SPring-8-IIで高い正確度のデータを得るための条件が明らかに ~バンチモードと光子計数型検出器の関係を定量化~

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2024-02-27 高輝度光科学研究センター,理化学研究所

高輝度光科学研究センター 回折・散乱推進室の今井康彦 主幹研究員、理化学研究所 放射光科学研究センター 先端放射光施設開発研究部門 制御情報・データ創出基盤グループの初井宇記 グループディレクターは、大型放射光施設SPring-8※1のバンチモード※2の種類(放射光X線パルスのタイミングの種類)に対する、光子計数型2次元検出器の実効的な最大計数率をシミュレーションにより評価しました。その結果、バンチモード毎に光子計数型2次元検出器の最大計数率を定量的に明らかにすることができました。
現在SPring-8のSPring-8-II※3へのアップグレードが検討されています。SPring-8-IIへアップグレードするとX線輝度が大幅に向上するため、利用研究の著しい進展が期待されています。しかし、最大計数率とバンチモードの関係はよくわかっていませんでした。本研究により、最大計数率とバンチモードの関係を定量的に明らかにすることができるようになりました。
光子計数型2次元検出器は特に光子エネルギー50〜100 keV領域の高エネルギーX線計測で重要な役割を果たしています。本研究は、このような高エネルギーX線を有効に利用するための基礎的な知見を与えるものです。この成果を活用することで、SPring-8-IIでの最適な検出器動作条件やバンチモードを決定できるようになり、大強度・高エネルギーX線を利用する研究が進展することが期待されます。

本研究の成果は、英国の科学雑誌「Journal of Synchrotron Radiation」にて2024年2月16日(金)にオンライン公開され、同3月1日(金)に出版される3月号に掲載されました。

【論文情報】
題名:Quantifying bunch-mode influence on photon-counting detectors at SPring-8
日本語訳:SPring-8におけるバンチモードが光子計数型検出器に与える影響の定量化
著者:Yasuhiko Imai, Takaki Hatsui
ジャーナル名:Journal of Synchrotron Radiation
DOI:10.1107/S1600577524001085

【研究の背景】
SPring-8-IIでは50〜100 keV領域の高エネルギー放射光X線の強度が、現在のSPring-8の100倍以上になると見込まれています。このような大強度の50〜100 keV領域の高エネルギー放射光X線を使ってX線回折・散乱を高精度に測定するには、検出器側でX線のエネルギーしきい値を設定できる光子計数型2次元検出器が適していると考えられます。なぜなら、光子計数型2次元検出器は高エネルギーX線の測定においてデータの精度を悪化させる原因となる、試料からの蛍光X線やコンプトン散乱といったバッググラウンドをエネルギーしきい値によって排除することができるからです。
一方光子計数型2次元検出器では、最先端のものであっても高計数率域ではパイルアップ※4によってX線光子の数え落としが起こります。そのため、光子計数型2次元検出器は数え落とし補正を加えて使われます。数え落とし補正後のデータの正確度(線形性)は、バンチモードによって異なることが定性的に知られていましたが、定量的な評価がなされていませんでした。このため、バンチモードとデータの正確度についての定量的な評価が求められていました。

【バンチモード】
SPring-8では、8種類のバンチモード(A, B, C, D, E, F, G, Hモード)の放射光X線が提供されています。各バンチモードで蓄積リングに、電子がどのようなパターンで蓄積されているかを図1に示します。バンチモードが異なると、パルス状の放射光X線が試料に到達する周期が異なってきます。例えば、Aモードでは図2(a)に示すタイミングチャートのように約23.6ナノ秒(ナノ秒:10億分の1秒、ns)毎に数10ピコ秒(ピコ秒:1兆分の1秒、ps)のX線パルスが得られます。Bモードでは、図2(b)に示すように2ナノ秒間隔のX線パルスが4回連続し、その後51.1ナノ秒の間をあけて、2ナノ秒間隔の4回のX線パルス、のように繰り返し続きます。このように、バンチモードによって放射光X線パルスのタイミングが決まっています。バンチモードで決まるX線パルスの時間構造は、放射光X線のパルスのタイミングを使う実験で利用されています。

【研究内容と成果】
本研究では、SPring-8の8種類のバンチモード(A, B, C, D, E, F, G, Hモード)の放射光X線に対する光子計数型検出器の応答をモンテカルロ法※5を用いてシミュレーションし、バンチモード毎に信頼できるX線強度の上限を求めました。
光子計数型検出器の応答のシミュレーション結果の例を図3に示します。この例では、検出器の不感時間※6を120ナノ秒、検出器の応答が麻痺型モデル※7に従うと仮定しています。横軸は検出器に入るX線の強度、縦軸は検出器の応答を示しています。検出器の応答がバンチモードによって大きく異なることが分かります。(理想的な検出器でれば、赤の実線で示すように傾きが1の直線になります。)

この研究では信頼できるX線強度の上限を、数え落とし補正後の誤差が1%以下となる最大強度として定義し、実効最大計数率と呼ぶことにしました。1%の正確度を必要とする実験において、実効的に検出器が対応できるX線の最大強度を意味しています。バンチモードによって光子計数型検出器の実効的な最大計数率がどのように変わるか定量的に示すことができます。8種類のバンチモードと蓄積リング一周に均等に電子が蓄積された完全なマルチバンチモードについて求めた実効最大計数率を表1に示し、そのグラフを図4に示します。
不感時間が120ナノ秒の検出器の場合、バンチモードAモードでは、検出器に入るX線の強度が0.916 Mcps/pixel(Mcps/pixel:1画素あたり毎秒100万カウント)以下であれば、1%もしくはそれよりも良い正確度のデータが得られる、ということが分かりました。一方、バンチモードFモードの実効最大計数率は0.012 Mcps/pixelと、Aモードの場合の1/76になっていました。信号強度が強い実験においてデータに1%の正確度を必要とする場合、FモードではX線の強度を弱めなければならないかもしれません。X線の強度が強く、検出器自体の最大計数率が高くても、Fモードでは有効利用できない可能性があります。このように、バンチモードと検出器の不感時間に応じて検出器が受け入れることができる最大強度が明らかとなったことで、X線を有効に使って必要な正確度のデータが得られるようになると期待されます。

また、検出器の不感時間を考慮してバンチモードの時間構造を見直すと(例えば完全マルチバンチモード)、より高い強度まで信頼できるデータを得ることができることも分かりました。バンチモードの時間構造は、光子計数型2次元検出器の実効最大計数率に大きな影響を与えるからです。SPring-8-IIに対するバンチモードの時間構造を決める際には、時間構造を積極的に利用する実験の効率だけでなく、ビームラインで使われている多数の光子計数型2次元検出器の効率を考慮した総合的な検討が必須であることが明確になりました。

我々は、任意のバンチモードに対する光子計数型検出器の数え落とし特性を簡単にシミュレーションすることができるウェブアプリケーションを開発済みで、近々公開する予定です[1]。

【今後の展開】
光源性能が飛躍的に向上するSPring-8-IIでは、現在は1日かかっているような超精密測定が数10分まで短縮され、1000試料以上の大規模な試料群あるいは試料に急激な温度変化を与えながら測定する、といった新たな展開が可能となると期待されています。このような高速測定時には高計数率時の正確度が重要になります。本研究により、高エネルギー放射光X線実験において光子計数型2次元検出器を高い正確度で動作させるための基礎的な知見が得られました。この知見を基礎にすることで、SPring-8-IIでの大強度・高エネルギーX線を利用する研究が進展することが期待されます。

図1 SPring-8の8種類のバンチモードの電子のフィリングパターン


図2 SPring-8のバンチモードAモード(a)とBモード(b)の放射光X線パルスのタイミングチャート(137ナノ秒までを示している)。


図3 シミュレーションによって求めた光子計数型検出器の応答曲線。不感時間は120ナノ秒、検出器の応答は麻痺型モデルに従うと仮定した。(マルチ)は完全なマルチバンチモード(現在のSPring-8では運用されていない)。


表1 SPring-8のバンチモードに対する実効最大計数率。3種類の不感時間(120ナノ秒、0.5マイクロ秒、3マイクロ秒)について計算した結果。(マルチ)は、蓄積リング一周に均等に電子が蓄積された完全なマルチバンチモード(現在SPring-8では運用されていない)。


図4 表1をグラフ表示したもの。SPring-8のバンチモードに対する実効最大計数率。3種類の不感時間(120ナノ秒、0.5マイクロ秒、3マイクロ秒)について計算し結果。(マルチ)は、蓄積リング一周に均等に電子が蓄積された完全なマルチバンチモード(現在SPring-8では運用されていない)。


【用語解説】

※1. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

※2. バンチモード[2]
バンチモードとは、蓄積リングに電子を蓄積しているパターンを示しています。SPring-8では、一周1436 mの蓄積リングに電子が入るバケットと呼ばれ部分が2436箇所あります。この2436箇所に、どのようなパターンで電子を蓄積しているかを示すのがバンチモードとなります。SPring-8では、A, B, Cモード3種のセベラルバンチモード(等電流バンチ等間隔フィリングモード)とD, E, F, G, Hモードの5種のハイブリッドバンチモード(高電流孤立バンチと低電流バンチトレインからなるモード)の合計8種類があります。放射光X線パルスは電子から放射されるため、バンチモードの種類に応じてX線パルスが発生するタイミングが異なっています。放射光X線パルスのタイミングを利用した実験では、それぞれの実験に適したバンチモードを選んで実験が行われています。

※3. SPring-8-II
SPring-8で計画されている現行加速器のアップグレード後の施設の名称。SPring-8-IIは2029年度からの供用開始を目指しています。

※4. パイルアップ
検出器にX線パルスが2つ以上同時、もしくは検出器が時間的に連続する2つのX線パルスを2つと区別できないほど短い時間間隔で2つ以上入った場合に、検出器の中でX線が作る電気信号が積み重なることで、X線パルス1つが作る信号よりも高い電圧をもつ1つの信号として観測される現象をいいます。2つ以上のX線パルスを区別できずに、1つと数えることで数え落としにつながります。

※5. モンテカルロ法
数値計算やシミュレーションに乱数を使う方法。本研究では、X線パルスが蓄積リングのどの位置の電子から放射されたかを決める際に乱数を用いました。

※6. 不感時間
光子計数型検出器において、1つのX線パルスが検出器に入ってから、次のX線パルスを前のX線パルスとは別のX線パルスとして数えることができるようになるまでの時間をさします。検出器の信号処理には一定の時間がかかるため、その時間(不感時間)の間に次のX線パルスが入るとパイルアップが起こります。

※7. 麻痺型モデル
光子計数型検出器の応答をモデル化したモデルの1つです。検出器に入ったX線パルスを数えるか数えないかが、直前に入ったX線パルスと注目しているX線パルスとの時間差だけで決まる場合に対応したモデルになります。不感時間よりも短い時間間隔でX線パルスが連続して検出器に入ると、全く数えることができず麻痺したようになってしまうため、麻痺型モデルと言われています。図3のHモードに対する応答曲線で、横軸4〜5 Mcps/pixelにおいて、入射するX線の強度が上がっているにも関わらず検出器の応答が下がっているのが麻痺型モデルの特徴的な応答になります。

【参考文献】
[1] Y. Imai, & T. Hatsui, (2024). Count-loss simulation (filling-pattern dependence of count-loss effect for photon-counting detectors). To be released.
・https://det.spring8.or.jp/.

[2] RIKEN & JASRI (2023). SPring-8 several bunch mode.
・http://www.spring8.or.jp/en/users/operation_status/schedule/bunch_mode.


《問い合わせ先》
今井 康彦(イマイ ヤスヒコ)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 回折・散乱推進室 主幹研究員

初井 宇記(ハツイ タカキ)
国立研究開発法人理化学研究所 放射光科学研究センター
先端放射光施設開発研究部門 制御情報・データ創出基盤グループ グループディレクター

(報道に関すること)
(SPring-8 / SACLAに関すること)

高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
理化学研究所 広報室 報道担当

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