酸素金属化に伴う電子状態変化を世界で初めて実測

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2019-10-07  兵庫県立大学,理化学研究所,國家同歩輻射研究中心,高輝度光科学研究センター,愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター

 兵庫県立大学の福井宏之助教(理化学研究所客員研究員兼務)、和田正弘大学院生(当時)、理化学研究所情報システム本部計算工学応用開発ユニットのLe The Anh研究員(当時)は、台湾の國家同歩輻射研究中心(NSRRC)、高輝度光科学研究センター(JASRI)、愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)と共同で、100万気圧で酸素が金属化することに伴う電子状態の変化をX線ラマン散乱測定と電子状態計算により解明しました。

1 研究のポイント
・ 酸素が 100 万気圧付近で金属化する際の電子状態変化を初めて実験的に観測した。
・ 30-40 万気圧でも、絶縁体-半金属転移に対応すると思われる電子状態の変化を観測した。

2 概要
兵庫県立大学の福井宏之助教(理化学研究所客員研究員兼務)、和田正弘大学院生(当時)、理化学研究所情報システム本部計算工学応用開発ユニットの Le The Anh 研究員(当時)は、台湾の國家同歩輻射研究中心(NSRRC)、高輝度光科学研究センター(JASRI)、愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)と共同で、100 万気圧で酸素が金属化することに伴う電子状態の変化を X 線ラマン散乱測定(※1)と電子状態計算(※2)により解明しました。これは、大型放射光施設 SPring-8(※3)とスーパーコンピュータ「京」(※4)とを連携させた研究成果で、米国科学誌「米国科学アカデミー紀要(Proceeding of the National Academy of Sciences of the United States of America)」においてオンライン公開されます。

3 研究背景
我々の生命活動に欠かせない酸素は、地球大気の体積の 2 割を占めるだけでなく、地球深部にも珪酸塩や酸化物として豊富に存在しています。酸素単体にはオゾンという同素体もありますが、通常は酸素原子 2 つが繋がった O2分子として存在しています。O2 分子では 2 つの不対電子のスピンがそろっているため磁石の性質を持っており、低温高圧で安定となる液体酸素や固体酸素は磁気的な性質を持ちます。約 10 万気圧以上では O8 分子からなるイプシロン相が安定になりますが、その際に不対電子が対を作ると考えられ、磁性を示さなくなります。更に圧力をかけると、電気抵抗測定や赤外線の反射率測定により、約 100 万気圧で酸素は金属となることが確かめられました。物質が絶縁体から金属になるときには見た目が大きく変化し(図 1)、それに伴い物質中の電子状態は変化するはずです。これまではコンピュータを用いた電子状態計算により議論がなされていましたが、金属状態の酸素がどのような結晶構造を取るかも未だ明らかではなく、新しい実験データが待ち望まれていました。

4 研究手法と成果
研究グループは、液体酸素を加圧することで固体酸素イプシロン相を合成しました。その際に、宝石として用いられる単結晶ダイヤモンドや愛媛大学が開発した NPD(※5)を用いた高圧発生装置を使用しました。このようにして合成・加圧された試料に対し、酸素の X 線ラマン散乱測定をBL12XU にて、発生圧力と結晶構造の確認を BL10XU にて行いました。X 線ラマン散乱スペクトル(図 2)の形状の圧力変化を調べると、圧力と共に単調に増加していたシグナル(π*バンドおよび σ*バンド)のエネルギーが、酸素が金属化する圧力で減少方向へと変化することが分かりました(図 3)。さらに加圧するとシグナルの変化は再び増加方向へと変化しました。これは酸素の金属転移により電子状態エネルギーが低下することを表しています。π*バンドの圧力変化は電子状態計算でも再現され、価電子バンドと伝導バンドのギャップが閉じることが実験で観測されたことになります。また金属転移には圧力の幅があることが確認されました。しかしながら、σ*バンドの変化は計算で再現されませんでした。金属酸素の結晶構造や電子状態計算の手法について更なる研究が必要です。
また、π*バンドの形状の圧力変化からは、30 万気圧を過ぎた圧力でイプシロン相に何らかの変化が生じていることも分かりました。この変化は電子状態計算でも再現され、絶縁体だった酸素が半金属(※6)状態に変化した可能性が示唆されました。10 万気圧から 100 万気圧という広い圧力範囲で安定だと考えられていたイプシロン相は単一の状態ではありませんでした。

5 今後の展開
今回の研究により、金属酸素の結晶構造は未解決の問題であることがはっきりしました。実験的に結晶構造を解明すべきなのはもちろんのこと、更なる計算手法の改善とそれによる構造研究を行う必要があります。更には、広い圧力範囲で安定であると思われたイプシロン相が、絶縁体と半金属の二つの状態からなることが分かりました。別の理論計算による研究では、イプシロン相は低圧側で反強磁性(※7)を、高圧側で非磁性(※7)を示すということが提案されています。もしかしたら、絶縁体-半金属と反強磁性-非磁性は相関しているかもしれません。この問題についても、研究を進めていきます。また、我々のまわりに様々な形で存在している酸素の電子構造を X 線ラマン散乱で測定していきます。例えば、地球マントル鉱物やマグマのような高温高圧状態での測定もターゲットのひとつです。

6 論文情報
論文タイトル:“Electronic structure of dense solid oxygen from insulator to metal investigated with X-ray Raman scattering”
論文著者:Hiroshi Fukui, Le The Anh, Masahiro Wada, Nozomu Hiraoka, Toshiaki Iitaka,
Naohisa Hirao, Yuichi Akahama, & Tetsuo Irifune
掲載雑誌:Latest Articles (the week of October 7, 2019), Proceeding of the National Academy of Sciences of the United States of America.
DOI:10.1073/pnas.1905771116

 

図 1. 固体酸素の顕微鏡写真。光をあまり反射せず黒く見えていたもの(左:27 万気圧)が徐々に白っぽくなり(中央:55 万気圧)、約 100 万気圧を超えると金属光沢を示す(右:110 万気圧)。

図 2. 金属酸素の X 線ラマン散乱スペクトル。図中に π*バンドと σ*バンドを示した。(左)約 110 万気圧で測定されたスペクトル。(右)計算で得られた約 80 万気圧でのスペクトル。計算スペクトルは、フェルミ準位(※8)を基準として表される。

図 2. 金属酸素の X 線ラマン散乱スペクトル。図中に π*バンドと σ*バンドを示した。(左)約 110 万気圧で測定されたスペクトル。(右)計算で得られた約 80 万気圧でのスペクトル。計算スペクトルは、フェルミ準位(※8)を基準として表される。

7 用語解説
※1 X 線ラマン散乱
物質に入射した X 線のエネルギーEi が電子の励起エネルギーεf -εi よりも大きい場合、エネルギーεi の内殻準位にある電子がエネルギーεf の非占有準位に励起されることがある。励起に使われなかったエネルギーEo =Ei-( εf - εi ) は再び X 線として放出される。X 線ラマン散乱では、入射 X 線エネルギーEiを変えながら、特定のエネルギーE0の散乱 X 線を検出することで、電子の非占有準位の状態密度スペクトルを測定する(下図参照)。状態密度スペクトルは、入射X線と散乱 X 線とのエネルギー差 Ei -Eo = εf - εiに対して得られる。透過性に優れた高エネルギー X 線を使うことができるため、X 線が透過しにくい高圧容器中に入れられた物質を測定するのに向いている。

※2 電子状態計算
与えられた結晶構造について、量子力学の基礎方程式であるシュレディンガー方程式を高い精度の近似で解くことにより、電子の状態を明らかにする計算方法。

※3 大型放射光施設 SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その利用者支援等を高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8 の名前は Super Photonring-8GeV に由来する。放射光とは、光とほぼ等しい速度まで加速された電子が電磁石によって進行方向を曲げられた際に発生する、細く強力な電磁波のことである。SPring-8 では,この放射光を用いて、ナノテクノロジー,バイオテクノロジーから産業利用まで幅広い研究が行われている。

※4 スーパーコンピュータ「京」
兵庫県のポートアイランドにある理化学研究所が所有運用していたスーパーコンピュータ。平成 24 年 9 月に共用が開始され、様々な問題解決に活用されたが、令和元年 8 月 30 日にシャットダウンされた。令和 3 年からは後継機であるスーパーコンピュータ「富岳」が稼働する予定である。

※5 NPD
ナノ多結晶ダイヤモンド(Nano-Polycrystalline Diamond)の略。愛媛大学で合成されたことから Hime-diamond あるいはヒメダイヤとも呼ばれる。単結晶ダイヤモンドよりも硬く、単結晶ダイヤモンドを使用した場合に比べ、同じ圧力をより大きな体積にかけることができる。

※6 半金属
金属状態では価電子バンドと伝導バンドの間にエネルギーギャップが存在せず、電子は自由に動くことができる。半金属状態は、両バンド間のエネルギーギャップはないが、運動量にギャップがある。そのため電子が物質内を自由に運動するためには、何らかの方法でエネルギーか運動量を受け取らなければならない。代表的な半金属はビスマスである。

※7 反強磁性・非磁性
酸素分子(O2)は磁性を持っており、小さな磁石と考えることができる。反強磁性状態では、隣り合う酸素分子の磁石の向きが逆になっている状態である。一方、非磁性状態では、酸素分子は磁石の性質を失っていると考えられる。

※8 フェルミ準位
金属の系においてフェルミ粒子である電子が存在する確率が 50%となるエネルギー。絶縁体の場合では電子が占める最高エネルギー準位を指すこともある。このエネルギーより高い準位では電子の存在確率が低く、内殻準位からその準位への励起(すなわち X 線ラマン散乱)が起こる。

8 問い合わせ先
兵庫県立大学大学院物質理学研究科 助教 福井 宏之

9 機関窓口
兵庫県立大学播磨理学キャンパス経営部 次長兼総務課長 中谷 忠彦

兵庫県立大学の福井宏之助教(理化学研究所客員研究員兼務)、和田正弘大学院生(当時)、理化学研究所情報システム本部計算工学応用開発ユニットのLe The Anh研究員(当時)は、台湾の國家同歩輻射研究中心(NSRRC)、高輝度光科学研究センター(JASRI)、愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)と共同で、100万気圧で酸素が金属化することに伴う電子状態の変化をX線ラマン散乱測定と電子状態計算により解明しました。

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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