トウモロコシの生物的硝化抑制の鍵となる物質の同定に成功~窒素施肥量を削減できるBNI強化トウモロコシの開発に前進~

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2023-06-28 国際農研,農研機構

ポイント

  • トウモロコシ根から強力な生物的硝化抑制(BNI)1)活性を持つ「MBOA」を同定
  • 土壌硝化菌の硝化と増殖を抑制し、トウモロコシの主要なBNI物質であることを科学的に証明
  • 窒素肥料を削減できるBNI強化トウモロコシの開発に貢献

概要

国際農研は、農研機構と共同で、トウモロコシの根から産生される生物的硝化抑制(BNI)の鍵となる親水性BNI物質「MBOA」の同定に成功しました。
近代農業では、工業生産されたアンモニア態窒素肥料が農地に多量に投入され、土壌微生物(硝化菌)による硝化2)によって硝酸態窒素へと変換されることで、水質汚染や温室効果ガス発生など、様々な問題を引き起こしています。
MBOAは、特定のイネ科植物(トウモロコシ、コムギ)が産生する二次代謝物質)3)であることが知られています。研究グループは、土壌とBNI物質による培養実験や化学分析により、MBOAが硝化菌の硝化反応と増殖を抑制し、硝化を阻害することを明らかにしました。さらに、疎水性BNI物質であるHDMBOAが土壌中で化学的により安定で強力なBNI活性を持つMBOAに変換され、BNIを発揮することを見出しました。
BNI発現において重要なMBOAを指標とし、世界で最も多く生産される畑地作物であるトウモロコシ(生産量は10.3億トン、コムギは7.4億トン)のBNI能を強化することは、窒素肥料の流出と環境汚染を減らし、地球の窒素循環の改善に繋がります。本研究により得られた知見を活かし、今後、農業分野での実利用に適した「BNI強化トウモロコシ」の開発を通じて、環境負荷を軽減した持続的なトウモロコシ生産システムの開発を推進していきます。これにより、農業の生産力と持続性を高め、みどりの食料システム戦略4)の推進に貢献していきます。

本研究の成果は、国際科学雑誌『Plant and Soil』オンライン版(日本時間4月25日)に掲載されました。

関連情報
予算
運営費交付金プロジェクト「生物的硝化抑制(BNI)技術の活用による低負荷型農業生産システムの開発」
発表論文
論文著者
J Otaka, GV Subbarao, ML Jiang, H Ono, T Yoshihashi
論文タイトル
Isolation and characterization of the hydrophilic BNI compound, 6-methoxy-2(3H)-benzoxazolone (MBOA), from Maize Roots
雑誌
Plant and Soil
DOI : https://doi.org/10.1007/s11104-023-06021-7<?XML:NAMESPACE PREFIX = “[default] http://www.w3.org/2000/svg” NS = “http://www.w3.org/2000/svg” />
問い合わせ先など

国際農研(茨城県つくば市)理事長 小山 修
研究推進責任者:国際農研 プログラムディレクター 林 慶一
研究担当者:国際農研 生物資源・利用領域 大髙 潤之介
                  国際農研 生物資源・利用領域 吉橋
                  国際農研 生産環境・畜産領域 グントゥール V. スバラオ
広報担当者:国際農研 情報広報室長 大森 圭祐

農研機構
研究担当者:農研機構 基盤技術研究本部 高度分析研究センター 小野 裕嗣
広報担当者:農研機構 基盤技術研究本部研究推進室 渉外チーム 杉山 憲明

開発の社会的背景

近代農業は、工業生産された窒素を多量投入することで増収を図ってきましたが、トウモロコシやコムギなどの農地に施肥された窒素肥料の50%以上は、作物に利用されず農地外へと流出しています。この窒素流出の大きな原因は、硝化菌による「硝化」です。
硝化は、窒素肥料成分であるアンモニア態窒素を土壌中の微生物(硝化菌)が酸化し、硝酸態窒素へと変換することです。硝化過程で生成した硝酸態窒素は土壌に吸着されず、地下水とともに流出し水質汚染の一因となります。さらに、硝化と脱窒の過程で排出される亜酸化窒素(N2O)は、農業で排出される主要な温室効果ガスの一つになっています。このように、過剰な施肥と硝化がもたらす水質汚染や温室効果ガスは環境への負荷となることから、窒素利用効率の向上や環境汚染を低減する対策技術が強く求められています。

研究の経緯

国際農研は、作物自身が根から物質を分泌し硝化を抑制する現象「BNI(Biological Nitrification Inhibition)」に着目しており、BNI国際コンソーシアム5)を通じて、世界のBNI研究を主導しています。BNIは植物由来の天然物質によって発現し、作物の根周辺で強い活性を示すため、生態系を撹乱する恐れが少なく、BNI強化品種に転換するだけで硝化抑制の効果が期待できることから、生産現場に導入しやすい技術といえます。国際農研では、窒素汚染防止と食料増産を両立する解決策として、BNI能を強化したコムギの開発に成功しています(令和3年8月31日プレスリリース)。
一方、世界で最も多く生産される畑地作物トウモロコシについては、トウモロコシ根からのBNI物質を世界で初めて発見しており(令和3年7月29日プレスリリース)、根表層から2種のBNI物質「Zeanone(ゼアノン)」と「HDMBOA」、根内部から2種のBNI物質「HMBOA」と「HDMBOA-β-glucoside」を同定しました。一般的に、根の分泌物は水への溶けやすさによって、疎水性成分と親水性成分に分類されます。先に同定したゼアノンとHDMBOAは水に溶けにくく、根の近傍(根圏)に維持されやすい疎水性BNI物質でしたが、BNI強化トウモロコシの開発に向けては、水に溶けることでより広範囲に硝化抑制の効果を発揮する親水性BNI物質の同定が求められていました。

研究の内容・意義

  1. トウモロコシを30日間水耕栽培した後、根の親水性分泌物を採取し、BNI活性(硝化菌の硝化を抑える力)を指標にして高速液体クロマトグラフィー(HPLC)6)による分離・精製を進め、BNI物質を単離しました。BNI物質の化学構造は、核磁気共鳴装置(NMR)7)と液体クロマトグラフィー質量分析計(LC-MS)8)による解析と各種データの文献値を比較し、「MBOA」と同定しました。MBOAは、トウモロコシの他にコムギ、ライムギやハトムギ等、特定のイネ科植物で産生されている物質です。
  2. 同定したMBOAのBNI活性はED50 9) = 0.76 μMであり、トウモロコシ根分泌物としてこれまでに報告されたBNI物質よりも強力な作用を持ち(図1)、全BNI活性に最も大きく貢献(全体の50%)していることが明らかになりました。
  3. また、MBOAは硝化菌の硝化と増殖を強く抑制することが硝化菌の挙動から観察されました(図2右)。さらに、土壌培養試験において、MBOAが土壌での硝化を抑制することや、土壌微生物によるMBOAの分解に伴い、硝化活性が減少することなどを見出しました(図3)。
  4. 以上の結果から、トウモロコシのBNI発現メカニズムは次のように整理されます。トウモロコシ根表層から分泌された疎水性BNI物質ゼアノンとHDMBOAは根圏で、親水性BNI物質MBOAはより広い範囲で硝化を抑制することができます。根表層で産生されるHDMBOAは、土壌中でより強力なBNI活性を有するMBOAに変換されます(土壌培養試験で反応を確認)。さらに根内部に蓄積したHDMBOA-β-glucosideも微生物由来の糖分解酵素10)によって高いBNI活性を持つHDMBOAに変換され、化学的(非酵素的自動変換)的にMBOAに変換されます(土壌培養試験で反応を確認)。MBOA自身も分解される一方で、トウモロコシから新たに供給されます(図4)。

今後の予定・期待

トウモロコシのBNI発現における重要な物質はMBOAであることが明らかになり、トウモロコシのBNI能を評価する指標として活用することで、BNI強化トウモロコシの開発促進が期待できます。今後は得られた知見を活かし、品種間におけるBNI物質量の比較やBNI物質の分泌メカニズムの解明、圃場試験などを通して農業分野での実利用に適したBNI強化トウモロコシを開発し、環境負荷を軽減した持続的なトウモロコシ生産システムの開発を推進します。

用語の解説
1) 生物的硝化抑制(BNI)
Biological Nitrification Inhibitionの略称で、植物自身が根から物質を分泌し、硝化を抑制する現象を指しています。
2) 硝化
土壌中の微生物(硝化菌)によるアンモニア態窒素の硝酸態窒素への酸化反応のことで、地球の窒素循環において重要な経路です。その一方で、現代の農業では過剰なアンモニア態窒素肥料の施肥、硝化菌による過度な硝化、ならびに高濃度の硝酸態窒素による環境汚染が問題になっています。土壌中の硝化速度を低く維持できれば、作物の施肥窒素の吸収量は増加し、窒素利用効率が向上し、減肥と環境問題の解決につながります。
3) 二次代謝物質
生物の生存に必須の物質(DNA、RNA、タンパク質など)を一次代謝物質といい、テルペノイド、アルカロイド、ポリケタイドといった物質群を二次代謝物質(天然物)といいます。人間にとって有益な生理活性を持つものが多く知られており、染料、香料、医薬品や農薬の原材料などに応用されています。
4) みどりの食料システム戦略
食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現するため、中長期的な観点から戦略的に取り組む農林水産省の政策方針であり、令和3年5月12日に策定されました。
5) BNI国際コンソーシアム
国際農研を中心とするBNI研究に関わる機関によって、2015年に結成された国際的な組織です。2年に一度、BNI研究の進捗を共有することに加えて、未来のBNI研究をどう進めるか、BNI機能を農業の現場で使える技術として発展させるために必要な研究は何かなどを議論しています。
6) 高速液体クロマトグラフィー(HPLC)
High Performance Liquid Chromatographyの略です。多種多様な物質を含む混合物をカラムに通し、高圧で溶離液を流し、物質の物理化学的特性に応じて分離するための分析機器です。
7) 核磁気共鳴装置(NMR)
Nuclear Magnetic Resonanceの略です。磁場の中に入れた原子核の核スピンの共鳴現象(核磁気共鳴現象)を観測することにより、物質の分子構造の解析を行う装置です。農薬、医薬、食品といった幅広い分野で利用されています。
8) 液体クロマトグラフィー質量分析計(LC-MS)
Liquid Chromatography-Mass Spectrometryの略で、液体クロマトグラフィー(LC)と質量分析計(MS)とで構成される分析機器です。LCで分離した試料成分を、MS部でイオン化させ、得られたイオンを質量/電荷比(m/z)によって分離し、各イオンの強度を測定する高感度な検出法です。
9) ED50
Effective Dose 50の略です。50%有効量といい、その物質を投与したとき、生物の半数に反応を引き起こす濃度のことを指します。ED50値が小さいほど活性が高いといえます。
10) 糖分解酵素
炭水化物(糖)分子と別分子のグリコシド結合を加水分解して切断する酵素(グリコシダーゼ)のことです。

図1. トウモロコシ根から見出したBNI物質の活性の強さと構造

図1. トウモロコシ根から見出したBNI物質の活性の強さと構造
各物質名の括弧の中はBNI活性の強さを示す。数値が小さいほど活性が強い。

図2. トウモロコシ根分泌物から同定したMBOAの構造、特性と硝化菌の生育に与える影響

図2. トウモロコシ根分泌物から同定したMBOAの構造、特性と硝化菌の生育に与える影響
トウモロコシ根の親水性分泌物からBNI物質として同定したMBOAは、トウモロコシの他にコムギ、ライムギやハトムギといった特定のイネ科の植物が産生する天然物質(左図)。増殖した菌によって白濁した液体培地とMBOA存在下で強力に増殖阻害され、透明のままの液体培地(右図)。

図3. 土壌培養試験におけるMBOAの硝化抑制能と安定性

図3. 土壌培養試験におけるMBOAの硝化抑制能と安定性
MBOA添加条件で土壌を培養し、硝酸イオン濃度(左図)とMBOA濃度(右図)を経時的に測定した。左図より、MBOAの硝化抑制能は4日間確認できたが、培養5日目以降その硝化抑制能は減少した(左図の灰色丸(50 µM MBOA)印と黒白丸(100 µM MBOA)印)。DCDは一般に使用される化学硝化抑制剤ジシアンジアミドを添加した条件であり、7日間の測定の間硝化を抑制した(左図の●印)。STは高圧蒸気で滅菌した土壌を培養したものであり、硝化は発生しなかった(左図の▲印)。並行して土壌培養液中のMBOA濃度をHPLCにより分析した結果(右図)、MBOAの存在を示すピーク値は未滅菌土壌で培養期間(スタート→3日目→5日目)に依存して減少したが、滅菌土壌では減少が確認できなかった(右図一番上)。以上の結果よりMBOAは土壌由来の硝化を抑制し、その活性は土壌微生物によるMBOAの分解とともに弱まることが明らかになった。

図4. 予想されるトウモロコシの生物的硝化抑制(BNI)のメカニズム

図4. 予想されるトウモロコシの生物的硝化抑制(BNI)のメカニズム
トウモロコシのBNIは3種のBNI物質(疎水性・親水性)によって発現する。HDMBOAと根内部のHDMBOA-β-glucosideは土壌中で最終的にMBOAに変換される。このため、強力なBNI物質であるMBOAはトウモロコシのBNI

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