マルチビームX線タイコグラフィを実証 ~放射光を高い効率で利用し観察視野を広げ~

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2020-01-14   理化学研究所,大阪大学,東北大学

理化学研究所(理研)放射光科学研究センター理研RSC-リガク連携センターイメージングシステム開発チームの高橋幸生チームリーダー(東北大学多元物質科学研究所教授、大阪大学大学院工学研究科招へい教授)、広瀬真研修生(大阪大学大学院工学研究科博士後期課程)らの共同研究グループは、放射光マルチビームを用いたX線タイコグラフィ[1](マルチビームX線タイコグラフィ)の実証に成功しました。

本研究成果は、放射光を高い効率で利用でき、単一ビームを用いた従来法よりも広い視野で試料を観察できるといった特長があるため、さまざまな試料の広視野・高分解能イメージングへの応用が期待できます。

部分的コヒーレント[2]な光源である放射光を利用したX線タイコグラフィでは、放射光の利用効率が大きく制限され、X線タイコグラフィの性能向上の妨げとなっていました。

今回、共同研究グループは、大型放射光施設「SPring-8」[3]において、複数の開口を持つ多重スリットと全反射集光鏡を用いて形成した集光X線マルチビームを試料に同時に照射し、複数カ所からの回折強度パターンを取得しました。回折強度パターンに全変動正則化[4]を組み込んだ位相回復計算[5]を実行した結果、試料像の再構成に成功しました。本手法では、開口数(ビーム数)に比例して放射光の利用効率が向上するという利点があります。

本研究は、米国の科学雑誌『Optics Express』のオンライン版(1月8日付)に掲載されました。

マルチビームX線タイコグラフィによる広視野・高分解能イメージングの概念図の画像

図 マルチビームX線タイコグラフィによる広視野・高分解能イメージングの概念図

背景

X線の可干渉性(コヒーレンス)[6]を利用したイメージング技術である「X線タイコグラフィ」は、高い空間分解能と感度を実現できるX線顕微法であり、放射光施設を中心に研究開発が進められています。X線タイコグラフィは、レンズを用いて試料像を結像する従来のX線顕微法とは異なり、試料の回折強度パターンに位相回復計算を実行して試料像を再構成します。そのため、これまでレンズ性能によって制限されてきたX線顕微法の空間分解能を飛躍的に向上させることができます。

これまで理研では、X線タイコグラフィによる試料の高分解能観察を目指した研究を推進し、世界最高水準の性能を実現してきました注1)。さらなる性能向上を目指す上で、現在、ボトルネックとなっているのが放射光コヒーレントX線の利用効率です。放射光施設「SPring-8」においてX線タイコグラフィに利用可能なコヒーレントX線の割合は、例えば、5keV付近において、ビーム全体の0.1%程度とわずかであり、その強度も十分とはいえません。また、コヒーレンスをより向上させた次世代放射光施設[7]においても、利用可能なコヒーレントX線の割合は、ビーム全体の数%程度と見積もられており、ビームの大半をX線タイコグラフィ測定に利用できません。

このように、部分的にコヒーレントな光源である放射光を利用したX線タイコグラフィでは、放射光の利用効率が大きく制限され、X線タイコグラフィの性能向上を妨げていることが課題となっていました。

注1)2016年2月17日プレスリリース「コヒーレントX線の高効率利用法を提案・実証

研究手法と成果

今回、共同研究グループは、複数の開口を持つスリット(多重スリット)を用いて互いに干渉しないX線マルチビームを形成することで、放射光の利用効率が開口の数に比例して向上し、観察視野が拡大される「マルチビームX線タイコグラフィ」を実証しました。

図1上に、マルチビームX線タイコグラフィ測定の概念図を示します。放射光のコヒーレンスを考慮して、多重スリットの個々の開口サイズは、開口を通り抜ける個々のX線ビームが十分なコヒーレンスを得られるサイズにするとともに、開口の間隔は十分離して、X線ビーム間にコヒーレンスが得られないように設計しました(図1左下)。

X線マルチビームを一対の全反射集光鏡によってそれぞれ集光することで、各ビームの集光点は試料の位置で、一定間隔離れるようになっています。集光したX線マルチビームを試料に同時照射すると、試料の複数カ所からの回折強度パターンが遠方で形成されます。複数枚の回折強度パターンが重なった1枚の強度パターン(多重回折強度パターン)を二次元X線検出器で取得します。この多重回折強度パターンの取得を試料走査の各点で行い、多重回折強度パターンのデータセットを構築します。多重回折強度パターンデータセットに対して、全変動正則化を組み込んだ位相回復計算を実行し、マルチビームそれぞれの波動場[8]と試料像を再構成します。

マルチビームX線タイコグラフィ測定の図

図1 マルチビームX線タイコグラフィ測定

上:マルチビームX線タイコグラフィ測定の概念図。

左下:多重スリットの走査イオン顕微鏡(SIM)像。個々の開口サイズは、開口を通り抜ける個々のX線ビームが十分なコヒーレンスを得られるように、開口の間隔は、十分離してX線ビーム間にコヒーレンスが得られないようになっている。1μmは1000分の1mm。

右下:試料位置でのビーム強度分布。多重スリットを使用したトリプルビームは、多重スリットを使用しないシングルビームと同程度の強度を示した。

本手法を、単一ビームを用いた従来のX線タイコグラフィと比較したところ、同じ測定時間で広い観察視野が得られることが分かりました(図2)。

従来のシングルビームとマルチビームによるX線タイコグラフィの比較の図

図2 従来のシングルビームとマルチビームによるX線タイコグラフィの比較

上:左は試料の走査電子顕微鏡(SEM)像、右は各ビームの走査点を表す模式図。シングルビームでは、ビーム2のみを用いる。

中:X線タイコグラフィによって再構成された試料像。トリプルビームの観察視野(右)は従来のシングルビーム(左)よりも広いことが分かる。

下:X線タイコグラフィによって再構成されたビーム波動場。左がシングルビーム(ビーム2)、右の3枚がトリプルビーム(ビーム1~3)。ビーム波動場の画像は全て同じであり、再構成の計算が正しく行われたことを示している。

今後の期待

本研究では、放射光マルチビームを用いたX線タイコグラフィの実証に初めて成功しました。現状では、位相回復計算の収束性に課題がありビームの数が三つに制限されていますが、光学素子として位相モジュレーター[9]を用いることで位相回復計算の収束性を向上させ、ビームの数を10以上に増やすことが可能です。

今後、部分的にコヒーレントな光源である放射光を用いたマルチビームX線タイコグラフィは、さまざまな試料の広視野・高分解能のイメージングへ応用されることが期待できます。

補足説明

1.X線タイコグラフィ
コヒーレントX線回折イメージング手法の一つ。X線照射領域が重なるように試料を二次元的に走査し、各走査点からのコヒーレント回折パターンを測定する。そして、回折パターンに位相回復計算を実行し、試料像を再構成する手法。

2.部分的コヒーレント
ビーム全体に対して光が完全に可干渉(コヒーレント)である場合と、完全に非可干渉である場合の中間の状態。

3.大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その利用者支援は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。

4.全変動正則化
試料構造が滑らかであることを先験情報として解析に利用すること。自然画像の多くは、構造が平滑な傾向にある。

5.位相回復計算
光の強度情報から光の位相情報を回復する計算。反復法が用いられることが多い。

6.可干渉性(コヒーレンス)
波と波が重なり合うとき、打ち消し合ったり、強め合ったりする性質。

7.次世代放射光施設
放射光の可干渉性を向上させるために、蓄積リングを周回する電子ビームのエミッタンスが小さくなるように設計された放射光施設。

8.波動場
空間に分布している波動の様子。

9.位相モジュレーター
光の位相に変調を与える光学素子。

共同研究グループ

理化学研究所 放射光科学研究センター
理研RSC-リガク連携センター イメージングシステム開発チーム
研修生 広瀬 真(ひろせ まこと)
(大阪大学大学院 工学研究科 博士後期課程)
研修生 東野 嵩也(ひがしの たかや)
(大阪大学大学院 工学研究科 博士前期課程)
客員研究員 石黒 志(いしぐろ のぞむ)
(東北大学 多元物質科学研究所 助教)
チームリーダー 高橋 幸生(たかはし ゆきお)
(東北大学 多元物質科学研究所 教授、大阪大学大学院 工学研究科 招へい教授)

研究支援

本研究の一部は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(S)「多次元X線タイコグラフィによる次世代放射光顕微分光プラットフォームの構築(研究代表者:高橋幸生)」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「高度計測の統合利用による蓄電固体界面の物理化学局所状態の解明(研究代表者:雨野浩史)」、同特別研究員奨励費「スペクトロスコピックX線回折イメージングの開発と化学・磁気イメージングへの応用(特別研究員:広瀬真)」の支援を受けて行われました。

原論文情報

Makoto Hirose, Takaya Higashino, Nozomu Ishiguro and Yukio Takahashi, “Multibeam ptychography with synchrotron hard X-rays”, Optics Express, 10.1364/OE.378083新規タブで開きます

発表者

理化学研究所
放射光科学研究センター 理研RSC-リガク連携センター イメージングシステム開発チーム
研修生 広瀬 真(ひろせ まこと)
(大阪大学 大学院工学研究科 博士後期課程)
チームリーダー 高橋 幸生(たかはし ゆきお)
(東北大学 多元物質科学研究所 教授、大阪大学大学院 工学研究科 招へい教授)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

大阪大学 工学研究科 総務課評価・広報係

東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室

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