AI画像認識アルゴリズムを搭載した光学顕微鏡を開発

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 原子層を積み重ねた新規材料開発を大幅加速

2020-03-24 東京大学

○発表者:
増渕 覚(東京大学 生産技術研究所 特任講師)
町田 友樹(東京大学 生産技術研究所 教授)

○発表のポイント:
◆AI画像認識を使って、光学顕微鏡像から目的のシート状の原子層を、全自動で探索する光学顕微鏡システムを開発した。
◆熟練の研究者が長時間かけて行っていた認識作業を、ほぼリアルタイムで、90%以上の確率で再現することが可能となり、希少な単原子層を使った複合原子層の作製が可能になった。
◆圧倒的な作業効率の向上により、新規材料の開発スピードを飛躍的に向上させる技術として期待される。

○発表概要:
東京大学 生産技術研究所の増渕 覚 特任講師と町田 友樹 教授は、AI画像認識を使って、光学顕微鏡画像中のさまざまな破片から、目的の原子層(注1)を全自動で探索するシステムを開発した(図1、図2)。
2005年に、2次元シート状の原子層が実現されて以来(2010年ノーベル物理学賞)、原子層を積み重ねることで、個々の特性とはまったく別の新しい機能を持つ複合原子層を生み出す研究が世界中で進められている。2−3種の原子層を3−5層積み重ねるだけでも、超伝導を示す素子や、電流を流すことで発光する素子、磁場により抵抗値が切り替わる素子が実現できるなど、予想を超える機能が得られることが報告されている。
しかし、一部の単原子層は一度の作業で得られる数が少ない上、透明度が高く目では捉えにくい場合も多く、熟練の研究者であっても、数千枚の光学顕微鏡像から数個の原子層を探し出すためには長時間が必要だった。この手作業が、新規材料開発の効率の低下を招く大きな要因となっていた。
今回開発したシステムは、この長時間かかる画像認識をAIに置き換えることで、六方晶窒化ホウ素(絶縁体)、二硫化モリブデン(半導体)、二テルル化タングステン(トポロジカル絶縁体)など、有用な特性を示す原子層を全自動で探索することが可能となり(図3)、研究者が探索作業に30分以上を費やしていた時間がほぼゼロへ大幅に短縮された。作業時間の短縮により水や酸素との反応による試料の劣化を抑えることも可能となる。今後、新規材料開発や物理現象発見などの効率が飛躍的に高まると期待される。
本研究成果は、2020年3月23日(英国時間)に英国Nature Publishing Group発行の「npj 2D Materials and Applications」オンライン版に掲載された。

○発表内容:
複合原子層(別名:ファンデルワールスヘテロ構造)は、単原子層膜まで薄層化した二次元結晶を、ブロックを積み重ねるように組み立てた分子材料である[1]。原子レベルで精密に分子の境界面が制御でき、多様な材料(ディラック電子系・半導体・金属・超伝導体・トポロジカル絶縁体・ワイル半金属)から選択して組み合わせうることから、複合原子層は、既存の材料では実現し得なかった新しい物性を生み出す舞台として期待を集めている。しかし、2004年の単層グラフェンの実現以来[2]、高品質な複合原子層は、実験者の手作業による光学顕微鏡探索および、組み立て作業により作製されてきた[3]。この問題を解決するために、シリコン基板上に剥離された二次元結晶を光学顕微鏡により自動探索し、これらを任意の順番で自在積層するロボットシステム(2DMMS:Two-dimensional materials manufacturing system)を2018年に開発した[4]。
今回、これまで手作業に頼っていた原子層の探索効率を飛躍的に向上させるため、深層学習による画像認識アルゴリズムを搭載した自動化光学顕微鏡を開発した(図1)。本装置は、シリコン基板を走査しながら、光学顕微鏡画像の中にある原子層の位置・形状・厚みをリアルタイムで判別することができる。多くの二次元結晶の光学顕微鏡画像を用いて深層学習アルゴリズムを訓練することによって、深層学習アルゴリズムにシリコン基板上の二次元結晶を識別する能力を獲得させた。その結果、1枚の光学顕微鏡写真を200ミリ秒で処理することが可能となり、リアルタイムでの画像認識が実現した。また、深層学習アルゴリズムは高い汎化性能を持っているため、画像品質や照明の強度などが変化しても検出結果が影響を受けない頑健な認識が実現し、熟練の研究者が長時間かけて行っていた認識作業を、90%以上の確率で再現することが可能となった。その結果、光学顕微鏡画像を数値化し、閾値処理を加えることで対象となる領域を抽出する処理を省くことが可能となり、熟練の研究者が経験をもとに行っていたパラメーターの調整が不要となった。二硫化モリブデン(半導体)、二テルル化タングステン(トポロジカル絶縁体)など、シリコン基板上に形成される確率が低く、探すことが困難とされている希少な原子層を、1時間あたり、5〜10個検出することができた。発見した二次元結晶薄片は、組立装置を利用する事によって、複合原子層構造の構成要素として利用する事ができる。
この開発によって、シリコン基板に剥離作業さえ行えば、研究者は全自動でさまざまな二次元結晶薄片を利用することが可能となり、複合原子層を舞台とした材料開発や新規電子物性発見の効率を飛躍的に高めることができる。

参考文献
[1]A. K. Geim et al., Nature 499, 419 (2013).
[2]K. S. Novoselov et al., Science 306, 666 (2004).
[3]C. R. Dean et al., Nature Nanotechnology 5, 722 (2010).
[4]S. Masubuchi et al., Nature Communications 9, 1413 (2018).

謝辞
本研究は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(CREST JPMJCR15F3)の支援を受けて行われました。

○発表雑誌:
雑誌名:「npj 2D Materials and Applications」(オンライン版)
論文タイトル:Deep-Learning-Based Image Segmentation Integrated with Optical Microscopy for Automatically Searching for Two-Dimensional Materials
著者:Satoru Masubuchi, Eisuke Watanabe, Yuta Seo, Shota Okazaki, Takao Sasagawa, Kenji Watanabe, Takashi Taniguchi & Tomoki Machida
DOI番号:10.1038/s41699-020-0137-z

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
特任講師 増渕 覚(ますぶち さとる)

東京大学 生産技術研究所
教授 町田 友樹(まちだ ともき)

○用語解説:
注1)原子層
スコッチテープを用いて数ナノメートルあるいは1ナノメートル以下に薄層化したシート状の分子膜。代表的な例として、グラフェン・二硫化モリブデン・六方晶窒化ホウ素などが挙げられる。

○添付資料:

図1.(a)AIを搭載した光学顕微鏡の模式図。まず、シリコン基板上に散在する二次元結晶を光学顕微鏡で撮影する。次に、データを画像認識アルゴリズムに入力し、目的の二次元結晶の領域、形状を特定してデータベースに記録する。最後に、記録された光学顕微鏡写真を閲覧しながら、CADソフトにより複合原子層を設計する。(b)本装置の全体写真。(c)AIによる画像認識の例。


図2. 深層学習アルゴリズムの利用により、グラフェン(Graphene)、六方晶窒化ホウ素(hBN)、二テルル化モリブデン(WTe2)、二硫化モリブデン(MoS2)などの薄片が映り込んだ光学顕微鏡画像(左列)の中から、さまざまな原子層を認識することができる(右列)。スケールバーは20μm。


図3.a)~c)では異なる光学顕微鏡を本システムにつないである。そのため、d)~i)ではコントラスト・ホワイトバランス・明るさなどが異なる。深層学習アルゴリズムは高い汎化性能を持っているため、画像品質や照明の強度などが変化しても検出結果が影響を受けない頑健な認識が実現した。g)~i)では認識されたグラフェンにラベルが付され、原子層の厚みが記載されている。

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