2019-08-06 農研機構,山形東亜DKK株式会社,丸山株式会社,株式会社リセルバー,山形県農業総合研究センター養豚試験場,千葉県畜産総合研究センター,熊本県農業研究センター畜産研究所,宮崎県畜産試験場,沖縄県畜産研究センター
ポイント
発電細菌1)を利用してBOD(生物化学的酸素要求量)2)を6時間で測定できる「BOD監視システム」を開発しました。水質(BOD値)の監視や、排水処理施設の運転制御が可能になり、省エネや浄化性能の向上が期待できます。水質データをスマートフォンで閲覧できるIoTデバイスも開発しました。
概要
BODは水の汚れの指標であり、河川の水質監視や排水の浄化処理において重要な測定項目になっています。従来法によるBODの測定では、5日間もの長い測定時間が必要でした。BODを短時間で測定できると、排水処理施設においてBODの値に基づく高度な運転管理が可能になり浄化性能を向上できます。農研機構は、発電細菌が水中の有機物濃度に相関した電流を生み出す活性を応用してBODをわずか6時間で測定できる新しいセンサーを考案しました。山形東亜DKK株式会社はこのセンサーに自動サンプリング機能や排水処理施設の装置を制御するための出力機能、水質データをwebサーバーに送信してスマートフォンで閲覧するIoT機能などを備えた「BOD監視システム」の製品化に取り組みました。
本システムを利用すると、水質の監視やBODの値に応じて浄化槽の曝気3)時間を最適化することで消費電力の低減(省エネ)が期待できます。
本年の7月に水質汚濁防止法による畜産業に対する窒素(硝酸性窒素等)の暫定排水基準4)が600mg/Lから500mg/Lに強化されました。本システムを利用した曝気制御により窒素規制の強化に対応できる排水処理が可能になり、環境と調和した養豚業への貢献が期待できます。現在、丸山株式会社、株式会社リセルバー、山形県農業総合研究センター養豚試験場、千葉県畜産総合研究センター、熊本県農業研究センター畜産研究所、宮崎県畜産試験場、沖縄県畜産研究センターと共同で各地の養豚場の排水処理施設で実証試験を行っています。2020年度の市販化を予定しています。
関連情報
予算:農研機構生物系特定産業技術研究支援センター「革新的技術開発・緊急展開事業」(うち経営体強化プロジェクト)「BODバイオセンサーを利用した豚舎排水の窒素除去システムの開発」、特許:特許第6327718号
問い合わせ先など
研究推進責任者 :農研機構畜産研究部門 研究部門長 小迫 孝実
研究担当者 :農研機構畜産研究部門 畜産環境研究領域 横山 浩
山形東亜DKK株式会社 開発設計部 伊藤 和紀
丸山株式会社 代表取締役副社長 佐藤 義則
株式会社リセルバー 開発部 高橋 一寿
山形県農業総合研究センター養豚試験場 五十嵐 宏行
千葉県畜産総合研究センター 企画環境研究室 長谷川 輝明
熊本県農業研究センター畜産研究所 林田 雄大
宮崎県畜産試験場 川南支場環境衛生科 森 弘
沖縄県畜産研究センター 飼養環境班 二宮 恵介
広報担当者 :農研機構畜産研究部門 広報プランナー 粕谷 悦子
山形東亜DKK株式会社 取締役 水口 人史
丸山株式会社 総務本部 広報担当 新沼 史智
株式会社リセルバー 開発部 高橋 一寿
山形県農業総合研究センター養豚試験場 五十嵐 宏行
千葉県畜産総合研究センター 企画環境研究室 斉藤 健一
熊本県農業研究センター 企画調整部 舛田 将大
宮崎県畜産試験場 研究企画主幹 有馬 典男
沖縄県畜産研究センター 飼養環境班 片桐 慶人
詳細情報
開発の背景
BODは最も一般的に使用されている水の汚れの指標で、排水の浄化処理や河川の水質監視において重要な測定項目になっています。豚舎から出る排水中のBOD値は日々変動するため、豚舎排水の処理施設では浄化槽の曝気時間などBODの値に応じた運転制御が望まれます。しかし、従来法によるBOD測定では測定結果を得るのに5日間かかるため、水質の変化に対応した高度な運転制御を行うことは困難でした。また近年、畜産業に対する窒素の排水基準が強化される傾向にあります。今後、養豚業を継続するためには窒素規制をクリアできる浄化設備の整備が不可欠です。排水中に含まれる窒素を除去(窒素除去5))する際にもBOD値に応じた曝気制御が必要になります。
酸素がない環境で有機物を分解する際に電流を発生する「発電細菌」という細菌群が知られており、土壌など様々な環境に存在しています。電気を作るという興味深い活性から、発電細菌を利用した新しいバイオプロセスの開発が世界中で活発に行われています。農研機構では、発電細菌を利用してBODを短時間で測定できる新しいセンサーの開発に取り組みました。
BOD監視システムの特徴
1.発電細菌の電流生産を応用したセンサーを設計しました(図1)。本システムは、作用電極と参照電極、対極を電位制御装置(ポテンショスタット)に接続した構造です。発電細菌は作用電極に付着して水中の有機物濃度と相関した電流を生み出します。排水処理施設の曝気槽や最終沈殿槽に設置して、サンプリングから測定、データ送信までを全自動で行います。
2.排水を装置に投入すると、排水に含まれている発電細菌が自発的に作用電極に付着します。発電細菌が発生する電流は、排水の上澄みのBOD値に相関します。図2は、農研機構(つくば)に設置した試験用の小型曝気槽と熊本県の養豚排水処理施設の曝気槽で行った実験結果が示されています。曝気槽が正常に管理されている場合、高い精度でBODを測定できます(決定係数R2 > 0.8)。
3.排水を水中ポンプで装置に投入して測定を開始します。上澄みのBODを6時間で測定できます。本システムは排水基準を参考にBOD値を◎(< 50mg/L)、○(50~100mg/L)、×(> 100mg/L)の3段階で判定します。
4.IoT機能によりBODやpH、水温などのデータはwebサーバーに格納され、スマートフォンやPCで簡単に把握できます(図3)。グラフ表示とCSVフォーマットでデータのダウンロードも可能です。BODやpHが設定値を超えた場合や装置に異常があるとメールを送信するアラート機能付です。
5.本システムは外部出力を備えています。BODとpHの値に基づいて曝気槽のブロアーをOn/Off制御して、無駄な曝気の削減(省エネ)や間欠曝気時間の最適化による窒素除去の促進など、排水処理施設の浄化性能を向上させます。
今後の予定・期待
2020年度の市販化を予定しています。本システムを養豚場の排水処理施設に設置することで窒素規制への対応も可能になり、養豚地帯の水環境を保全して持続可能な経営への貢献が期待されます。
用語の解説
- 1)発電細菌
- 酸素がない環境で有機物を分解する際に電流を発生する性質を持つ細菌で、土壌や海底、家畜ふん、活性汚泥、堆肥など様々な自然環境に生息しています。発電細菌は単独の細菌種ではなくGeobacter属細菌など、とても多くの細菌種が知られています。本センサーの電極上には、Geobacter属細菌が存在していることが確認されています。
- 2)BOD
- 生物化学的酸素要求量 (Biochemical oxygen demand)のことで、微生物が分解できる有機物の量を反映しています。一般的には水の汚れを示す指標として用いられ、排水浄化処理や河川の水質管理において重要な測定項目です。BODの値が高い程、水は汚れていて、BODの値が低い程、水はきれいであると判断されます。
- 3)曝気
- 浄化槽に大量の空気を注入する操作です。微生物が排水中の有機物を分解してBODを減少させるためには、曝気が必要です。曝気には大量の電力が消費されており、排水処理施設のランニングコストの多くを占めています。本システムはBODが基準値以下まで低下した時、曝気を停止させて消費電力を削減して省エネに貢献します。
- 4)(硝酸性窒素等の)暫定排水基準
- 排水中に含まれている窒素は湖沼の富栄養化の原因であり毒性もあることから、適正に除去した後、放流する必要があります。水質汚濁防止法では排水中の硝酸性窒素等(アンモニア、アンモニウム化合物、亜硝酸化合物及び硝酸化合物)を一律排水基準である100mg/L以下に規制しています。畜産業を含む11の業種には暫定の排水基準が定められています。この暫定排水基準は3年ごとに見直しが行われます。畜産業に対しては、本年7月から600mg/Lから500mg/Lに引き下げられました。今後、この暫定排水基準はさらに厳格化される可能性があります。畜産業を持続的に行うためには強化傾向の排水基準をクリアできる浄化施設の整備が必須です。
- 5)窒素除去
- 浄化処理施設では、有機物の分解に伴って排水中に水溶性の窒素(アンモニウムイオン(NH4+)、亜硝酸イオン(NO2-)、硝酸イオン(NO3-))が蓄積します。窒素は曝気と曝気停止を繰り返す間欠曝気により最終的に窒素ガスに変換して排水から除去されます。養豚排水のように窒素が多く含まれている排水では、BOD値と窒素量に対応した緻密な曝気時間の制御が必要です。しかし、これまでBODを短時間で測定する手法がなかったため、BODの値に元づく曝気制御は困難でした。本システムはわずか6時間でBODを検出できるので、BODに対応した曝気制御が可能になり、排水処理施設の窒素除去性能を向上できます。
発表論文
Takahiro Yamashita, Natsuki Ookawa, Mitsuyoshi Ishida, Hiroyuki Kanamori, Harumi Sasaki, Yuichi Katayose, Hiroshi Yokoyama 2016. A novel open-type biosensor for the in-situ monitoring of biochemical oxygen demand in an aerobic environment. Scientific Reports 6: 38552. https://doi.org/10.1038/srep38552
参考図
図1 BOD測定部の模式図
図2 発電細菌の電流(測定開始から6時間後)と従来法(硝化抑制剤を加えて20°Cで5日間培養)で測定した曝気槽上澄みのBODとの相関
図3 IoTのwebイメージ