南部マリアナトラフの上部マントル比抵抗構造を解明

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2022-04-04 神戸大学,国立極地研究所,東京大学大気海洋研究所

神戸大学海洋底探査センターの松野哲男准教授、同大学院理学研究科惑星学専攻・海洋底探査センターの島伸和教授、同大学院理学研究科惑星学専攻博士課程前期課程修了生の新藤悠氏、国立極地研究所の野木義史教授、東京大学大気海洋研究所の沖野郷子教授の研究グループは、典型的な背弧海盆である南部マリアナトラフの海底に、海底での電磁場変動を測定する機器を設置して3か月にわたる観測を行い、上部マントルの比抵抗構造を得ることに初めて成功しました。背弧海盆は、プレート収束域で海洋底拡大により形成される領域ですが、その拡大メカニズムは未だよく分かっていません。明らかにした比抵抗構造から、この場所特有のマントル中の部分溶融帯や水の分布の詳細な特徴と定量的な評価、さらには、背弧海盆において特徴的な海洋底拡大の様式である非対称な海洋底拡大のメカニズムへの示唆が得られました。本研究の結果をふまえ、今後世界中の背弧海盆や中央海嶺での海洋底拡大のメカニズムの理解が進むことが期待されます。この研究成果は、3月5日に、アメリカ地球物理学連合(AGU)のJournal of Geophysical Research: Solid Earthに掲載されました。

ポイント
  • 背弧海盆である南部マリアナトラフの上部マントル比抵抗構造を、海底での電磁気観測データから初めて明らかにしました。使用した観測データは、研究グループで独自に取得しました。
  • 明らかにした比抵抗構造は、この場所特有のマントル中の部分溶融帯や水の分布の詳細な特徴と定量的な評価、背弧海盆における非対称な海洋底拡大のメカニズムへの示唆を与えます。
  • 本研究で得られた比抵抗構造と世界中の海洋底拡大下の同様の構造との比較から、背弧海盆や中央海嶺での海洋底拡大のメカニズムについての理解が進むことが期待されます。
研究の背景

背弧海盆(注1)は、沈み込むプレートが存在するプレート収束域にみられる特徴的な海洋底であり、地球上にある背弧海盆の多くは、原因が不明ながら西太平洋に偏在しています。プレートの沈み込みに伴い、沈み込まれる側のプレートに島弧火山が形成され、背弧海盆は、島弧火山の後ろ側である背弧において海洋底拡大(注2)が起こることにより形成される海洋底です。背弧海盆での海洋底拡大は、中央海嶺における海洋底拡大とは異なる特徴を有しています。まず、海洋底拡大している期間が短期間であること、すなわちこの拡大が突如始まりその後短期間でその拡大が終わること、さらに多くの場合、その拡大様式が非対称(拡大速度や地形の形状などが非対称)であることが挙げられます。そして、この海洋底拡大のメカニズムがよく理解されていないのが現状です。南部マリアナトラフは、太平洋プレートがフィリピン海プレートに沈み込むことで形成されている背弧海盆で、現在も典型的な非対称の海洋底拡大をしています。また、この場所での海洋底の拡大速度は、世界中における拡大速度としては遅い分類に入りますが、ここでのマントルの岩石の部分溶融量(注3)は拡大速度から予想されるよりも多いこと、海洋底拡大が進行している拡大軸において盛んな熱水活動が存在すること(熱水活動があることは、その熱源が存在することを示唆します)も、これまでの研究から確認されていました。そのような背景の中、南部マリアナトラフでは、地球内部のマントルの構造についての研究例は数少なく、内部構造の詳細やその海洋底拡大との関係はよく知られていませんでした。

研究の内容

本研究では、南部マリアナトラフの上部マントル比抵抗構造(注4)を、海底での電磁気観測データから明らかにしました。マントルの比抵抗値は、温度や物質の部分溶融量、含水量を明らかにできる物理量です。研究対象の海底に観測機器を設置し、電磁気の時間変動データを取得しました(図1)。得られたデータを解析した結果、(1)海洋底拡大の拡大軸直下とさらに深部で広がりを持った領域の2つの場所で低比抵抗域(電気が流れやすい領域)があり、それらは拡大軸に対して左右非対称となっていること、(2)拡大軸から離れた場所で2つの高比抵抗域(電気が流れにくい領域)が非対称に存在すること、が分かりました(図2a)。(1)の低比抵抗域は、部分溶融帯や含水領域を示しており、マントル岩をもちいた室内高圧実験などの他の研究結果を参考にして、マントルでの部分溶融量や含水量の定量的な見積もりを行いました。(2)の高比抵抗域は、低温で部分溶融帯や水を含まない領域を示しており、沈み込んだ太平洋プレートの存在を示しています。以上のような特徴を持った構造は、過去の研究で対称的な上部マントル比抵抗構造が得られていた中部マリアナトラフとは明らかな違いを示していました(図2)。南部と中部のマリアナトラフの上部マントルの比抵抗構造の特徴とその比較から、南部マリアナトラフでは、沈み込んだ太平洋プレートから脱した水が拡大軸下の上部マントルに供給されることで、拡大軸下で部分溶融量や含水量が多くなっていること、かつ、それらの領域が非対称となっていることが分かりました。また、本研究の結果にもとづき、南部マリアナトラフを含む背弧海盆での非対称な海洋底拡大の要因として、沈み込んだプレートから供給される水とそれに伴う部分溶融域が、この海洋底拡大を駆動する可能性を議論しました。そして、拡大軸と沈み込むプレートとの位置関係が、背弧海盆での海洋底拡大の様式を決める鍵となる要因であるというモデルを提案しました。

図1:マリアナトラフ全域の海底地形図(a)と南部マリアナトラフの海底地形図(b)。(b)の図のうち、赤丸が磁場観測データ、赤十字が電場観測データの取得地点を示す。海洋底の拡大軸は、MGRと書かれた破線の位置にある。PMVC、FNVCは火山列を示す。カラーの点線は、海底下に沈み込んだ太平洋プレートの上面の深さを示す。(a)の北緯18度付近の白丸は、中部マリアナトラフの上部マントル比抵抗構造推定に使用されたデータ観測点を示す。

図2:南部マリアナトラフの上部マントル比抵抗構造(a)と、中部マリアナトラフの上部マントル比抵抗構造(b)。いずれの図も横軸は距離(海洋底拡大軸が0 km)、縦軸は深さ(海面が0 km)で、色は比抵抗値を示す。比抵抗値は、暖色系ほど低く(電気が流れやすい)、寒色系ほど高い(電気が流れにくい)。(b)の構造は、図1の北緯18度付近の白丸で示す観測点のデータを用いて推定した過去の研究の結果である。黒逆三角形は、観測点の位置を示す。

今後の展開

本研究の結果と、地震学、地球物理学、岩石学、鉱物学、地球化学、数値モデリングといった研究を統合することで、南部マリアナトラフでの海洋底拡大やマントルダイナミクスの理解が進むことが期待されます。また、本研究で行ったマリアナトラフ内での比抵抗構造の比較を発展させ、マリアナトラフを含む背弧海盆や中央海嶺といった海洋底拡大域のマントル比抵抗構造との比較を行うことで、世界中の背弧海盆や中央海嶺での海洋底拡大のメカニズム、さらには地球の進化過程の理解が進むことが期待されます。

発表論文

掲載誌:Journal of Geophysical Research: Solid Earth
タイトル:Enhanced and Asymmetric Melting Beneath the Southern Mariana Back-Arc Spreading Center Under the Influence of Pacific Plate Subduction

著者:
松野 哲男(神戸大学海洋底探査センター)
島 伸和(神戸大学大学院理学研究科/神戸大学海洋底探査センター)
新藤 悠(神戸大学大学院理学研究科)
野木 義史(国立極地研究所地圏研究グループ)
沖野 郷子(東京大学大気海洋研究所)
URL:https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/2021JB022374
DOI:10.1029/2021JB022374
論文出版日:2022年3月5日

注1:背弧海盆
沈み込み帯(プレート収束域)で見られる海溝-島弧のうち、島弧からみて海溝から離れる側を背弧といい、背弧において海洋底拡大(背弧拡大)が起こってできる盆地状の地形のこと。

注2:海洋底拡大
海洋底において、隣りあうプレート同士が互いに離れていく現象で、離れていくプレートの隙間を埋めるようにマントル物質が上昇する。

注3:部分溶融
多くの化学成分から成る岩石が、温度上昇や圧力低下により溶けるさいに、溶けやすい化学成分が選択的に溶ける現象。

注4:上部マントル比抵抗構造
地球内部の構造のうち、上部マントル(海洋域では一般に海底からの深さ6-410 kmの部分)を、比抵抗値(電気の流れにくさに関係。電気伝導度の逆数)から見たときの構造。比抵抗値から、温度や部分溶融量、含水量がわかる。

研究サポート

本研究は海洋研究開発機構の深海潜水調査船支援母船「よこすか」のYK10-10、YK10-15航海で行いました。各航海の船長や船員の方々、乗船研究者のご協力を受けました。研究遂行や論文作成において多くの研究者のご協力を受けました。JSPS科研費#20109002と15H03717の助成を受けました。

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