粒子加速器を用いたBNCT(ホウ素中性子捕捉療法)が実現

頭頸部がんを対象とした医療機器・医薬品の製造販売承認を獲得

2020-04-02 京都大学

 小野公二 名誉教授、丸橋晃 名誉教授、鈴木実 複合原子力科学研究所教授、田中浩基 同准教授らの研究グループは、住友重機械工業株式会社、ステラファーマ株式会社らと共同で、サイクロトロン方式によるBNCT(Boron Neutron Capture Therapy:ホウ素中性子捕捉療法)を実現しました。

 本研究グループは、2007年から加速器を用いたBNCTシステムの開発を住友重機械工業株式会社と進め、2008年末に同システムを設置しました。このシステムはサイクロトロンで加速した30MeV陽子ビームをベリリウム標的に入射することで発生する中性子をBNCTに適したエネルギーに変換し照射する装置です。

 さらにステラファーマ株式会社とのホウ素薬剤の共同非臨床試験を経て、ステラファーマ株式会社および住友重機械工業株式会社の企業治験として、2012年に再発悪性神経膠腫に対し世界初の加速器BNCTの第I相臨床試験を開始、2014年から同様に頭頸部がんに対する第I相臨床試験を開始、2016年からは南東北BNCT研究センターが新たに加わり第II相臨床試験を行いました。この結果に基づいて、2019年には承認申請が行われ、切除不能な局所進行又は局所再発の頭頸部がんを対象として、2020年3月11日に住友重機械工業株式会社が医療機器、2020年3月25日にステラファーマ株式会社が医薬品の製造販売承認を取得しました。

 引き続き、再発悪性神経膠腫を適応疾患に追加する承認申請が計画されており、今後より多くの疾患に対して適応されることが期待されています。

図:(上)BNCT治療システム概略図、(左下)サイクロトロン、(右下)複合原子力科学研究所と同一設計の関西BNCT共同医療センター照射室

詳しい研究内容について
粒子加速器を用いた BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)が実現
―頭頸部がんを対象とした医療機器・医薬品の製造販売承認を獲得―

 複合原子力科学研究所の小野公二、丸橋晃 両名誉教授、鈴木実教授、田中浩基准教授らの研究グループは、2007 年から加速器を用いた BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)システムの開発を住友重機械工業株式会社と進め、2008 年末に同システムを設置しました。このシステムはサイクロトロンで加速した 30MeV 陽子ビームをベリリウム標的に入射することで発生する中性子を BNCT に適したエネルギーに変換し照射する装置です。
 さらにステラファーマ株式会社とのホウ素薬剤の共同非臨床試験を経て、ステラファーマ株式会社および住友重機械工業株式会社の企業治験として、2012 年に再発悪性神経膠腫に対し世界初の加速器 BNCT の第 I 相臨床試験を開始、2014 年から同様に頭頸部がんに対する第 I 相臨床試験を開始、2016 年からは南東北BNCT 研究センターが新たに加わり第 II 相臨床試験を行いました。この結果に基づいて、2019 年には承認申請が行われ、切除不能な局所進行又は局所再発の頭頸部がんを対象として、2020 年 3 月 11 日に住友重機械工業株式会社が医療機器、2020 年 3 月 25 日にステラファーマ株式会社が医薬品の製造販売承認を取得しました。
 引き続き、再発悪性神経膠腫を適応疾患に追加する承認申請が計画されており、今後より多くの疾患に対して適応されることが期待されています。

図 BNCT 治療システム概略図(上)、サイクロトロン(左下)、複合原子力科学研究所と同一設計の関西BNCT 共同医療センター照射室(右下)

1.背景
 ホウ素中性子捕捉療法 (Boron Neutron Capture Therapy: BNCT)注1はホウ素-10 と熱中性子との反応で放出される荷電粒子によって、腫瘍細胞を選択的に破壊する放射線治療法です。京都大学複合原子力科学研究所ではこれまでに京都大学研究用原子炉 (Kyoto University Research Reactor: KUR)を用いて、主に脳腫瘍、頭頸部がん, 悪性黒色腫などを対象に 500 例を超える BNCT の臨床研究を行いました。世界の臨床研究は 1000 例程度ですが、その半数近くが KUR において実施されています。しかし、BNCT で用いられてきた多くの研究用原子炉は老朽化などを理由に運転を停止しており、BNCT の臨床研究が可能な施設は少なくなっています。
 1980 年代から研究用原子炉に替わる加速器 BNCT の研究開発が世界中で行われてきましたが、加速器の電流不足、ターゲットの健全性確保などの課題があり、実用機の完成には至っていませんでした。

2.研究手法・成果
 本研究所では、KUR での臨床経験を基に、サイクロトロンの技術に優れる住友重機械工業株式会社とサイクロトロン方式による加速器 BNCT システムの共同研究開発を 2007 年から行ってきました。システムの設計の後、2008 年末に本システムを本研究所イノベーションリサーチラボラトリ医療棟1階に設置しました。断面図を図1に示します。本システムは 30MeV、1mA の陽子ビームが取り出せるサイクロトロン、ビーム輸送系、治療ビームを生成する減速体系、照射ベッドから構成されています。

図1 イノベーションリサーチラボラトリ医療棟 1 階断面図

 加速器 BNCT システムには、1 時間以内に中性子照射を完了できる熱外中性子注2 強度が求められます。そのためには、大電流の加速器、健全性の高いターゲット、ターゲットからの中性子を BNCT に適したエネルギーに変換する減速体系の開発が不可欠です。
 本研究所においては、30MeV 注3、1mA の陽子ビームがベリリウムに入射することによって得られる高い中性子発生効率に着目しました。また陽子のエネルギーが 30MeV と高く、ベリリウム中を飛行する距離が長い特徴を利用して、ターゲットを突き抜けた陽子が背後の冷却水中に入射する構造にしました。これにより、ターゲット中で陽子が停止することによるブリスタリング注4を克服することが可能となりました。
 30MeV、1mA の陽子がベリリウムターゲットに入射することにより、数 10MeV のエネルギーを有する高速中性子が生成されます。BNCT の治療に適した中性子エネルギーは 10keV 付近であると言われており、そのエネルギーまで減速する必要があります。本システムでは、減速体の材質、厚みを最適化することにより、図 2 の概略図に示すような鉛、鉄、アルミニウム、フッ化カルシウムを用いました[1]。鉛、鉄は高速中性子を減速させる能力を持っています。また、アルミニウム、フッ化カルシウムは中性子を BNCT に適したエネルギーの 10keV 付近まで減速する能力を持っています。減速体の出口には患部の大きさに合わせたコリメータを設置し、熱外中性子ビームを絞ることができる構造になっています。


図2熱外中性子を生成するための減速体系概略図

 BNCT の実現には、患者さんに対する臨床試験を行い、その結果をもって承認を得る必要がありますが、臨床試験を実施する前には装置の工学的安定性と治療ビームの生物学的安全性および効果を確認するために、装置の特性を評価する試験、マウスや細胞を用いた非臨床試験を行わねばなりません。本システムにおいてもコリメータ孔からどのような中性子が取り出されているか、生体を想定した水ファントムに治療ビームを入射した際の線量分布を調べました[2]。
 装置の特性を評価した後に、ステラファーマ株式会社とのホウ素薬剤の共同非臨床試験を実施しました。その後、ステラファーマ株式会社および住友重機械工業株式会社の企業治験として、2012 年に再発悪性神経膠腫に対して世界初の加速器を用いた BNCT の第 I 相臨床試験を、2014 年に頭頸部がんに対する第 I 相臨床試験を開始しました。再発悪性神経膠腫の第 I 相、第 II 相臨床試験は大阪医科大学と、頭頸部がんに対する第 I 相臨床試験は川崎医科大学と共同で実施しました。2016 年から南東北 BNCT 研究センター、国立がん研究センターと共同で再発悪性神経膠腫の第 II 相臨床試験を行いました。同年から南東北 BNCT 研究センターで頭頸部がんに対する第 II 相臨床試験が行われました。この結果に基づいて、2019 年には承認申請が行われ、切除不能な局所進行又は局所再発の頭頸部がんを対象として、2020 年 3 月 11 日に住友重機械工業株式会社が医療機器、2020 年 3 月 25 日にステラファーマ株式会社が医薬品の製造販売承認を取得しました。

3.波及効果、今後の予定
 BNCT 用の医療機器及び医薬品の製造販売承認が得られたことから、厚生労働省が認可した医療としての BNCT が実現しました。引き続き、再発悪性神経膠腫を適応疾患に追加する承認申請が計画されており、今後より多くの疾患に対して適応されることが期待されています。そのためにも、新たなより優れたホウ素薬剤の開発研究、関連する生物学研究、がんの伴侶動物を対象とした獣医臨床研究、更に、治療システムの高度化研究を加速する必要があると考えています。

4.研究プロジェクトについて
 本成果は、住友重機械工業株式会社、ステラファーマ株式会社、大阪医科大学、川崎医科大学、南東北 BNCT 研究センター、国立がん研究センターとの共同により実施されました。

<用語解説>
注1:ホウ素中性子捕捉療法(Boron Neutron Capture Therapy:BNCT)

ホウ素-10 原子核はエネルギーの低い熱中性子を生体構成の諸元素と比べて桁違いに大きい確率で捕獲し、直ちにα線とリチウム原子核に分裂しますが、これらの粒子は細胞の DNA に致死的損傷を与え、がん細胞を死滅させます。α線とリチウム原子核がそれぞれ細胞内で飛ぶ距離はおよそ 9μm及び4μmと細胞の大きさ1個分に相当することから、がん細胞に取り込みやすいホウ素-10 の薬剤を用いることにより、原理的にはがん細胞を選択的に死滅させることができます。

注2:熱外中性子
熱中性子よりもエネルギーが高い中性子で、熱中性子よりも体内における透過力が強い。

注3:MeV (メガエレクトロンボルト)
エレクトロンボルトは陽子や中性子のエネルギーの単位で、eV で表す。メガは 106倍の量であることを示す。

注4:ブリスタリング
ターゲット中に水素の原子核である陽子が入射し、停止することによってガス化し、気泡を形成する現象

<研究者のコメント>
 
本研究開発の成功は、研究所の BNCT 研究に従事する教員のみならず、多くの技術職員、診療放射線技師、看護師、治験の実施に関わった事務職員の一丸となった協力の成果であります。研究所を挙げての加速器 BNCT プロジェクトの成果を医療機関にバトンタッチすることができ、大変うれしく、また安堵しています。今後、研究所の臨床試験で使用された加速器 BNCT システムを用いて、さらなる研究開発に努めてまいります。(田中)

引用文献
[1] Characteristics comparison between a cyclotron-based neutron source and KUR-HWNIF for boron neutron capture therapy,
Hiroki Tanaka, Yoshinori Sakurai, Minoru Suzuki, Shin-ichiro. Masunaga, Yuko Kinashi, Genro Kashino,
Yong Liu, Toshinori Mitsumoto, Satoru Yajima, Hiroshi Tsutsui, Akira Maruhashi, Koji Ono,
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research,B267,2009,1970-1977
10.1016/j.nimb.2009.03.095
[2] Experimental Verification of Beam Characteristics for Cyclotron-based Epithermal Neutron Source (CBENS)
Hiroki Tanaka, Yoshinori Sakurai, Minoru Suzuki, Shin-chiro.Masunaga, Toshinori Mitsumoto, Kazuhiro Fujita, Genro Kashino, Yuko Kinashi, Yong Liu, Masashi Takada, Koji Ono ,Akira Maruhashi,
Applied Radiation and Isotopes,69(12),2011,1642-1645
10.1016/j.apradiso.2011.03.020

 

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