コムギの粒数を制御する遺伝子を発見~「きたほなみ」の多収の秘密が明らかに~

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2019-02-22 農研機構,鳥取大学

ポイント

農研機構と鳥取大学他の研究グループは、コムギの着粒数を制御する遺伝子を発見しました。この遺伝子が変異することにより、コムギの収量が向上することを明らかにしました。また日本の多収性コムギ「きたほなみ」の多収性には、この遺伝子が寄与していることがわかりました。本成果は、コムギの新品種開発へ応用できます。

概要

コムギの品種改良においては、株当たりの穂数の増加に加え、一穂に着く種子の数(着粒数)の増加によって収量増大が達成されてきました。しかし粒数を制御する遺伝子は、これまで不明でした。
今回、農研機構、鳥取大学、北海道総研、ライプニッツ植物遺伝学・作物研究所(ドイツ)、ヘブライ大学(イスラエル)他の研究グループは共同で、コムギの着粒数を制御する遺伝子「GNI1(ジーエヌアイワン)」を発見しました。
GNI1遺伝子がコードするタンパク質の105番目のアミノ酸がアスパラギンからチロシンに変わることにより、コムギの一小穂当たりの粒数が10%程度増えることが明らかになりました。さらに実験圃場(ほじょう)における収量性試験を行った結果、穂あたりの粒数の増加によって収量も10-30%高くなることが確認されました。日本の多収性コムギ品種である「きたほなみ」は、チロシン型のGNI1遺伝子を持っています。
チロシン型のGNI1遺伝子は、普通系コムギ(パンコムギ)1)の一部品種やデュラムコムギ1)でしか利用されていません。今後は、本遺伝子に着眼したDNAマーカー選抜育種やゲノム編集による新品種開発などへの応用が期待されます。
研究内容の詳細は国際科学誌「Proc. Natl. Acad. Sci. USA(米国科学アカデミー紀要)」電子版に2019年2月21日に掲載されました。

関連情報

予算:農林水産省委託プロジェクト 次世代ゲノム基盤プロジェクト「麦及び飼料作物の有用遺伝子の同定とDNAマーカーの開発」、運営費交付金
特許:特許第6293660号

お問い合わせなど

研究推進責任者 : 農研機構 次世代作物開発研究センター 所長 矢野 昌裕

研究担当者 : 農研機構 次世代作物開発研究センター 基盤研究領域 小松田 隆夫
鳥取大学 農学部 生命環境農学科 生命環境農学講座 植物育種学教育研究分野 佐久間 俊

広報担当者 : 農研機構 次世代作物開発研究センター 広報プランナー 大槻 寛
鳥取大学 総務企画部 総務企画課 広報企画室 高塚 剛

詳細情報

開発の社会的背景

平成29年度の我が国のコムギの自給率は約14%で、供給の多くを海外に依存していますが、近年、コムギの国際価格は高騰する傾向にあります。また、国民の安心・安全志向から国産コムギの需要も増加しています。このような状況下で国内のコムギ供給を安定化させるためには、自給率の向上が必要であり、その方策の一つに多収性品種の開発があります。

研究の経緯

農研機構(当時、農業生物資源研究所)は2007年に、オオムギの粒数を多くする遺伝子(Vrs1)を発見しています。麦類の遺伝子は植物種の間で類似性が高く、コムギにもオオムギと同様の機能を持つ遺伝子が存在することが予想されました。そこでコムギでVrs1と同じ機能を持つ遺伝子を探し、今回、コムギの着粒数を制御する遺伝子GNI1を発見しました。

研究の内容・意義
  • デュラムコムギ品種から、一小穂当たりの粒数を決定する遺伝子GNI1を見つけました(図1)。
  • 品種間の比較から、デュラムコムギや普通系コムギ(パンコムギ)において、多収型の品種ではGNI1がコードするタンパク質の105番目のアミノ酸が、アスパラギン(105N)からチロシン(105Y)へ変化していること(図1)、また、日本の多収性コムギ品種である「きたほなみ」は、105Y型の遺伝子を持っていることがわかりました。
  • GNI1は植物にだけ存在する転写因子2)のひとつであるHD-ZIP I型タンパク質をコードする遺伝子でした(図1)。このタンパク質の105位のアミノ酸はDNA結合ドメインの中にあり(図1)、105Nから105Yへの変化により、DNA結合機能が弱まり、着粒数を増加させる他の遺伝子の機能をこのタンパク質が抑制する効果が低下することにより、着粒数が増加することがわかりました。
  • RNA干渉3)により、普通系コムギでGNI1遺伝子の働きを抑制したところ、一小穂に付く粒の数が上昇しました(図2)。この結果から、GNI1がコードするタンパク質の105位のアミノ酸の変化だけでなく、GNI1遺伝子の活性(転写量)の抑制によっても、着粒数が増えることが確認されました。
  • 「きたほなみ」のGNI1遺伝子に突然変異を誘発した系統を複数得て、その中から遺伝子が105N型に変異した系統を作出し、元品種および元品種とおなじ105Y型の分離系統と着粒数を比較しました。その結果、105Y型の系統は、105N型の系統に比べて一小穂当たりの粒数が約10%多いことがわかりました(図3)。
  • さらに、実験圃場において収量を比較したところ、105Y型の系統は、105N型の系統に比べて収量が10-30%高いことが確認されました(図4)。これらの結果は、一小穂に付く粒の数が多くなることによって、実際に収量が向上すること、「きたほなみ」の多収性にGNI1遺伝子が大きく寄与していることを示しています。
  • 日本の多収性コムギ品種である「きたほなみ」は、105Y型の遺伝子を持っています。「きたほなみ」の育成系譜を調べると(図5)105Y型の他に105N型や105K(リシン)型の品種や系統がありますが、105Y型の遺伝子を持つ品種や系統は一小穂に付く粒の数が多く、また、この遺伝子がイギリスの「Norman」という品種に由来することがわかりました。
今後の予定・期待

今回発見された105Y型のGNI1遺伝子はデュラムコムギでは広く使われていることが明らかになりましたが、普通系コムギでは一部品種でしか利用されていません。今後、105Y型のGNI1遺伝子をDNAマーカーで選抜することにより、多収コムギ品種の育成が促進されると期待されます。また、ゲノム編集による遺伝子改変を用いた収量性改善への応用も期待されます。

用語の解説

1)デュラムコムギと普通系コムギ コムギの祖先種は染色体が二倍性です。パスタの原料となるデュラムコムギは二倍性コムギ同士が交雑して発生した四倍性です。さらに四倍性のコムギと二倍性のコムギの交雑から発生した六倍性のコムギが普通系コムギ(パンコムギ)です。

2)転写因子 DNAの遺伝情報はメッセンジャーRNAに転写され、メッセンジャーRNAの情報を基にタンパク質が生合成されます。転写因子は、DNAに結合して、メッセンジャーRNAへの遺伝情報の転写を調節するタンパク質です。

3)RNA干渉 二本鎖のRNAは、相同的な配列を持つメッセンジャーRNAを切断することによって遺伝子の発現を抑える性質があり、これをRNA干渉と言います。この性質を利用すると、人工的に特定の遺伝子の発現を抑えることができます。

発表論文

Sakuma et al. (2019) Unleashing floret fertility in wheat through the mutation of a homeobox gene. PNAS. DOI:10.1073/pnas.1815465116

参考図

コムギの粒数を制御する遺伝子を発見~「きたほなみ」の多収の秘密が明らかに~

図1 GNI1遺伝子(上)がコードするHD-ZIP I型タンパク質におけるアミノ酸の変異(下)
野生型系統DIC-2Aに比べて一小穂当たりの粒数が多い四倍性コムギ品種「ラングドン」(LND)では、GNI1遺伝子の変異によりタンパク質の105番目のアミノ酸がアスパラギン(N)からチロシン(Y)に変化しています(図下、赤い文字の位置)。この変化は、オオムギ野生型系統(VRS1)から粒数の多い突然変異系統(Int-d.41)への変化と同一のアミノ酸の変化です。HDはDNA結合するドメイン(ホメオドメイン)、灰色はこのタンパク質の二量体を作るための接着力をもつロイシンジッパーを示しています。ロイシンジッパーは7アミノ酸残基の繰り返しの4番目の位置にアミノ酸のロイシンが配列しています。 ATGとTGAは、RNAからタンパク質への翻訳(タンパク質合成)のための開始コドンと終止コドンを示します。

図2 GNI1遺伝子の着粒数抑制機能のRNA干渉による証明
コムギ(左)のGNI1 遺伝子をRNA干渉で発現低下させると着粒数(黄色*)が増加します(右)。「Bobwhite」は普通系コムギで野生型(WT)を示し、「RKVB59」は「Bobwhite」 から作成したGNI1遺伝子発現抑制体(RNAi)です。

図3 GNI1遺伝子の着粒数抑制機能の突然変異体による証明
品種「きたほなみ」突然変異体からの分離系統のうち、GNI1が「きたほなみ」と同じ105Y型の系統(右)は、105N型の系統(中央)よりも一小穂当たりの着粒数が多くなりました。WT(105Y、左)は「きたほなみ」(対照)。

図4 GNI1の収量制御機能の証明
GNI1が105Y型の系統(青色バー)と105N型の系統(白色バー)を、それぞれ北海道立総合研究機構中央農業試験場(北海道夕張郡長沼町)と北海道立総合研究機構北見農業試験場(北海道常呂郡訓子府町)の実験圃場で栽培した結果、いずれの圃場でも105Y型の系統(青色バー)の方がより高い収量を示しました。

図5 「きたほなみ」の育成系譜
品種・系統名が青字・枠付きのものはGNI1が105Y型、黒字・下線はGNI1が105N型、それ以外が105K型です。Kun1051-166-8(F4)は遺伝子型を調査していませんが、両親の遺伝子型から105N型または105K型と推測されます。105Y型遺伝子は、イギリスの「Norman」という品種から導入されたと考えられます。

1202農芸化学
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