燃焼排ガス中の窒素酸化物を資源化する触媒材料~窒素資源の循環に向けた新規アンモニア合成法の提案~

ad

2023-01-31 産業技術総合研究所

ポイント

  • 窒素酸化物をアンモニアに触媒変換する新手法を提案
  • 高温燃焼で発生する希薄な窒素酸化物を濃縮・回収して化学原料に
  • 精密多孔化した酸化物に触媒を適材配置した触媒材料を開発

概要図

窒素酸化物からアンモニアを合成するための導入ガス切り替え方式による反応プロセスの概念図

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)極限機能材料研究部門 ナノポーラス材料グループ 冨田 衷子 主任研究員、若林 隆太郎 主任研究員、木村 辰雄 研究グループ長は、材料・化学領域が主導する資源循環技術融合研究ラボの活動の一環として、高温燃焼で発生する有害な窒素酸化物を化学原料として利用するための触媒材料を提案し、還元剤として水素を利用することで窒素酸化物からアンモニアを選択的に合成できることを実証しました。独自に開発した多孔質アルミナの合成法を用いて触媒成分と吸蔵成分をナノ空間内で複合化させたナノ複合触媒材料を開発し、常圧下、導入ガスの切り替え方式で反応試験を行った結果、200~300 ℃の温度域において、吸蔵した窒素酸化物の80%程度をアンモニアに変換できることを明らかにしました。本技術は、窒素酸化物の無害化プロセスを一変させる可能性を秘めています。私たちは窒素化合物の循環利用を後押しする新しい技術として、この触媒材料のさらなる高性能化を進めています。

この技術の詳細は、2023年2月1日から3日に東京ビックサイトで開催される「第22回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議(nano tech 2023)」で紹介します。

開発の社会的背景

窒素酸化物(NOx)は、環境汚染や健康被害の原因物質であり、火力発電所やゴミ焼却場などの燃焼施設から発生しています。燃焼施設から排出される排気ガスは排出規制を満たさなければ大気中へ放出できないため、触媒技術により還元剤を利用して窒素(N2)に無害化しています。 NOxの無害化技術は必要不可欠ですが、多量のエネルギーを投入・消費して得られるN2は、大気の主成分であり使い道がありません。

NOxの無害化には、主にアンモニア(NH3)、あるいは尿素が還元剤として利用されます。これらの合成には多くのエネルギーが必要です。NH3の合成法として知られるハーバー・ボッシュ法では、高温・高圧(400~600 ℃、200~400気圧)で大気中のN2を触媒変換しますが、メタン(CH4)の水蒸気改質により取り出した水素(H2)と反応させるとき、N2の三重結合(N≡N)の開裂に大きなエネルギーを必要とします。

産総研では、NH3合成のエネルギーの投入量を削減するため、N2よりも反応性が高いNOxを化学原料とする新しい触媒反応を提案しています。火力発電所やゴミ焼却場などから必然的に排出されるNOxをNH3の供給源として利用し、窒素資源の循環利用の実現を目指しています。

研究の経緯

NOxを無害化する代表的な方法には、三元触媒法に加え、NH3を還元剤とする選択的触媒還元法(SCR、Selective Catalytic Reduction)やNOx吸蔵還元法(NSR、NOx Storage Reduction)があります。NSR触媒には、貴金属触媒に加えて、NOxを触媒材料で一時的に捕捉するための吸蔵成分であるアルカリ土類金属(例えばバリウム)も利用します。

従来の自動車排ガス浄化におけるNSR触媒技術では、吸蔵したNOxに還元剤としてガソリンなどの燃料を噴射すると、吸蔵したNOxがN2へと無害化されます。その過程で少量のNH3が生成している現象に着目し、研究グループでは、NSR触媒の構造や組成を見直し再設計することで、吸蔵したNOxを選択的にNH3に変換する新しい触媒材料の開発に着手しました。定置式燃焼施設などへの適用を想定して、導入ガスの切り替えにより共存ガスの影響を排除あるいは大幅に削減し、選択的にNH3を合成しようとする取り組みです。

本研究開発は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「NEDO先導研究プログラム/エネルギー・環境新技術先導プログラム」(2019~2021年度)の支援により触媒材料開発を開始し、基本原理の実証などを経て、現在は「ムーンショット型研究開発事業/地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現/産業活動由来の希薄な窒素化合物の循環技術創出―プラネタリーバウンダリー問題の解決に向けて(2020~2022年度)」の一部として触媒材料の高性能化に取り組んでいます。

研究の内容

本研究では、独自開発したナノメートルスケールの均一な孔を導入した多孔質アルミナの合成法(Chemistry – A European Journalに 2021年1月6日に掲載された方法)を活用し、吸蔵のためNOをNO2に酸化する、吸蔵したNOxをNH3に還元する、という二つの役割を持つ触媒成分とNOxの吸蔵成分をナノ空間内で複合化させた触媒材料を調製しました。多孔質アルミナの合成では、まず両親媒性有機分子、アルミナ源を含む前駆溶液を調製します。この前駆溶液からスプレードライ法により溶媒を揮発させる過程で両親媒性有機分子とアルミナ源が協奏的に自己組織化し、アルミナー両親媒性有機分子ナノ構造体の粉体が回収できます。(図1)。前駆溶液に触媒成分(白金源)を添加しておくと、多孔質構造を保持したまま白金を一段階で導入することができ、その後の焼成により両親媒性有機分子の除去と白金のナノ粒子化が進行します。本研究では触媒成分は白金(0.9wt% Pt)に統一し、その後に適量のバリウム(Ba)種もしくはカルシウム(Ca)種を吸蔵成分として複合化した2種の触媒材料(Ba/Pt@mAl2O3、Ca/Pt@mAl2O3)を作製しました。

図1

図1 独自開発した多孔質アルミナの合成法を活用する触媒成分の一段階導入プロセス

上記で作製した触媒材料2種を使用した吸蔵NOxのH2による還元反応の結果を紹介します。図2ではBa種を吸蔵成分として用いた触媒材料(Ba/Pt@mAl2O3)に、燃焼施設から放出される排ガスのモデルガス(0.1% 一酸化窒素(NO)と10% O2を含むN2)と還元ガス(1% H2を含むN2)を1時間ずつ交互に流通させ(切り替え方式)、NOxの還元によるNH3合成を評価しました。排ガス温度を考慮した設定温度である300 ℃・常圧で、NOx は主にNO3として触媒材料に吸蔵されて減少し、次に還元ガスへと切り替えることでNH3が選択的に生成することと、これらの現象が繰り返されることを確認しました。切り替え方式を採用することで、NH3合成時の系内から還元反応を阻害する酸素(O2)や生成したNH3を消費してN2になる一酸化窒素(NO)を排除、あるいは大幅に軽減することが可能となり、NH3の選択的生成が実現しました。また、還元ガス中のH2がモデル排ガス中のO2に消費されることによるH2Oの生成を抑制することもできます。

図2

図2 導入ガス切り替え方式によるNOx吸蔵反応(赤矢印)と還元反応
(NH3合成反応:青矢印)の工程を分離した場合の300℃におけるガス濃度変化


同様の測定条件で触媒材料の種類と反応時の設定温度を変えた場合の結果を図3で比較します。多孔質アルミナ(mAl2O3)を用いた方が、市販のγアルミナ(γAl2O3)を担体として調製した類似組成の触媒材料を用いた場合よりもNH3生成量とNH3化率が共に高くなることがわかりました。また2種の触媒材料のいずれも、酸化反応に有利な300 ℃の方がNOx吸蔵量は多くなりました。高温の方がNOから二酸化窒素(NO2)の酸化反応が促進されるためです。還元ガスを1時間流通した後のNH3化率は、Ba/Pt@mAl2O3、Ca/Pt@mAl2O3共に最大約80%でしたが、最適温度はBa/Pt@mAl2O3で250 ℃、Ca/Pt@mAl2O3では300 ℃と、触媒材料ごとに適した温度が異なることもわかりました。残りの20%のほとんどはN2であることも確認しました。

図3

図3 導入ガス切り替え方式によるNOx吸蔵量、NH3生成量とNH3化率。図中、Ca/Pt/mAl2O3およびBa/Pt/mAl2O3は多孔質アルミナを用いた触媒材料、Ba/Pt/γAl2O3は市販のγアルミナを担体として調製した類似組成の触媒材料、棒グラフの赤はNOx吸蔵量、青はNH3生成量、青の上の数値(%)はNH3化率を表す。

今後の予定

現在、NH3生成と反応条件(反応時間やガス組成など)との関係の調査をさらに進めています。例えば、還元ガスとして5% H2を供給するとNH3化率が90%に向上することや、反応時間を短く(例えば3分の1の20分)して繰り返し回数を3倍にすることで、NH3回収量が増加することを確認しています。今後は、NH3回収量が最大になるような反応条件の適正化を進めつつ、開発材料の量産化や反応器のスケールアップに向けた要素技術の開発に取り組みます。

問い合わせ

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
極限機能材料部門 ナノポーラス材料グループ
研究グループ長 木村 辰雄

用語解説
資源循環技術融合研究ラボ
産総研内の領域融合プロジェクトの一つ。産業発展と環境保全を両立させた資源循環型社会の確立を目指して、機能性材料や部材であるプラスチック、金属、複合材料などを資源として再生させるための機能材料循環技術の開発、ならびに生産・廃棄で生じる二酸化炭素や窒素化合物、リン酸などの再資源化とその評価のため技術開発を行っている。
窒素酸化物
一酸化窒素(NO)と二酸化窒素(NO2)などを含む窒素酸化物(NOx)の総称。NO2は光化学スモッグや酸性雨の原因物質であり、環境中への排出が規制されている化学物質である。窒素成分を含む物質が燃焼する時に生成するフューエルNOxの他、高温燃焼により空気中の窒素(N2)と酸素(O2)が反応して生成するサーマルNOxがある。
アンモニア
アンモニア(NH3)は、常温常圧では無色透明の気体で刺激臭がある。窒素肥料やさまざまな化学製品の原料となる。容易に液化できることから水素キャリアとしても注目されている他、二酸化炭素(CO2)を排出しない燃料利用技術の開発も進められている。
多孔質アルミナ
多数の孔を有するアルミナのことを指す。本研究で使用した両親媒性有機分子が水溶液中で自己集合する性質を利用して、ナノメートルスケールの均一な孔を導入したアルミナは、特にメソポーラスアルミナ(mAl2O3)と呼ばれる。
触媒成分
化学反応の前後で状態は変化しないが、主に化学反応を促進する効果を示す成分のことを触媒成分という。代表的なものに、白金などの貴金属がある。
吸蔵成分
硝酸塩や亜硝酸塩を形成することで気相中のNOxを吸蔵させる化学成分のことを指し、主にバリウムなどのアルカリ土類金属種、カリウムなどのアルカリ金属種が利用されている。
ナノ空間
1 nm(ナノメートル)は10億分の1 メートルであって、ナノ空間とはナノメートルサイズの空間である。
ハーバー・ボッシュ法
100年以上前にハーバーとボッシュにより空気中の窒素(N2)を固定化する技術として開発された。鉄系触媒を使用し、高温・高圧で水素(H2)と反応させてNH3を製造する方法。
三元触媒法
ガソリン車の排ガス中の3種類の有害成分、一酸化炭素(CO)、炭化水素、およびNOxを同時に触媒浄化する方法である。酸化物担体に貴金属触媒成分が高分散に担持された触媒を使用する。
選択的触媒還元法
Selective Catalytic Reduction、SCRと略記されることが多く、還元剤としてNH3を使用するNH3-SCRはディーゼルエンジン車の排ガス浄化触媒技術として実用化されている方法。アルミナ系貴金属触媒に加え、銅や鉄をイオン交換したゼオライト触媒が利用されている。
NOx吸蔵還元法
NOx Storage Reduction、NSRと略記されるリーンバーンエンジン車の排ガス浄化触媒技術として実用化されている方法。希薄燃焼(リーン燃焼)時にNOxを吸蔵成分で回収し、燃料を噴射するリッチ燃焼時に炭化水素を還元剤としてNOxをN2に還元する。
両親媒性有機分子
同一構造中に親水部と疎水部(親油部)を有する有機分子のことを指し、界面活性剤とも呼ばれる。両親媒性分子の濃度が一定の濃度以上になると親水部を外側に疎水部を内側にした会合体(ミセル)を形成する。さらに高濃度の溶液中では液晶構造を形成することがあり、この自己集合現象を利用して、酸化物材料の内部にナノ空間を導入するために利用できる。
スプレードライ法(噴霧乾燥法)
溶液や分散液を細かい霧状にした液滴を熱風によって乾燥させ、粉体として効率よく回収するための方法である。例えばインスタントコーヒーの製造方法として、フリーズドライ(凍結乾燥法)とともによく用いられている。
ad

0505化学装置及び設備
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました