高効率な超薄型有機太陽電池の寿命が従来の15倍に

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新しい発電層の設計とポストアニール処理による熱安定化技術

2020-03-10

理化学研究所(理研)開拓研究本部染谷薄膜素子研究室の福田憲二郎専任研究員、染谷隆夫主任研究員、創発物性科学研究センター創発機能高分子研究チームの伹馬敬介チームリーダーらの国際共同研究グループは、高いエネルギー変換効率と長期保管安定性を両立する超薄型有機太陽電池[1]の開発に成功しました。

本研究成果は、ウェアラブルエレクトロニクスやソフトロボット[2]用のセンサーやアクチュエータなどに安定的に電力を供給できる、軽量で柔軟な電源として応用されると期待できます。

今回、国際共同研究グループは、発電層を改良するために高エネルギー交換効率と熱安定性を併せ持つバルクヘテロ接合[3]構造の素子を新たに作製しました。さらに、発電層と正孔輸送層の界面における電荷輸送効率向上のため、この素子に対してポストアニール処理[4](150℃)を施しました。その結果、13%の高いエネルギー変換効率と、大気中保管3,000時間で劣化5%以下という長期保管安定性を両立する、超薄型有機太陽電池(厚さ3マイクロメートル)を実現しました。これは過去の最高値と比較して、エネルギー変換効率は約1.2倍向上し、長期保管安定性は15倍改善したことになります。

本研究は、米国アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America』のオンライン版(3⽉9⽇付:⽇本時間3⽉10⽇)に掲載されます。

高効率な超薄型有機太陽電池の寿命が従来の15倍に

高いエネルギー変換効率と長期保管安定性を両立した超薄型有機太陽電池

背景

有機太陽電池は、従来のシリコン型太陽電池に比べ極めて薄い有機半導体薄膜で形成されるため、柔軟性・軽量性に優れ、ウェアラブルセンサーを長時間安定に駆動する電源としての応用が期待されています。特に、基板を含めた全体の厚さを数マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)まで薄型化した超薄型有機太陽電池は、衣服や皮膚に直接貼り付けても違和感がないことが特長です。

福田憲二郎専任研究員らはこれまでに、耐水性、耐熱性を持ち、エネルギー変換効率(太陽光エネルギーを電力に変換する効率)が10.5%に達する超薄型有機太陽電池を実現し、それらを用いたセンサーとの集積化に関する報告を行ってきました注1-3)

しかし、超薄型有機太陽電池は基板や封止膜に薄い高分子フィルムを使用しているため、十分なガスバリア性の確保が難しく、また安定的に駆動するための発電層や電荷注入層の界面を制御する手法がなかったため、エネルギー変換効率と長期保管安定性の両立は依然として不十分でした。

注1)2017年9月19日プレスリリース「洗濯可能な超薄型有機太陽電池

注2)2018年4月17日プレスリリース「耐熱性・高効率・超薄型有機太陽電池

注3)2019年9月27日プレスリリース「太陽電池駆動の皮膚貼付け型心電計測デバイスを開発

研究手法と成果

今回開発した超薄膜有機太陽電池は、基板から封止膜までの全てを合わせた膜厚が3μmと極薄でありながらエネルギー変換効率は13%に達し、大気中で3,000時間保管した後も95%以上のエネルギー変換効率を保持することができました(図1)。これまでの研究では、エネルギー変換効率は10.5%、保持率95%を満たすのは約200時間でした注2)。これと比較すると、エネルギー変換効率は約1.2倍向上し、長期保管安定性は15倍も改善したことになります。

今回開発した超薄型有機太陽電池の長期保管安定性の改善の図

図1 今回開発した超薄型有機太陽電池の長期保管安定性の改善

横軸に大気中室温遮光条件での保管時間、縦軸にエネルギー変換効率の保持率をプロットしている。本研究では、3,000時間保管しても保持率は95%以上であった。研究チームの過去の研究では、95%の保持率を満たすのは200時間ほどしかなかったことから、今回、保持率が15倍も改善されたことが分かった。

本研究成果のポイントは、高エネルギー交換効率と熱安定性を両立する新たなドナー・アクセプター材料ブレンド膜の設計による発電層の改良と、ポストアニール処理による発電層と正孔輸送層の界面での電荷輸送の改善を実現したことにあります(図2)。

今回ドナー材料に用いたPBDTTT-OFTは、東レ株式会社が近年新たに開発した熱安定性に優れる半導体ポリマー[5]です。これまでの研究では、このPBDTTT-OFTとランダムに混合したバルクヘテロ接合構造の発電層を作製するために、アクセプター材料としてフラーレン誘導体[6]を使用していました。しかし、この組み合わせではPBDTTT-OFTの高効率や熱安定性といった特長を十分に引き出すことができませんでした。今回、アクセプター材料として非フラーレン誘導体のIEICO-4Fを用いることで、光捕集性と熱安定性により優れる発電層を作製できました。

これに加え、素子作製後に簡単な熱処理(150℃)を行うポストアニール処理によって、長期保管安定性が大きく改善することを発見しました。微小角入射広角X線散乱法[7]やX線光電子分光法[8]などによる物性評価の結果、この現象は、ポストアニール処理を施すことによって、発電層と正孔輸送層の界面での電荷輸送が改善した結果であることが判明しました。さらに、他の発電層材料や正孔輸送層を試したところ、ポストアニール処理後にエネルギー変換効率が低下してしまったことから、今回の素子構成でのみ高いエネルギー変換効率が保持されることが分かりました。

高いエネルギー交換効率と長期保管安定性を両立するための設計指針の図

図2 高いエネルギー交換効率と長期保管安定性を両立するための設計指針

発電層のドナー材料に半導体ポリマーのPBDTTT-OFTを、アクセプター材料に非フラーレン誘導体のIEICO-4Fを用いることで、高エネルギー変換効率と熱安定性を両立できる発電層を作製できた。また、素子作製後にポルトアニール処理(150℃、5分間)を施すことで、発電層と正孔輸送層の界面での電荷輸送が改善され、それに伴い長期保管安定性も改善された。

今後の期待

今回、新しい発電層と簡便なポストアニール処理を組み合わせることで、超薄型有機太陽電池の高いエネルギー変換効率と長期保管安定性の両立が可能になりました。本研究により、超薄型有機太陽電池がより長期間安定に、大電力を供給することが示されました。本成果は、衣服貼り付け型センサーなどのウェアラブルエレクトロニクスへの長期安定電源応用の未来に貢献すると期待できます。

補足説明

1.有機太陽電池
有機半導体を光電変換層として用いた太陽電池のこと。塗布プロセスによる大量生産が適用できると同時に、安価かつ軽量で柔らかいことから、次世代の太陽電池として注目を集めている。

2.ソフトロボット
柔軟性のある材料を利用した柔らかいロボット。従来の硬い材料を利用したロボットとは全く異なるロボットが実現されるとして、近年世界中で注目を集めている。

3.バルクヘテロ接合
電子供与性(ドナー)と電子受容性(アクセプター)の有機半導体を混合した溶液から薄膜を作成することで、それぞれの材料がランダムに混ざり合い、接合界面が薄膜全体(バルク)に広がっている構造。

4.ポストアニール処理
電子素子を作製した後に行う加熱処理のこと。本研究では作製した有機太陽電池を、窒素雰囲気下で150℃のホットプレート上に5分間置くという処理を行った。

5.半導体ポリマー
半導体の性質を持つポリマー(高分子の有機化合物)材料。可視光を吸収することができ、有機溶剤に溶けるため、塗ることができる半導体として、有機薄膜太陽電池をはじめとした有機デバイスに応用されている。

6.フラーレン誘導体
フラーレンは炭素原子が球状の構造を成している化合物の総称で、ダイヤモンドや黒鉛、カーボンナノチューブと同様に炭素の同素体である。フラーレンは、付加反応などの化学修飾により容易に誘導体を合成することができ、その誘導体の中でも[6,6]-フェニル酪酸メチルエステル(PCBM)が有機太陽電池のアクセプター材料としてこれまで広く使用されてきた。.

7.微小角入射広角X線散乱法
薄膜試料に横方向からすれすれにX線を入射して、後方に散乱されるX線を観測することで、薄膜の結晶構造を解析する実験手法。感度が高く、密度の低い有機薄膜でも構造の解析が可能である。

8.X線光電子分光法
物質にX線を照射し、試料表面から放出される電子の個数とエネルギーの関係を調べることにより、物質内の電子状態を調べる実験手法。この手法により、物質内の電子のエネルギー分布を直接観測することが可能となる。硬X線光電子分光法、軟X線光電子分光法などがある。

国際研究グループ

理化学研究所
開拓研究本部 染谷薄膜素子研究室
専任研究員 福田 憲二郎(ふくだ けんじろう)
(創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム 専任研究員)
主任研究員 染谷 隆夫(そめや たかお)
(創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム チームリーダー、東京大学大学院 工学系研究科 教授)
ジュニア・リサーチ・アソシエイト ジャン・ジ(Zhi JIANG)
創発物性科学研究センター 創発機能高分子研究チーム
チームリーダー 伹馬 敬介(たじま けいすけ)
研修生 ワン・ファンジ(Fanji WANG)

東京大学大学院 工学系研究科 電気系工学専攻
准教授 横田 知之(よこた ともゆき)

米国カリフォルニア大学 サンタバーバラ校 Department of Chemistry & Biochemistry
教授 チュク クエン グエン(Thuc-Quyen NGUYEN)
Graduate Student アクシェタ カルキ(Akchheta KARKI)

豪州モナシュ大学 Materials Science and Engineering
Research Fellow ファン・ウェンチャオ(Wenchao HUANG)

研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)「ウルトラフレキシブル有機太陽電池の開発(研究代表者:福田 憲二郎)」及びJST ACCEL「スーパーバイオイメージャーの開発(研究代表者:染谷 隆夫)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

Zhi Jiang, Fanji Wang, Kenjiro Fukuda, Akchheta Karki, Wenchao Huang, Kilho Yu, Tomoyuki Yokota, Keisuke Tajima, Thuc-Quyen Nguyen, and Takao Someya, “Highly efficient organic photovoltaics with enhanced stability through the formation of doping-induced stable interfaces”, Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 10.1073/pnas.1919769117

発表者

理化学研究所
開拓研究本部 染谷薄膜素子研究室
専任研究員 福田 憲二郎(ふくだ けんじろう)
(創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム 専任研究員)
主任研究員 染谷 隆夫(そめや たかお)
(創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム チームリーダー、東京大学大学院 工学系研究科 教授)
創発物性科学研究センター 創発機能高分子研究チーム
チームリーダー 伹馬 敬介(たじま けいすけ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

0401発送配変電0403電子応用0501セラミックス及び無機化学製品0502有機化学製品
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