磁気のない金属からナノ薄膜磁石を作ることに成功

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超高集積不揮発性磁気メモリーを実現するための材料開発に新しい視点

2018/12/07  東北大学,科学技術振興機構,内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)

ポイント
  • 磁力が微弱でも磁気を保持する力が強いナノ薄膜磁石の開発に成功。
  • ナノ薄膜磁石を用いた素子の基本特性を室温で観測することに成功。
  • 超高集積不揮発性磁気メモリーを実現するための材料開発に新しい視点。

東北大学 材料科学高等研究所(AIMR)の鈴木 和也 助教と水上 成美 教授は、新しいナノ薄膜磁石の開発に成功しました。超高集積不揮発性磁気メモリーを実現するための材料開発に新しい視点を与えるものです。本研究は、木村 尚次郎 准教授(東北大学 金属材料研究所 附属強磁場超伝導材料研究センター)並びに久保田 均 総括研究主幹(産業技術総合研究所 スピントロニクス研究センター)との共同研究で行われたものです。

ナノ薄膜磁石を用いた素子の磁極の向きをビット情報とする不揮発性磁気メモリーは、システム・オン・チップなどへの応用が進んでおり、人工知能技術への展開も見据えて世界的な規模で研究開発が展開されています。本研究グループでは、通常磁気を示さない金属を特殊な金属と絶縁体で挟み込んだ新しい界面構造を研究し、その結果、磁気を保持する力が強くかつ磁力の微弱なナノ薄膜磁石の開発に成功しました。またそれを組み込んだ素子の基本特性を室温で観測することにも成功しました。これは、メモリーの超高集積化を進めるために重要なナノ薄膜磁石材料の開発に新しい視点を与える研究成果です。

研究の内容は2018年12月6日(米国東部時間)に、米国化学会の学術誌「ACS Applied Materials & Interface」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。

内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)

プログラム・マネージャー:佐橋 政司

研究開発プログラム:無充電で長期間使用できる究極のエコIT機器の実現

研究開発課題:電圧駆動MRAMのための新材料素子の開発

研究開発責任者:水上 成美(東北大学 材料科学高等研究所 教授)

研究期間:平成26年度~平成30年度

本研究開発課題では、特に超高集積MRAMの開発を目指して、電圧駆動MRAMのための新材料MTJ素子の探索研究に取り組んでいます。

<佐橋 政司 プログラム・マネージャーのコメント>

 

ImPACT 佐橋プログラムでは、究極のエコIT機器の実現を目指して、電圧駆動MRAMの開発[プロジェクトリーダー:湯浅 新治(産業技術総合研究所)]に取り組んでいます。今回東北大学の水上教授らは「通常磁気を示さない反強磁性体金属を特殊な金属と絶縁体で挟み込んだ新しい界面構造による、磁気を保持する力が強くかつ磁力の微弱なナノ薄膜磁石の開発」に成功しました。この成果は、漂游磁界による素子同士の干渉が問題となる超高集積の電圧駆動MRAMの高密度化への有益な指針を与え、超高集積不揮発性磁気メモリーを実現するための材料開発に新たな視点を提示しました。マンガンナノ薄膜磁石のフェリ磁性の発現機構およびMTJ素子のさらなる高性能化など残された課題もありますが、超高集積不揮発性磁気メモリー実現への新たな道筋が示されたことで、開発が一層加速されることを大いに期待しています。

<研究の背景>

小型で高性能な情報機器の普及、さらに人工知能技術や量子技術の開発によって、人の扱うデータ量は今後も爆発的に増大することが予想されます。そのような膨大なデータを有効に利用するさまざまな技術を開発することは、持続的な社会の発展のために極めて重要な課題といえます。データを保存するメモリーの開発もその課題の1つです。さまざまなメモリー技術が研究開発される中で、大きな期待が寄せられているのが、物質の磁気を利用した磁気抵抗ランダムアクセスメモリー(MRAM)注1)です。このメモリー技術では、磁石としての性質を示す導体と絶縁体からなるトンネル磁気抵抗(TMR)素子注2)を用います。素子を構成する薄膜磁石の磁気(磁極の向き)に1ビット情報を割り当て、磁極の向きを電気信号として読み出す、あるいは電気信号で磁極の向きを反転することで、ビット情報の書き込みを行います。永久磁石に見られるように、磁石はその磁気を保持する力を持つため、素子の保持するビット情報は電源を切っても失われない、いわゆる不揮発性を示すことから、システム全体の消費電力が低減できます。また、磁極の向きの反転は電子レベルで行われ原子移動が伴わないため、高速の情報書き込みに加え長寿命が期待されていることが、原子移動を基礎原理とする他の不揮発性メモリー注3)と大きく異なるところです。そのような背景から、これまで多くの研究機関や民間企業が研究開発を精力的に進めており、スピントランスファートルク(STT)型のSTT-MRAM注1)を埋め込んだ半導体チップの量産が始まろうとしています。

<研究の経緯>

さらなる研究開発の方向性として超高集積MRAMの開発が挙げられます。その技術的な課題の1つが、MRAMの情報記録の源である薄膜磁石の磁力の低減です。高集積化が進むと、ナノ薄膜磁石の発する磁力によって素子同士に干渉が起き、誤動作することが予想されます(図1a)。これは、磁石を用いるというMRAMのデバイスコンセプトに直結する本質的な課題ともいえます。現行のSTT-MRAMでは鉄を主成分とする材料が用いられており、その強い磁力を抑えるさまざまな工夫が研究されています。他方、これまで当研究グループでは、磁石としての性質を示しつつも強い磁力を発しない金属元素であるマンガンを成分とする材料の研究を進め、その優れた特性を実証するとともに※1)、ナノ結晶薄膜を有する素子の開発にも成功しました※2)

<研究の内容>

本研究では、上述の課題に別の角度から取り組みました。磁気のない磁石のような物質である反強磁性体を用いる手法です(図1b)。反強磁性体に関する研究も世界的に進んでいますが、これをTMR素子に応用した報告例はあまりありませんでした。当グループでこれまで主たる成分元素として用いてきたマンガンは、純元素単体の塊(バルク)では磁気のない反強磁性体注4)あるいは常磁性体注4)です。本研究では、数原子層の純マンガンを規則合金(常磁性体)下地の上に真空スパッタリング法によって堆積し、酸化マグネシウムで挟み込んだ素子構造を作製しました(図2)。この界面に挟み込まれたマンガン層は微弱な磁気を発するナノ薄膜磁石へと変化し、その磁気の強さは強磁性体注4)である鉄の約1/70となることが分かりました(図3)。これは、マンガンが界面に挟み込まれることでフェリ磁性体注4)に変化したことに起因すると考えられます。磁気が微弱であるにも関わらず、その素子は明瞭なTMR効果を室温で発現することが明らかとなりました(図4a)。また、マンガンナノ薄膜磁石の磁気を保持する力(垂直磁気異方性注5))は磁場に換算すると19テスラを超えるほどに大きいこと、またその磁気を保持する力が素子に電圧を加えることで制御できることを見いだしました(図4b)。この電圧印加による垂直磁気異方性の変調注6)効果は、鉄などの強い磁気を示す物質で観測されこれまで多くの研究報告がありますが、磁気をほとんど示さないマンガン金属単体で観測された例はありませんでした。

今回の研究成果は、本来磁気を示さない金属元素を用いてメモリー用のナノ薄膜磁石を創出するという新しい材料設計コンセプトを実証したものです。従って本研究は、これからのメモリー用の材料開発手法に新しい視点を与えると同時に、材料科学的観点からも意義のあるものといえます。

<参考図>

図1

図1

(a)鉄に代表される強磁性体と呼ばれる物質の概念図。スピン(矢印)が物質の中で平行に配列しており、強い磁気が磁力線を周囲の空間に発しているのが特徴です。

(b)本研究に関わる反強磁性体と呼ばれる物質の概念図。スピンが反平行に配列しており、磁気が打ち消し合うため磁力がありません。

図2

図2

(a)本研究の素子構造の断面を高分解能の透過型電子顕微鏡で観察した写真。上からCoFeB(コバルト鉄ホウ素)金属層、MgO(酸化マグネシウム)層、Mn(マンガン)層、CoGa(コバルトガリウム常磁性体)下地層であり、原子の配列している様子が分かります。

(b)写真中の像の明るさと積層方向の関係。明るさが各層ごとで変化し振動しています。この振動は原子が規則的に配列した結晶構造を示すもので、マンガンの原子が4~5個配列したナノ結晶層が確認できます。

図3

図3 本研究で開発したマンガンナノ薄膜磁石の磁気の強さと加えた磁場の関係(磁化曲線)

鉄の磁気の強さは約1700kA/mであり、それと比較すると磁気の強さが約1/70であることが分かります(測定温度:室温)。これは界面に挟み込まれたマンガンがフェリ磁性体となっていることに起因するものと考えられます。

図4

図4

(a)作製した素子の電気抵抗と外部から加えた磁場の関係。素子の面直方向に磁場を加えた場合にはヒステリシスを示しますが(赤い線)、素子の面内方向に磁場を加えた場合には9テスラでも抵抗の変化が飽和しません(青い線)。素子の電気抵抗は、19テスラ加えても飽和しないことが他の実験から分かっており、磁気を保持する力(垂直磁気異方性)が磁場に換算すると非常に大きいことが示唆されます。

(b)磁気を保持する力(垂直磁気異方性)をエネルギーとして表したものと素子に加えた電圧の関係。素子に電圧を加えることで、磁気を保持する力(垂直磁気異方性)が弱まり、磁気の方向が傾きやすくなることを示しています(測定温度:室温)。この電圧による効果は、MRAMの最先端テクノロジーである電圧書き込みに用いられる物理現象です。

<用語解説>
注1)磁気抵抗ランダムアクセスメモリー(MRAM)、STT-MRAM
磁気抵抗素子を1ビット記憶素子とする不揮発性メモリーの総称です。情報の読み出しは磁気抵抗効果を用い、現在開発されているほとんどのMRAMでは、磁気抵抗の変化の大きなトンネル磁気抵抗(TMR)素子が用いられます。素子をセル選択用の半導体トランジスタとナノスケールで統合することで、1ビットメモリーセルとして機能します。さらに半導体技術によって膨大な数のメモリーセルを集積することで、メモリーデバイスとして機能します。情報の書き込み方式として、古くは磁場書き込み、最近ではスピントランスファートルク(STT)書き込みが用いられています。さらに最先端の書き込み方式としてスピン軌道トルク(SOT)書き込みがあり、書き込み方式によって、STT-MRAMやSOT-MRAMなどと呼ばれます。これらの書き込み方式では電気信号のうちの電流をその駆動原理として用います。他方、電圧書き込みと呼ばれる書き込みでは、電気信号のうち電圧を用いるため、書き込みに要するエネルギーをさらに低減できる可能性があるため、電圧書き込みMRAMの基礎技術開発が進んでいます。
注2)トンネル磁気抵抗(TMR)素子
磁石の性質を有する導体薄膜で絶縁体薄膜を挟み込んだ積層型の素子で、各層は数ナノメートル程度の厚みです。絶縁体の上下の導体に電圧を加えると量子力学的トンネル効果により電流が流れます。上下の2つの磁石の磁化(磁極の向き)が平行な場合と反平行な場合で素子の電気抵抗が変化するトンネル磁気抵抗(TMR)効果を発現するため、TMR素子と呼ばれます。
注3)不揮発性メモリー
デジタルビット情報を記憶した状態を保つためにエネルギーを消費しないメモリーを指します。MRAMの他に、抵抗変化メモリー(ReRAM)、相変化メモリー(PRAM)、強誘電体メモリー(FeRAM)などがあります。ReRAM、PRAM、FeRAMでは、記憶するビット情報が変化する際に、物質中の原子移動が伴うところがMRAMと大きく異なります。
注4)強磁性体、反強磁性体、常磁性体、フェリ磁性体
磁気の源であるスピンが物質の中で平行に配列しているものが強磁性体であり、一般的には強い磁気を示すことが知られています。他方、スピンが反平行に配列している物質を反強磁性体と呼び、スピンの配列がランダムに熱振動している物質は常磁性体と呼ばれ、これらは磁気を有することはありません。フェリ磁性体とは、異なる大きさのスピンが反平行に配列している状態で、微弱な磁気を示すものです。
注5)垂直磁気異方性
薄膜状の磁石の磁化(磁極の向き)を薄膜面から垂直に向け、その磁気を保持する力。この特性によって膜の面に磁極が現れているものを垂直磁化膜といい、垂直磁気異方性が強い材料ほどこの状態が安定になります。垂直磁気異方性の大きさは、エネルギー密度(単位:J/m)あるいは磁場の大きさ(単位:T)で表現され、これらは磁気の強さ(単位:A/m)を用いると、磁場の大きさ=2×エネルギー密度/磁気の強さ、の関係にあります。
注6)電圧印加による垂直磁気異方性の変調
垂直磁気異方性が電気(電圧)によって変化する現象。例えば、厚さが数原子層程度の鉄と絶縁体を積層したコンデンサー構造に電圧を加えることでその現象が観測されることが知られており、非常に多くの研究がこれまで報告されています。この現象を応用し、電圧によって磁極の向きを反転できることもすでに実証されており、電圧書き込み型MRAMの重要な要素技術です。
<論文情報>

タイトル:“Magnetic tunnel junctions with a nearly zero moment manganese nanolayer with perpendicular magnetic anisotropy”

DOI:10.1021/acsami.8b15606

<参考文献>

※1)2011年3月30日東北大学プレスリリース「磁性合金中の電子スピンの超高速運動の観測-ギガビット級磁気抵抗ランダムアクセスメモリの材料開発に貢献-」
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2011/03/press20110330-1.html

※2)2016年7月26日プレスリリース「マンガン系合金ナノ薄膜を用いたMRAM記憶素子の開発に成功~大容量の不揮発性磁気抵抗メモリ(MRAM)の開発に寄与~」
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20160726-2/index.html

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

水上 成美(ミズカミ シゲミ)
東北大学 材料科学高等研究所

鈴木 和也(スズキ カズヤ)
東北大学 材料科学高等研究所

<ImPACT事業に関すること>

内閣府 革新的研究開発推進プログラム担当室

<ImPACTプログラム内容およびPMに関すること>

科学技術振興機構 革新的研究開発推進室

<報道担当>

東北大学 材料科学高等研究所 広報・アウトリーチオフィス

科学技術振興機構 広報課

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