物体内部のらせん構造の向きを識別するX線顕微鏡

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高性能機能材料デバイスで生じるX線光渦を用いた新しい観察法

2020-07-31 理化学研究所,高輝度光科学研究センター,量子科学技術研究開発機構

理化学研究所(理研)放射光科学研究センター放射光イメージング利用システム開発チームの香村芳樹チームリーダー、ビームライン研究開発グループ理論支援チームの澤田桂研究員、高輝度光科学研究センター分光・イメージング推進室の水牧仁一朗主幹研究員、量子科学技術研究開発機構(量研)量子ビーム科学部門関西光科学研究所放射光科学研究センターの大和田謙二グループリーダーらの共同研究グループは、大型放射光施設「SPring-8」[1]において、X線顕微鏡を用いて物体内部のらせん構造の向きを識別する新しい観察法を開発することに成功しました。

本研究成果は、生体内のさまざまならせん構造の向きの識別・分布から、生命現象を理解する新しいツールを生むとともに、材料を特徴づけるらせん転位[2]の識別や、分布の観察を可能にし、高性能の半導体素子や発光素子、高剛性の金属などを効率良く開発するために役立つと期待できます。

今回、共同研究グループは、物体内部のらせん構造の向きを識別するために、動径(中心から外に向かう方向)および角度方向の微分に感度を持つ[3]X線顕微鏡を新しく開発しました。このX線顕微鏡では、物体のらせん構造の性質を「光渦(ひかりうず)[4]」の波面に転写させ、結像レンズとしてらせんフレネルゾーンプレート[5]を用いることで、らせん構造の向きを識別します。実験では、物体を通って生じたX線光渦の巻数[6]を求め、同時にらせん構造の位置情報を決定することに初めて成功しました。

本研究は、科学雑誌『Optics Express』オンライン版(7月31日付)に掲載されます。

本研究で開発したX線顕微鏡の模式図の画像

本研究で開発したX線顕微鏡の模式図

背景

自然界にあるDNAやタンパク質中のα-ヘリックスが持つらせん構造、耐熱性に優れた次世代半導体中のらせん転位など、生命現象や材料科学の根幹を担うさまざまな分子や結晶には、らせん構造が満ちあふれています。これらの構造が、自然界にどのように誕生したのか、私たちの科学技術の進展にどう利用できるのかは、自然科学研究の大きなテーマとなっています。

共同研究グループは、らせん構造を持つ物体の向きを識別するために、X線が透過する際、「光渦(ひかりうず)」が生じることに注目しました注1)。光渦は、中心の周りにらせん階段状の波面を持ち、一周すると、波長の整数倍ずれた波面につながる構造を持っています。この整数は、位相が2πの周期で回った回数つまり「巻数」を表しています。光渦は、巻数に比例した中心軸周りの軌道角運動量[7]を持ちます(図1)。また、その中心点は、強度はゼロであり定まった位相を持たない波面上の位相欠陥[8]です。位相欠陥は、さまざまなスケールの物理現象でも生じ、宇宙物理、素粒子物理などでも、広く研究対象になっています。

光渦ビームの巻数と周辺の強度分布の関係の図

図1 光渦ビームの巻数と周辺の強度分布の関係

(上段)通常のレーザー光の波面は平面であるのに対し、光渦ビームの波面はらせん階段状である。中央と右の光渦ビームは、進行方向に向かってそれぞれ、時計回り、反時計回りに、波面の法線が傾いている。中心に暗点を持ったドーナツリング状の強度分布を示し、区別がつかないが、(中段)巻数の符号が異なり、(下段)赤矢印で示すように、逆向きの軌道角運動量を運ぶ。

注1)2018年4月19日プレスリリース「SACLAにおける光渦照射による針状構造の形成

研究手法と成果

共同研究グループは、X線顕微鏡を使って、物体内部のらせん構造の向きの識別に役立つ新しい顕微観察法を提案し、その実験に世界で初めて成功しました。通信では、複素信号[9]の時間微分の情報を取得するためヒルベルト変換[10]が利用されています。今回の顕微鏡では、二次元のヒルベルト変換を施すことで、物体を通った波の振幅および位相の二次元分布の微分情報を取得し、物体の厚みなどが変化する領域をコントラストよく観察できます。

らせん構造を持つ物体を通って生じたX線光渦の巻数mを調べるために、動径および角度方向の微分に感度を持つX線顕微鏡を使いました。この顕微鏡では、物体を通ったX線波面にらせんの性質を加える結像レンズとして、一周で位相2πを与える「らせんフレネルゾーンプレート」を用いました(図2)。らせんフレネルゾーンプレートには、二つのらせん形状のゾーンが2回対称に配置されています。らせんフレネルゾーンプレートは裏返すことで、らせんの向き(時計回りと反時計回り)が入れ替わるため、表と裏のそれぞれを利用することにより、巻数が正負の2通りのデータが取得できます。物体を通って生じたX線光渦の巻数mと、らせんフレネルゾーンプレートで加えられる巻数lが打ち消し合えば、像には、光渦特有の強度ゼロの中心点がなくなり、一方、打ち消し合わなければ、中心点は強度ゼロのままになると理論的に予想されます(図2)。

実験手法の概念図の画像

図2 実験手法の概念図

(a)SPring-8での実験セットアップの概念図。橙の点線で示すように、物体を通って生じたX線光渦の巻数mと、らせんフレネルゾーンプレートで加えられる巻数lが打ち消しあえば、画像検出器の像には、光渦特有の強度ゼロの中心点がなくなり、明るいスポットが生じる。打ち消しあわなければ、緑の点線で示すように、中心点は暗いままとなる。物体位置に、光渦による、一周すると波長分だけ上下にずれつながったらせん階段状の波面と、その位相分布を示した。

(b)実験で使用したらせんフレネルゾーンプレートの可視光顕微鏡写真。二つのらせん形状のゾーンが2回対称に配置されており、表面が黄色っぽく、底面が黒っぽく見えている。ゾーンの深さは1.84マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)、一番外側の細いゾーンの幅は0.18μm、スケールバーは100μmである。

実験では、大型放射光施設「SPring-8」のビームラインBL29XUにおいて、7.71keVのX線を用いました。まず、らせん構造を持つモデル物質として、シリコン基板に滑らかな彫り込みを加えて時計回り、反時計回りに厚みが減少するようにした四つのらせん位相板を作製しました。これらのらせん位相板にX線(平面波)を透過させ、出てくるX線の位相が位相板中心の周りで、0から2πまで連続的に変化する光渦を生成しました。すると、この光渦は隣同士で、逆符号の巻数m(m = +1、m = -1)を持つことが分かりました(図3a)。

また、画像検出器のスクリーン上には、らせんフレネルゾーンプレートの巻数lと位相板で生じる光渦の巻数mが、逆符号の整数という条件(l = -1とm = +1およびl = +1とm = -1)が満たされるときだけ、互いの渦の性質が打ち消され、光渦特有の中心強度がゼロの点が消え、明るいスポットが生じました(図3b)。このようにして、理論的に予想された現象をX線顕微鏡上で観察することに成功し、物体を通ることで生じた光渦の巻数を求め、位置情報も同時に決定できました。

さらに理論分析を行った結果、この明点の有無は、波動関数の位相のねじれ具合を表すベリー曲率[11]の値と関係していることが分かりました。X線におけるベリー曲率は、以前SPring-8で発見されたX線横滑り現象[12]注2-4)でも本質的な役割を果たしており、今回、らせん構造の識別への応用という新たな側面が見いだされました。

実験結果の図

図3 実験結果

(a)四つのらせん位相板を時計回り、反時計回りに厚みが減少するように、シリコン基板上に形成した試料の走査型電子顕微鏡像。mは、X線が透過した際に生じる光渦の巻数を示す。

(b)(a)の試料の動径および角度方向の微分に感度を持つ顕微鏡像。物体の光渦の巻数mと、レンズ(S FZP)が加える巻数l が逆符号の整数という条件、すなわちl =-1とm =+1(左)、およびl =+1とm =-1(右)が満たされるときだけ、顕微鏡像上の中心に明るいスポットが生じた。

注2)2010年6月10日プレスリリース「歪み単結晶に照射したX線が、巨大な横ずれを引き起こす現象を観測

注3)2013年1月31日プレスリリース「半導体結晶を通過するX線が2方向に分岐する現象を発見

注4)2016年10月13日プレスリリース「横滑りX線導波管

今後の期待

今回の研究で、動径および角度方向の微分に感度を持つX線顕微鏡を用いることで、物体内部のらせん構造の向きを識別し、その分布を求めることに成功しました。本研究では、モデル物質を透過させて観察しましたが、原子レベルのらせん転位を含んだ結晶試料を使えば、反射波面にらせんの性質を転写し、その識別に利用できると考えられます。

今回の顕微鏡は、生体内のさまざまならせん構造の向きを識別し、分布を観察することを可能にし、生命現象を理解する新しいツールとなると思われます。また、機能材料を特徴づける転位を観察することで、半導体素子、発光素子、高剛性の金属の特性との関係を解明し、高性能化し、また、効率良く開発することが可能になると期待できます。

補足説明

1.大型放射光施設「SPring-8」
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所が所有する大型放射光施設で、その利用者支援は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。

2.らせん転位
結晶中で格子面がらせん状に不連続になっている部分のこと。

3.動径および角度方向の微分に感度を持つ
物体の厚みなどが二次元的に変化する領域をコントラストよく観察できることを指す。

4.光渦(ひかりうず)
波面が一定の角度で傾いたらせん階段状になった光のこと。中心で光の強度がゼロとなり、周囲にドーナツ状の輪が生じる。中心では位相が不確定となり、周囲のドーナツリングの部分を一周すると、位相が2πの整数倍だけ変化するという特徴がある。

5.らせんフレネルゾーンプレート
二つのらせん形状のゾーンが2回対称に配置され、ゾーン間の深さの差により、透過X線にπの位相差を与えるプレートのこと。回折現象を利用した設計がなされており、レンズの機能を持ち、ある焦点距離でX線を集光し、また、物体の像を形成する顕微鏡のレンズとして用いることができる。干渉効果が中心軸上で完全に打ち消し合うため、中心軸上での強度がゼロとなる。

6.巻数
ある点の周りを回った回数。

7.軌道角運動量
位置ベクトルと運動量ベクトルの外積で表される物理量のこと。光渦も有限の値を持っている。

8.位相欠陥
波動関数の位相の飛びがある領域のこと。摂動に対して安定で、崩壊しにくい性質を持つ。

9.複素信号
振幅と位相などの二つの量で表わされる信号のこと。複素数で表すと、原点からの距離が振幅、角度が位相にあたる。

10.ヒルベルト変換
複素信号の実部から虚部、あるいは虚部から実部を求める変換のこと。信号の波の振幅の情報だけから、位相情報を求めることができる。

11.ベリー曲率
波動関数がパラメータ空間でもつ曲率のこと。磁場を拡張した概念で、磁場もベリー曲率の一種として位置づけられる。

12.X線横滑り現象
結晶歪みによってX線の波束の軌道が曲がる現象。2006年にベリー曲率によって引き起こされるという理論予言がなされ、2010年に実験で実証された。X線では屈折の大きさが非常に小さいが、ひずみ結晶中で生じる横滑り量は屈折の大きさに反比例し、歪み量の100万倍に及ぶ。結晶からの出射光は入射光と平行で、角度広がりも生じない。

共同研究グループ

理化学研究所 放射光科学研究センター
利用システム開発研究部門
物理・化学系ビームライン基盤グループ
放射光イメージング利用システム開発チーム
チームリーダー 香村 芳樹(こうむら よしき)
グループディレクター 矢橋 牧名(やばし まきな)
XFEL研究開発部門 ビームライン研究開発グループ
理論支援チーム
研究員 澤田 桂(さわだ けい)
センター長 石川 哲也(いしかわ てつや)

高輝度光科学研究センター 分光・イメージング推進室
主幹研究員 水牧 仁一朗(みずまき まさいちろう)

量子科学技術研究開発機 構量子ビーム科学部門 関西光科学研究所
放射光科学研究センター
グループリーダー 大和田 謙二(おおわだ けんじ)
次長 綿貫 徹(わたぬき てつ)

原論文情報

Yoshiki Kohmura, Kei Sawada, Masaichiro Mizumaki, Kenji Ohwada, Tetsu Watanuki and Tetsuya Ishikawa, “X-ray microscope for imaging topological charge and orbital angular momentum distribution formed by chirality”, Optics Express, 10.1364/OE.392135

発表者

理化学研究所
放射光科学研究センター 利用システム開発研究部門 物理・化学系ビームライン基盤グループ 放射光イメージング利用システム開発チーム
チームリーダー 香村 芳樹(こうむら よしき)

XFEL研究開発部門 ビームライン研究開発グループ 理論支援チーム
研究員 澤田 桂(さわだ けい)

高輝度光科学研究センター 分光・イメージング推進室
主幹研究員 水牧 仁一朗(みずまき まさいちろう)

量子科学技術研究開発機構 量子ビーム科学部門 関西光科学研究所
放射光科学研究センター
グループリーダー 大和田 謙二(おおわだ けんじ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

SPring-8/SACLAに関すること

高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
量子科学技術研究開発機構 経営企画部広報課

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