiroBpy-OH配位子が、前例のない単純なOH基一つだけでピリジン基質を認識できる点にもこの特徴がよくあらわれています。多くの研究がなされてきた平面的なビピリジン配位子と異なり、SpiroBpy配位子は金属触媒の配位子としての機能が未開拓です。研究チームがこれまで利用してきた遠隔位立体制御、CH-π相互作用、水素結合相互作用にとどまらず、その他のさまざまな相互作用を通して基質認識が可能な機能性SpiroBpy配位子を合理的に設計することで、より幅広い種類の基質を自在に官能基化する反応の開発が期待されます。

今回の研究は、国際連合が定めた17のゴールの「持続可能な開発目標(SDGs)[13]」のうち「12.つくる責任つかう責任」に大きく貢献する成果です。

補足説明

1.配位子
錯体化合物の中心金属原子に配位して、その性質を変化させたり機能を付与したりする化合物。

2.イリジウム(Ir)
周期表の第9族に属する原子番号77の遷移金属元素。芳香族炭化水素のホウ素化反応の触媒として最もよく用いられる金属の一つ。

3.触媒
化学反応の反応速度を速める物質。触媒自身は反応前後で変化しない。

4.ピリジン、キノリン
ピリジンは、ベンゼンに含まれる六つの炭素の一つを窒素原子に置換した分子式C5H5Nで表される複素環式芳香族化合物([5]参照)である。キノリンは、ナフタレンの炭素の一つを窒素原子に置換した分子式C9H7Nで表される複素環式芳香族化合物である。

ピリジン、キノリンの図

5.複素環式芳香族化合物
芳香族炭化水素([12]参照)が炭素原子で環を構成するのに対し、複素環式芳香族化合物は環構造に窒素原子や酸素原子などの炭素以外の原子も含む。

6.ホウ素化反応
置換反応や付加反応によりホウ素原子を導入する反応。本研究では、炭素に結合した水素原子をホウ素原子で置換している。

7.サイト選択性
分子内に複数ある同じ官能基やよく似た反応性を持つ水素原子のうち、特定の箇所のものを選択的に変換する反応の特性のこと。

8.水素結合相互作用
酸素や窒素原子などの電気陰性な原子と結合している水素原子が、隣接する陰性原子の孤立電子対と引き合う相互作用。

9.非共有結合性相互作用
共有結合をつくらずに分子間に働くさまざまな相互作用の総称。原子間で電子を共有する強固な共有結合に比べ、非共有結合性相互作用は一般に弱い。水素結合相互作用、静電相互作用、ファンデルワールス相互作用([10]参照)、CH-π相互作用などが挙げられる。

10.ファンデルワールス相互作用
電気的に中性な分子間にも働く、瞬間的な電荷の偏りが原因と成り生じる力。

11.スピロビピリジン(SpiroBpy)
ピリジン分子が二つ、炭素-炭素単結合でつながった分子をビピリジンという。金属の配位子としては、下に示す2,2′-ビピリジンがよく用いられる。平面的なビピリジンにフルオレン(3環構造の芳香族炭化水素)部位をスピロ結合(二つの環の一つの原子での結合)で導入し3次元的に拡張した化合物をスピロビピリジンと名付けた。

2,2'-ビピリジン、スピロビピリジンの図

12.芳香族炭化水素
炭素原子と水素原子から成る化合物のうち、ベンゼン環を含み芳香族性を示すもの。アレーンとも呼ばれる。

13.持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。

研究チーム

理化学研究所 環境資源科学研究センター 機能有機合成化学研究チーム
チームリーダー イリエシュ・ラウレアン(ILIES Laurean)
上級研究員 浅子 壮美(アサコ・ソウビ)
特別研究員(研究当時)デ・ブサン・ピナキ(DE Bhusan Pinaki)
研究員(研究当時)岡本 和紘(オカモト・カズヒロ)
国際プログラム・アソシエイト セカール・ジャヤクマール(SEKAR Jayakumar)

研究支援

本研究は、理化学研究所奨励課題(研究代表者:浅子壮美)により実施し、文部科学省(MEXT)科学研究費助成事業学術変革領域研究(A)「Development of SpiroBipyridine Ligands for Efficient and Selective C-H Activation(研究代表者:イリエシュ・ラウレアン)」「スピロビピリジンの光機能開拓(研究代表者:浅子壮美)」、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業「配向電場による非対称化を鍵とする反応制御(研究代表者:浅子壮美)」、松籟科学技術振興財団研究助成「スピロビピリジンの機能開拓:豊富な炭化水素資源の効率的かつ選択的官能基化(研究代表者:浅子壮美)」の助成を受けて行われました。

原論文情報

Pinaki Bhusan De, Kazuhiro Okamoto, Jayakumar Sekar, Sobi Asako, Laurean Ilies, “Remote Hydrogen Bonding Between Ligand and Substrate Accelerates C-H Bond Activation and Enables Switchable Site Selectivity”, Angewandte Chemie International Edition, 10.1002/anie.202419144

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 機能有機合成化学研究チーム
チームリーダー イリエシュ・ラウレアン(ILIES Laurean)
上級研究員 浅子 壮美(アサコ・ソウビ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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