地下水から遊離したメタンガスが大気の侵入を抑制

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坑道周辺の岩盤が掘削後も還元状態にあるメカニズムを解明

2020-03-27 日本原子力研究開発機構

【発表のポイント】

  • 地下深部に坑道を掘削すると、坑道周辺の岩盤内部に亀裂が生じる。一般的にはその亀裂を通じて大気が侵入することで、坑道周辺に酸化的な環境が形成されると考えられている。
  • しかし、幌延深地層研究センターの地下施設において坑道周辺の地下水・ガス・岩石を対象とした調査を行ったところ、国外の堆積岩地域とは異なり、坑道周辺の亀裂が発達する領域においても、酸化的な環境の兆候は認められなかった。
  • その理由として、地下水に溶解していたメタンなどのガスが遊離し、岩盤周辺の亀裂を満たしたり、岩盤内部から坑道へと流動したりして、岩盤内部への大気の侵入が抑制されることを明らかにした。
  • 坑道周辺の酸化還元状態について、遊離ガスの影響を考慮し、酸化の抑制メカニズムを解明した事例は、地層処分関連の研究施設においては本研究が世界で初めてである。
  • 坑道周辺の水質・ガス組成・鉱物組成の調査結果を統合し解釈することで、坑道周辺の酸化還元状態を総合的に評価することができる。本研究の成果は、地層処分の安全評価において、処分場の閉鎖後に生じる変化を予測・評価する上で重要な知見である。

地下水から遊離したメタンガスが大気の侵入を抑制

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄、以下「原子力機構」)核燃料・バックエンド研究開発部門 幌延深地層研究センターの望月陽人研究員らは、同センターの地下施設を利用して、坑道周辺の酸化還元状態を複数の調査方法から包括的に評価しました。その結果、国外の堆積岩地域における地下施設とは異なり、掘削後約5年が経過した坑道においても周辺岩盤には酸化的な環境の兆候が認められませんでした。また、その理由として、地下水から遊離するガスの流動が関係することが示唆されました。坑道周辺の酸化還元状態について、遊離ガスの影響を考慮し、酸化の抑制メカニズムを解明した事例は、地層処分関連の研究施設においては本研究が世界で初めてです。

地下深部に坑道などの空洞を掘削すると、その周辺の岩盤内部には亀裂が生じます。一般的にはこのような亀裂を通じて大気が侵入することで、坑道周辺に酸化的な環境が形成されると考えられています。国外の堆積岩地域における地下施設では、坑道周辺での酸化的な環境形成の指標として、地下水中の硫酸イオン濃度の上昇や硫酸カルシウム鉱物の生成などが報告されています。

本研究では、そのような国外の事例を参考に、幌延深地層研究センターの350 m調査坑道に掘削されたボーリング孔を利用して、坑道周辺に分布する地下水および岩石の酸化還元状態に関する調査を行いました。その結果、国外の堆積岩地域で報告されているような酸化的な環境の兆候は認められないことがわかりました。また、坑道周辺のボーリング孔内に存在するガスは主にメタンガスと二酸化炭素ガスからなり、大気の主成分である窒素および酸素の割合は非常に小さいこともわかりました。以上のことから、地下水に溶解していたメタンなどのガスが地下水から遊離し、坑道周辺の岩盤中の亀裂を満たしたり岩盤内部から坑道へと流動したりすることにより岩盤内部への大気の侵入が抑制され、その結果、坑道周辺が掘削後も酸素をほとんど含まない還元的な状態にあると考えられます。地下水中に溶存するガスの遊離の影響を考慮し、坑道周辺における岩盤の酸化抑制メカニズムを解明したのは、地層処分関連の研究施設においては本研究が世界で初めての事例です。

今回実施した一連の調査方法(水質・ガス組成・鉱物組成の分析を組み合わせた調査)は、地層処分場などの地下施設の建設において、坑道周辺の酸化還元状態を総合的に評価するための方法として有効であると考えられます。また、本研究の成果は、地層処分の安全評価において、処分場の閉鎖後に生じる変化を予測・評価する際にも重要な知見になりうると考えられます。

なお、本研究成果は2020年1月に国際論文誌「Engineering Geology」オンライン版に掲載されました。

【研究の背景と目的】

地下深部の岩盤中に坑道などの空洞を建設すると、坑道の壁面周辺に掘削損傷領域(EDZ)1)が形成され、岩盤内部には亀裂が生じます。高レベル放射性廃棄物の地層処分において、処分場の建設・操業時には、坑道内の大気がこのような亀裂を通じて岩盤内部に侵入し、坑道周辺に酸化的な環境が形成されると考えられています。この酸化的な環境は、その後の処分場の閉鎖・再冠水にともない、酸素をほとんど含まない還元的な環境に回復していくと想定されます。仮にそのような回復が生じない場合には、オーバーパック2)の腐食の進行が速まったり、一部の放射性核種が移動しやすい形態に変化したりする可能性があります。このため、安全評価の観点から、掘削にともなう坑道周辺の酸化還元環境の変化やその支配要因を理解することは重要です。

国外の堆積岩地域における地下施設では、EDZにおける酸化的な環境形成の指標として、地下水中の硫酸イオン(SO42-)濃度の上昇や硫酸カルシウム鉱物(CaSO4・2H2Oなど)の生成などが報告されています[1]。一方、幌延深地層研究センターの地下施設では、これまでEDZにおける地下水中の酸化還元電位(Eh)3)は測定されてきたものの[2]、酸化還元環境の包括的な評価は行われていませんでした。そこで、本研究では、EDZ内部の地下水を対象とした物理化学パラメータ(水温、pH、Eh、電気伝導度、溶存酸素濃度)や化学成分濃度の測定結果、EDZ内に掘削されたボーリング孔内のガス組成分析結果、および坑道周辺岩盤の鉱物分析結果をもとに、坑道周辺の酸化還元環境の総合的な評価を実施しました。

【研究の方法と成果】

幌延深地層研究センターの350 m調査坑道に掘削されたボーリング孔13-350-C05(以下、「C05孔」)と13-350-C06(以下、「C06孔」)を利用して、地下水の物理化学パラメータ、化学成分濃度および孔内ガス組成の分析を実施しました。C05孔は試験坑道4から3.0 mの距離、C06孔は試験坑道2から0.6 mの距離に、各試験坑道と平行に掘削されています(図1)。

図1 幌延深地層研究センター地下施設の概要図(2020年2月現在)
および調査対象ボーリング孔

これまでの観測や試験の結果から、C05孔は試験坑道4のEDZの外部に、C06孔は試験坑道2のEDZの内部に位置すると考えられます。両ボーリング孔は試験坑道に先立って掘削され、それぞれ4つの区間に区切られています(図2)。各区間において、試験坑道の掘削前から現在まで、物理化学パラメータや化学成分濃度などの経時変化が観測されています。

図2 350 m調査坑道、ボーリング孔および試験坑道の掘削工程

C05孔およびC06孔における観測結果を以下に示します。物理化学パラメータのうち酸化還元状態と密接に関連すると考えられる酸化還元電位(Eh)については、C05孔(EDZ外)とC06孔(EDZ内)で大きな値の差はなく、試験坑道の掘削後も-200 mV前後の還元的な値を示しました(図3)。化学成分濃度のうち、酸化的な環境で上昇すると考えられる硫酸イオン(SO42-)濃度については、掘削前後で大きな値の変化は見られず、おおむね0.1 mg/L未満の低い値を示しました。また、C06孔の区間2および区間3–4(パッカー破損により1つの区間となっている)では、孔内体積のそれぞれ約50%および約96%をガスが占めることがわかりました。ガスの組成分析から、孔内ガスの82%がメタンガス、16%が二酸化炭素ガスであり、大気の主成分である窒素および酸素の割合は非常に小さいこともわかりました。

図3 酸化還元電位(Eh)の経時変化

また、坑道周辺の岩石の鉱物分析を実施しました。走査型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分析(SEM-EDS)4)の結果を図4に示します。一般的に、黄鉄鉱(FeS2)が含まれる岩盤が酸化されると黄鉄鉱は溶解し、硫酸カルシウム鉱物が生成します[1]。実際に、大気中で約3年間保管された350 m調査坑道の岩石では、そのような変化が確認されています(図4(a))。一方、350 m調査坑道にボーリング孔(350-1; 図1)を掘削して岩石コアを採取し、大気との接触を極力抑えて処理・分析したところ、岩盤内部約2 cm(坑道には厚さ約20 cmのコンクリートが施工されているため、坑道壁面からは約22 cm)の距離に位置する岩石の亀裂表面においては、酸化に関連する変化は認められませんでした(図4(b))。

図4 SEM-EDSの結果

以上の結果から、幌延では、国外の堆積岩地域における地下施設とは異なり、坑道掘削後約5年が経過してもEDZの内部が還元的な状態にあることが示されました。坑道掘削後には、坑道周辺の地下水に溶解していたメタンなどのガスが水圧低下にともない遊離します。このような遊離ガスがEDZ内の亀裂を満たしたり、特に坑道掘削直後には岩盤から坑道へと流動したりすることで、岩盤への大気の侵入が抑制されたと考えられます。地下水中に溶存するガスの遊離の影響を考慮し、坑道周辺における岩盤の酸化抑制メカニズムを解明したのは、地層処分関連の研究施設においては本研究が世界で初めての事例です。

【今後の期待】

坑道周辺に掘削されたボーリング孔や岩石コアを利用し、水質・ガス組成・鉱物組成の調査を行い、それらの結果を統合して解釈することで、坑道周辺の酸化還元状態を包括的に評価することが可能と考えられます。また、本研究の成果から、メタンなどのガスを高濃度に含む地層では坑道周辺に酸化的な環境が形成されにくいと推測されます。このような知見は、地層処分の安全評価において、処分場閉鎖後の酸化還元状態の予測・評価にも反映されます。

【論文掲載情報】

雑誌名:Engineering Geology, 267, 105496 (2020)

論文タイトル:Mudstone redox conditions at the Horonobe Underground Research Laboratory, Hokkaido, Japan: Effects of drift excavation

著者:望月陽人, 石井英一, 宮川和也, 笹本広

所属:日本原子力研究開発機構

DOI:10.1016/j.enggeo.2020.105496

【参考文献】

[1] De Craen et al., Extent of oxidation in Boom Clay as a result of excavation and ventilation of the HADES URF: Experimental and modelling assessments. Physics and Chemistry of the Earth, 33, S350-S362, 2008.

[2] 女澤徹也ほか, 幌延の地下施設における地下水の地球化学モニタリング装置を用いた物理化学パラメータ測定結果. JAEA-Data/Code, 2018-001, 55p, 2018.

【用語解説】

1)掘削損傷領域(EDZ)

坑道を掘削すると、周辺岩盤が様々な影響を受ける。このうち、掘削作業そのものによる影響を掘削損傷といい、岩盤に新たな割れ目が発生したり、既存の割れ目が開口・進展したりする。このような不可逆的な変化が生じる領域を掘削損傷領域(Excavation Damaged Zone, EDZ)という。なお、地下水圧の低下などの可逆的な変化が生じる領域までを含めて掘削影響領域(Excavation disturbed Zone, EdZ)という。

2)オーバーパック

地層処分において、ガラス固化体(高レベル放射性廃液とガラス原料を融かし合わせてステンレス製の容器内で固めたもの)を封入する厚い金属製の容器。ガラス固化体に地下水が接触するのを防ぐとともに、地圧などの外力からガラス固化体を保護する。

3)酸化還元電位(Eh)

物質の酸化力あるいは還元力を定量的に評価する指標。値が低いほど還元的な状態にあることを表す。標準水素電極の電位を0 Vとした場合の酸化還元電位を特にEhと表記する。

4)走査型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分析(SEM-EDS)

走査型電子顕微鏡(SEM)は、物質表面の状態を光学顕微鏡よりも高倍率で観察可能な顕微鏡。エネルギー分散型X線分析(EDS)は、試料の観測箇所に含まれる元素の種類や組成を特定する分析方法。

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