2019-03-29 量子科学技術研究開発機構
概要
京都大学エネルギー理工学研究所 向井啓祐 助教、東北大学金属材料研究所 笠田竜太 教授、量子科学技術研究開発機構核融合エネルギー研究開発部門六ヶ所核融合研究所 中道勝 増殖機能材料開発グループリーダーらの研究グループは、エネルギーの低い軟X線の分析によって、世界ではじめてベリリウム金属間化合物(ベリリウムとその他の金属で構成される化合物)の価電子構造を明らかにし、化学状態分布を解析することに成功しました。
新材料の開発において、電子顕微鏡観察や元素マッピングによって試料の微細構造情報を得ることは不可欠な手法となりますが、軽元素であるベリリウムはX線発光効率が低いため、従来の実験室レベルの手法ではマイクロスケールの化学状態分布を得ることはできませんでした。そこで本研究では、ベリリウムから発生する低エネルギーの軟X線発光スペクトルを高いエネルギー分解能で測定できる軟X線分光器を用いました。本手法では、ベリリウム化合物や酸化物相のミクロな化学状態分布を可視化できるため、核融合炉などの高温環境で利用される機能性ベリリウム化合物の開発に役立つと期待されます。
本研究成果は、2019年3月7日にアメリカ化学会の国際学術誌「Applied Energy Materials」にオンライン掲載されました。
1.背景
ベリリウムは原子番号4番の非常に軽い金属で、高融点、高剛性、高熱伝導など優れた性能をもっていることが知られています。現在、航空宇宙産業における構造材や携帯電話等の電子部品、医療用機器におけるX線透過窓など、幅広い分野でベリリウムやその金属間化合物(2種類以上の金属で構成される化合物)が利用されています。また、優れた核的特性を利用して、新しいエネルギー源として期待される核融合炉では、プラズマ対向材(プラズマに直に接する材料)や中性子増倍材として利用されます。
ベリリウム化合物が高温で使用される場合、高い温度での化学的な安定性が重要な特性となります。核融合炉内で使用される場合、冷却水損失事故時に水蒸気酸化に伴う水素の発生が懸念されています。現在、この高温酸化反応を抑制するために、ベリリウムと遷移金属のベリリウム化合物(ベリライド)の開発が進められています。このような新しい材料の開発では、走査型電子顕微鏡による微細構造観察やマッピングによる相分析は不可欠な手法と言えます。しかしながら、軽元素のベリリウムはX線発光効率が極めて低く、従来の実験室レベルの手法ではX線発光スペクトルの詳細な分析や化学状態の分析は困難とされてきました。
2.研究手法・成果
本研究では、電子プローブマイクロアナライザー用に近年開発された軟X線分光器を用いて、ベリリウムやその金属間化合物、そしてその酸化物被膜の分析を行いました。本装置では、ベリリウムから発生する低エネルギー(100~112電子ボルト)の軟X線発光スペクトルを高エネルギー分解能で測定することができます。測定試料には量子科学技術研究開発機構で製造・加工されたベリライドを用い、密度汎関数理論に基づく電子状態計算により、軟X線の理論波形をシミュレーションし、発光ピークの同定を行いました。
図1は軟X線分光発光分光器によって得られたベリリウムとベリリウム化合物(Be12TiとBe12V)、酸化物相(ベリリア:BeO)の実験軟X線スペクトルです。これにより、ベリリウムが遷移金属との化合物となることで生じる電子状態の変化を、実験によって世界ではじめて明らかにしました。この発光スペクトルは電子状態計算で得られた理論的な状態密度とよく一致し、遷移金属の電子軌道との混成によって電子構造が変化していることを示しました。
また、ベリリウム化合物が酸化した際に酸化皮膜として生成するベリリアは、ベリリウム化合物と比較して軟X線ピークが4電子ボルトほど低エネルギー側にシフトすることがわかりました。この大きなケミカルシフトと電子構造情報を利用して、水蒸気酸化したベリリウム化合物の化学状態分布の解析を行いました(図2)。元素/化学状態マッピングから、実験前は単一相であったベリリウム化合物(Be12V)が水蒸気酸化によって表面に薄い酸化皮膜が形成し、バナジウムを多く含むBe2V相が生成していることが確認できます。
3.波及効果、今後の予定
本研究では、はじめてベリリウム化合物の価電子構造を明らかにし、化学状態分布の解析に世界ではじめて成功しました。本アプローチの特色はリチウム、ベリリウム、ホウ素といった軽元素に対して有効な点であり、軽元素のミクロ分析を必要とする様々な分野、特にエネルギー材料の研究に波及効果があると期待しています。今後の研究では、実験と計算の両方のアプローチで、さらに高機能なベリリウム化合物の開発に貢献したいと考えています。
4.研究プロジェクトについて
本研究は、京都大学エネルギー理工学研究所と東北大学金属材料研究所、量子科学技術研究開発機構の共同研究であり、ゼロエミッションエネルギー研究拠点(ZE)のサポートを受けて実施されました。
図1 ベリリウム金属とベリリウム化合物から得られた軟X線スペクトル(a)と電子軌道計算によるスペクトル(b)、ベリリウムの酸化に伴うケミカルシフト(c)
図2 軟X線発光分光による水蒸気酸化されたベリリウム化合物の元素分析と化学状態分布、(a)水蒸気酸化したBe12Vベリライド試料断面の電子顕微鏡画像、(b)Vの元素分布、(c)Beの元素分布、(d)軟X線発光スペクトルの強度分布比較図で第1〜9線は(b)中の数字位置に対応、第1線:Be-Kαが検出されない領域、第2~4線:ベリリウム酸化物、第5線:ベリリウム酸化物とベリライドの界面、第6~9線:ベリライド、(e)BeO分布、(f)ベリライド分布
<用語解説>
エネルギー分解能: X線分光器のエネルギー測定精度を決める指標で、この値が小さいほど分光器のX線識別能力が高くなります。今回使用した軟X線発光分光器は、量子科学技術研究開発機構関西光科学研究所が参画して開発されたものであり、エネルギー分解能は0.2~0.3電子ボルトで、従来法の波長分散型分光器WDS(約8電子ボルト)やエネルギー分散型分光器(120から130電子ボルト)と比べると非常に高性能な分光器であることがわかります。
密度汎関数理論:多電子系の基底エネルギーなどの物性を電子密度の汎関数 (つまり関数の関数) として扱う理論。この理論に基づく計算は密度汎関数法計算(DFT計算)と呼ばれ、原子、分子や固体等の多電子系の電子状態や物性をシミュレーションする手法として物理、化学、材料科学などの分野で広く用いられています。
ケミカルシフト:酸化数や配位数など化学状態の変化によって、X線発光スペクトルのピーク位置が変化すること。化学シフトとも呼ばれます。核磁気共鳴:NMRでも同じ意味で使われる言葉です。本研究では、ベリライドとベリリアのピーク位置のずれが約4電子ボルトであることを示し、この結合状態の違いを利用して化学状態分布の可視化に成功しました。
<研究者のコメント>
持続可能なエネルギー社会に向けて、水素やリチウム、さらにはベリリウムといった軽元素は今後ますます重要性を増していくのでないでしょうか。本研究のアプローチはリチウムやベリリウムなどの軽元素の化学状態分布を示すことができるので、ベリリウム化合物の材料開発や酸化皮膜の解析だけでなく、リチウムイオン電池やリチウム空気電池の研究に役立つものと期待しています。
<論文タイトルと著者>
タイトル:Valence Electron and Chemical State Analysis of Be12M (M = Ti, V) Beryllides by Soft X-ray Emission Spectroscopy
日本語タイトル:軟X線発光分光によるBe12Mベリライドの価電子と化学状態の解析
著 者:Keisuke Mukai, Ryuta Kasada, Kiyohiro Yabuuchi, Satoshi Konishi, Jae-Hwan Kim, and Masaru Nakamichi
掲 載 誌: ACS Applied Energy Materials DOI:10.1021/acsaem.9b00223
U R L:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsaem.9b00223
<お問い合わせ先>
向井 啓祐(むかい・けいすけ)
京都大学エネルギー理工学研究所・原子エネルギー研究分野・助教