88年の常識を覆す画期的な電子顕微鏡を開発~磁石や鉄鋼などの磁性材料の原子が直接見える~

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2019-05-24  科学技術振興機構,東京大学,日本電子株式会社

ポイント
  • 電子顕微鏡は原理的に強い磁場の中に試料を入れるため、磁石や鉄鋼などはその磁場により構造が壊れてしまうなど、原子構造の観察は困難だった。
  • 顕微鏡の心臓部に当たるレンズを新たに考案(特許出願済)し、試料にかかる磁場だけをほぼゼロにして電磁鋼板の原子構造の直接観察に成功した。
  • 電気自動車で使われる永久磁石や電磁鋼板、高密度な磁気記録媒体など優れた磁性材料の研究開発に必要不可欠な先端計測機器となることが期待される。

JST 先端計測分析技術・機器開発プログラムにおいて、東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構 柴田 直哉 機構長と日本電子株式会社の共同開発チームは、新構造のレンズを組み込んだ画期的な電子顕微鏡注1)を開発しました(図1)。これまで磁場注2)のない条件では不可能だった原子の直接観察を世界で初めて実現し、さらに磁気特性を持つ機能性材料(磁性材料)の詳細な原子の観察に成功しました。

電子顕微鏡は、現在用いられている全ての顕微鏡の中で最も高い分解能を持つ顕微鏡です。しかし、高分解能を実現するには原理的に試料を極めて強い磁場の中に入れて観察する必要があり、その磁場の影響を受ける磁性材料の原子観察は困難でした。磁性材料の開発は急速に進歩しており、原子レベルの構造評価が今後の材料開発の鍵を握るため、この最大の難問の解決は長い間世界中で待望されていました。

本開発チームは、電子顕微鏡の心臓部に当たり、磁場を使って像を拡大する対物レンズ注3)を上下2つに組み合わせた全く新しい構造のレンズを開発しました。上下のレンズ磁場を逆向きに発生させることで、必要な場所では磁場が存在しますが、レンズの間に置いた試料上の磁場だけを打ち消し合ってほぼゼロにできました。変圧器やモーターの鉄芯などで広く使われる代表的な磁性材料の電磁鋼板注4)は、通常は磁場の影響で変形してしまい観察できませんが、新しい顕微鏡では磁場の影響を受けずに観察でき、さらに高分解能で原子構造を見ることができました。

2017年のノーベル化学賞を受賞したクライオ電子顕微鏡は、「生化学を新しい時代に導いた」とまでいわれるブレークスルーを起こしました。今回開発した新しい電子顕微鏡は、対物レンズが異なるだけで従来の電子顕微鏡と同様の使い方ができることから、ナノテクノロジーの研究開発を格段に進歩させることが期待されます。

本開発はオーストラリアのモナッシュ大学と共同で行われました。本開発成果は、2019年5月24日に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版で公開されます。

本開発成果は、以下の事業・開発課題によって得られました。

事業名:研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)機器開発タイプ

開発課題:「原子分解能磁場フリー電子顕微鏡の開発」(JPMJSN14A1)

チームリーダー:柴田 直哉(東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構 機構長・教授)

サブリーダー:河野 祐二(日本電子株式会社 副主査)

開発期間:平成26~令和元年度(予定)

担当開発総括:森田 清三(大阪大学 名誉教授)

<研究の背景と経緯>

顕微鏡開発の歴史は、「極微の世界はどうなっているのだろう」という根源的な問いへの追求の歴史です。1931年に実現した電子顕微鏡は、文字通り電子を使ってミクロの世界を観察する顕微鏡であり、現在用いられている全ての顕微鏡の中で最も高い分解能を持っています。世界最高性能は東京大学の幾原 雄一 教授、柴田 直哉 教授らが2017年に達成した40.5ピコメートル(ピコは1兆分の1)で、これは水素原子の半径(53ピコメートル)より小さいものを見分けることができます。

光を用いた光学顕微鏡は、光学ガラスをレンズとして使って物体の拡大像を得ますが、電子顕微鏡では強力な磁場をレンズに用います。磁場中に電子を入射するとローレンツ力という力を受けて電子は曲がりますが、この現象を試料の近くでレンズのように作用させることで像を拡大しています。この強い磁場を使った対物レンズの性能が、電子顕微鏡の性能、すなわち分解能を決定します。そのため、対物レンズは電子顕微鏡の心臓部として今も脈々と開発が続けられています。

図2に現在用いられている対物レンズの断面模式図を示します。この対物レンズでは、ポールピース注5)と呼ばれる上下の磁極間に2〜3テスラもの強磁場を発生させることで、入射電子に対する強力なレンズ作用を持たせます。この時、観察する試料はこの強磁場の中に挿入しなければならない構造であるため、試料は常に強磁場にさらされることになります。磁性がない試料であれば問題ありませんが、磁石、鉄鋼材料、磁気ヘッド、磁気メモリー、スピンデバイスなど、磁性を持つ材料やデバイスでは、レンズの磁場と材料の持つ磁性とが強く相互作用してしまい、元々の構造が大きく変化したり、破壊されたりしてしまう問題が生じます。また、試料との強い相互作用によって、観察時に光軸や非点注6)などが大きく変化し、良質な電子顕微鏡像を撮影できないことも大きな問題です。

一方で、磁性材料やデバイスなどナノテクノロジーは急速に進歩しており、原子レベルの構造評価が今後の開発の鍵を握ると考えられています。構造を破壊しない程度に対物レンズの磁場を弱めて観察することもできますが、分解能が格段に悪化し、原子を観察できなくなります。このように、磁性材料の原子分解能観察は電子顕微鏡開発以来の最大の難問かつパラドックスであり、その解決が長い間世界中で待望されてきました。

<研究の内容>

今回、柴田教授らの東大グループと日本電子株式会社の共同開発チームは、試料室を磁場フリー(磁場のない)環境に保つことができる全く新しい対物レンズ(図3)を試作し、そのレンズを搭載した電子顕微鏡を開発しました。この対物レンズは、あたかも通常の対物レンズを上下に2つ組み合わせて1つのレンズとして用いるかのような構造をしており、試料はこの上下レンズの間に挿入して観察します。この際、上下のレンズ磁場を逆向きに発生させることによって、試料上で磁場同士がちょうど打ち消し合ってほぼゼロになるように調整します。その結果、試料が設置されるレンズ内部の磁場強度を0.2ミリテスラ以下に抑えることに成功しました。これは通常の対物レンズ内部の磁場の1万分の1以下に相当し、磁性材料の観察に影響を及ぼさない磁場フリーな環境といえます。

さらに、開発した新しい対物レンズと最新の収差補正装置注7)(DELTA型コレクター)を組み合わせることで、原子分解能磁場フリー電子顕微鏡(MARSマース:Magnetic-field-free Atomic Resolution STEM)を開発しました。この装置の性能評価を行うために、窒化ガリウム(GaN)単結晶を観察するとGa-Ga原子間の距離はわずか92ピコメートルしか離れていませんが、その2つの原子が明瞭に分離して観察できていることが分かります(図4)。この結果より、少なくとも92ピコメートルの空間分解能が達成されていると判断できます。次に、典型的な軟磁性材料である電磁鋼板の原子観察を行いました。電磁鋼板は変圧器やモーターの鉄芯として広く用いられている材料で、ミクロな組織の制御がその性能向上に極めて重要です。しかし、軟磁性材料は強磁場中に入れると容易に磁化され変形してしまうため、電子顕微鏡による原子レベルの組織観察は極めて困難でした。新しく開発した電子顕微鏡で観察したところ、電磁鋼板でも磁性のない材料と同じぐらい容易にその原子構造を観察できました(図5)。原子観察が最も困難な材料の1つである電磁鋼板で原子観察に成功したことは、あらゆる磁性材料の原子観察が可能になったことを意味しており、88年以上続く電子顕微鏡開発において磁場フリー環境における原子分解能観察を初めて実現した画期的な成果です。

<今後の展開>

現在、電子顕微鏡は物理、化学、材料科学、生命科学などの先端的基礎研究分野や、電子情報工学、半導体デバイス、医療、創エネ・省エネなどの多様な産業分野において広く活用されています。特に、2017年のノーベル化学賞を受賞したクライオ電子顕微鏡は「生化学を新しい時代に導いた」とまでいわれるブレークスルーを起こしました。今回の電子顕微鏡の登場も、あらゆる磁性材料の原子観察を可能にすることから、磁石、鉄鋼材料、磁気デバイス、磁気メモリー、磁性半導体、スピントロニクス、トポロジカル材料など、さまざまな材料やデバイスの研究開発を格段に向上させる契機となると期待されます。今後は磁場フリー環境での原子分解能を生かした新しい観察手法の開発、例えば原子の磁気モーメントや原子レベルの磁場分布を直接観察する手法などへの展開が期待されます。

<参考図>

図1 新しく開発した原子分解能磁場フリー電子顕微鏡(MARS)

図1 新しく開発した原子分解能磁場フリー電子顕微鏡(MARS)

加速電圧は200キロボルトである。矢印で示した位置に、新開発の対物レンズが導入されている。さらに、その上部には最新の収差補正装置(DELTA型コレクター)が導入されており、原子サイズに電子線を絞り込むことを可能にしている。

図2 従来の対物レンズの断面模式図図2 従来の対物レンズの断面模式図
(左)対物レンズの断面模式図(右)対物レンズ内部の磁場分布の模式図。試料(紫)を挿入する試料室に2~3テスラの非常に強い垂直磁場がかかってしまう構造を持つ。

図3 新開発の対物レンズの断面模式図図3 新開発の対物レンズの断面模式図
(左)新開発対物レンズの断面模式図
(右)新開発対物レンズ内部の磁場分布の模式図。上下2つのレンズで発生する磁場が、上下反対向きであるため、試料の位置で磁場同士が打ち消し合い、試料環境を無磁場条件に保つことができる。この構造を用いると、電子線を曲げるための強い磁場を試料まで近づけられるため、原子分解能観察が実現できる。

図4 窒化ガリウム(GaN)結晶中の原子観察例図4 窒化ガリウム(GaN)結晶中の原子観察例
(左)観察した磁場フリー電子顕微鏡像。像中の輝点はGa原子位置に対応する。この時、試料上の磁場は0.2ミリテスラ以下に保たれている。
(右)左図の拡大平均像。92ピコメートル(0.92オングストローム)しか離れていないGa-Ga原子同士が明瞭に分解できている。

図5 電磁鋼板(Fe-3%Si)結晶中の原子観察例図5 電磁鋼板(Fe-3%Si)結晶中の原子観察例
(左)鉄(Fe)と3%のシリコン(Si)を含む電磁鋼板を観察した磁場フリー電子顕微鏡像。像中の輝点はFe原子位置に対応する。この時、試料上の磁場は0.2ミリテスラ以下に保たれている。
(右)左図の拡大平均像。143ピコメートル(1.43オングストローム)しか離れていないFe-Fe原子同士が明瞭に分解できている。

<用語解説>
注1)電子顕微鏡
電子線を試料に入射し、試料により透過散乱された電子線を磁場レンズにより拡大して、試料中の構造を直接観察する装置。現在、原子の直接観察も可能。電子顕微鏡は、光学顕微鏡の線源(可視光)による原理的分解能(およそ1マイクロメートル)の限界を、電子の波としての性質を利用して突破した観察装置であり、量子力学の恩恵を最も直接的な形で応用展開した観察技術である。
注2)磁場
磁界ともいい、磁気的な作用を及ぼす空間やその空間の性質を指す。
注3)対物レンズ
試料を出射した電子で結像するための初段のレンズ。最も重要なレンズであり、対物レンズの性能が最終的な像の質(分解能、コントラストなど)を決める。
注4)電磁鋼板
電気エネルギーと磁気エネルギーの変換に優れた鋼板。発電所の発電機や変圧器、家電・IT機器に内蔵されるモーターなどに利用される。一方向に優れた磁気特性を発揮するよう加工時に結晶軸の方向を精密に制御して製造する方向性電磁鋼板などがあり、機能材料の代表格である。
注5)ポールピース
電磁石が発生する磁束をヨーク(磁石が持つ吸着力を増幅する軟鉄)を通して狭い空間に誘導し、試料室に強い磁場を発生させるために使われる磁極のこと。
注6)光軸や非点
良質な電子顕微鏡像を得るために必要なレンズ調整。光軸調整では、対物レンズの中心と電子線の入射方向を一致させることで良質な像が得られる。非点はレンズの直交する軸の焦点距離が違う現象であり、補正レンズを使って補正する。
注7)収差補正装置
複数の磁場レンズの組み合わせにより、対物レンズの収差を補正し、理想的なレンズに近づける装置。電子顕微鏡では、四極子レンズ、六極子レンズ、八極子レンズなどの非回転対称な特殊なレンズを組み合わせて作製する。
<論文情報>
タイトル:“Atomic resolution electron microscopy in a magnetic field free environment”
(無磁場環境における原子分解能電子顕微鏡)
著者:Naoya Shibata, Yuji Kohno, Akiho Nakamura, Shigeyuki Morishita, Takehito Seki, Akihito Kumamoto, Hidetaka Sawada, Takao Matsumoto, Scott D. Findlay and Yuichi Ikuhara
DOI:10.1038/s41467-019-10281-2
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

柴田 直哉(シバタ ナオヤ)
東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構 機構長・教授

関 岳人(セキ タケヒト)
東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構 助教

<JST事業に関すること>

中村 宏(ナカムラ ヒロシ)
科学技術振興機構 産学連携展開部 先端計測グループ

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課

東京大学 大学院工学系研究科 広報室

日本電子株式会社 総務本部 法務広報室

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