ジルコニウム同位体は励起状態でも突然変形する

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99Zrの励起状態の核磁気モーメント測定から明らかに

2020-03-17    理化学研究所

理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センター核分光研究室の市川雄一専任研究員、ジャンミシェル・ドガ客員研究員(研究当時)、上野秀樹室長らの国際共同研究グループは、中性子過剰なジルコニウム(Zr)同位体[1]である99Zr(陽子数40、中性子数59)の励起状態の核磁気モーメント[2]測定に世界で初めて成功しました。

本研究成果は、中性子が過剰なエキゾチック核[3]における原子核形状変化の解明に貢献するとともに、今後のエキゾチック核モデルの構築におけるマイルストーンとなることが期待できます。

今回、国際共同研究グループは238Uビームの核分裂反応を用いて、核スピン整列[4]した99Zrビームを生成しました。スピン整列した99Zrの励起状態から放出されるガンマ線を測定し、その励起状態の核磁気モーメントを測定したところ、その値は球形形状と仮定したときの値から大きくかけ離れていることが判明し、この励起状態は球形でなく「変形」状態であることが分かりました。これまで、Zr同位体においては、偶数質量数の98Zr(中性子数58)と100Zr(中性子数60)の間で起こる基底状態の突然の形状変化が注目されてきました。今回の実験結果から、奇数質量数のZr同位体でも、97Zr(中性子数57)と99Zrの間で励起状態の形状が突然変化していることが分かりました。

本研究は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』(3月20日号)の掲載に先立ち、オンライン版(3月16日付)に掲載されました。

ジルコニウム同位体97Zrと99Zrの「励起状態」の核磁気モーメントの比較と形状の変化の図

ジルコニウム同位体97Zrと99Zrの「励起状態」の核磁気モーメントの比較と形状の変化

背景

原子核は陽子と中性子で構成され、その性質や特徴は、陽子数と中性子数によって変わります。原子核の「形状」は、原子核の内部構造の安定性を示すため、原子核の重要な特徴といえます。例えば、元素周期表における希ガスのように、陽子数、中性子数にも特定の数になるときに安定となる「魔法数[5]」があることが知られており、魔法数近傍の原子核は「球形」の形状を取ります。一方で、魔法数から離れるに従って内部構造に変化が生じ、原子核の形状は次第に変化していきます。

通常、このような形状変化は、陽子数や中性子数の変化に伴って徐々に起こります。ところが、陽子数40を持つジルコニウム(Zr)同位体の中性子数を増やしていくと、98Zr(中性子数58)から100Zr(中性子数60)の間で、「基底状態」の形状が球形から突然大きく変わることが知られています。図1は、その様子を示したもので、陽子数・中性子数ともに偶数である原子核(偶々核)の励起エネルギーと遷移確率[6]の系統的変化から、形状の変化を追うことができます。

今回、国際共同研究グループは、中性子数が安定核(90Zr:中性子数50)よりも多い(中性子過剰な)Zr同位体99Zrに注目しました。99Zrは中性子数59を持つため、ちょうど形状変化が起こる境界上に位置します。99Zrの基底状態のスピン[7]は1/2で、「励起状態」には寿命が比較的長い(約300ナノ秒、1ナノ秒は10億分の1秒)、スピンが7/2であるアイソマー状態[8]が存在します。

ジルコニウム同位体の「基底状態」での突然の形状変化の図

図1 ジルコニウム同位体の「基底状態」での突然の形状変化

偶々核の第一2+状態の励起エネルギー(赤実線)と遷移確率B(E2)(青点線)を見ると、中性子数が58から60に変わるときに大きく変形することが分かる。これを証拠に98Zrから100Zrの間で、突然の形状変化が起きていると注目されている。

このようなスピン1/2の基底状態とスピン7/2のアイソマー励起状態の組み合わせは、99Zrよりも中性子が二つ少ない97Zr(中性子数57)においても存在します。これまでの研究から、97Zrの基底状態の核磁気モーメント(-0.937(5)μN)と99Zrの基底状態の核磁気モーメント(-0.930(4)μN)はほぼ同じ値であるため、両者の基底状態は同じ性質・形状をしていることが分かっています。基底状態が魔法数近傍で見られる球形の場合には、スピン1/2という値は取り得ないため、両者とも変形していると考えられています。

一方、スピン7/2を持つアイソマー励起状態では、97Zrの場合は核磁気モーメントの大きさが1.37(14)μNと、球形のときに予想される値1.49μNとほぼ一致するため、球形であることが分かっています。ある理論モデルでは、99Zrの励起状態も97Zrと同じく球形であることが予想されていますが、実際に球形をしているのか、それとも偶々核の基底状態のように突然形状変化が起きるのかを確認するため、境界領域に位置する99Zrの励起状態の性質を調べました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、励起状態の核磁気モーメントに注目しました。核磁気モーメントは原子核の磁気的性質を表す量であり、特に原子核内部の陽子や中性子の状態が反映されます。例えば、魔法数近傍の球形の核、特に陽子数や中性子数が魔法数より1だけ大きい核では、その1個の核子(陽子あるいは中性子)が原子核全体の磁気的性質を担っているかのような核磁気モーメントを持ちます。しかし変形核では、この磁気的強度は変化し、変形した核特有の核磁気モーメントを持ちます。したがって核磁気モーメントを測定すると、その状態がどのような性質を持つかを知ることができます。

99Zrの励起状態は、準安定なアイソマー状態であるものの、その半減期は約300ナノ秒しかありません。このように非常に短い半減期を持つ場合、その核磁気モーメントを測定するには、調べたい励起状態を核反応で生成すると同時に、核スピンの向きがそろったスピン整列を作り出す方法が有効です。これまでに研究グループは、スピン整列RIビームの新たな生成法「分散整合二回散乱法」を開発して測定を行ってきました注1, 2)。今回の実験では、収量の観点で有利な核分裂反応の際に生成され得るスピン整列現象を利用して測定を行いました。

実験は、理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)[9]」の超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)[10]を用いて行いました。超伝導リングサイクロトロン(SRC)[11]で光速の約70%となる、核子当たり345メガ電子ボルト(MeV)まで加速した238Uビームをベリリウム(Be)標的に入射して、核分裂反応を起こしました。そしてBigRIPSビームラインを通じて核分裂片の中から99Zrを分離し、99Zrをビームとして取り出しました(図2)。

核分裂反応による核スピン整列99Zrビームの生成の図

図2 核分裂反応による核スピン整列99Zrビームの生成

F0焦点面における一次ビーム238Uの核分裂反応によって、核スピン整列した99Zrビームを生成した。生成した99ZrビームをBigRIPSビームラインによって精製分離し、核磁気モーメント測定装置へと輸送した。

原子核の励起状態は、ガンマ線を放出することによって基底状態に向かって崩壊します。スピン整列している励起状態の場合、このガンマ線の放出角度に異方性が生じます。99Zrの励起状態から放出される122キロ電子ボルト(keV)および130keVのエネルギーを持つ2種類のガンマ線の異方性を検出することで核磁気モーメントの測定を行いました(図3a)。

その結果、核分裂反応で得られたスピン整列度[4]は1.5%程度と小さかったものの、RIBFの誇る大強度ビームを有効利用し、核磁気モーメントの測定に成功しました。そして、得られた99Zr励起状態の核磁気モーメントの大きさ(2.31(14)μN)は、球形形状のときに予想される値(1.49μN)からは大きくかけ離れていることが判明しました(図3b)。

99Zr励起状態の核磁気モーメントの図

図3 99Zr励起状態の核磁気モーメント

(a)スピン整列した励起状態から放出されるガンマ線はその放出角度に異方性を持つ。スピン整列核を磁場中で歳差運動させると、ガンマ線放出の異方性はラーモア歳差運動の倍周波数で時間変化する。この時間変化周期から核磁気モーメントの大きさを決定した。

(b)97Zrと99Zrのスピン7/2を持つ励起状態の核磁気モーメントの大きさの比較。97Zrでは球形のときに予想される核磁気モーメント値と一致するのに対し、99Zrではその値から大きく逸脱している。

理論的解釈によると、この値は励起状態に形状変化が起きたことを意味しています。前述のようにこれまでの研究から、中性子数が57である97Zrの励起状態(スピン7/2)は球形であることが分かっていましたが、そこに中性子を二つ追加するだけで、99Zrの励起状態(スピン7/2)は変形することが分かりました。Zr同位体においては、これまで知られていた偶々核の基底状態における形状変化だけでなく、奇数質量数核の励起状態においても形状変化が起こっていることが明らかになりました。

注1)2012年10月22日プレスリリース「多種多様なRIビームのスピンを操作する新手法を開発

注2)2019年1月30日プレスリリース「磁気モーメントから分かる銅同位体の新たな姿

今後の期待

本研究では、偶々核の基底状態における形状変化が注目されているZr同位体の変化の境界に位置する99Zrの励起状態の核磁気モーメント測定を行い、スピン7/2を持つ励起状態でも形状変化が起きていることを示しました。

今後の実験・理論の双方の進展により、Zr同位体における変形現象の包括的な理解が進むはずです。例えば、今回注目したスピン7/2を持つ励起状態に対して、変形をより直接的に反映する核電気四重極モーメント[12]をRIBFの大強度ビームを用いて測定するなど、さらなる実験的検証が次の目標となります。

また、偶々核の励起状態や遷移確率だけではなく、奇数質量核の核磁気モーメントや電気四重極モーメントも含めて多角的に測定を行うことで、さまざまな特異性を持つ原子核の形状や構造の理解につながる多くの成果が得られると期待できます。

補足説明

1.同位体
物質を構成する原子核には、構造が不安定なために時間とともに放射線を出しながら原子核が崩壊していくものがある。このような原子核を放射性同位元素(RI)といい、放射性同位体、不安定同位体、不安定原子核、希少同位体、ラジオアイソトープとも呼ぶ。同じ元素であっても中性子の数が異なるものを同位体という。同位体は安定なものと不安定なものに分類される。

2.核磁気モーメント
ミクロな粒子がスピンを持つときに、それに付随する棒磁石としての性質。正確には「核磁気双極子モーメント」であるが、単に「核磁気モーメント」と略されることもある。古典的には、電荷を持つ粒子が円周運動をするときに発生する性質である。原子核を構成する陽子、中性子は自分自身の自転に加えて、ある周回軌道を公転する運動をしていると見なせるので、原子核全体としてはこれらの運動すべての総和としての核磁気モーメントを持つ。核磁気モーメントの単位には、核磁子の大きさμNが用いられる。

3.エキゾチック核
天然に存在する安定な原子核は元素ごと(陽子数ごと)に、ある決まった数の中性子が結合している。これより中性子が少なかったり多かったりする場合、有限の時間でベータ崩壊する不安定核となる。不安定核の中でも、特に陽子数-中性子数のバランスが安定核のものから大きく変化し、特異な振る舞いを見せるものを「エキゾチック核」と呼ぶ。このような不安定核、エキゾチック核は、宇宙における元素合成の現場で生成されるが、理研RIBFなどの加速器施設では人工的に生成できる。

4.スピン整列、スピン整列度
通常ミクロな粒子のスピンはそれぞれバラバラな方向を向いているが、ある特殊な磁場環境やレーザーなどを用いた人工的操作によって、それらのスピンの向きをそろえることができる。一方向のみにスピンの向きが偏った状態をスピン偏極、方向は同じだが向きは平行、反平行の両方存在するように偏った状態を「スピン整列」という。最大限に偏らせた状態を100%として、実現している偏りの度合いをスピン偏極度、あるいは「スピン整列度」という。

5.魔法数
原子核中の陽子や中性子は、原子の中の電子のように、さまざまなエネルギーの軌道上を運動している。軌道のエネルギーは殻構造に従って決まっており、メィヤーとイェンゼンの独立粒子模型はこの殻構造をよく説明する。軌道をエネルギーの低いものから高いものへ順番に配置するとギャップが現れ、ギャップの下までびっしりと詰められる粒子数が「魔法数」である。2、8、28、50、82、126が古くから知られているほか、40も準魔法数として知られている。陽子数と中性子数がともに魔法数である原子核は、二重魔法数核と呼ばれる。

6.遷移確率
ある始状態からある終状態へ遷移するときの強度を表す。特に、偶々核の基底状態からスピンパリティ2+を持つ第一励起状態への電磁遷移確率B(E2)は、原子核の変形度を反映するため、陽子数や中性子数を変化させた際の形状変化の指標となる。単位は[e2b2]であるが、一核子の励起に相当する遷移確率を単位としたワイスコープ単位(Weisskopf Unit)[W.u.]もよく用いられる。

7.スピン
原子や電子、原子核などのミクロな粒子があったときに、それらの「方向」を定義する唯一の物理量。古典的には自転に対応する。

8.アイソマー状態
通常、原子核の励起状態は、フェムト秒(1000兆分の1秒)からピコ秒(1兆分の1秒)程度の非常に短い半減期で、ガンマ線を放出して崩壊するが、ガンマ崩壊が抑制されるような特殊な場合には、寿命がナノ秒(10億分の1秒)よりも長くなる準安定状態となる。そのような状態のことをアイソマー状態という。

9.RIビームファクトリー(RIBF)
RIビーム発生系施設と独創的な基幹実験設備で構成される世界最先端の重イオン加速器施設。1基の線形加速器、4基のリングサイクロトロンと超伝導RIビーム分離装置(BigRIPS)で構成される。従来生成できなかったRIも生成でき、世界最多の約4,000種のRIを生成する性能を持つ。

10.超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)
ウラン(U)やキセノン(Xe)などの1次ビームを生成標的に照射することによって生じる大量の不安定核を集め、必要とするRIを分離し、RIビームを供給する装置。RIの収集能力を高めるために、超電導四重極電磁石が採用されており、ドイツの重イオン研究所(GSI)など他の施設に比べて約10倍の収集効率を持つ。

11.超伝導リングサイクロトロン(SRC)
サイクロトロンの心臓部に当たる電磁石に超伝導を導入し、高い磁場を発生できる世界初のリングサイクロトロン。全体を純鉄のシールドで覆い、磁場の漏洩を防ぐ自己漏洩磁気遮断の機能を持つ。総重量は8,300トン。このSRCを使い非常に重い元素であるウランを高速の70%まで加速できる。また、超伝導という方式によって従来の方法に比べ100分の1の電力で動かせるため、大幅な省エネも実現している。

12.核電気四重極モーメント
原子核の電荷分布を反映する量。原子核の形状が陽子の分布と同じであると仮定すると、原子核の形状と関連付けられる。正の電気四重極モーメントを持つときは、楕円を長軸周りに回転させたようなプロレート型、負の電気四重極モーメントを持つときは、楕円を短軸周りに回転させたようなオブレート型の変形をとる。

国際共同研究グループ

理化学研究所 仁科加速器科学研究センター
核分光研究室
専任研究員 市川 雄一(いちかわ ゆういち)
室長 上野 秀樹(うえの ひでき)
客員研究員(研究当時) ジャンミシェル・ドガ(Jean-Michel Daugas)
客員研究員(研究当時) フローン・ボウレイ(Florent Boulay)

本研究は、理化学研究所、大阪大学、東京大学、東京工業大学、フランスの国立科学研究センター(CNRS/CSNSM)、原子力・代替エネルギー庁(CEA)、重イオン加速器研究所(GANIL)などの48人の研究者で構成する国際共同研究グループによって行われました。

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(C)「Cu同位体の励起状態核磁気モーメント測定による中性子過剰核の核構造研究(研究代表者:市川雄一)」、同基盤研究(A)「原子線共鳴法を利用した高核スピン偏極RIビーム生成装置の開発(研究代表者:上野秀樹)」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「高偏極RIビームの生成と核・物質科学研究への応用(研究代表者:上野秀樹)」およびJSPS-CNRS日仏二国間交流事業による支援を受けて行われました。

原論文情報

  • F. Boulay, G. S. Simpson, Y. Ichikawa, S. Kisyov, D. Bucurescu, A. Takamine, D. S. Ahn, K. Asahi, H. Baba, D. L. Balabanski, T. Egami, T. Fujita, N. Fukuda, C. Funayama, T. Furukawa, G. Georgiev, A. Gladkov, M. Hass, K. Imamura, N. Inabe, Y. Ishibashi, T. Kawaguchi, T. Kawamura, W. Kim, Y. Kobayashi, S. Kojima, A. Kusoglu, R. Lozeva, S. Momiyama, I. Mukul, M. Niikura, H. Nishibata, T. Nishizaka, A. Odahara, Y. Ohtomo, D. Ralet, T. Sato, Y. Shimizu, T. Sumikama, H. Suzuki, H. Takeda, L. C. Tao, Y. Togano, D. Tominaga, H. Ueno, H. Yamazaki, X. F. Yang, and J. M. Daugas, “g-factor of the 99Zr (7/2+) isomer: monopole evolution in shape coexisting region”, Physical Review Letters, 10.1103/PhysRevLett.124.112501新規タブで開きます

発表者

理化学研究所
仁科加速器科学研究センター 核分光研究室
専任研究員 市川 雄一(いちかわ ゆういち)
室長 上野 秀樹(うえの ひでき)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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